人為的温暖化論「3つの劣」

オネゲル交響曲第5番「3つのレ」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回の投稿では「増田耕一大先生はその成果(?)を「気候変動・千夜一夜」で報告してね」と言ったけど、「気候変動・千夜一夜」は反応なし。
公開セミナーなんだから、PowerPointかImpressか知らないけど、そこで用いた資料を「気候変動・千夜一夜」に掲載しても問題ないはずだろ。
結局のところ、「未知生」ちゃんも温室効果飽和論には反論出来ない、と。
そういうことだね。
「未知生」だから架空の人為的温暖化を吹聴してもいい、と思ってるんじゃね~の?
「無知生」に改名した方がいいかも。
キャハハ。

ところが。
2011年11月24日の「気候変動・千夜一夜」はこんなこと書いてんだな。


しかし、温暖化懐疑論者のブログでとりあげられた内容をメールのもともとの意図を推測できる科学者が見た限りでは、今回暴露された内容には世の中に新たな衝撃を与えそうなものはありません。それで「二年前の七面鳥」という表現になったわけですが、日本語にはもっと的確な表現があります。「二番せんじ」です。実際には漢方薬の種類によっては二番せんじが充分よく効くものもあるのですが、ここでは「出がらし」に近い意味のつもりで書きました。


(「電子メール暴露の二番せんじ」より)

おい、おい。
飽和論にまともに反論できない人為的温暖化論こそ「出がらし」だろ。
「臍で茶を沸かす」っていうのはこのことだな。
増田耕一大先生よ。
あんたらIPCC党は臍で出がらし沸かしてるんだぜ。
愚劣の極みだな。
しかも、自分こそ「出がらし」のくせして、他人を「出がらし」と罵る。
下劣の極みだな。

さらに、2011年11月27日の「気候変動・千夜一夜」を見てみると。


気候感度が2.3℃というのは、この水蒸気のフィードバックが含まれているシステムの応答です。これを含まずに二酸化炭素だけの効果を求めると、約1.2℃です。
・・・
さて、真鍋さんは鉛直1次元モデルに続いて3次元の大循環モデルに取り組みました。それによる二酸化炭素倍増に対する定常応答実験の最初の論文はManabe and Wetherald (1975) The effects of doubling the CO2 concentration on the climate of a general circulation model. Journal of the Atmospheric Sciences 32:3-15 として出ました。これの気候感度(CO2濃度2倍と1倍との全球平均地上気温の差)は、約2.9℃です。
・・・
わたしがグラフを見た印象では、重なりの中央は2.9℃付近にあるように見えます。
・・・
他方、温暖化の重要性を否定したい人たちは、Schmittnerほかの論文をろくに読まずに、気候システムの感度は低いことが示されたと言っているようです。しかし、数値を見れば、温暖化の心配をしなくていいほど低いわけではないのです。


(「気候感度は(ある人々が)思ったほど高くないという話」より)

サイドバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”、10月16日の投稿、そして、11月19日の投稿に見えるとおり、私めも気候感度3℃を前提に議論しているけど、これまた11月19日の投稿で説明したとおり、CO2濃度が倍になっても「二酸化炭素だけの効果」が1.2℃上がることなどあり得ないから、「温暖化の心配をしなくていいほど低いわけではないのです」と言い張ること自体が無意味で愚劣。

けど、実際はそれ以前の問題だわ。
“「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の第2節で解説したけど、河宮未知生や増田耕一らは近藤純正氏の研究成果を歪曲して引用した挙句に、あべこべに「しかし、2008年10月に出版された武田(2008b)では、恣意的に修正前の古い値を用い続けているようである(議論3)」と言い放ったんだな。
つまり、「近藤純正氏のホームページをろくに読まずに、都市化による全球気温のバイアスが幻想であることを示していると言っていた」わけ。
自分こそ「ろくに読まず」に他人を誹謗しておきながら、あべこべに、他人を「ろくに読まずに」と罵ったわけ。
卑劣の極み!

クライメートゲートで暴かれ糾されたのは、正にIPCC党のこのような体質なんだね。
にもかかわらず、始めに紹介したとおり、2011年11月24日の「気候変動・千夜一夜」は「出がらし」などと悪態を吐いていたわけで、それは、何が問題となったのかさえ理解していない愚劣さ、そして、問題に真摯に向き合わない下劣さ、そして、尚も自らを正当化するために批判者を貶めようと図る卑劣さを示して余りあるんだな。

さらに、2011年11月28日の「気候変動・千夜一夜」を見てみよう。


12月号の安井至さんは工学者で、工業製品の生産・消費・廃棄にわたるライフサイクル評価などの業績があり、「市民のための環境学ガイド」のウェブサイトがよく知られています。広い見識をお持ちで、わたしとしてもおおいに尊敬しておりますが、専門にこだわらずに多くのことについて発言されているうちには、早がてんもときどき見られます。今回の記事も、意図を推測すればほとんど賛成できるのですが、もう少し落ち着いて書いていただきたかったと思うところがありました。
大槻編集長の出した「温暖化を認める常識派と認めない非常識派」というわく組みに対して、安井さんは、温暖化が人為起源であると考えるかどうかと、常識派か非常識派かとは別の問題だと考えます。そして、非人為起源派の常識派はいないようだ、と言っています。現在いるいわゆる温暖化懐疑論者は非常識だ、というわけです。
・・・
温暖化懐疑論への批判は、東京大学サステイナビリティ連携機構[12月号注の「気候」は誤植]から公開されている「地球温暖化懐疑論批判」を引用して、それとほぼ同じ議論をされていますので、ここでは詳しく述べないことにします。ひとつ、「気候モデルはすべて温暖化が算出されるようにしつけられている」という議論を追加して「研究者というものをあまりにばかにしている」と反論しています。(これではけんかになるだけなので、なぜあきれたのかの理屈を述べてくださるとよかったと思います。)


(「『パリティ』連載の温暖化問題の企画と安井至さんの評論へのコメント」より)

「地球温暖化懐疑論批判を引用して、それとほぼ同じ議論をされています」って。
アホですか?
この安井至とかいう野郎は。
上でも指摘したとおり、「地球温暖化懐疑論批判」は近藤純正氏の研究成果を歪曲しているわけ。
それこそ「研究者というものをあまりにばかにしている」だろ!
安井至こそ「地球温暖化懐疑論批判」を「ろくに読まずに」、「非人為起源派の常識派はいないようだ、と言っています」ということだな。
近藤純正氏に拠れば、都市化による全球気温のバイアスを除いた正味の温暖化は公表されている値の6割。
だから、たとえ人為的温暖化があるとしても、コンピュータシミュレーションはそれを著しく過大評価しているわけ。
ということは、「気候モデルはすべて温暖化が算出されるようにしつけられている」ということに他ならず、それにさえ気がつかない愚か者が「市民のための環境学ガイド」などと嘯くのは「市民というものをあまりにばかにしている」な。

「地球温暖化懐疑論批判」でもう一つ重要なのはこの部分だね。


本稿の「はじめに」で紹介したブログ“Real Climate”での議論(Schmidt 2005)によれば、大気の温室効果全体に占める水蒸気の寄与は、雲による吸収の効果も含め80~90%程度で、二酸化炭素の寄与は20~30%である(吸収帯の重なりの問題があるので各種温室効果気体の寄与度の和は100%にならない)。これは、GISS GCM の中の放射プログラムによって得られた数値である。Schmidt(2005)はこの数値は Ramanathan and Coakley(1978)の鉛直1次元モデルの計算結果ともよく対応すると述べている。ここで、地球大気全体の温室効果が地表気温で33℃の上昇に相当することから、比例計算すれば二酸化炭素の寄与は温度に直して7~10℃と評価できる。こうした見積りから、たとえ水蒸気が最も重要な温室効果ガスであっても、二酸化炭素濃度が産業革命以前と比べ2倍、3倍となれば気候に影響を与えうることは十分に納得できるであろう。


(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論26」より)

既に9月7日の投稿でも指摘したけど、繰り返すと。
20世紀の100年間の気温上昇は0.7℃。
上で引用した2011年11月27日の「気候変動・千夜一夜」に見えるとおり、これは「水蒸気のフィードバックが含まれているシステムの応答」だから、気候感度が3℃前後だとすると、「二酸化炭素だけの効果」は0.3℃未満。
一方で、産業革命時(正しくは1980年時)における「二酸化炭素の寄与は温度に直して7~10℃と評価できる」ということは、「二酸化炭素だけの効果」が3℃の不定性を有するということ。
(正確には、CO2の吸収帯域の寄与であり、水蒸気の寄与が重なっている。)
つまり、人為的温暖化と喚いている0.3℃は、「二酸化炭素だけの効果」自体が有する不定性の10分の1。
だから、CO2の人為的排出に因って温暖化が起こったと結論づけることなど決して出来ない。
自然科学に対する最低限の教養があれば、「二酸化炭素濃度が産業革命以前と比べ2倍、3倍となれば気候に影響を与えうることは十分に納得できるであろう」という台詞が如何に愚劣であるか、そして、それこそ「気候学以外の研究者というものをあまりにばかにしている」ことは「十分に納得できるであろう」ね。
ところが、安井至とやらはそれにさえ気がつかず、あべこべに「研究者というものをあまりにばかにしている」と逆切れする体たらく。
全く以って愚劣だね。

「常識」云々の問題じゃね~の。
「見識」云々の問題じゃね~の。
「良識」があるか無いかの問題なの。
「地球温暖化懐疑論批判」の愚劣さと下劣さに気づかないような輩には「良識」が無いの!

