再生可能エネルギー交響曲第3番「すっとこランド」

メンデルスゾーン交響曲第3番「スコットランド」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回までの投稿は3月21日の投稿へのコメントを題材に議論を展開してきたけど、コメントへの答えになってるかどうかは分からない。
コメントに答えると言うよりも、コメントに触発されたと言うべきだろうな。

後は、本田勝一、週刊金曜日をどう思うか、という質問が残ってるけど、残念ながら、これもよくは知らんのだわ。
元朝鮮日刊新聞の連中が立ち上げた雑誌というぐらいの知識しかないんよ。
8月18日の投稿で紹介したとおり、朝鮮日刊は東電から甘い汁を吸っておきながら、平然と「メディアの責任を全うしたい。皆で原発から「遠くまで行く」ために」などと嘯いていたよな。
広告はここまでメディアを腐らせるということだな。
筑紫哲也や本田勝一らは、広告に依存しない媒体が必要、と考えたんだろうね。
けど、所詮は朝鮮日刊に入社するような連中だから。
朝鮮日刊は原発の広告の遥か以前から腐ってるのよ。

実はね、筑紫哲也の本を一冊持ってる。
「若き友人たちへ」と題した新書で、筑紫哲也の遺言、みたいな触れ込みになってるやつ。
と言っても、知人が、もういらんから遣る、と言って呉れたんだけどね。
で、貰ったけど、実は積読。
ダハハ。
基本的に本は読まないんで。

但し、気候学の専門書には少し目を通したよ。
Judith Curryがだな、Goody & Yung と Thomas & Stamnes、そして、Liouの教科書を推奨してるけど、彼女がブログ始める前に、その3つの教科書は見た。
もちろん、買ったわけじゃない。
Google Booksから、しこしこダウンロードしたのよ。
ダハハ。
もちろん、放射伝達方程式の章だけだがね。

で、「若き友人たちへ」だけど。
読むにも値せんだろう、と思うね。
と言うのも、貰った後で、ペラペラっとめくったときに、たまたま見かけたんだけど、「一つは、国が破産しかかっているということです」って断言してるんだな、これが。(210ページ)
で、その後、郵政民営化に言及してるけど。
8月18日の投稿で指摘したとおり、郵政民営化と財政再建主義とは表裏一体。
財政再建主義に依拠している以上は、郵政民営化を容認しているも同然。
所詮は朝鮮日刊の記者、と思ったね。
佐高信のスタンスは筑紫哲也とは違うだろうけど。

まあ、これぐらいの知識しかないわけよ。
それ以上、追求しようとも思わないんだな。
前回の投稿でも指摘したとおり、今の社会の本質は「進化したファシズム」だと考えてるんで。
それを最高に具現しているのは朝鮮日刊新聞、と睨んでるんで。
だから、その社説だけでも追跡すれば社会の深層が見える、と思ってるんで。

けど、これでお終いじゃあんまりだから、一つだけ考えてみよう。
例の「村野瀬玲奈の秘書課広報室」で知ったんだけど。
週刊金曜日の6月10日号の特集「放射能と食」に小出裕章のインタビューが掲載された、と。
小出裕章が、放射能に汚染された食べ物を「大人はあきらめて食べてください」と言った、と。
で、それに批判が出てる、と。

しかしだな、私めに言わせれば、それ以前の問題だな。
なぜ「放射能と食」の問題で小出裕章にインタビューするのか、と。
小出裕章は食の専門家でもないし、医学者でもない。
もちろん、無関係ではないし、そういう問題も勉強はしてるだろうけれど、彼は原子力工学者なわけ。
そして、専門家としての彼の主張はハッキリしている。
8月6日の投稿で紹介したとおり、原発は火力で代替できる、電力は不足しない、だから、原発は直ちに全廃せよ、ということ。
これに尽きるわけ。
そして、前回の投稿で紹介したとおり、原発が無くても電力が足りているのは紛れも無い事実。
ところが、小出裕章に言いたい事を言わせずに、専門外の分野でインタビューしているんだな。
その意図こそが問題の本質だろ。

