人為的温暖化論の死産に「歓呼の声を放て、喜び踊れ」

今日今晩は。
グリーンランド国際サンタクロース協会未公認のサンタクロースで~~~す。
人為的温暖化教信者の皆さんにクリスマスプレゼントを持ってきただよ。

デヘヘ。
なかなか、いいじゃん。

って、何なのこれ?
クリスマスなのに、なぜ水着なの?
人為的温暖化で常夏になっちゃったの?
それなら、ついでに全部脱いでよ。
デヘヘ。

まあ、いいか。
と言うのも、本当のクリスマスプレゼントはコレだから。

図1

これは「Hide the decline」というブログを運営してる懐疑論者が作成したグラフですわ。
一人で調べたのか、数人で調べたのかは知らないけど、大したもんだね。
そんじょそこらの懐疑論者とはレベルが違うね。
やっぱり、毛唐は馬力があるわ。
私めも見習わなきゃね。

サイドバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の第2節でも解説したけど、一応、説明すると。
公表されている全球平均気温の大元になっているGHCN(Global Historical Climatology Network)の半数近くは都市部にあるから、都市化によるバイアスで嵩上げされているという疑惑があるんだな。

図2

IPCC党は「温暖化が激しいのはむしろ都市化が進んでいない場所であり、このことは「都市化による全球気温のバイアス」が幻想であることを示している(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論3」)」と決めつけていたけど、都市部以外(Rural)の気温だけを集めてみたら、図1の赤線がそれだけど、1950年以降の全球平均気温を大幅に下回って、1940年頃の気温と2000年の気温は殆ど同じになってしまったんだね。
そうであれば、20世紀後半の気温上昇は自然変動と都市化によるバイアスだけでほぼ説明できるということであり、「20世紀後半以降の温暖化の大部分が人為起源である可能性が非常に高い(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論10」)」というIPCCの見解は崩壊してしまうわけ。

もちろん、人為的温暖化教信者の皆さんは、専門家じゃない懐疑論者が作った物なんか信用できるか、と喚き散らすだろうけど。
と言うのも、人為的温暖化教信者には高学歴の人が多いわけで、ところが、実のところ、そういう人に限って自分の頭で考える努力をしないわけで、だから、そういう人はアカデミズムの権威には弱いわけで、IPCC党が「いわゆる懐疑論者は少数派であり、かつ全く分野が異なる専門外の研究者あるいは非研究者である場合が少なくない(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論1」)」だの、「そもそも、大部分の懐疑論者は、気候科学や地球科学を専門とする研究者ではなく(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論2」)」だのと大冗談、じゃなかった、大上段に構えればイチコロなんだね。

けど、我国の研究者の手になる最新の論文で示されたグリーンランドの気温推移と図1の傾向はほぼ一致している。

図3

この論文の要約には「Notwithstanding this conclusion, climate models project that if anthropogenic greenhouse gas emissions continue, the Greenland temperature would exceed the natural variability of the past 4000 years sometime before the year 2100」と書いてる。
つまり、21世紀に気温上昇が続けば、それはCO2の人為的排出が原因である可能性が高い、と。
しかし、裏を返せば、20世紀後半の気温上昇は自然の変動で説明できるということに他ならず、そうであれば、上で述べたとおり、IPCCの見解は、従って、人為的温暖化論は既に破綻しているんだね。
グリーンランド国際サンタクロース協会も、グリーンランドの気候変動は自然現象、と認めてるんだよ。(嘘)

もちろん、人為的温暖化教信者の皆さんは、グリーンランドの気温だけで人為的温暖化説を否定できない、と泣き叫ぶだろうけど、”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の第6節で紹介したとおり、グリーンランドに限らず、人為的温暖化の影響を受け易いはずの北半球高緯度の気温は図1とほぼ一致しているのであり、それらの事実は図1の信憑性を示唆しているわけ。

しかも、だ。
本来ならば、懐疑論者ではなくIPCC党自身がRuralだけの気温推移を示して、図1とは全く逆にRuralの気温上昇の方が全球平均よりも高いから、「温暖化が激しいのはむしろ都市化が進んでいない場所であり、このことは「都市化による全球気温のバイアス」が幻想であることを示している(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論3」)」と言うべきだろ。
けど、IPCC報告書にそんなグラフは載っていない。
地球温暖化懐疑論批判」にもそんなグラフは載っていない。
気候変動・千夜一夜」にも載っていない。
IPCC党は非専門家や非研究者は出しゃばるなと放言しながら、基本的なことさえせずに「都市化による全球気温のバイアスは幻想」と決めつけていたわけだ。
とても「専門家」とは思えんな。

2011年1月28日の「気候変動・千夜一夜」は「現在いるいわゆる温暖化懐疑論者は非常識だ」と言い放ったけど、「常識」で考えれば、IPCC党は都市化によるバイアスを隠蔽している、としか考えられんな。
そして、そう考えれば、12月2日の投稿で指摘したけど、「地球温暖化懐疑論批判」が近藤純正氏の研究成果を歪曲した理由も理解できる。
2010年11月14日の「気候変動・千夜一夜」は「つじつまが大切です」と言い放ったけど、IPCC党が都市化によるバイアスを隠蔽しているという認識に立てば、IPCC党が、自分達こそが示すべきグラフを示さずに「温暖化が激しいのはむしろ都市化が進んでいない場所であり」と決めつけ、都市化によるバイアスを指摘した近藤純正氏の研究を歪曲し、その挙句に、12月2日の投稿で指摘したとおり、歪曲して何が悪い?と居直ったという事実は、全て「つじつま」が合うんだね。

しかも、だ。
たとえIPCC党が公表している気温を認めたとしても、12月14日の投稿で解説したとおり、CO2の温室効果は産業革命時にほぼ飽和しているから、人為的温暖化論は既に破綻しているんだね。
で、その判断の決め手の一つが2000年以降の気温上昇停滞だったわけだけど、呆れたことに、尚も、自然要因を除けば温暖化は止まっていないから人為的温暖化説は正しい、などと言い立てる論文が出てきたのよ。
2000年以降の気温上昇停滞が自然変動に因るということは、2000年以前の気温上昇の一因が自然変動だったということに他ならず、それを考慮すれば、CO2の温室効果の上昇自体は0.1℃に満たず、であるから、CO2の温室効果がほぼ飽和していることは明らかであるにもかかわらず。
で、さらに呆れたことに、2011年12月18日の「気候変動・千夜一夜」がその論文を紹介してるのよ。
一応は、「ただし、気候専門家の、この統計的分析の正しさに関する確信度は、大気中の二酸化炭素がふえることが温暖化をもたらすしくみに関する確信度ほどは高くありません」って弁明してるけど、図3の論文は紹介しないくせに、確信のもてない論文をわざわざ紹介しないでね。