で、増田耕一は、と言うと。
飽和論には何一つ反論しないくせに「なぜあきれたのかの理屈を述べてくださるとよかったと思います」だと!
自分のことは棚に上げて他人を批判する。
「気候変動・千夜一夜」は常にこの調子。
本当に「あきれた」おじさんだね。

さて、再び安井至に戻って。
「研究者というものをあまりにばかにしている」と言う一方で、こんなこと言っていた、と。


問題は、「人為起源派のなかの非常識派」のところです。わたしも、このように分類される人たちがいると思い、「温暖化脅威論者」と表現することがあります。しかし、安井さんが想定する対象はそれと違うようで、「英国において気候ゲート事件を引き起こしたり、過去の地球の気温の推移などに細工をした人々である。ようするに、端的に表現すれば、嘘をついた人々である。」と書かれています。気候研究者のなかに、データをごまかすなどの不正をした人がいないとは言い切れません。しかし、2009年11月に暴露された電子メールが、それを書いた人たちが不正をした証拠でないことは、いくつもの審査委員会で示されています。([別ブログのわたしの2010年7月16日の記事]にまとめました。その後2011年8月には、アメリカの国立科学基金(NSF)の監査役がMannさんに研究上の不正はなかったという報告をしています。) 安井さんも脚注(実際にはページの上側にあるので頭注というべきでしょうか)に「データを捏造したことが確定したわけではない」と書いてはおられますが、捏造があった可能性が高いという推定のもとで文章を書いておられるようです。どうやら、「非人為起源派のなかの非常識派」(の一部の人々)の宣伝がとてもうまくて、安井さんも3月号の松田さんも乗せられてしまったようです。


(「『パリティ』連載の温暖化問題の企画と安井至さんの評論へのコメント」より)

やっぱり、「良識」が無いね。
「過去の地球の気温の推移などに細工をした」というのは、ホッケースティック曲線のことだろ。
ホッケースティックが捏造だと思うのなら、なぜ、人為的温暖化論を信じるのかね?
ホッケースティック曲線を捏造したマイケル・マンが“Real Climate”を立ち上げ、そして、上で引用したとおり、「地球温暖化懐疑論批判」が“Real Climate”の記事を盾にして「二酸化炭素濃度が産業革命以前と比べ2倍、3倍となれば気候に影響を与えうることは十分に納得できるであろう」と書き立てたということは、「過去の地球の気温の推移などに細工をした人々」が人為的温暖化論の中心に居座っているということだろ。
実際、伊藤公紀のブログで紹介されているとおり、マンは捏造論文を書き続けているわけで、気候学以外の分野ならば研究者生命を断たれているはずなのに、未だにデカイ面してるんだな。
だから、一方ではホッケースティックは捏造だと言いながら、一方では人為的温暖化を言い立てるのは、この人たちは詐欺師だけど言うことは正しい、と言うのと同じであり、全く「良識」に欠けるんだな。

しかも、IPCC党は「過去の地球の気温の推移などに細工をした」だけじゃあない。
上で説明したとおり、都市化によるバイアスを残しているのも「気温の推移などに細工」することに他ならないんだな。
その結果として、20世紀(特に後半)の気温は嵩上げされ、コンピュータシミュレーションはその嵩上げされた気温を再現しているにすぎないわけ。
だから、一方では「気温の推移などに細工をした」と糾弾しながら、一方では都市化によるバイアスを無視して「研究者というものをあまりにばかにしている」という言い草は、物事の関連性を理解する能力が欠如している証拠。

さて、増田耕一は、と言うと。
「気候研究者のなかに、データをごまかすなどの不正をした人がいないとは言い切れません」って。
それはあんたの事だろ!
あんたは近藤純正氏の研究成果を歪曲するという「不正をした人」だろ!
で、「不正をした」御当人がマンやジョーンズに不正はなかったと言い張り、さらに、始めに紹介したとおり、新たにリークされたメールを「出がらし」と罵ったわけだけど、それこそ真実を白日の下に曝したと言える。
詐欺師仲間がお互いを庇い合っている、ということだわ。
このことを理解すれば、「いくつもの審査委員会で示されています」だの、「アメリカの国立科学基金(NSF)の監査役がMannさんに研究上の不正はなかったという報告をしています」だのが、実のところ、大王製紙やオリンパスの取締役会が会長や社長の不正に見て見ぬ振りをしていたのと同じにすぎないことは明らかだろ。

まあね。
「気候変動・千夜一夜」をいちいち批判してたら切が無いんで、うっちゃっておこうかとも思ったんだけど。
余りにも愚劣で下劣で卑劣だから、一言書かざるを得なかったわけ。

愚劣にして下劣にして卑劣。
これが人為的温暖化論の本性。
「愚劣」「下劣」「卑劣」は人為的温暖化論の、そして、IPCC党の三原色なんだね。

ところで、「パリティ」の来年2月号に江守正多が「いまさら温暖化論争?」とやらを、そして、3月号に伊勢武史が「地球温暖化は事実なのか — よくある誤解と簡潔な答」とやらを寄稿するらしいけど。
今度こそ飽和論に反論してくれるのかな?
私めに返り討ちされた挙句に、「研究者というものをあまりにばかにしている」と逆切れするようなことが起こらないように、よ~く考えて書いてね。
期待してるわ。
キャハハ。

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温暖化の終わりのための四重奏

メシアン「世の終わりのための四重奏」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回の投稿だけど。
気候変動・千夜一夜」に送ったトラックバックの表示が乱れているようだな。
CD(LP)ジャケットの画像を貼り付けるというそれまでの趣向を変えて、動画を貼り付けるという新趣向を試みたのに~。
残念!
なぜかな?
伊藤公紀のブログの方は正しく表示されているのに。
WordPressとLivedoorの相性が悪いのかね?
まあ、私めと人為的温暖化論者は相性が悪いので、当然と言えば当然だけど。

さて、本題に入って。
皆さんもご存知のとおり、2000年以降、大気中のCO2は増加の一途にもかかわらず温暖化は止まってる。

図1 最近15年間における気温と大気中二酸化炭素濃度の推移


世界の温暖化ガス濃度、最高を更新 10年
世界気象機関
2011/11/21 21:59
世界気象機関(WMO)は21日、地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)やメタンなどの2010年の世界平均濃度が過去最高を更新したと発表した。
WMOの調査報告書によると、CO2濃度は389.0PPM(PPMは100万分の1)で前年より2.3PPM増加。メタンは1808PPB(PPBは10億分の1)で同5PPB、一酸化二窒素は323.2PPBで同0.8PPB、それぞれ増加し、いずれも09年の増加量と、最近10年間の平均増加量を上回った。
産業革命前との比較では、現在の大気中濃度はCO2が39%、メタンが158%、一酸化二窒素は20%高くなっている。


(日本経済新聞 電子版)

これは人為的温暖化論には死活問題。
で、IPCC党がどのように抗弁しているかと言うと。

1)自然変動が原因

図2

つまり、2000年以降、気候の内部変動で気温が低下していて、それがCO2に因る温暖化を打ち消している、ということだね。
じゃあ、自然変動に因る気温低下は如何ほどか?
自然変動が無かったとすれば、下図の黄色の線で表される気温上昇が続いていたはずだな。

