おお、「科学者」と自称する者よ、汝の大いなる醜悪さを嘆け

バッハ、コラール前奏曲BWV622「おお、人よ、汝の大いなる罪を嘆け」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

いや~、呆れ返ったね。
開いた口が塞がらんわ。
何がって、これだよ。


このところ、スパムを除いて残ったトラックバックは、RealCrazyClimateというブログからのものが続いています。
Real Crazy Climateという名まえから、わたしが想像したのは、「気候がめちゃくちゃになってしまった。たいへんだ。」という主張をしているサイトでした。もしそんな気候変化脅威論があったら、わたしとしては「それは科学的知見と違う」と反論しなければなりません。2011年11月21日の記事で紹介したIPCCの特別報告書の要約(まだ要約しか出ていませんが)にもあるように、調べてみると(低温は別として)高温、大雨などの極端現象はいくらかふえているようですが、驚くほど激しくふえているわけではありません。
しかし、実際のRealCrazyClimateというブログの記事はそういうものではないようです。トラックバックのところに書かれた文字列はクラシック音楽の曲名のパロディになっているようですが、曲の内容よりも曲の題名または歌詞のごろあわせで選ばれているようです。本文をちょっと読んでみると、読者に理屈を理解してもらうよりは、むしろ笑いをとろうとしているように思われます。「Really crazyだ!」と言ってもらいたいのでしょうか。(それに成功しているかどうか疑問ですが。) もし本文が何か主張をしようとしているものならば、それはいわゆる温暖化懐疑論のようですが、冷笑が混ざりますので、地球温暖化にかかわる研究をしている科学者を笑いものにしているのか、温暖化懐疑論を笑いものにしているのか、よくわかりません。


(「Real Crazyと自称するブログからのトラックバック」より)

私めは、サイドバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”において(第10節以降)、多層大気理論に基いた数式を展開し、2011年10月16日の投稿11月19日の投稿に見えるとおり、数値を示し、1月2日の投稿前回の投稿に見えるとおり、グラフを示してるわけ。
だから、文章が拙くても「理屈」は明瞭なんだね。
本当の「科学者」ならば、「本文をちょっと読んでみる」どころか、数式と数値とグラフを一瞥しただけでその「理屈」は判るはずなんだね。
そして、本当の「科学者」ならば、正しい「理屈=未飽和論」は此れ此れこうであり、君の展開している「理屈=飽和論」は此れ此れこの場合に相当するけれど、それは非物理的だから誤りである、というような批判をするはずなんだね。
ところが、「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者」を自称する人は、私めが温室効果飽和論を展開していることは明らかであるにもかかわらず、「もし本文が何か主張をしようとしているものならば」などと言い放って、私めの「理屈」を故意に無視しているんだな。
実際、批判するのならば、それがどの記事のどの部分に対する批判なのかを明示しなければ議論にならないにもかかわらず、それさえしていないわけで、であるから、「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者」を自称する人こそ、「読者に理屈を理解してもらうよりは、他人を誹謗することに依って自らを正当化しているように思われます」な。

2011年11月27日の「気候変動・千夜一夜」は何て言ってたかな?
「温暖化の重要性を否定したい人たちは、Schmittnerほかの論文をろくに読まずに、気候システムの感度は低いことが示されたと言っているようです」と言ってたな。
2011年11月28日の「気候変動・千夜一夜」は何て言ってたかな?
「これではけんかになるだけなので、なぜあきれたのかの理屈を述べてくださるとよかったと思います」と嘯いてたな。
また、2011年11月4日の投稿で紹介したとおり、他人には「どんな基礎知識からどんな結論が導かれるのかを筋道をたてて述べていただきたいと思います」と御高説を垂れていたな。
数式を示し、数値を示し、表やグラフを示しているのに、それを故意に黙殺して「読者に理屈を理解してもらうよりは、むしろ笑いをとろうとしているように思われます」などと言い放つ輩が、よくもあんなこと言えたもんだな。
「厚顔無恥」というのは、このような人を指すんだろうね。