もちろん、CO2の温室効果は飽和しないというのであれば、その論文にも意味があるけど、IPCC党は飽和論に反論できないのだから問題外だな。
実際、「大気中の二酸化炭素がふえることが温暖化をもたらすしくみに関する確信」という台詞が象徴的。
11月4日の投稿で紹介したとおり、「気候変動・千夜一夜」は10月20日の記事でも「気象学者は二酸化炭素がふえれば温室効果が強まることには自信をもっている」と言い張っていたけど、飽和論に対して科学的な反論のできないIPCC党は、もはや「信じている」としか言えなくなった、ということだわ。
まあ、信仰の自由は保証されているとはいうものの、とても「科学者」とは思えんな。

「信じている」の一点張りじゃあ取り付く島もないけど、CO2の温室効果は産業革命時にほぼ飽和していたのだから、人為的なCO2排出が重大な気候変動を引き起こすというのは、処女マリアがキリストを産んだというのと同じで、ありえない話なのよ。

「今や温暖化詐欺への報復はいみじくも遂げられたり」

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温暖化魔法使いの弟子

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回の投稿では「コンピュータシミュレーションなんて目じゃない」と言ったけれど、説明不足だったので、今日はそれを補足するですよ。

HuberとKnuttiの論文は、人為的なCO2排出で0.85℃温暖化した、と言い立てていたわけだけど、そんなことは有り得ないんだよ。

既に10月16日の投稿で解説したけど、もう一度繰り返すと。
大気中CO2濃度が280ppmから400ppmに増加し、それに比例して、大気が100層から140層に増したとすると、CO2の温室効果は0.24℃上がったことになる。
そこで、IPCCの主張する気候感度3℃を受け容れると、20世紀の100年間における気温上昇を再現できてしまうんだね。
けど、11月19日の投稿で指摘したとおり、産業革命時におけるCO2の温室効果は多層大気模型で考えた値よりも高いはずなのよ。
ということは、大気中CO2濃度が280ppmから400ppmに増加しても、CO2の温室効果が0.24℃上がることはない、ということ。
だから、人為的なCO2排出で0.85℃温暖化することは有り得ないんだね。

もちろん、気候感度が3℃よりも高ければ、0.85℃温暖化することも有り得るけど。
そこで、HuberとKnuttiの論文を見てみると。
気候感度は3.6℃になってるようだな。
そうであれば、0.24℃×3.6=0.86℃だから、0.85℃とほぼ一致する。
ということは、HuberとKnuttiの結果も、気候感度が若干高いだけで、CO2の温室効果は多層大気模型と同じ、ということ。
けど、上で説明したとおり、CO2の温室効果が0.24℃上がったはずがないから、人為的なCO2排出で0.85℃温暖化したはずがないんだね。

前回の投稿12月6日の投稿での考察から判るとおり、CO2の温室効果は産業革命時にほぼ飽和しているのであり、人為的温暖化の余地は残っているものの、大気中CO2濃度が産業革命時の倍になっても、高々0.4℃温暖化するだけ。
そして、CO2がそれ以上増えても、気温は殆ど上がらない。
但し、地球の気候システムは複雑だから、平均気温が0.4℃上がれば異常気象の頻度が上がる、と言うのであれば、それを一概に否定出来ないけど、IPCC党はそんなこと言ってない。
CO2濃度が産業革命時の倍になってもいないのに、HuberとKnuttiは、倍になった場合の倍以上温暖化したと、喚き散らしてるんだね。
10月7日の投稿で紹介したけど、江守正多は「地球もこれから二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる」と放言していたんだね。
IPCC党は温室効果の飽和を理解できないのよ。
なぜ、そんな滑稽なことになるのか?
9月7日の投稿でも紹介したとおり、Raymond Pierrehumbertが人為的温暖化論の元祖Arrheniusを正当化していたけど、それが全てを物語ってる。
(2011年3月11日の「気候変動・千夜一夜」もPierrehumbertの論文をヨイショしてたし。)

「Physics Today 64(2011)33」より

しかし、もう一度言うけれど、CO2の温室効果の上限が8℃というのは、667cm^(-1)=15μmを中心とするCO2の吸収帯域が288Kの黒体放射の約20%を占めているという事実に依拠してるから、プランク関数を知らなければ、CO2に因る温室効果の飽和を論ずることは不可能。
例えば、CO2の吸収帯域が288Kの黒体放射の30%を占めていたならば、CO2の温室効果は最大で12.5℃
(サイドバーにアップロードしている「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の(10-20)式でδ=0.3とした場合に当る。)

これならば、CO2の温室効果だけで5℃近く温暖化する余地が残っている。
フィードバックを考慮すれば10℃以上温暖化し得るわけだから、人類への影響を考えた場合、温室効果の上限は存在しないも同然。
だから、人為的温暖化を論ずる場合、CO2の吸収帯域が288Kの黒体放射に占める割合が決定的な意味を持つんだね。
Arrheniusの論文は量子の発見、すなわち、プランク関数の発見以前だから、シュテファン-ボルツマンの法則だけに依ってCO2に因る温暖化を論じた着想の卓抜さは否定しないけど、温室効果の飽和を云々する上では全く無意味なのよ。
にもかかわらず、今さらArrheniusを持ち出してきて、飽和しないと言い立てること自体がおかしいのであり、IPCC党がArrheniusから教わった「魔法」を唱えているにすぎないことを露呈しているんだな。

実際、Pierrehumbertが「Saturation fallacies」と言い立てていることこそ「fallacies」に他ならないのよ。
11月19日の投稿で解説したとおり、赤外線が大気中を1m進む間に平均して5%吸収されるだけで、CO2に因る温室効果の上限8℃のうちの9割に達してしまう。
このことは、ある程度吸収が進めば、温室効果がほぼ飽和することを意味しているのであり、「Angstrom was doubly wrong. First, modern spectroscopy shows that CO2 is nowhere near being saturated」という抗弁は全く非科学的なんだね。
また、11月4日の投稿で解説したとおり、対流圏の大気層が十分に多いのならば温室効果はほぼ飽和しているのであり、成層圏のCO2が増えて、地球大気全体の大気層が増えたとしても、もはや温室効果が強まることは有り得ないから、「the flaw of Angstrom’s argument is that radiation in the portion of the spectrum affected by CO2 escapes to space from the cold, dry upper portions of the atmosphere, not from the warm, moist lower portions」という抗弁も科学的に無意味なのよ。