図3 IPCC第4次報告書より

つまり、2000年以降の10年間で0.18℃温暖化していたはず。
これが打ち消されたということは、自然要因で同じだけ気温が低下したということだな。

一方、自然変動とは気温が周期的に上がったり下がったりする事を意味している。
グラフで表せば三角関数のような感じだね。
だから、2000年以降、自然要因で気温が0.18℃低下したということは、2000年以前は、自然要因で0.18℃温暖化していた、ということなんだな。
ところが。
IPCCによれば、20世紀の100年間の気温上昇は約0.74℃。(上図の紫色の線)
しかも、その全てがCO2の上昇に帰すわけじゃあない。
実際、「地球温暖化懐疑論批判」も「二酸化炭素だけが原因とは、人為的排出二酸化炭素温暖化説をとる研究者の誰も言っていない(議論7)」と、「20世紀後半においては、二酸化炭素が原因で温度が結果であることを強く示唆している(議論7)」と、そして、「IPCCが20世紀後半以降の温暖化の大部分が人為起源である可能性が非常に高いと結論した(議論10)」と認めていた。
つまり、IPCC党の主張は、20世紀後半の温暖化はCO2が原因、ということなんだね。
CO2の人為的排出が原因で20世紀後半に0.37℃温暖化した、と。
しかし、2000年以降の気温上昇停滞が自然要因ならば、上で説明したとおり、2000年以前の、つまり、20世紀後半の気温上昇のうち0.18℃は自然要因ということになる。
つまり、IPCC党がCO2の増加に帰した0.37℃の半分は、実は、自然要因だった、ということになる。
だから「20世紀後半以降の温暖化の大部分が人為起源である可能性が非常に高い」という主張は破綻する。

おもしろいだろ。
IPCC党は、人為的温暖化は止まっていない、と言い立てたものの、逆に、自らの主張を否定する羽目に陥ってしまったんだな。

此処で、2011年1月31日の「気候変動・千夜一夜」を見てもらおうかね。


他方、HadCRUTを使った場合には、上昇傾向は止まったように見えます。(アメリカ気象学会Bulletinの2009年8月号に出た「State of Climate 2008」という報告[NOAAのウェブサイト参照]のうちイギリスのハドレーセンターのKnightさんたちによる部分(S22-S23ページ)に気温の1999-2008年の変化傾向の線を入れた図があり、Scienceのニュース記事(Richard A. Kerr, 2009, Science, 326, 28-29)で紹介され、それを桜井邦朋さんが「移り気な太陽」で引用していました。 なかなかむずかしいところですが、GISTEMPとHadCRUTの違いの原因は上に述べたように見当がついています。


(「温暖化は止まった?」より)

「Scienceのニュース記事(Richard A. Kerr, 2009, Science, 326, 28-29)で紹介され」というのは、サイドバーにアップロードしている「”地球温暖化懐疑論批判”の不都合な真実」の図3-2のこと。
「State of Climate 2008」は膨大なんで、「”地球温暖化懐疑論批判”の不都合な真実」の9ページでは「イギリスのハドレーセンターのKnightさんたちによる部分」だけを抜き出したPDFファイルへのリンクを張っといた。

で、「なかなかむずかしいところですが」なんて嘯いてるけどね、Knightらの論文には、「The simulations rule out (at the 95% level) zero trends for intervals 15yr or more, suggesting that an observed absence of warming of this duration is needed to create a discrepancy with the expected present-day warming rate」って書いてるんだな。
つまり、気温上昇が15年間停滞すれば人為的温暖化論は破綻する、と
それはなぜかと言うと。
上で説明したとおり、2000年以降の10年間、温暖化が止まっているならば、20世紀後半の温暖化0.37℃の半分0.18℃は自然変動だから、15年間停滞するならば0.27℃が自然要因となる。
そうすると、IPCCの言い分とは全く逆に「20世紀後半以降の温暖化の大部分が自然起源である可能性が非常に高い」ということになる。
「15年間停滞すれば人為的温暖化論が破綻する」理由はこれなのよ。
しかし、現実には、2000年からではなく、1998年から気温上昇が停滞してる。
今年も停滞は確実。
ということは、既に14年間停滞しているということであり、人為的温暖化論はもう後が無くなった、ということなんだね。

それにしても、増田耕一大先生はわざわざ「イギリスのハドレーセンターのKnightさんたちによる部分」と紹介しながら、なぜ、その内容を説明しないんだ?
都合が悪いからだろ。
都合の悪いことには頬かむりを決め込む。
10月16日の投稿でも指摘したけど、これが人為的温暖化論者の習性。

2)成層圏の水蒸気減少が原因(例えば、こちらの記事を参照)

これを真に受けると、10月7日の投稿で紹介したこれに行き着くな。

図4

成層圏では未飽和だから、CO2の人為的排出が続けば成層圏のCO2が増加して温暖化が起こる、と。
ということは、図3の黄色の線は成層圏のCO2が増えた結果ということになる。
ところが、2000年以降、何故かは判らないけど、水蒸気が減少してCO2増加の効果を相殺しているので温暖化が止まっている、と。
しかし、だ。
11月4日の投稿で指摘したとおり、対流圏が飽和しているならば、成層圏の如何に関わらず、CO2の温室効果は既に飽和しているはず。
だから、成層圏の水蒸気を云々するのは、的外れと言うよりも、やはり、人為的温暖化は自体は止まっていないと言い立てて、その実は、人為的温暖化を自ら否定していることに他ならず、マヌケの極み。

3)中禍人糞凶和国様の大気汚染が原因(例えば、こちらの記事を参照)

これを真に受けるならば、第1点と同じく、2000年以降の10年間、虫国の大気汚染で0.18℃気温が下がり、それがCO2増加の影響を打ち消していたことになる。
ところが。
1980年以降、日欧米の先進国で大気汚染対策が進んだ。
実際、「地球温暖化懐疑論批判」も「日射の観測値は1985年頃を境に減少傾向から増加傾向に転じており、先進国で大気汚染物質の排出規制が始まった時期と合致する(議論11)」と主張していた。
だから、虫国一国の大気汚染で0.18℃も気温が低下しているのならば、1980年以降は、先進国における大気汚染対策の結果、全く逆に、0.18℃、もしくは、それ以上に、気温が上昇していたはず。
ということは、第1点と同様、「20世紀後半以降の温暖化の大部分が人為起源である可能性が非常に高い」ことはあり得ないということ。

人為的温暖化は止まっていないと言い立てて、またもや、自らの主張を否定することになってしまったんだな。
ご苦労なこった。

4)火山噴火が原因(例えば、こちらの記事を参照)

しかし、下図を見れば判るとおり、20世紀後半には大きな火山噴火が3回起こった。

図5 IPCC第4次報告書より

だから、火山噴火が原因ならば、気温上昇停滞は20世紀後半から起こっていたはず。
しかし、それならば、図3の黄色の線はおろか紫色の線もなかったはずで、従って、温暖化が騒ぎ立てられるようなこともなかった、ということになる。
どうしようもない自己矛盾だわ。
もはや、語るに落ちたね。

ところで。
図5をみれば判るとおり、コンピュータシミュレーションでは、CO2の人為的排出が無ければ、20世紀後半は寒冷化が進行しているんだな。
で、自然要因だけならば寒冷化しているのに、図3の黄色の線のような著しい温暖化が進んだということは、CO2の人為的排出に因って、観測されている気温上昇の倍近い温暖化が進行したということになる。
それなのに、2000年以降、気温上昇が停滞しているということは、その原因の如何に関わらず、自然要因だけならば、21世紀に入ってから寒冷化が著しく加速しているということになる。
だから、コンピュータシミュレーションのみに依拠して人為的温暖化を喚き立てている輩が、今さら、気候の内部変動で気温上昇が滞っているだの、火山噴火で気温上昇が滞っているだのと言い立てる事自体が自己矛盾なのよ。

しかも、だ。
既に20世紀半ばにおいて寒冷化に転じ、最近はより一層の寒冷化が進行しているのならば、自然のサイクルとして、小氷河期に入ったか、もしくは、10万年サイクルの間氷期が終わった可能性さえある。
「”地球温暖化懐疑論批判”の不都合な真実」の第9節で指摘したとおり、既に10万年サイクルの氷河期へのターニングポイントにさしかかりつつあるから、いつ大寒冷化に転じてもおかしくないんだな。
もし後者ならば、人類の発展を支えてきた温暖期は終わり、人類は重大な局面に立たされる。
幸いにして前者であっても、やはり由々しき問題。
気候学者ならばこれを論じないではいられないはず。
しかも、自分達が寒冷化という結果を出しているのだから尚更のこと。
にもかかわらず、IPCC党は、自然のサイクルが寒冷化に転じたことには全く言及しない。
不可解と言わざるを得ないだろ。
コンピュータシミュレーションこそ人為的な捏造ではないか、と疑われても仕方が無いな。

11月4日の投稿では「つじつまが大切です」と言ったけど、正にその通りであり、温暖化は止まっていないという主張は人為的温暖化論自体と「つじつま」が合わないのよ。
そこで、再び、2011年1月31日の「気候変動・千夜一夜」を見てもらおうかね。


1970年代から地球温暖化の話題を知っている年寄りにとっては、地球温暖化とは「大気中の二酸化炭素がふえたらどうなるか」という原因から結果に向かう因果関係のことです。二酸化炭素がふえ続けていることは確かですから、地球温暖化が止まったはずはないのです。
・・・
観測データの集計値の記述としては、「地球温暖化は止まった」という表現がもっともだと思われる現象も起きています。他方、原因から出発する立場では、地球温暖化が止まったとは思われません。そして、気候が温暖化傾向のほかに年々変動のゆらぎを含み、また観測値の不確かさもあることを考えると、観測された変化傾向は、地球温暖化が続いていると想定した場合にありそうな範囲からはずれてはいません。「地球温暖化は止まった」という記述を事実と認めるとしても、それは「だからもう地球温暖化は気にしなくてよい」という結論につながるような意味で正しいとは言えません。


