人為的温暖化論「完敗の歌」

ヴェルディ「椿姫」より「乾杯の歌」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

10月16日の投稿で紹介したこの表だけど、

説明が舌足らずだったので、ちょっと補足しとくわ。

物質による赤外吸収はその物質の密度と厚さに依存するから、物質の密度が低くても厚ければ殆ど吸収されるし、物質の密度が高ければ薄くても殆ど吸収されてしまう。
で、対流圏が10層から成る場合に、CO2の温室効果がたったの0.3℃というのは、CO2濃度が低いということであり、各層が赤外線を殆ど吸収するためには1kmの厚さが必要、ということ。
一方、対流圏が100層から成る場合に、CO2の温室効果が7℃以上というのは、CO2濃度が高いということであり、各層が赤外線を殆ど吸収するためには100mの厚さで十分、ということ。

CO2濃度が高くなれば、赤外線はより薄い層でも殆ど吸収されるから、それに伴って、層の数は確実に増す。
一方、CO2濃度が比較的低い時は、濃度が増せばCO2の温室効果は上がるけれど、ある程度以上に濃度が高くなれば、すなわち、ある程度以上に層の数が増せば、CO2の温室効果は上がりにくくなり、さらに、濃度が高くなってしまうと、CO2の温室効果は殆ど上がらなくなる。
これが温室効果の飽和。
もう一度言うけれど。
CO2濃度が高くなればなるほど、それに比例して層の数は増すけど、CO2の温室効果にそれは当て嵌まらない。

さて、以上のことを念頭に置いて、10月7日の投稿で紹介したコレを検討し直すと。

「成層圏では未飽和」ということは、対流圏では飽和していると認めているわけだけど、此処で問題なのは「飽和」の意味。
上で説明したとおり、CO2濃度が低くても、1kmもあれば赤外線は殆ど吸収されてしまうのだから、CO2濃度が300ppmの場合、対流圏を一つの層と見なせば、地表からの赤外放射(15μm帯域)が吸収し尽くされているのは判り切ったことだな。
だから、対流圏が飽和というのは、赤外線が吸収し尽くされているという意味ではなく、CO2の温室効果が飽和しているということに他ならない。
もちろん、飽和していても、CO2が増えれば対流圏でも層の数は増える。
このことは間違いない。
しかし、飽和しているのならば、層が増しても温室効果は上がらない。
従って、産業革命時において対流圏が飽和しているのならば、大気層の数は既に十分多いということであり、従って、CO2が増えて成層圏でも吸収が増し、その分だけ大気層が増えたとしても、気温はもう上がらないんだな。

2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」は、わざわざ「ただし第3点は「地球温暖化懐疑論批判」や「地球温暖化懐疑論へのコメント」では省略しました」とことわってたけど、その「第3点」は「成層圏では未飽和」という吉村純の言い分を書き直した物。
つまり、「地球温暖化懐疑論批判」の著者らは、「成層圏では未飽和」だからと言い立てて、人為的温暖化を正当化しようと図ったわけだけど、もはや明らかなとおり、それは温室効果の飽和を認めたと同じであり、すなわち、人為的温暖化は起こり得ないと認めたと同じであり、正に墓穴を掘ったと言える。

ところが。
10月20日の「気候変動・千夜一夜」は、こんなこと書いてんのよ。


実質同じことを、表現を変えて、なん度も書くことになります。くどいと感じるかたには申しわけありません。

菊池誠さんのKikulogの「地球温暖化問題つづき」の記事へのコメントとして、つぶやさんが次のように書いていました。

・・・中略・・・

これに対してわたしはこう書きました。

・・・中略・・・

気象学者は二酸化炭素がふえれば温室効果が強まることには自信をもっているので、太陽光反射の変動について不確かなところは残っていますが、地上気温はあまり上がらなくても海がたくわえているエネルギーがふえているという意味では温暖化は進行していると考えています。


(「ふたたび「たまり」と「流れ」について」より)