ArrheniusはCO2という箒に「温暖化」という魔法をかけたんだね。
箒は止まることなく「温暖化」を運んでくる、と。
それを見て、その魔法を解く術を知らない弟子たちは「地球もこれから二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる」と叫んでいるわけだ。

もう、魔法の世界に浸るのは止めましょう。
今は科学の時代ですから。

おお、友よ、CO2の調べではなく

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

年末と言えば、第9ですね、はい。
但し、我国だけの現象だけど。
不肖私めも、年に一回、この時期に第9のCDを聴きますですよ。
けど、はっきり言って、CDを買う必要はありませんな。
N響の演奏をFMの生放送で聴けば、それで十分ですわ。
(もちろん、地元にオーケストラがあって、その演奏会を聴きに行けるのなら、それがベストだけど。)

というわけで(どこが?)、今日はコレを採り上げますですよ。

図1 Scientific Americanより

但し、原文は12月4日付けのNatureの記事

12月6日の投稿では、20世紀後半の温暖化は下図の紫色の線の半分、もしくは、黄色の線で表される1980年から2000年までの気温上昇に他ならない、と言ったけれど、IPCC党は、20世紀後半の気温上昇は0.5℃以上、と主張しているんだね。

図2 IPCC第4次報告書より

これは、どういうことかと言うと。
図2の黄色の線を1970年まで引き伸ばして、1970年から2000年までの気温上昇0.54℃が20世紀後半の気温上昇である、ということなんだね。
RealClimateが、温暖化!温暖化!と喚き立てる一方で、「Happy 35th birthday, global warming!」などと戯けていたのはその証左だし、2011年8月28日の「気候変動・千夜一夜」が「しかし、その結果がどうなっても、1970年ごろ以後の全球平均気温の上昇の原因が宇宙線であるということにはならないでしょう」と言ってたのもその証左だし、確かに、黄色の線は1970年まで引き伸ばせそうだな。

別に、それでも構わねえよ。
それでも、12月6日の投稿における考察は正しいんだね。
と言うのは、12月6日の投稿では、自然変動を考慮した場合と都市化によるバイアスを考慮した場合の2つを別々に考えたけど、自然変動も都市化によるバイアスも事実だから、実のところ、両方同時に考慮しなければならないんだな。

実際、11月23日の投稿で紹介したとおり、2000年以降の気温上昇停滞の原因が気候の内部変動であるということは、1970年から2000年までの毎年0.08℃の気温上昇のうち10年分は自然変動に因るということなんだね。
このことは図2からも明らかなのよ。
「IPCCが20世紀後半以降の温暖化の大部分が人為起源である可能性が非常に高いと結論した(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論10」)」ということは、20世紀前半の気温上昇は自然要因ということに他ならず、だから、1940年のピークは自然変動だったということに他ならないわけだけど、その後で気温が低下し、1970年以降は上昇に転じたということは、下図に見えるとおり、1970年以降の気温上昇にも1940年のピークをもたらしたのと同じ要因が働いている、すなわち、自然変動が1970年以降の気温上昇にも働いている、ということを意味してるんだね。

図3 「Predictions Of Global Mean Temperatures & IPCC Projections」より

(但し、このグラフは、2000年までの気温の上昇傾向を調べて、それをそのまま将来に延長しているだけで、温室効果の飽和を考慮していないから、紫色の直線のように気温が上がり続けると考えるのは誤り。)

さらに、図2に見えるとおり、1940年の気温と1980年の気温がほぼ同じであるという事実、そして、下図に見えるとおり、1910年から1940年にかけての気温上昇が1970年以降の気温上昇と同じほど急だったという事実も、この考察を裏づける。

図4 「Do Observations and Climate Models Confirm Or Contradict The Hypothesis of Anthropogenic Global Warming?」より

結局のところ、人為的な要因による気温上昇は、1970年から2000年までの毎年0.08℃の気温上昇のうちの20年分、すなわち、図2の黄色の線で表される1980年から2000年までの気温上昇、ということになる。
後は、12月6日の投稿における2つ目の考察がそのまま当て嵌まる。
つまり、人為的要因と言っても、CO2だけが原因ではなく、都市化や気温測定の劣化という人為的な自然改変の影響が大きいんだね。
近藤純正氏に依れば、都市化による全球気温のバイアスを除いた正味の温暖化は公表されている値の6割。
もちろん、それはフィードバックで増幅された値だから、気候感度が3℃だとすれば、CO2の温室効果の上昇はさらにその3分の1。
結局、CO2の温室効果の上昇は、3×0.18×2/3×6/10×1/3=0.07℃。
12月6日の投稿で考察した2つのケースのちょうど中間に当たるけど、いずれにせよ、CO2の温室効果が産業革命時にほぼ飽和状態にあったという結論は覆らないんだね。

さて、再びNatureの記事に目を通すと。
IPCC党は、CO2に因る温暖化は0.85℃、などと喚き立てているようだけど。
コンピュータシミュレーションなんて、目じゃないの!
上記の考察は、温室効果の基本メカニズムと、実際に観測された気温の推移と、そして、近藤純正氏の誠実で綿密なフィールドワークの成果に基いているのであって、コンピュータゲームとは訳が違うのよ。
その証拠に、IPCC党の言い立てる温室効果未飽和論は9月7日の投稿で粉砕したし、9月25日の投稿10月7日の投稿11月4日の投稿、及び、12月2日の投稿で指摘したとおり、IPCC党はそれに再反論できない。
さらに。
これまた12月2日の投稿で指摘したとおり、IPCC党は近藤純正氏の研究成果を歪曲した挙句に「都市化による全球気温のバイアスは幻想である」と喚き散らしていたわけで、それは、IPCC党が事実を顧みないどころか、事実を捻じ曲げている証拠。
しかも、これは日本のIPCC党に限った話じゃあないんだね。
人為的な自然改変の影響が大きいと指摘している海外の研究者にRoger Pielkeがいるけど、彼のブログによると、新たにリークされたメールによって、IPCC党がRoger Pielkeを排斥しようと策動していた事実が明るみになったんだね。
2011年11月24日の「気候変動・千夜一夜」が「出がらし」などと罵っていた理由はこれだな。

既に12月8日の投稿で、英レディング大とオックスフォード大の論文は「出がらし」にすぎないと指摘したけど、Natureの記事が紹介している論文もIPCC党の従来の主張を繰り返しているだけで、基本的に新しい事は何も無く、やはり「出がらし」なんだね。
にもかかわらず、NatureはそれをわざわざCOP17の開催中を狙って紹介してきたわけで、12月8日の投稿で指摘したとおり、人為的温暖化が科学ではなく政治にすぎないことを、またもや露呈したと言えるな。

2011年10月7日の「気候変動・千夜一夜」は「正二十面体オーケストラ」などと戯けたことをほざいてたけどね・・・
おお、友よ、その調べではなく
もっと科学的な、もっと真実に満ちた調べを共に歌おうではないか!