(「温暖化は止まった?」より)

「原因から出発する立場では」、「原因から結果に向かう因果関係」に齟齬が生じたということは、原因に重大な変化が生じた、または、これまで原因と考えていたものが主たる原因ではなかった、ということ。
しかし、始めに紹介したとおり「二酸化炭素がふえ続けていることは確かですから」、つまり、人為的温暖化論における「原因」に変化は無いから、温暖化の主因はCO2ではなかった、ということなる。
「二酸化炭素がふえ続けていることは確かですから、地球温暖化が止まったはずはないのです」などと言い張るのは、「因果関係」の何たるかを理解していない証拠。

9月7日の投稿前回の投稿で解説したとおり、CO2に因る温室効果は産業革命時にほぼ飽和してる。
それは今回の考察によっても裏づけられたと言えるね。
つまり、IPCC党が、人為的温暖化は止まっていない、と言い立てたものの、逆に、自らの主張を否定する羽目に陥ったという「結果」を鑑み、そして、「原因から結果に向かう因果関係」を鑑みれば、人為的温暖化は止まっていないという主張の基となっている温室効果未飽和論は間違っていた、ということが判るんだな。
IPCC党は、人為的温暖化が「世の終わり」をもたらす、と喚き立てたけど、実のところ、自分達が終わっていた、と。
本当にマヌケなやつら。

あっ、そうそう。
こんな広報がありましたけど。

図6 海洋研究開発機構ホームページより

私めは関西の人間なんで、こんな物を聴く為だけにわざわざ横浜くんだりまで出向けませんが、当然、飽和論にもしっかりと反論してくれるよね?
で、増田耕一大先生はその成果(?)を「気候変動・千夜一夜」で報告してね。
期待してるわ。
キャハハ。

Hoho! Hoho! Hohwa(飽和)!


今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

今回は10月16日の投稿で紹介したこの図をもう一度考えてみようかね。

CO2の温室効果の上限は8℃だから、大気の層の数が1万なら完全に飽和していると見なせるでしょうな。
(正確には、13μm~17.5μm帯域からの温室効果の寄与であり、其処では水蒸気も寄与しているけど、CO2の寄与が支配的だから、便宜上、CO2の温室効果と呼ぶことにする。)
此処で言う「大気」とは対流圏のみならず地球の大気全体を指しているのだけど、11月4日の投稿でも指摘したとおり、産業革命時において、もしくは、今現在において、CO2の温室効果が飽和しているのならば、「大気」としては対流圏のみを考えれば十分だから、そうすると、対流圏が1万層から成っているならば温室効果は飽和している、ということになる。
ところが、1万層ということは、一つの層の厚さが1mかそこらということだけど、CO2濃度が300ppm、もしくは、400ppmでも、1mの空気柱で赤外放射が吸収し尽くされるとは到底考えられない。
ということは、産業革命時、もしくは、今現在でも、CO2の温室効果が飽和しているとは考えられない、ということになるわけ。

判ったかな?
本来ならば、これは人為的温暖化論者が言い立てるべき事だろ。
しかし、彼らには反論できない。
なぜか?

それを論じる前に。
温室効果が完全に飽和している場合とは全く逆に、13μm~17.5μmの全帯域に亘って、そして、対流圏の底部から上部に亘って平均すれば、赤外放射が1m当り5%だけ吸収されると考えてみよう。
逆に言えば、1m当り95%透過するということだな。
この場合に多層大気模型を適用するには、一つの層の厚さを如何ほどに採ればよいかと言うと。
透過率が1%未満ならば多層大気模型を適用できるだろうから、100mあれば十分だろ。

従って、対流圏は100層から成り、CO2の温室効果は7℃以上。
10月16日の投稿で論じたのは正にこれなんだね。
10月7日の投稿で紹介したとおり、江守正多は「地球もこれから二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる」と言い張っていたけど、1m当り5%吸収されるだけでも温室効果への寄与は7℃以上なのだから、そう考えるのも無理からぬところ。
しかし、真実は全く逆。
1m当り5%吸収されるだけで100%吸収される場合の、すなわち、上限値8℃のうちの7℃以上に達する!
地球大気の成分としては無視できるほど微量であるにもかかわらず、温室効果においてCO2の寄与が大きな部分を占めるのは正にこれ故。
その一方で、1m当り5%吸収されるだけで7℃以上ということは、CO2が増えても温室効果は上がりにくくなるということ。
実際、CO2濃度が倍になって、1m当りの吸収率が10%、従って、透過率が90%になると、50mの大気柱で透過率は1%未満。

従って、対流圏は200層から成り、温室効果は0.4℃上がるだけ。
この値はIPCCの主張する1℃の半分以下。
しかも、温暖化の余地は0.4℃しか残っていない。

さらに、CO2濃度が倍になって、1m当りの吸収率が20%、従って、透過率が80%になると、25mの大気柱で透過率は1%未満。

従って、対流圏は400層から成るけど、温室効果は0.2℃上がるだけ。
そして、温暖化の余地は0.2℃しか残っていない。
大気層数の上昇と温室効果の上昇は反比例することが判るね。
9月7日の投稿でも指摘したけど、吸収の飽和と温室効果の飽和は全く別物。
ある程度吸収が進むと、温室効果は飽和に近くなる。
まだまだ吸収の余地が残っているから「これから二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる」などという抗弁が科学的に無意味なことは明らかだろ。

一方、上の計算を繰り返していくと。
すなわち、産業革命時には大気層は100層から成り、CO2の温室効果は7.2℃で、CO2が増えて層が倍になれば温室効果は0.4℃上昇し、さらに倍になれば0.2℃上昇し、さらに倍になれば0.1℃上昇し、さらに倍になれば・・・、と考えていくと、

産業革命時に大気層が100層から成っていれば、その後、大気の層がいくら増えようとも、CO2の温室効果は最大限0.8℃上がるだけ。
そして、7.2+0.8=8℃だから、上限値を見事に再現できる。

上図の級数は温室効果飽和のメカニズムを端的に表しているけど、現実には、多層大気模型よりも速く飽和すると考えられるんだな。
9月7日の投稿で紹介したけど、コンピュータシミュレーションで、1980年時におけるCO2の温室効果は8℃、という結果が出ていたのはその証左ですわ。
人為的温暖化論を批判しているのにコンピュータシミュレーションを信頼できるのか、と思うかもしれないけど、そうじゃない。
9月7日の投稿で紹介したとおり、2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」が「吸収・射出をくりかえす回数がふえるので温室効果は強まる」と言い立てていたけど、それ自体は間違っていない。
1m当り5%しか吸収しなくても、その1mの層からも放射があるわけで、その効果を正しく評価すれば、100mを一つの層と考える多層大気模型よりも、実質的には「吸収・射出をくりかえす回数がふえるので温室効果は強まる」はずなんだね。
だから、現実には多層大気模型よりも速く飽和するはずで、その観点からすれば、コンピュータシミュレーションが多層大気模型よりも高い値を与えるのはむしろ当然なんだな。
但し、上図の級数から判るとおり、いくら「吸収・射出をくりかえす回数がふえ」ようとも、CO2の温室効果が8℃を超えることはあり得ない。
(11月4日の投稿で指摘したとおり、また、上図の級数を見ても判るとおり、「吸収・射出をくりかえす回数がふえるので温室効果は強まる」ことと温室効果の飽和とは決して矛盾しない。)
ところが、コンピュータシミュレーションは温室効果の飽和を再現できないわけで、それは、コンピュータシミュレーションがCO2の温室効果を過大評価していることを、示しているんだな。

此処で、始めの設問に戻るわけ。
赤外放射が1mの層で100%吸収されているはずがないから、CO2の温室効果が飽和している、すなわち、8℃であるはずが無い、と。
ところが、コンピュータシミュレーションは8℃という結果を導き出した。
それはコンピュータシミュレーションがCO2の温室効果を過大評価している証拠。
だから、人為的温暖化論者が、1mの空気柱で赤外放射が完全に吸収し尽くされるとは到底考えられないから飽和しているはずが無い、と反論しないのはなぜかと言うと。
そのように反論すれば、じゃあ、Gavin Schmidtらの計算は間違いだな、コンピュータシミュレーションは間違いだな、ということは、コンピュータシミュレーションを盾にした人為的温暖化論は間違いだな、となってしまうんだね。
飽和論に反論した途端に、自己否定になってしまうから反論できないんだな。