火力で代替できるという小出裕章の主張は、人為的温暖化論に抵触するわけ。
だから、彼に言いたい事を言わせない。
そこで興味深いのが、3月21日の投稿へのコメントにおける「たしか近藤という方がブログ内で管理人氏と似たような主張をしており、週刊金曜日で掲載されるはずだった、槌田敦氏と組んだ環境問題についての記事が直前になって打ち切られたといっています」という指摘だな。
私はこれを知らなかったんで、大震災以前のことなのか、以降のことなのか判らないけど、近藤邦明と槌田敦ならば、人為的温暖化論を否定し、その上に立って議論を展開していたであろうことは想像に難くないな。
もちろん、週刊金曜日も彼らの言い分は百も承知で原稿を依頼したはず。
それなのに、直前になって打ち切られた、と。
非常に強い外圧が掛かったということだな。
人為的温暖化論は絶対にして不可侵の存在であり、それに反する言動は排除されねばならない、という圧力が働いた、と。
週刊金曜日はその圧力に屈したということだな。
小出裕章の件はその延長線上にあると見て間違いない。
そして、それは、前回の投稿でも指摘したとおり、人為的温暖化論の本質がファシズムに他ならないことを示しているわけ。

で、なぜ小出裕章は「大人はあきらめて食べてください」と言ったのか、ということだけど。
これを見れば明らかだろ。


首相発言に県民“反発” 被災者感情を無視
「中間貯蔵施設は福島県にお願いせざるを得ない」。27日、佐藤雄平知事との会談で菅直人首相が突然に要請した県内への放射性廃棄物中間貯蔵施設の設置。国は東京電力福島第1原発事故に伴い、放射性物質が付着したがれきや下水汚泥などの最終処分場の県内設置を表明しており、市町村長は「中間貯蔵施設が最終処分場になる」との危惧を示す。原発事故被災者も国の情報伝達の在り方に不信、不満を募らせており被災者感情を考慮しない国の対応に県民の反発は一層強まりそうだ。
「なんの話ですか、突然に」。菅首相の中間貯蔵施設の県内設置方針を問いただす佐藤知事の怒声が響いた。
退陣あいさつに来たと思っていた佐藤知事にとって、首相退陣を表明した菅首相の突然の方針表明は寝耳に水。会談後も記者団に対し「突然の話で困惑している」「困惑しているっちゅうことだよ、突然で」「ともかく困惑している」と語気を強め、「困惑」の言葉を連発した。


(2011年8月28日 福島民友ニュース)

8月14日の投稿で紹介したとおり、東京の連中が福島に原発を押しつけてきたにもかかわらず、「東北を太陽光発電のベルト地帯とする」と言い放ち、その挙句に、放射性廃棄物は福島で処理しろと。
すっとこどっこいが!
「東北を太陽光発電のベルト地帯とする」なんてのは、我々東京が放射性廃棄物を受け容れますと表明してから言いやがれ。
それが言えないのなら、「あきらめて食べてください」や。

さて、前回の投稿だけど。
またもや、面白いこと発見したよ。
前にも言ったけど、WordPressはトラックバックを送信したように見えて送信できなかったり、送信していないように見えて、2回も送信していたりする。
で、前回の投稿は「村野瀬玲奈の秘書課広報室」と「土佐のまつりごと」と「kojitakenの日記」というブログを引用したので、一応、トラックバックを送信してみた。
後で確かめたところ、「土佐のまつりごと」と「kojitakenの日記」には送信されていなかった。
まあ、そんなもんだろ、と思ったら、「kojitakenの日記」とやらに、こんな記事が掲載されてたんだな。


ニールセンの交響曲第4番は「不滅」って呼ばれてるけど、あれは「消し難きもの」と訳すのが正しいらしいよ。私は4番より5番の方が好きだけど。
マーラーの交響曲第1番「巨人」は正しくは「タイタン(Titan)」。あえて日本語で呼ぶなら「巨神」かな。もっともこれでも読売と阪神のあいのこに見えて仕方ないから、あくまで「タイタン」と呼びたいところ。
まあどうでも良いけど、ブログの記事にはもっと気の利いたタイトルをつけろよな。


(「ニールセンの交響曲第4番「不滅」は」)

「ブログの記事」が明示されていないから、絶対そうだ、とは言い切れないけど、これは前回の投稿を指しているとしか考えられないな。
それ以外の可能性は限りなくゼロに近い。

ということは、トラックバックは送信されていたけど削除した、ということだな。
そうでなくても、「ブログの記事にはもっと気の利いたタイトルをつけろよな」というのであれば、その「ブログの記事」を明示しなければ、第三者が是非を判断しようもないだろ。
いや~、実に「気の利いた」野郎だね~。
って言うか、このすっとこどっこい、自分の記事のタイトルは気が利いているって、本気で思ってんのかね?
それこそ飯田哲也の言うとおり「どうしてそういう歪んだ理解になるのか理解不能」だわ。
「村野瀬玲奈の秘書課広報室」と「土佐のまつりごと」と「kojitakenの日記」という3つのブログタイトルを見比べてみてもだな、一番ダサいのは「kojitakenの日記」だと思うがね。
まあ、印象は人によりけりだけど。
でも、「私は4番より5番の方が好き」って言うんなら、なぜ5番に魅力を感じるのか、一言くらい書いてね。
それでこそ、気が利いているってもんだ。