女番の哀と障害

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

伊藤公紀が「不良ティーンエージャー」と題する本を紹介してたので、当サイトを覗いているほど暇で物好きな人なら先刻承知の事だと思うけど、今日はこれを採り上げようと思うですよ。


横山広美(以後「横山」)東京大学 大学院理学系研究科の横山です。よろしくお願いします
・・・中略・・・
横山 東大の横山でございます。
私はですね、実は、この分野は、本当に不勉強でございまして。今日、お呼びいただいたことを本当に光栄に思っているんですが。いろいろと勉強していない点もあると思いますので、そのつど、ご指摘いただければと思います。もともとはですね、高エネルギー物理の出身でございまして。その後ですね。科学コミュニケーションを専門に、社会と科学の間のことを、取り上げた研究活動などをしております。
・・・中略・・・
こうした圧力の中、日本ではですね。あまりこうしたことはですね、大きく報じられていないわけですが。わたくし自身は、そうしたことは、ひとつは日本のメディアの皆様の見識ではないかと思っております。
・・・中略・・・
それに対してですね。日本ではあまり大きな話題にはならなかった。それは、やはり問題を問題として取り上げるのがメディアの対応だとは思いますが。これは、おそらく、大きな問題ではないんだという、メディア側の判断が働いて、大きく取り上げなかったという。まぁ、そうしたことをですね。ひとつメディア側の本件に関してはですね、大事な見識であったのではないかと。わたくしは、この件に関しては、メディアの皆さんを高く評価したいという風に、僭越ながら、思っております。


(「IPCC問題が問いかけるもの」より)

要するに、我国の糞メディアがクライメートゲートを報道しなかったのは「見識」で、それを「高く評価」すると。
さすがは、頭狂大学のスケバン。
頭に障害があるようだな。

当然のことながら、満座(?)の聴衆はあっけにとられ、そして、呆れ返った。


質問者 東レ株式会社のノムラと申します。さきほどの中で、クライメート事件について日本のマスコミが報道しないのは、非常にあのマスコミの良識があるというお話だったんですが、それを聞くと江戸時代の「知らしめるべからず依らしむべし」、をちょっと思い出してしまったんですが、ここにいらっしゃるマスコミの方たちは、そういう意識で報道しないのか、ちょっともし、お聞かせいただければ・・・
司会 そいういう方、たくさんいらっしゃる・・・もしどなたか、横山先生、横山先生が、」
横山 ちょっとあの、言い方があの、拙かったかもしれませんが、決して、知らせないことが良いことであるということではなくて、まぁ、適正な大きさで報じていただいたということだと思っております。


(「IPCC問題が問いかけるもの」より)

メディアが全ての事実をありのまま報道すること、つまり、国民が事実を知ることは「コミュニケーション」の、従って、「社会と科学」の関係を築くための大前提。
それなのに「科学コミュニケーションを専門に、社会と科学の間のことを、取り上げた研究活動などをしております」御仁が、事もあろうに、報道しなかったことを評価するとは、開いた口が塞がらんわ。
言い方が「拙かった」んじゃね~の。
あんたの認識が「拙かった」の!
やっぱり、頭に障害があるね。
哀れな、スケバン。

11月30日の投稿では、IPCC党が「懐疑論者は非常識だ」と罵っていたことを紹介したけど、「科学コミュニケーションを専門に、社会と科学の間のことを、取り上げた研究活動などをしております」と広言しながら、マスコミが報道しなかったのは「見識」と言い放つのが、IPCC党の「常識」ということが判るな。
但し、「懐疑論者は非常識」という台詞を否定する気は毛頭無いよ。
それはそれで正しいんだね。
どういうことかと言うと。
11月30日の投稿でも指摘したけど、「良識」のない人間にはそれに相応しい「常識」が、「良識」のある人間にはそれ相当の「常識」がある、ということ。
「懐疑論者は非常識だ」と言い放ったIPCC党の「常識」は前者だということ。

その証拠に、殆どの聴衆はスケバンに呆れ返ったけど、呆れなかった「常識人」も居たんだな。
誰でしょう?
ピ~ン・ポ~ン。
そうです。
増田耕一大先生です。

増田耕一大先生は、実は、「気候変動・千夜一夜」以外にもブログを開設してる。
意外と暇人だね。
って言うか、温暖化プロパガンダを生業にしてる、ということかな。
それは兎も角として、コチラのブログにだね、上で引用した日本学術会議の公開シンポジウムに参加した際の「覚え書き」なる物を書いてるけど、スケバンの醜態には一言も触れていないんだな、これが。
それは、やはり、スケバンの「常識」がIPCC党の「常識」であることを、物語っているんだね。

ところで、日本学術会議の公開シンポジウムを黄泉売り新聞が社説で採り上げてたんだけど。


地球温暖化 科学的な根拠の検証が急務だ(5月4日付・読売社説)
地球温暖化の科学的な信頼性が揺らぐ中、日本の科学者を代表する日本学術会議が初めて、この問題を公開の場で論議する会合を開いた。
だが、会合では、専門家がそれぞれ自説を述べるだけで学術会議の見解は示されなかった。このまま終わらせてはならない。
取り上げられたのは、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が過去4回にわたってまとめてきた温暖化問題に関する科学報告書だ。次々に、根拠の怪しい記述が見つかっている。
報告書の作成には、日本人研究者も多数関与している。
しかも、この報告書は、日本をはじめ各国の温暖化対策の論拠にもなっている。学術会議自身、これをもとに、早急な温暖化対策を求める提言をしてきた。
どうして、根拠なき記述が盛り込まれたのか。国連も、国際的な科学者団体であるインターアカデミーカウンシル(IAC)に、IPCCの報告書作成の問題点を検証するよう依頼している。
国際的に多くの疑問が指摘されている以上、科学者集団として日本学術会議は、問題点を洗い直す検証作業が急務だろう。
IPCCは3~4年後に新たな報告書をまとめる予定だ。学術会議は、報告書の信頼性を向上させるためにも、検証結果を積極的に提言していくべきだ。
現在の報告書に対し出ている疑問の多くは、温暖化による影響の評価に関する記述だ。
「ヒマラヤの氷河が2035年に消失する」「アフリカの穀物収穫が2020年に半減する」といった危機感を煽(あお)る内容で、対策の緊急性を訴えるため、各所で引用され、紹介されてきた。
しかし、環境団体の文書を参考にするなど、IPCCが報告書作成の際の基準としていた、科学的な審査を経た論文に基づくものではなかった。
欧米では問題が表面化して温暖化の科学予測に不信が広がり、対策を巡る議論も停滞している。
日本も、鳩山政権が温室効果ガスの排出量を2020年までに1990年比で25%削減する目標を掲げているが、ただでさえ厳しすぎると言われている。不満が一層広がりはしないか。
欧米では、危機感を煽るのではなく、率直に論議する動きが出ている。この10年、温室効果ガスは増える一方なのに気温は上がっていない矛盾を、温暖化問題で主導的な英国の研究者が公的に認めたのはその例だ。参考にしたい。