で、コンピュータシミュレーションはCO2の温室効果を過大評価しているけれど、その一方で、産業革命時におけるCO2の温室効果が多層大気模型の結果より高いことも確かだから、正しい値は多層大気模型の結果とコンピュータシミュレーションの結果の中間当りにあるだろうね。
下図の紫色の線に依れば、1900年から1980年の気温上昇は0.6℃。

IPCC第4次報告書より

この全てをCO2の増加に帰するとして、そして、IPCCの主張する気候感度3℃を仮定すると、(但し、上で説明したとおり、CO2単独の温室効果の上昇が1℃を上回ることはあり得ないから、「気候感度」という用語自体が無意味だけど、便宜上、IPCC語を用いることにする)、CO2の温室効果は0.2℃上がったということになる。
従って、コンピュータシミュレーションでの産業革命時におけるCO2の温室効果は、8℃から0.2℃差っぴいて7.8℃。
この値と多層大気模型の値7.2℃の中間を採れば7.5℃となる。
中間値を採ることに科学的根拠はないけど、コンピュータシミュレーションを信奉する人為的温暖化論者が、よもや、その値は高すぎるとは言わんだろ。
だから、産業革命時において、CO2の温室効果が上がる余地は0.5℃以下であったと言える。
ところが、サイドバーにアップロードしている「”地球温暖化懐疑論批判”の不都合な真実」の第13節で解説したとおり、0.5℃以下ならば、人為的温暖化が起こり得るとしても、それを心配する必要など全く無いんだな。

そんなことはないと言い張るのであれば、CO2の温室効果は飽和しない、上限値は存在しない、もしくは、存在したとしても8℃より遥かに高いことを示すしかない。
9月25日の投稿で紹介したけど、江守正多も「モデル以前の問題」と認めていたとおり、それはコンピュータシミュレーション云々の問題ではなく、純粋に理論的に定式化されるべき事柄なのよ。
11月4日の投稿で「どんな基礎知識からどんな結論が導かれるのかを筋道をたてて述べていただきたい」と要求したのは、正にこのことなんだな。
ところが、IPCC党は何の説明も出来ない。
11月14日の「気候変動・千夜一夜」は、「地球温暖化問題についての別の見解」を示すとか嘯きつつ、結局のところ、CO2の人為的排出を制御できないと人類は滅ぶ、みたいなことを言い立てているだけ。

そもそも「別の見解」と言うのならば、私めが提示している飽和論こそ従来の飽和論とは「別の見解」。
11月4日の投稿でも指摘したけど、我国における従来の飽和論は多層大気模型は誤りという論理に根ざしていた。
しかし、私めの飽和論は多層大気模型に基いているから、それとは全く異なる。
一方、海外の飽和論は、と言うと。

「Climate and Energy Security」より

CO2濃度が100ppmを超えるとCO2の寄与は小さくなる、と。
ところが、この計算では産業革命時におけるCO2の温室効果は3℃未満!

「Climate and Energy Security」より

この値はCO2の寄与だけだから、13μm~17.5μmの帯域における水蒸気の寄与を含めればもっと高くなるはずだけど、Gavin Schmidtらの計算ではCO2単独の寄与は6.3℃だから、その半分以下。
しかし、上で説明したとおり、私めは、正しい値は多層大気模型とGavin Schmidtらの値との中間にあると評価しているから、上のグラフを正しいとは認め難いんだな。
結局、私めの提示した飽和論は、国内・国外を問わず、従来の飽和論とは全く「別の見解」なわけ。
ところが、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たち」とやらは、私めの「別の見解」には頬かむりを決め込みながら、あべこべに「地球温暖化問題についての別の見解」などと嘯いているのであって、議論から逃げているのは明らかだろ。

実は、「気候変動・千夜一夜」のその記事、伊藤公紀の「地球温暖化問題へのセカンドオピニオン」という論説を当て擦っているのだけど、伊藤公紀のブログによれば、と言うより、 ツ イッターからの転載だけど、その論説を投稿した際に「カール・ポパーの反証可能性の罠に陥っている」と難癖をつけられたらしい。
で、ウィキペディアによると、その「反証可能性」とは「どのような手段によっても間違っている事を示す方法が無い仮説は科学ではない」という命題らしいけど、「気候変動・千夜一夜」が全く反論してこないのは、当に「どのような手段によっても間違っている事を示す方法が無い温室効果飽和論は科学ではない」と主張していることに他ならず、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たち」が飽和論に全く反論できないことを、彼らこそ「反証可能性の罠に陥っている」ことを露呈してるんだな。

しかも、だ。
9月7日の投稿では、David Archerも飽和を認めているではないかと、9月25日の投稿では、江守正多も「モデル以前の問題」と認めていたではないかと、そして、10月7日の投稿では、吉村純も「飽和に近い」と認めていたではないかと質したにもかかわらず、それには頬かむりを決め込んで、すなわち、自分達こそ議論から逃げ回っているくせに、10月16日の投稿で紹介したとおり、醜悪なチンピラを使って、あべこべに「理解を深めたい意図が見えず」と誹謗中傷し、自らを正当化しようと図るような体たらく。
まるで、ノートゥングに恐れ慄いてジークフリートを毒殺しようと図ったミーメのよう。

人為的温暖化論の末路は見えたね。

ノートゥング(飽和論)を鍛え直したジークフリートを見て驚き恐れるミーメ(人為的温暖化論者)

再生可能エネルギーとTPPのための協奏交響曲

モーツァルト「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回の投稿では「つじつまが大切です」と強調したけど、以下の諸点を鑑みれば判るとおり、今、喧々囂々のTPPは再生可能エネルギーと見事に「つじつま」が合ってるんだな、これが。

1) 「自由化」という詭弁

「自由」という耳当りの良い言葉を使って、片や「貿易自由化」だの、片や「電力自由化」だのと嘯いているけど、それは「自由」でも何でもなく、ただの「エゴ」。
8月10日の投稿で紹介したとおり、孫不正義が大震災後に突如としてしゃしゃり出て来て、「電気料金が一時的に数百円上がるとか経団連のえらいさんが言ってるようだが、わたしに言わせると「ええかげんにせえ」と。それは一時的なことではないか」と言い放ったけど、それは正に「エゴ」を露呈してた。
「エゴ」を「自由」と言い繕って国民を騙す。
この点に関してTPPと再生可能エネルギーは共通してるんだな。

2) 「国を開く」という詭弁

皆さんご存知のとおり、チョンコロ韓直人は「平成の開国」とほざいてTPPを宣言した。
9月29日の投稿で紹介したとおり、チョンコロ韓直人と蜜を嘗めあう仲の朝鮮日刊新聞も「開国」を喚き散らしている。


困るのは「鎖国思想」
2011年1月20日0時12分
日本経済の長い停滞は、高齢化と人口減に原因がある、とする議論が盛んである。
その主張の根拠となる長期予測によると、2055年には人口は現在の1億2700万人から8900万人にまでに減少する、という。これは今後も、出生率は変化しない。外国人の日本への流入(移住)を認めない、という前提に立っている。とくに後者の考え方は危険である。先進国は、悩みながらも「不幸からの脱出」を願う難民や「より幸福になりたい移民」を受け入れている。彼らの生きようとする努力は社会の活力そのものでもある。
また人口が減るから経済成長はない、との主張もいかがなものだろう。日本を含め、これまでの世界各国の人口とGDPの推移を一覧してみればよい。人口と経済成長とは連動していない。中国をはじめとした東アジア諸国の毎年10%近い成長が、それぞれの国の人口増と連動しているのだろうか。
終戦直後の日本の総人口は約7200万人だった。現在はその2倍にも達してないのだ。その間、GDPが何倍になっただろう。あるいはロシアや中東など資源国の経済と人口は連動しているだろうか。経済は気候風土や政治制度あるいは宗教、文化など無数の要素によって成り立っている。
生産年齢人口の低下予測による悲観論も同様だ。欠落しているのは「技術革新」と「国際化」に関する構想力である。付加価値をもたらす人間の知恵(技術革新)は無限であり、グローバル化の進展は急速だ。周辺国としての東アジア諸国とともに、経済発展をとげることは十分に可能である。困るのはTPPへのためらいに代表される「鎖国思想」である。(遠雷)


(asahi.com 「経済気象台」より)