「気象学者は二酸化炭素がふえれば温室効果が強まることには自信をもっている」とか言ってますけど。
上の表を見れば判るとおり、温室効果の飽和とは、CO2がある程度以上増えれば温室効果は0.1℃だけ強まる、CO2がさらに増えれば温室効果は0.01℃だけ強まる、CO2がさらに増えれば温室効果は0.001℃だけ強まる、ということであって、誰も「二酸化炭素がふえれば温室効果が強まること」は否定してませんが。
10月7日の投稿で紹介した江守正多のように「二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる」と言い張るのであれば、ちゃんと反論してよね。

2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」は、「最近、その反論を名指しで反論する記事を見かけました。あるブログの古い記事に対するコメントになっており、そこで議論を続けるのはあまり適当でないと思いましたので、ここに移って論じることにします」と前置きしてたけど、そのコメント欄で、増田耕一大先生は次のようにのたまってたのよ。


クロップサイエンスさんのコメントは、他のかたのブログのコメントにしては長いですが、議論の理屈を追うには短すぎます。たいへんかもしれませんがご自分が親記事を書けるウェブサイトを確保して、どんな基礎知識からどんな結論が導かれるのかを筋道をたてて述べていただきたいと思います。


(「丸山茂徳氏の地球寒冷化論への反論」のコメント欄より)

Kikulogとやらへのコメントもそうだけど、ご丁寧にもわざわざ他所のブログのコメント欄を訪れて反論しながら、しかも「ご自分が親記事を書けるウェブサイトを確保して」とか言ってたくせに、自分のブログに直接送られてきたトラックバックに反論しないのは、なぜですかあ?
確かに「クロップサイエンスさん」は多層大気模型を鼻から否定しているけど、不肖私めは多層大気模型に基いて温室効果の飽和を論じているわけ。
それでも、温室効果は飽和しないと言い張るのであれば、それこそ「どんな基礎知識からどんな結論が導かれるのかを筋道をたてて述べていただきたい」ものである・ゴア。

2010年11月14日の「気候変動・千夜一夜」は「つじつまが大切です」と言い放って懐疑論を非難していたけど、他人には「どんな基礎知識から・・・」と言い放ちながら、自分の事になると知らんぷりするのは「つじつま」が合いませんが。
「地球温暖化懐疑論批判」では「定量的評価が進んできている事項に対して、定性的にとどまる言説を持ち出して否定する」と罵ってましたが、多層大気模型に基いた飽和論に対して「自信をもっている」では「定性的」議論にもなっておらず、全く「つじつま」が合いませんが。
増田耕一大先生よ。
「つじつまが大切です」よ、「つじつま」が。

9月7日の投稿で紹介したけど、CO2の温室効果が飽和すること自体はDavid Archerも認めていた。
だから、もう一度言うけれど、「成層圏では未飽和」、すなわち、対流圏では飽和しているのならば、大気層は既に十分多いということであり、「成層圏では未飽和」でも地球大気全体の温室効果は既に飽和している。
これまた9月7日の投稿で紹介したけど、Gavin Schmidtが、産業革命時の全温室効果33℃に占めるCO2の寄与分は8℃、すなわち、CO2の温室効果の上限値と同じ値をはじき出したのも理の当然。
温室効果の飽和という視点に立てば、David Archer、吉村純、Gavin Schmidtらの言い分は「つじつま」があっているんだな。
だから、反論出来るはずがない。
それだけのこと。
増田耕一大先生よ。
「つじつまが大切です」よ、「つじつま」が。
キャハハ。

もう判っただろ。
「自信をもっている」という台詞は、反論できないことの裏返しにすぎないのであって、すなわち、反論できないから「自信をもっている」などと嘯いているだけなのであって、その言葉とは裏腹に、実のところ、完全な敗北宣言に他ならないんだな。

さあ、皆さんもご一緒に。
人為的温暖化論へ、乾杯(完敗)!

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