(2010年5月4日01時18分  読売新聞)

まあ、何と言うか、当たり障りのない文章だわ。
ところが、2010年5月4日の「気候変動・千夜一夜」はこれにさえ噛みつく有様。
(ついでに言うと、11月30日の投稿でも指摘したけど、増田耕一は問題の本質をはぐらかしているだけ。)
その心は。
スケバンといっしょ。

さらに、「地球温暖化懐疑論批判」は何て言ってたか。


温暖化対策の必要性が増す中、「人が犬に噛みついた」のノリだけで温暖化懐疑説を取り上げることだけは是非ともやめて欲しいというのが私たちの切実な願いである。


(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論2」より)

これもスケバンのスケベ発言と同根。
と言うよりも、むしろ、スケバンのスケベ発言はこの台詞の延長線上にあると言うべきで、だから、スケバンの醜態はIPCC党の体質そのものなんだね。

けど、問題の根はもっと深い。

民主主義とは、市民一人一人が自らの目で見、自らの耳で聞き、その上で、自らの頭で考えること。
そのために、マスコミは事実を細大漏らさずに報道しなければならない。
事実の評価は市民がすることであり、マスコミがすることじゃあない。
マスコミが「見識」の名の下に特定の事実を報道しないのは、ファシズムへの道以外の何物でも無いんだな。
にもかかわらず、スケバンは、と言うよりも、上で説明したとおり、IPCC党は、国民の血税で研究し生活しているくせに、国民が知る必要はないと、すなわち、一般市民が自らの目で見、自らの耳で聞くのは不遜だ、我々の言う事を無条件に信じていればいいのだ、と言い放ったわけで、それは彼らが市民を見下していることを露呈したと言える。
11月30日の投稿で、IPCC党が「研究者というものをあまりにばかにしている」と憤慨していることを紹介したけど、市民を見下すことこそ「市民というものをあまりにばかにしている」わけで、そして、腹の底では市民を見下しているからこそ、その市民に批判されると「研究者というものをあまりにばかにしている」と逆上するわけ。
もちろん、市民は我々の言いなりになっていればいいと云う論理は民主主義と相容れない。
そして、結局のところ、その反民主性が市民からの収奪を目的とする再生可能エネルギー高値買い取りや、環境税や、排出量取引を産み出したわけだ。

人為的温暖化詐欺の反民主性は、既に8月30日の投稿9月11日の投稿9月29日の投稿、そして、10月3日の投稿で解説したけど、IPCC党自身がそれを自白したという点において、スケバンの醜態は貴重だったと言える。
その意味において、我々はスケバンに感謝すべきかもしれないね。

スケバン、ありがとう。

CO2に憑かれたピエロ

シェーンベルグ「月に憑かれたピエロ」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

今日はまず次の記事を見てちょ。


世界のCO2排出量、2010年は過去最高に
2010年の世界の二酸化炭素排出量は、前年比5.9%増の334億トンで過去最高となることが、環境系研究所などの国際協力組織「グローバルカーボンプロジェクト」の集計でわかった。
08年の世界的な金融危機による排出減から増加に転じた。5日付の科学誌ネイチャー・クライメート・チェンジ電子版に発表する。
日本の国立環境研究所などが参加する同プロジェクトが、国連や企業などの公表データから排出量を算出した。世界全体の排出量は09年、08年のリーマン・ショックによる経済活動減退の影響で、前年比で1.4%減少していた。しかし10年は、欧米を中心とした先進国で、経済の復調に合わせて同3.4%増。金融危機でも落ち込みが見られなかった中国などの途上国では同7・6%の伸びを示し、全体で同5.9%増になった。


(2011年12月5日03時04分  読売新聞)


地球温暖化、日本は2030年代「2度上昇」の可能性
2011.12.5 15:36 [温暖化]
二酸化炭素(CO2)などの排出が大幅に増え続けると、世界の平均気温が2040年代にも工業化でCO2排出が増え始めた産業革命前と比べ2度以上高くなる恐れがあるとの分析結果を、英レディング大やオックスフォード大などのチームが4日までに論文にまとめた。「2度の上昇」は、大規模な水不足や広範囲のサンゴ白化、生物種の絶滅リスク増大といった生態系破壊など地球温暖化の被害が深刻になる境目とされる。
分析は、ユーラシア大陸北部など地域によってさらに早く、20年代にも超える恐れがあり、日本も30年代に2度を超える上昇があり得る。世界の平均気温は、80年代に3度以上高くなるとも想定されるとした。
国際的な温暖化対策は京都議定書の目標の期間が終わる13年以降、削減義務がなくなりかねない。分析は取り組みの遅れが許されないことを示しており、ダーバンでの気候変動枠組み条約第17回締約国会議(COP17)の議論にも影響を与えそうだ。
分析によると、今世紀末までに大気中のCO2濃度が現在の2倍近くになるペースで排出が増える場合、世界の平均気温上昇幅が2度を超えるのは40年代。環境保全と経済発展を両立させて濃度を1.5倍弱にとどめれば、80年ごろに遅らせることが可能とした。(共同)
■気温上昇の2度目標 産業革命前からの気温上昇が2度以上になると、生態系破壊や自然災害の多発など地球温暖化の深刻な被害が生じるとされるため、それより低く抑えようという目標。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、先進国全体で2020年に1990年比25~40%の排出削減などが必要。世界の平均気温は05年までの100年間に0.74度上昇。太平洋などの島嶼(とうしょ)国は1.5度未満に抑えるよう求めている。


(MSN産経ニュース)