「平成の開国」への期待
2011年1月22日0時3分
首相が年頭所感で「今年を『平成の開国』元年と位置づけ、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を含め自由貿易へ向けた交渉、協議を本格化させる」と表明したことが大きな反響を呼んでいる。首相の意気込みは感じるが、実現までには難問山積である。
TPPは関税の100%撤廃を原則としており、参加した場合、米などを特例として高い関税を維持することができなくなる。首相はTPP参加を機に農業分野を活性化し、国際競争力を高めることを目指すという。
日本の自由貿易交渉は農業がネックで行き詰まる状況が続いている。その結果、農業分野で思い切った決断をした韓国勢との競争で日本企業は大きなハンディを背負いつつある。その意味では首相の方針を評価したい。
しかし開国とうたうからには農業分野の開放だけでは不十分だろう。日本全体の活性化へ向け、様々な分野で海外からの流入を促進する施策への取り組みが必要だ。例えば看護師や専門技術者などの人材の受け入れ拡大、法人税などがネックとなっている海外企業の投資促進などである。
そうした海外からの人材や企業の流入の結果、人材のグローバル化も進み、国としての国際競争力向上にもつながるのではないか。
首相が引き合いに出している幕末や戦後においては、開国や敗戦によって強制的に海外から人、モノ、文化が流入し、いやおうなく海外の風にさらされた。その中で日本人は持ち前の創意工夫と努力によって、つぶされることなく生き残り、逆に海外へ出て行く力をつけたのである。
平成の開国においては、そうした強制的開国でなく、自らの意思と戦略による開国を期待したい。(H)


(asahi.com 「経済気象台」より)

一方、4月15日の投稿で紹介したとおり、朝鮮日刊新聞は「この外資から保護する理由は、同時に、自然エネルギーを抑える原因につながる」だの、「さらに、もっと大きな”公益”がある。日本を海外へ開かれた国にしていく、という目標である」だのと言い張って、すなわち、やはり「開国」を盾に再生可能エネルギー・電力自由化を正当化した。

3) 「既得権益の打破」だの、「消費者の利益」だのという詭弁


「農協がわめいてる」=TPP反対派けん制-仙谷氏
民主党の仙谷由人政調会長代行は29日、長野県軽井沢町で開かれた同党の前原誠司政調会長を支持するグループの会合で講演した。仙谷氏は選挙対策に言及する中で「農協が環太平洋連携協定(TPP)反対をわめいて走っている。ちゃんとものの分かる人を何人かつかまえて応援団をつくっていく(ことが大事だ)」と述べ、TPP交渉参加に反対する全国農業協同組合中央会(JA全中)の姿勢を批判した。(2011/10/29-11:51)


(時事ドットコム)

もちろん、朝鮮日刊新聞も。


どうするTPP―交渉参加で日本を前へ
米国や豪州、シンガポールなど9カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に、日本も加わるべきか、否か。
9カ国は、12、13日にハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて、大枠での合意と交渉継続を打ち出す見通しだ。
野田首相はAPEC出席の前に交渉参加を打ち出す構えを見せるが、与野党から慎重論や反対論が噴き出している。
■戦略づくりを急げ
TPPのテーマは幅広い。関税引き下げだけでなく、医療や郵政、金融、食の安全、環境など、さまざまな分野の規制緩和につながる可能性がある。農業をはじめ、関係する団体から反対が相次いでおり、首相の方針表明を食い止めようとする政界の動きにつながっている。
改めて主張したい。まず交渉に参加すべきだ。そのうえで、この国の未来を切り開くため、交渉での具体的な戦略づくりを急がねばならない。
資源に乏しい日本は戦後、一貫して自由貿易の恩恵を受けながら経済成長を果たしてきた。ただ急速に少子高齢化が進み、国内市場は停滞している。円高の追い打ちもある。貿易や投資の自由化を加速させ、国内の雇用につなげていくことが、ますます重要になっている。
世界貿易機関(WTO)での自由化交渉が行き詰まるなか、アジア太平洋地域にはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現という共通目標がある。横浜で昨年開かれたAPECでは、FTAAPへの道筋の一つにTPPも位置づけられた。
それに背を向けて、どういう戦略を描こうというのか。
慎重・反対派は「なぜTPPなのか」と疑問を投げかける。関税撤廃が原則でハードルの高いTPPではなく、2国間の経済連携協定(EPA)を積み重ねていけばよいという主張だ。
これまでの日本が、そうだった。すでに東南アジア各国などと10余りのEPAが発効している。だが、コメなどを対象外にする代わりに、相手国にも多くの例外を認めてきたため、自由化のメリットが薄い。
■EPA網へのテコに
TPPでは、中小企業の自由貿易協定(FTA)活用促進や電子商取引など、WTOで取り上げてこなかった分野も含まれる。積極的にかかわってこそ、メリットが生まれる。
「TPPには中国、韓国などの貿易大国が加わっておらず、意味がない」との指摘もある。
しかし、TPPへの参加は中韓との交渉にも波及する。日中韓の3カ国が続けているEPAの共同研究について、中国は積極姿勢に転じた。当初の予定を大幅に繰り上げ、年末までに結論を出す。来年から交渉を始めることになりそうだ。
米国が主導するTPPへと日本が動いたことで、中国がそれを牽制(けんせい)する狙いで方針転換したとの見方がもっぱらである。
中断したままの日韓、日豪両EPAの交渉再開も急ぎたい。欧州連合(EU)とのEPAも事前協議から本交渉へと進めなければならない。「なぜTPPか」ではなく、TPPをてこに、自由化度の高いEPA網を広げていく戦略性が必要だ。
「TPP参加で産業の一部や生活が壊される」との懸念に、どうこたえていくか。
まずは農業である。特にコメへの対応が焦点だ。政府は、経営規模を現状の10倍程度に広げる方針を打ち出している。バラマキ色が強い戸別所得補償制度の見直しをはじめ、TPP問題がなくとも取り組むべき課題である。
■消費者の利益が原点
規制緩和の問題はどうか。
TPP交渉で取り上げられている分野は、米国が日本に繰り返し要求してきた項目と重なる。「市場主義」を掲げて規制緩和を進めた小泉内閣時代に検討された内容も少なくない。
折しも世界各地で「反市場主義」「反グローバリズム」のうねりが広がる。格差拡大への懸念が「米国の言いなりになるのか」という主張と結びつき、TPP反対論を後押ししている。
ここは冷静になって、「何が消費者の利益になるか」という原点に立ち返ろう。安全・安心な生活を守るため、必要な規制を維持するのは当然だ。TPP反対派の主張に、業界の利益を守る思惑がないか。真に必要な規制を見極め、米国などの要求にしっかり向き合いたい。
TPP交渉では国益と国益がぶつかり合っている。「例外なき関税撤廃」の原則も、実情は異なる。米国は豪州とのFTAで砂糖を対象から除いており、この特例をTPPでも維持しようとしているのが一例だ。日本も、激変緩和のための例外措置を確保できる余地はある。
もちろん、難交渉になるのは間違いない。しかし、参加しない限り、新たなルールに日本の主張を反映できない。TPPに主体的にかかわることが、日本を前へ進める道だ。


(2011年11月8日の朝鮮日刊新聞社説)

一方、4月15日の投稿で紹介したとおり、「日本では「消費者側が選択する力」も働かない」と言い立て、9月11日の投稿で紹介したとおり、電力会社の既得権益が再生可能エネルギー普及の阻害要因と言い立てて、電力自由化を正当化している。
これまた、TPPの論理と瓜二つ。

4) 外資による強奪

しかし、「既得権益の打破」が「消費者の利益」と嘯きつつ、実のところ、TPPの狙いの一つは農協(農林中金)の資産強奪。


農協からの金融・保険分離を検討へ 行政刷新会議
2010年12月21日7時42分
政府の行政刷新会議が農協からの金融や保険の分離を検討する見通しになった。規制・制度改革に関する分科会のワーキンググループが21日にも開く会合で確認する。独占禁止法の適用除外など特権のある農協を農産物の集荷販売など農業事業に専念させる抜本改革だが、多くの農協は農業の赤字を金融や保険で補っており反発は必至。閣議決定へのハードルは高い。
信用と呼ばれる金融、共済と呼ばれる保険の事業は、ともに農協の収益の柱。農林水産省が2008年度末に全国770の総合農協を調べたところ経常利益は合計2159億円。金融が2013億円、保険が1734億円の黒字を生み、農業や営農指導といった事業の赤字を補っていた。
銀行や保険会社は、預金者保護や不公正な取引を防ぐ観点から、本業に関係ない業種を直接手がけることを禁じられているが、農村部における一般金融機関のサービスがかつて不十分だったことを背景に、農協は認められてきた。
しかし、複数の関係者によると、有識者が多数を占めるワーキンググループでのこれまでの議論で、多くの農村でほかの金融機関の利用が可能になっているとし、農協が金融や保険で得た利益を本来無関係な農業事業の赤字補填(ほてん)に使っていることを疑問視する声が相次いだ。事実上地域独占の農協に、農業事業での競争を促す思惑もある。
これに対し、全国農業協同組合中央会は「農産物の販売や信用(金融)などの事業が有機的に結びつくことで総合的なサービスを効率的に実施している」との立場だ。
行政刷新会議は、ワーキンググループが決めた議題を年明けから規制・制度改革分科会で検討し、同会議の方針を決定。農水省との協議も踏まえ年度内の閣議決定につなげる。農協改革をめぐっては、菅直人首相が、環太平洋パートナーシップ(TPP)への参加検討をきっかけに立ち上げた「食と農林漁業の再生推進本部」が検討議題にとりあげようとし、農水省の抵抗で削除した経緯がある。