「あれは「消し難きもの」と訳すのが正しいらしいよ」って。
そんなことは、テメエのようなすっとこどっこいに指摘されなくても知っとるわ。
って言うか、「不滅」と訳した人も、知っていて、敢えて意訳したわけだ。
私めが初めてニールセンの交響曲第4番を聴いたのも、「不滅」という標題に惹かれたから。
「消し難きもの」じゃあ、買わなかっただろうな。
標題に惹かれて買うなんていうのは、音楽の専門家から見れば噴飯物だけれど、クラシック入門時には、それはそれでいいことだと思うわけ。
けど、ハッキリ言ってしまえば、ニールセンなんか聴かなくても、どうってことない。
人生は有限で、やるべきこと、やりたいことがあるわけだから、むしろ、ニールセンなんか聴くのは時間の無駄とも言える。
(とは言うものの、聴く価値のないものを有難がって聴くのがクラシックファンの心意気だと言えなくは無い。)

そもそも、私めがすっとこどっこいのブログを引用したのは、飯田哲也の詭弁を糾弾するため。
前回の投稿も、気の利いたタイトルをつけようとしたんじゃなくて、人為的温暖化の旗振り役を演じてる飯田を皮肉っただけ。
そんなこと、誰の目にも明らかだろ。
けど、飯田を皮肉ったことが気に入らないのであれば、彼の懐疑論批判は間違っていないと、逆に、私めの反論は間違っていると、正々堂々と説明すればいい。
(但し、私めは「懐疑」ではなく「否定」だけど。)
不肖私め、ケチな野郎でござんすが、中身について論ずることなく、あまつさえ、批判先も明示しないで、タイトルにイチャモンつけるようなさもしい了見はもっていない。
まあ、「どうでも良い」と言う尻から、その「どうでも良い」ことにイチャモンつけてるわけで、kojitakenとやらは自らの愚劣さを自ら暴露した、と言ってしまえばそれまでだけど。

もう、判っただろ。
8月10日の投稿で紹介したチンピラと全く同じ。
捨て台詞を吐いただけ。
いや~、実に「気の利いた」野郎だね~。
って言うか、人為的温暖化論を盲信している輩って、この手の愚劣極まる輩ばかりだってことがハッキリしたな。

おい、見てるか、増田耕一
あっ!
増田の野郎、8月10日の投稿のトラックバックを修正してやがる。
まあ、それはそれでいいけど、例のチンピラがまたぞろ出てきてるな。
おい、おい、増田大先生よ。
反論できないから捨て台詞を吐くような破廉恥野郎ばかりが人為的温暖化論を盲信しているという状況を、情けないと思わんのか。
たとえ、人為的温暖化論が正しいとしてもだな、と言うより、人為的温暖化論を唱えているのなら尚更のこと、我々の啓蒙の仕方が根本的に間違っていた、と思わんのか。
思わんよな。
なんせ、テメエらって、自分なりに考えようと努力している人間を「いわゆる懐疑論者は少数派であり、かつ全く分野が異なる専門外の研究者あるいは非研究者である場合が少なくない」って罵ったくらいだから。
けど、それこそ科学的精神と相容れないんだよ!
と言うか、科学的精神を昂然と否定するような本当の「非研究者」が人為的温暖化論を吹聴しているから、それを盲信する輩が跋扈するわけ。
しかし、逆に言えば、私めが小さな脳みそをふりしぼって考えなくても、増田やチンピラやすっとこどっこいの存在そのものが、人為的温暖化論の非科学性、否、反科学性を立証してくれたとも言える。
いや~、実に「気の利いた」連中だわ。
ありがとう。

ついでに言っておくと。
温暖化の原因として宇宙線だとか太陽活動だとかを論ずるには、その前提として、人為的なCO2排出では温暖化しないことを説明できないとダメなんだな。
それをしないで、宇宙船、じゃなかった、宇宙線、宇宙線と騒ぎ立てるのは本末転倒。
この問題、すなわち、CO2温室効果飽和論に関しては、サイドバーにアップロードした”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”で既に論じているけれど、次回の投稿でもう一度採り上げる予定。

さて、「私は4番より5番の方が好き」ってほざいてたから、久々にニールセンの5番を聴いてみるかね。

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