これはどういうことか、と言うと。
下図の黄色の線を2040年まで引き伸ばすと、1980年以降1℃温暖化するはず。

IPCC第4次報告書より

但し、産業革命時と1980年時の気温差は1℃もないから、2040年に2℃温暖化することはあり得ないけど、「二酸化炭素(CO2)などの排出が大幅に増え続けると」、すなわち、上図の黄色の線よりさらに急激な気温上昇が起こると、その可能性が出てくる。
要するに、そういうことだわ。
だから、基本的に目新しいことは何も無く、これまでのIPCC党の主張を繰り返したにすぎないんだな。

そこで、2011年11月24日の「気候変動・千夜一夜」をもう一度見てみると。


暴露した人の意図を推測すれば、12月初めに開かれる気候変動枠組み条約締約国会議での各国代表の態度への影響をねらったのでこの時期になったと考えられます。
・・・
それで「二年前の七面鳥」という表現になったわけですが、日本語にはもっと的確な表現があります。「二番せんじ」です。実際には漢方薬の種類によっては二番せんじが充分よく効くものもあるのですが、ここでは「出がらし」に近い意味のつもりで書きました。


(「電子メール暴露の二番せんじ」より)

けど、上で指摘したとおり、「英レディング大やオックスフォード大などのチーム」の論文は正に「出がらし」。
しかも、「ダーバンでの気候変動枠組み条約第17回締約国会議(COP17)の議論にも影響を与えそうだ」ということは、正に「気候変動枠組み条約締約国会議での各国代表の態度への影響をねらった」ということ。
つまり、IPCC党は自分達こそ「出がらし」の論文でCOP17への影響を狙いながら、あべこべに、新たにリークされたメールを「出がらし」だの、「COP17妨害狙い」だのと罵っているわけで、その破廉恥さには呆れ返るな。

そもそも、前回の投稿で解説したとおり、CO2の温室効果は産業革命時にほぼ飽和しているから、2040年に大気中のCO2濃度が産業革命時の倍になっても、CO2が原因で1℃温暖化することさえあり得ない。
2011年11月17日の「気候変動・千夜一夜」はセシウム汚染を採り上げて気候学を正当化してるけど、10月3日の投稿で解説したとおり、人為的温暖化詐欺は福島原発惨事の重大な一因であり、その意味において、「英レディング大やオックスフォード大などのチーム」の論文はセシウム入りの「出がらし」と言える。

「レディングの せい品に セシウム いれた」
「オックスフォードティーを のんで はかばへ行こう」
「どくいり きけん のんだら しぬで かい人あいぴーしーしー」

例えば、伊藤公紀が「IPCC報告書は初めから、科学的報告書ではなく、政治的報告書」と弾劾しているように、人為的温暖化論は科学ではなく政治と批判されているんだから、IPCC党が人為的温暖化は純粋に科学的な結論だと主張したいのなら、COP17開催中の論文発表は避けようと考えるはずなんだな。
ところが、連中はわざわざCOP17の開催中を狙って、しかも、「出がらし」の論文を発表してきたわけだ。
このことは、IPCC党の気候学者が政治に操られているにすぎないことを、完全に露呈したと言える。

実際のところ、IPCC党はただの道化なんだね。
CO2に憑かれたピエロ。
温室効果の飽和を理解できない愚かなIPCC党は、10月7日の投稿で紹介したとおり、「地球もこれから二酸化炭素がどんどん増えれば、温室効果がいくらでも増えることができる」などと喚き散らしている。
新自由主義を主導してきた連中は、この阿呆どもは使える、と読んだんだな。
(11月13日の投稿で指摘したけど、新自由主義を推し進めたのは米国ではなく、実は、EU。)
こいつらを利用して、排出量取引や環境税で世界から貪り盗れる、と。
3月18日の投稿で紹介したけど、昨年のCOP16で日本が京都議定書延長を拒絶した時、張壽川が「排出量取引制度導入反対論者の勝因」などと喚き散らしていたのはその証左。

CO2を金に変えるという、現代の錬金術。
それが人為的温暖化の正体。
但し、科学の歴史を見れば、錬金術が化学を発展させたという事実もある。
だから、IPCCの錬金術を乗り越えた先に本当の科学が見えてくる、ということであり、不肖私めの駄文もその一助になるかもね。

ついだから、もう一つこの記事も見てもらおうかね。


所得増税・環境税を来年度税制改正大綱に 政府税調方針
政府税制調査会は6日、今年度税制改正に盛り込まれながら、与野党協議で見送りとなった所得増税や地球温暖化対策税(環境税)の導入など一部の項目を、9日にまとめる来年度税制改正大綱に盛り込む方針を固めた。来年なら成立する可能性があると判断した。
盛り込まれるのは、給与収入1500万円超の人の所得控除額に上限(245万円)を設定▽勤続5年以内の役員は退職金の優遇課税の対象外に▽温室効果ガスの排出抑制に向け石油石炭税率を上乗せする環境税の導入――など。1年遅れで実現すれば、給与所得控除の上限設定は2013年1月(住民税は14年6月)から、環境税は12年10月から導入されることになる。
一方、同じく今年度税制改正に盛り込まれながら見送りとなった相続増税や、23~69歳の親族を養う場合の成年扶養控除の対象者縮小などは、来週からの社会保障と税の一体改革の議論に先送りした。


(asahi.com)

周知のとおり、左翼は消費税増税に反対するけど、環境税には諸手を挙げて賛成してる。
社会的強者・弱者の区別無く課税するという本質において、であるから、強者による弱者収奪以外の何物でもないという本質において、両者は同じ穴の狢であるにもかかわらず。
それは左翼の正体を白日の下に曝したと言えるね。
実際、ノータリンでミーハーなだけの左翼は、「環境」という言葉を見ると無条件に飛びついて来る。
新自由主義を主導してきた連中は、このマヌケどもは使える、と読んだんだな。
「地球温暖化対策」を標榜すれば左翼も翼賛体制に組み込める、と。
案の定、組み込まれちゃいました、と。

つまり、新自由主義を批判しながら、その実は、新自由主義に利用されて、国民収奪のお先棒を担ぎながら、温暖化から地球を守ると悦に入ってるんだね。
気候学者と同様、CO2に憑かれたピエロ。
それが左翼の破廉恥な正体ですわ。

温暖化詐欺に「さよならをもう一度」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

9月7日の投稿以来ゴチャゴチャと書き立ててきたことを、ここらで少しまとめてみようかね。
要は、CO2の温室効果は飽和しているか、ということだけど。
サイドバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の(10-22)式で求めたとおり、CO2の温室効果の上限は8℃。
(繰り返すけど、正確にはCO2の吸収帯域からの寄与で、水蒸気も寄与しているけど、其処ではCO2の寄与が支配的だから、便宜上、CO2の温室効果と呼ぶことにする。)
但し、10月7日の投稿で指摘したとおり、飽和しているかどうかは産業革命時における全温室効果33℃に占めるCO2の寄与の如何に依るんだな。
だから、其処のところを明確にしないと、温室効果は飽和しているからCO2の人為的排出で有意な温暖化は起こり得ない、すなわち、人為的温暖化はでっち上げ、とは言い難い。