(asahi.com)

これは郵政民営化と全く同じだろ。
「改革」と称して、美味しいところだけ頂く、と。
一方、これまた4月15日の投稿で紹介したけど、朝鮮日刊新聞が、電力網を手放してTCI様に差し上げろ、と喚いていたとおり、電力自由化も我国の社会資本強奪が目的。
農協に対しても電力会社に対しても「地域独占」とあげつらい、そして、第1点で論じたとおり「自由」を強調し、「独占」と「自由」を対比させて国民を欺き、その実は国民資産を奪い盗る。
つまり、上記第2点の「国を開く」とは国益を差し出すという意味だったわけで、この点において、電力自由化はTPPと全く同じ意図に根ざしている。

5) 自然環境を顧みない。

米国や豪州のような広大な国土の農業と、急峻な島国で平地の少ない我国の農業を同じ俎上に載せる事自体が全く公平さに欠けることは言うまでもないけど、一方、8月14日の投稿8月26日の投稿で指摘したとおり、我国では風力発電は不向きなのに、3月23日の投稿4月26日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、電力自由化を言い立てている輩は西欧を規範にして、風力、風力、と喚き散らしているのであって、自然環境の違いを顧みないという点において全く同類。
しかし、第4点で説明したとおり、そもそも、国益を外資に差し出すことが目的なのだから、自然環境の違いを顧みるはずもないんだな。

この問題に関して、ついでに、もう一つ指摘しておこう。
「地球温暖化懐疑論批判」の「議論35」は京都議定書を正当化して、「一方、日本は、ほぼ日本だけのための特別権利のようなものとして森林吸収分としてマイナス3.8%を得たため、実質はマイナス2.2%(-3.8+6)とも言える。だから、この数値だけから判断すると、日本はかなり有利とも考えられる」と高言してた。
もちろん、西欧にも森林はあるけど、上で述べたとおり、大陸と違って、我国は急峻で平地の少ない島国なのだから、「日本だけのための特別権利」だの、「日本はかなり有利とも考えられる」だのと言い立てることは、自然環境を顧みない証拠であり、自然環境を顧みない輩が温暖化などと騒ぎ立てる事自体が異状であり、それは、京都議定書が排出量取引で我国から毟り盗るための詐術に他ならない事を露呈しているんだな。
実際、9月7日の投稿10月7日の投稿10月16日の投稿、そして、前回の投稿で解説したとおり、人為的温暖化は全くのでっち上げ。

6) 弱者から強者へ

小泉エセ改革の結果がハッキリと示したとおり、「自由化」という名の「エゴ」は必ず社会的弱者を収奪する。
TPPの場合、零細農家は潰される。
電力自由化の場合、再生可能エネルギー高値買い取りで、太陽光パネルを設置できる裕福な家庭が、設置できない貧しい家庭に負担を押しつけることが出来る。
もし、全家庭が太陽光パネルを設置できるのならば、高値買い取りは意味を成さない。
つまり、高値買い取りは貧富の差を、強者が弱者から収奪するということを絶対の前提にしているわけで、その本質はTPPと同じ。

7) 日本の分断

第4点で指摘した「外資による強奪」を実現するには、日本国民を分断しなければならない。
第3点で論じた「既得権益の打破」だの、「消費者の利益」だのという詭弁は、生産者(農家)と消費者を分断化する詐術に他ならないんだな。
一方、8月10日の投稿8月26日の投稿10月31日の投稿で指摘したとおり、たとえ、再生可能エネルギーとやらを推し進めるにしても、高値買い取りは全く必要ないにもかかわらず、再生可能エネルギーの普及に高値買い取りが必須と言い立てるのは、実のところ、高値買い取りで負担させる側の国民と負担させられる側の国民を分断化しようとの邪悪な意図に根ざしているのよ。

日本国民分断とは即ち日本国の解体。
そして、その最終手段がいわゆる地方分権・地域主権というやつ。


TPP、44道府県議会が消極的 意見書で反対・慎重
政府が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加することについて、44道府県議会が「反対」や「慎重」な対応を求める意見書を可決していることが朝日新聞の調べでわかった。
交渉に参加しないように明確に求める「反対」の意見書・決議を可決した議会は17。「国民合意」といった条件を満たすまで参加しないことなど、「慎重」な対応を求める意見書は27の議会が可決した。
「反対」のうち12議会は、交渉参加に前向きな野田佳彦首相が就任した9月以降に2、3度目の可決をしていた。


(asahi.comより)

「地域主権」とか言いながら、地方の声は無視してTPPを凶行、じゃなかった、強行。
それは、「地方分権」が実は地方切り捨て以外の何物でも無いことを露呈してるんだな。
ところが。
再生可能エネルギー・電力自由化も「地方分権」と一体。
実際、8月30日の投稿で紹介したとおり、「虚人」=飯田哲也は「地域の自立とエネルギーの主権を私たちが取り戻すことが必要であり、今やそれを可能とする自然エネルギーという選択肢がある」と言い立てていたし、9月11日の投稿で紹介した2011年7月13日の朝鮮日刊新聞社説は「原発から脱し分散型の電源を選ぶことは、エネルギー政策をお任せ型から参加型へ転換し、分権的な社会をめざすことにつながる」と言い張った。
「分断して支配する」は支配者の常套手段。
TPPと再生可能エネルギー・電力自由化は、日本国解体という壮大にして邪悪極まる策謀の両輪なのよ。

朝鮮日刊新聞グループの力で大阪腐恥事に祭り上げられ、死の商人・伊藤忠を中心とする関西財界に命じられて、地方分権プロパガンダのスポークスマンを演じてきた「大阪の」が、核武装とか言ってたくせに、再生可能エネルギーで「脱原発」と言い出し始めた理由も明らかだろ。

例の「村野瀬玲奈の秘書課広報室」は「朝日新聞は原発問題についてはある程度の見識を発揮するのに、TPP問題についてはどうしてあんなにひどいのかな…」とか言ってますが、全然「ひどく」ありませんな。
始めに指摘した「つじつまが大切です」という視点に立てば、朝鮮日刊新聞は見事に「つじつま」が合っておるのだよ。
邪悪の「つじつま」が、ね。

じゃあ、再生可能エネルギー・電力自由化を喚き立てる一方でTPPに反対している連中の「つじつま」はどうなっているのか?
例えば、こいつ。


平成の「属国」化 TPPの嘘
金子 勝
東日本大震災や福島第一原発事故への対応からTPP (環太平洋戦略的連携協定) 交渉参加の議論は先送りにされたが、野田佳彦首相は2011年9月21日のオバマ米大統領との会談において、TPPの交渉参加を促され、早急に検討する旨表明。米国はハワイで開催予定である11月のAPECまでに交渉を妥結させる目標を掲げている。交渉参加の可否を決定する時期が差し迫っているにもかかわらず、いくつもの嘘が行き交っている。メディアは、TPP問題に関して、農業対工業というステレオタイプな対立図式を垂れ流しているが、農産物の市場アクセスの問題はTPPの1分野にすぎず、計24の分野における政策・制度の領域が交渉の対象になっている。ところが、交渉参加の可否を決定すべき時期が迫っているにもかかわらず、具体的な交渉内容は明らかにされていない。TPPの本質とは何か、また日本の採るべき進路とは何か。
かねこ・まさる 慶應義塾大学経済学部教授。1952年生まれ。著書に『世界金融危機』『脱・世界金融危機』(岩波ブックレット、A.デヴィット氏との共著)、『閉塞経済』(ちくま新書) 『「脱原発」成長論』(筑摩書房) ほか。


(夷罠深書店「世界」2011年12月号目次より)

おい、おい。
また、「金子KO負け」かよ。
ええ加減に、サラセン帝国!