多層大気模型と気温のデータだけでそれを論じることが可能か?
9月25日の投稿で紹介したとおり、江守正多も「モデル以前の問題」と認めていたんだから、不可能ではないはず。
(江守の言う「モデル」とはコンピュータシミュレーションのこと。一方、多層大気模型は純粋な理論。同じ言葉を使っているけれど、中身は全然違うので、勘違いしないように。)
そこで、まず、多層大気模型だけで何処までのことが言えるかを考えてみた。
11月19日の投稿で解説したとおり、大気中のCO2濃度が280ppmの時、赤外線が大気中を1m進む間に平均して5%だけ吸収されるとすると、100mの厚さを一つの層と見なせば多層大気模型が適用できる。
で、11月4日の投稿で指摘したとおり、対流圏だけ考えれば十分だから、その場合、対流圏は100層から成り、CO2の温室効果は7.2℃であることが判る。

実際、今現在CO2が280ppmから400ppmに増えた結果、それに比例して大気層が産業革命時の100層から140層に増したとすると、10月16日の投稿で解説したとおり、CO2の温室効果は0.24℃上がったことになる。
11月30日の投稿で紹介したとおり、IPCC党は気候感度3℃を主張しているから、それを真に受けて、フィードバックで3倍になるとすると、20世紀の気温上昇(下図の紫色の線)を再現できる。

図1 IPCC第4次報告書より

ところが、これまた11月19日の投稿で指摘したとおり、1mの空気柱当り5%しか吸収されなくても、その1mの層からも放射があるはずで、現実には多層大気模型の場合よりも吸収・射出をくりかえす回数がふえるから、正しい値は7.2℃よりも高いはずなんだな。
それならば、多層大気模型で20世紀の気温上昇を再現できたことと矛盾するけれど、それは、0.74℃の全てがCO2の増加に因るわけではないことを、意味している。
実際、「地球温暖化懐疑論批判」は「IPCCが20世紀後半以降の温暖化の大部分が人為起源である可能性が非常に高いと結論した(議論10)」と記していた。
つまり、IPCC党でさえCO2に因る温暖化はその半分、すなわち、0.37℃と認めている。
さらに、2000年以降は温暖化が停滞しているという事実が追い討ちをかける。
IPCC党はそれを自然変動に帰しているけれど、それならば、11月23日の投稿で解説したとおり、0.37℃のうちの半分は自然変動による温暖化だったということに、すなわち、CO2に因る温暖化は0.2℃未満ということになるんだな。

これに対して、図1の紫色の線は1990年以降のデータ(黒丸)よりも低いから、紫色の線は自然変動分を除いた温暖化量のはずで、11月23日の投稿のように、そこからさらに自然変動分を差し引くのは間違い、という反論があるかもしれないけど、それは違う。
図1の紫色の線から得られる「20世紀後半以降の温暖化」、すなわち、0.37℃の気温上昇は、黄色の線で表される1980年以降2000年までの気温上昇と一致している。
だから、「20世紀後半以降の温暖化」というのは、事実上、黄色の線で表される1980年以降の温暖化に他ならないんだな。
1990年以降のデータが紫色の線よりも上にあるのは、黄色の線が紫色の線よりも上に突き出ていることと同一だから、黄色の線で表される1980年以降の20年間の気温上昇の半分は自然変動に因るということに他ならず、IPCCは自然要因の温暖化を人為的要因であるかのように煽り立てていたと認めたにすぎないんだね。

結局、CO2に因る温暖化は観測されている20世紀100年間の温暖化量0.74℃の4分の1にすぎないわけ。
しかも、それはフィードバックで増幅された値だから、気候感度が3℃だとすると、CO2の温室効果の上昇はさらにその3分の1、すなわち、0.06℃。
つまり、大気が100層から成ると考えた場合の4分の1にすぎない。

では、CO2濃度が280ppmから400ppmに増し、それに比例して大気層数が1.4倍になり、その結果、CO2の温室効果が0.06℃だけ上がったのならば、産業革命時に大気は何層から成っていたか?
産業革命時において400層から成っていたとすると、10月16日の投稿で示した式に基いて計算すれば、CO2の温室効果は

で、これが560層になると、

温度差はちょうど0.06℃。
(始めに述べたとおり、多層大気模型そのものを適用できるのは100層までだから、此処で400層や560層と言うのは、多層大気模型で400層または560層として計算した場合と同等、という意味。)
つまり、産業革命時におけるCO2の温室効果は7.79℃で、上限までは0.2℃しか残っていないわけだから、殆ど飽和状態だと言える。
実際、CO2濃度が倍になり、それに比例して大気層が800層になっても、

CO2の温室効果は産業革命時から0.1℃増田け、じゃなかった、増すだけ。
後は0.1℃残っているだけだから、始めに示した表を見れば判るとおり、CO2が増えても気温はほんの少しずつ上がっていくだけ。

以上は、2000年以降の気温上昇停滞に注目して考察したわけだけど、停滞の理由は定かではないという反論もあるだろうね。
そこで、「20世紀後半以降の温暖化」、すなわち、0.37℃の気温上昇は全て人為的原因と考えてみよう。
それでも、人為的原因の全てがCO2の人為的排出ではないんだな。
10月16日の投稿11月30日の投稿、そして、前回の投稿で指摘したとおり、0.37℃の気温上昇には「都市化によるバイアス」がかかっている。
近藤純正氏に依れば、都市化による全球気温のバイアスを除いた正味の温暖化は公表されている値の6割。
もちろん、それもフィードバックで増幅された値だから、CO2の温室効果の上昇はさらにその3分の1。
だから、CO2の温室効果の上昇は観測されている20世紀100年間の気温上昇の1/2×6/10×1/3=1/10。
つまり、CO2の温室効果の上昇は観測されている20世紀100年間の気温上昇のうちの10年分、0.08℃にすぎない。
大気が100層から成ると考えた場合の3分の1。

これを再び多層大気模型に当て嵌めて考えてみよう。
産業革命時において大気が実質的に300層から成っていたとすると、CO2の温室効果は

で、これが420層になると、

温度差はちょうど0.08℃。
つまり、産業革命時におけるCO2の温室効果は7.72℃で、上限までは0.3℃しか残っていない。
CO2濃度が倍になり、それに比例して大気層が600層になっても、

CO2の温室効果は産業革命時から0.14℃増すだけ。
結局、CO2の温室効果は産業革命時において十分飽和に近かったという結論は覆らない。

ここでもう一つ注目して欲しいのは、いわゆる懐疑論者が最近主張している宇宙線の影響云々は全く考慮していない、と言うよりも、必要としない、ということ。
8月28日の「気候変動・千夜一夜」は「しかし、その結果がどうなっても、1970年ごろ以後の全球平均気温の上昇の原因が宇宙線であるということにはならないでしょう」と言ってるけど、不肖私めはそれに反論する気は全く無いのよ。

それでも、CO2の温室効果はほぼ飽和している。
10月7日の投稿で紹介したけど、吉村純も「飽和に近い」と白状していたんだね。
人為的温暖化の余地は残っていても、危惧するようなことではないんだな。
その意味において、人為的温暖化はでっち上げと言って間違いないんだよ。

さよなら、人為的温暖化詐欺。
さよなら、IPCC党。

「都市化によるバイアスは幻想」の水平線

フォーレ「幻想の水平線」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

伊藤公紀が、フォーレの歌曲がいい、と言ってた(しぶい!)ので、今日はそのリクエストにお応えして(嘘)、前回の投稿を補足しますですよ。

問題なのは2011年11月28日の「気候変動・千夜一夜」のこの部分。


温暖化懐疑論への批判は、東京大学サステイナビリティ連携機構から公開されている「地球温暖化懐疑論批判」を引用して、それとほぼ同じ議論をされていますので、ここでは詳しく述べないことにします。


(「『パリティ』連載の温暖化問題の企画と安井至さんの評論へのコメント」より)

「それとほぼ同じ議論をされています」と言うけれど、サイドバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の第10節以降において、「地球温暖化懐疑論批判」の「議論23」「議論25」「議論26」及び「議論27」は、すなわち、温室効果は飽和しないからCO2の人為的排出で温暖化が起こるという議論は既に論破済み。
このことは9月7日の投稿でも再度論じ、2011年2月19日の「気候変動・千夜一夜」にトラックバックを送りつけた。
これに対して、翌日の「気候変動・千夜一夜」は「クラシック音楽のキーワードを含むトラックバックに直接こたえてはおりませんが」と認めながら、その後、今日まで三ヶ月近く経っても再反論できず、その挙句に「それとほぼ同じ議論をされていますので」ということは、「地球温暖化懐疑論批判」は正しいと言い張るに等しいな。
けど、それは、温室効果飽和論に反論できなくても我々が正しいんだと、居直っているにすぎない。
(ついでに言うと、クラシック音楽はキーワードでも何でもなくただの皮肉。9月7日の投稿のキーワードは「物理の法則」。それなのに「クラシック音楽のキーワード」なんて言うこと自体が問題から逃避している証。)

これが「科学」と言える?
「地球温暖化懐疑論批判」は「いわゆる懐疑論者は少数派であり、かつ全く分野が異なる専門外の研究者あるいは非研究者である場合が少なくない(議論1)」と言い放ったけれど、研究職に就きながら反論に窮した挙句に居直るような連中こそ、科学を貶めるという意味において真の「非研究者」であること、その「非研究者」が煽り立てる人為的温暖化が「科学」でないことは、IPCC党とそのシンパを除く誰の目にも明らかだろ。

さらに。
“「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の第2節では、「地球温暖化懐疑論批判」が近藤純正氏の研究を歪曲して引用した挙句に、あべこべに「2008年10月に出版された武田(2008b)では、恣意的に修正前の古い値を用い続けているようである(議論3)」と言い放ったことを指摘した。
これは10月16日の投稿で再度指摘し、2011年10月7日の「気候変動・千夜一夜」にトラックバックを送りつけて糾弾した。
にもかかわらず、それに対して何の弁明もすることなく、「それとほぼ同じ議論をされていますので」と言うのは、近藤純正の研究を歪曲して何が悪い?、と居直ったに等しい。
このことを理解すれば、2011年11月24日の「気候変動・千夜一夜」が新たにリークされたメールを「二番煎じ」だの「出がらし」だのと罵ったのも、居直りにすぎないことは明らかだろ。
ということは、「地球温暖化懐疑論批判」が「新しい論文が直接的に古い論文を根拠としていない限り、科学論争は新しい論文を材料としてすればよいので、古い論文に関する論争の「清算」を求める必要はない(議論6)」と言い放ち、そして、2011年11月28日の「気候変動・千夜一夜」が尚もマンを擁護したのは、捏造して何が悪い?、と居直ったに他ならないということ。
このことを鑑みれば、2011年11月24日の「気候変動・千夜一夜」が「出がらし」と罵ったのは、ある意味では正しいと言えるね。
つまり、わざわざジョーンズやマンら海外の研究者を詮索しなくても、「地球温暖化懐疑論批判」の著者達の醜態を見れば、IPCC党が如何に歪みきった連中であるかは明らかなんだな。
上では、これが「科学」と言える?、と言ったけど、もはやそれ以前の問題だわ。

「地球温暖化懐疑論批判」が「都市化による全球気温のバイアスが幻想である(議論3)」と言い放ったことは、IPCC党の醜悪で卑劣な実態を、そして、人為的温暖化論の虚構を白日の下に曝したと言える。
温室効果飽和論に対して反論できないIPCC党の拠り所はコンピュータシミュレーション。
コンピュータシミュレーションは20世紀の気温上昇を再現でき、そのコンピュータシミュレーションではCO2が増えれば増えるにつれて気温はぐんぐん上がっていくから、温室効果飽和論は間違い、というのがIPCC党の論理。
けど、前回の投稿でも指摘したとおり、コンピュータシミュレーションが再現しているのは「都市化によるバイアス」で嵩上げされた気温上昇にすぎず、実のところ、コンピュータシミュレーションは破綻している。
もちろん、それを認めたらIPCC党は、そして、人為的温暖化論はお終い。
だから、近藤純正氏の研究成果を歪曲するという不正を冒してまでして、「都市化による全球気温のバイアスは幻想である」と喚き散らした。
と言うよりも、人為的温暖化論を正当化するためにはそうせざるを得なかった、ということだな。
そして、その当然の結果として、彼らに残された唯一の手段は居直ることだけ、となってしまったわけだ。

IPCC党は、そして、人為的温暖化論は今や落日の時を迎え、「都市化によるバイアスは幻想」の水平線に沈みつつあるのよ。