上で解説したとおり、TPPと再生可能エネルギー・電力自由化は国家資産強奪・弱者収奪・日本国解体の両輪を成している。
だから、「金子KO負け」のTPP批判は、実のところ、TPPと再生可能エネルギー・電力自由化が同根であるという真実を隠蔽するための欺瞞にすぎないんだな。

既に8月18日の投稿で指摘した事だけど、重要な事だから、もう一度言っておくぜ。
新自由主義の発祥地が米国だとしても、米国は元来そんな国。
1990年以降、新自由主義が世界中を席巻した真の理由は、米国ではなくEUにある。
EUが新自由主義路線に邁進したからこそ、新自由主義が世界を覆った。
西欧における電力自由化は正にその過程での産物。
(実は、人為的温暖化詐欺もそれと歩調を合わせて進められてきた。)
其処のところを分析すれば、電力自由化の本性は明らかとなる。
それは当に経済学の課題。
にもかかわらず、「金子KO負け」は何も分析せず、対米従属だけを喚いているわけで、問題の本質をはぐらかそうとしていることは明らかだな。
要するに、「金子KO負け」は日本国解体という両輪の一方を担っているだけ。
それが再生可能エネルギー・電力自由化を喚き立てる一方でTPPに反対している輩の破廉恥で醜悪な正体ですわ。

その最高の証が夷罠深書店そのもの。
実際、夷罠深書店の「世界」には毎号必ず朝鮮日刊新聞記者が寄稿している。
朝鮮日刊新聞がTPPを喚き立てているにもかかわらず。
しかも、8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、既に、朝鮮日刊新聞が東電から甘い汁を吸ってきたことが露見したにもかかわらず!
これは夷罠深書店と朝鮮日刊新聞が一体化している証拠。
そして、それは、再生可能エネルギーを喚き立てている連中が、実のところ、TPP推進派と協奏しているという真実を、ハッキリと示しておるのだよ。

人為的温暖化論「完敗の歌」

ヴェルディ「椿姫」より「乾杯の歌」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

10月16日の投稿で紹介したこの表だけど、

説明が舌足らずだったので、ちょっと補足しとくわ。

物質による赤外吸収はその物質の密度と厚さに依存するから、物質の密度が低くても厚ければ殆ど吸収されるし、物質の密度が高ければ薄くても殆ど吸収されてしまう。
で、対流圏が10層から成る場合に、CO2の温室効果がたったの0.3℃というのは、CO2濃度が低いということであり、各層が赤外線を殆ど吸収するためには1kmの厚さが必要、ということ。
一方、対流圏が100層から成る場合に、CO2の温室効果が7℃以上というのは、CO2濃度が高いということであり、各層が赤外線を殆ど吸収するためには100mの厚さで十分、ということ。

CO2濃度が高くなれば、赤外線はより薄い層でも殆ど吸収されるから、それに伴って、層の数は確実に増す。
一方、CO2濃度が比較的低い時は、濃度が増せばCO2の温室効果は上がるけれど、ある程度以上に濃度が高くなれば、すなわち、ある程度以上に層の数が増せば、CO2の温室効果は上がりにくくなり、さらに、濃度が高くなってしまうと、CO2の温室効果は殆ど上がらなくなる。
これが温室効果の飽和。
もう一度言うけれど。
CO2濃度が高くなればなるほど、それに比例して層の数は増すけど、CO2の温室効果にそれは当て嵌まらない。

さて、以上のことを念頭に置いて、10月7日の投稿で紹介したコレを検討し直すと。

「成層圏では未飽和」ということは、対流圏では飽和していると認めているわけだけど、此処で問題なのは「飽和」の意味。
上で説明したとおり、CO2濃度が低くても、1kmもあれば赤外線は殆ど吸収されてしまうのだから、CO2濃度が300ppmの場合、対流圏を一つの層と見なせば、地表からの赤外放射(15μm帯域)が吸収し尽くされているのは判り切ったことだな。
だから、対流圏が飽和というのは、赤外線が吸収し尽くされているという意味ではなく、CO2の温室効果が飽和しているということに他ならない。
もちろん、飽和していても、CO2が増えれば対流圏でも層の数は増える。
このことは間違いない。
しかし、飽和しているのならば、層が増しても温室効果は上がらない。
従って、産業革命時において対流圏が飽和しているのならば、大気層の数は既に十分多いということであり、従って、CO2が増えて成層圏でも吸収が増し、その分だけ大気層が増えたとしても、気温はもう上がらないんだな。

2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」は、わざわざ「ただし第3点は「地球温暖化懐疑論批判」や「地球温暖化懐疑論へのコメント」では省略しました」とことわってたけど、その「第3点」は「成層圏では未飽和」という吉村純の言い分を書き直した物。
つまり、「地球温暖化懐疑論批判」の著者らは、「成層圏では未飽和」だからと言い立てて、人為的温暖化を正当化しようと図ったわけだけど、もはや明らかなとおり、それは温室効果の飽和を認めたと同じであり、すなわち、人為的温暖化は起こり得ないと認めたと同じであり、正に墓穴を掘ったと言える。

ところが。
10月20日の「気候変動・千夜一夜」は、こんなこと書いてんのよ。


実質同じことを、表現を変えて、なん度も書くことになります。くどいと感じるかたには申しわけありません。

菊池誠さんのKikulogの「地球温暖化問題つづき」の記事へのコメントとして、つぶやさんが次のように書いていました。

・・・中略・・・

これに対してわたしはこう書きました。

・・・中略・・・

気象学者は二酸化炭素がふえれば温室効果が強まることには自信をもっているので、太陽光反射の変動について不確かなところは残っていますが、地上気温はあまり上がらなくても海がたくわえているエネルギーがふえているという意味では温暖化は進行していると考えています。


(「ふたたび「たまり」と「流れ」について」より)

「気象学者は二酸化炭素がふえれば温室効果が強まることには自信をもっている」とか言ってますけど。
上の表を見れば判るとおり、温室効果の飽和とは、CO2がある程度以上増えれば温室効果は0.1℃だけ強まる、CO2がさらに増えれば温室効果は0.01℃だけ強まる、CO2がさらに増えれば温室効果は0.001℃だけ強まる、ということであって、誰も「二酸化炭素がふえれば温室効果が強まること」は否定してませんが。
10月7日の投稿で紹介した江守正多のように「二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる」と言い張るのであれば、ちゃんと反論してよね。

2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」は、「最近、その反論を名指しで反論する記事を見かけました。あるブログの古い記事に対するコメントになっており、そこで議論を続けるのはあまり適当でないと思いましたので、ここに移って論じることにします」と前置きしてたけど、そのコメント欄で、増田耕一大先生は次のようにのたまってたのよ。


クロップサイエンスさんのコメントは、他のかたのブログのコメントにしては長いですが、議論の理屈を追うには短すぎます。たいへんかもしれませんがご自分が親記事を書けるウェブサイトを確保して、どんな基礎知識からどんな結論が導かれるのかを筋道をたてて述べていただきたいと思います。


(「丸山茂徳氏の地球寒冷化論への反論」のコメント欄より)

Kikulogとやらへのコメントもそうだけど、ご丁寧にもわざわざ他所のブログのコメント欄を訪れて反論しながら、しかも「ご自分が親記事を書けるウェブサイトを確保して」とか言ってたくせに、自分のブログに直接送られてきたトラックバックに反論しないのは、なぜですかあ?
確かに「クロップサイエンスさん」は多層大気模型を鼻から否定しているけど、不肖私めは多層大気模型に基いて温室効果の飽和を論じているわけ。
それでも、温室効果は飽和しないと言い張るのであれば、それこそ「どんな基礎知識からどんな結論が導かれるのかを筋道をたてて述べていただきたい」ものである・ゴア。

2010年11月14日の「気候変動・千夜一夜」は「つじつまが大切です」と言い放って懐疑論を非難していたけど、他人には「どんな基礎知識から・・・」と言い放ちながら、自分の事になると知らんぷりするのは「つじつま」が合いませんが。
「地球温暖化懐疑論批判」では「定量的評価が進んできている事項に対して、定性的にとどまる言説を持ち出して否定する」と罵ってましたが、多層大気模型に基いた飽和論に対して「自信をもっている」では「定性的」議論にもなっておらず、全く「つじつま」が合いませんが。
増田耕一大先生よ。
「つじつまが大切です」よ、「つじつま」が。

9月7日の投稿で紹介したけど、CO2の温室効果が飽和すること自体はDavid Archerも認めていた。
だから、もう一度言うけれど、「成層圏では未飽和」、すなわち、対流圏では飽和しているのならば、大気層は既に十分多いということであり、「成層圏では未飽和」でも地球大気全体の温室効果は既に飽和している。
これまた9月7日の投稿で紹介したけど、Gavin Schmidtが、産業革命時の全温室効果33℃に占めるCO2の寄与分は8℃、すなわち、CO2の温室効果の上限値と同じ値をはじき出したのも理の当然。
温室効果の飽和という視点に立てば、David Archer、吉村純、Gavin Schmidtらの言い分は「つじつま」があっているんだな。
だから、反論出来るはずがない。
それだけのこと。
増田耕一大先生よ。
「つじつまが大切です」よ、「つじつま」が。
キャハハ。

もう判っただろ。
「自信をもっている」という台詞は、反論できないことの裏返しにすぎないのであって、すなわち、反論できないから「自信をもっている」などと嘯いているだけなのであって、その言葉とは裏腹に、実のところ、完全な敗北宣言に他ならないんだな。

さあ、皆さんもご一緒に。
人為的温暖化論へ、乾杯(完敗)!