確かに、私めは他の「温暖化懐疑論」も批判してるけど、自分なりの「理屈」を展開している以上、それは当たり前のこと。
(但し、これまた、どの記事のどの部分に対する批判なのかが「よくわかりません」から、適当に当りをつけたけど。)
2011年10月7日の投稿12月6日の投稿で指摘したとおり、温室効果の飽和を論ずるならば、まず、温室効果の上限(最大値)を示さねばならない、その次に、産業革命時における全温室効果33℃に占めるCO2の寄与を評価しなければならない、という「理屈」である以上、それらを議論せずに飽和を言い立てているだけの「温暖化懐疑論」は批判せざるを得ないわけ。
さらに、前回の投稿ではScafettaの論文を「無理筋」と言ったけれど、多層大気理論に基いた「理屈(前回の投稿の式(1))」に従えば、Scafettaの「理屈(前回の投稿の式(4))」はそう評さざるを得ないわけ。
逆に言えば、「温暖化懐疑論」も批判してるのは、私めが「理屈」を示している証。
それとも、「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者」を自称する人は、「温室効果の飽和を言うのならば、まず、温室効果の上限(最大値)を示すべき」や、「CO2の人為的排出に因る温暖化を論じているのに、その原因を考慮していないのは問題」は「理屈」になっていない、とでも言いたいのかね?
それこそ「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者を笑いものにしているのか、温暖化懐疑論を笑いものにしているのか、よくわかりません」な。

そもそも、私めのブログタイトルは「RealCrazyClimate」であるにもかかわらず「Real Crazyと自称するブログ」と歪曲し、その挙句に、「Really crazyだ!と言ってもらいたいのでしょうか」という言い草は、お前はキチガイだ!、と罵っているも同然。
であるから、「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者を笑いものにしているのか、温暖化懐疑論を笑いものにしているのか、よくわかりません」という言い草も、実のところ、キチガイが分けのわからないことを口走っている、と罵っているんだね。
但し、それなりの「理屈」を展開しているのならば、キチガイと罵っても構わないよ。
例えば、もし、2011年9月8日の「気候変動・千夜一夜」9月7日の投稿に空かさず反論していたのならば、そして、それにもかかわらず、私めが尚も飽和論を振りかざして人為的温暖化論をこき下ろしていたのならば、キチガイという非難にも一理ある。
しかし、2011年9月8日の「気候変動・千夜一夜」は「クラシック音楽のキーワードを含むトラックバックに直接こたえてはおりませんが」と言っていただけで、つまり、何の「理屈」も示さなかったのであり、その後も、反論する素振りさえ見せなかったんだね。
その挙句に、キチガイと誹謗したわけで、やはり、「読者に理屈を理解してもらうよりは、他人を誹謗することに依って自らを正当化しているように思われます」な。
と言うよりも、他人をキチガイと罵ることでしか自らを正当化できないことを露呈したと言える。

しかし、私めの「理屈」以上に重大なのは、「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者」を自称する人が近藤純正氏の研究を歪曲し、その挙句に、あべこべに「2008年10月に出版された武田(2008b)では、恣意的に修正前の古い値を用い続けているようである(「地球温暖化懐疑論批判」の議論3)」と言い放ったこと。
この問題は、これまでも繰り返して指摘してきたし、特に2011年11月30日の投稿では「あんたは近藤純正氏の研究成果を歪曲するという「不正をした人」だろ!」と名指しで糾弾した。
けど、それは君の曲解だと言うのならば、「理屈」を示して反論すればいい。
私めはサイドバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”の第2節で「理屈」を示してるけど、それは誤りだと言うのならば、きちんと説明すればいい。
ところが、「理屈」を示すどころか、「もし本文が何か主張をしようとしているものならば」などと言い放って、問題自体から目を背けたんだね。
上でも指摘したとおり、「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者」を自称する人は、どの記事のどの部分に対する批判なのかさえ明示しないで「読者に理屈を理解してもらうよりは」などと言い放っているわけだけど、どの記事のどの部分かを明示すればこの問題を避けて通れなくなるわけで、けど、それは都合が悪いので、どの記事のどの部分かを明示しないんだね。

自称「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者たち」の愚劣さ下劣さ卑劣さは、2011年11月30日の投稿で糾弾したけど、まさか、ここまで酷いとはね。
私めの想像を遥かに超えていたよ。

「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者を笑いものにしている」って?
冗談じゃね~ぜ。
反論に窮した挙句にキチガイと誹謗するような輩を、世間様が「科学者」と認めるはずねえだろ。
と言うよりも、そんな輩が「科学者」を自称するなんて、とんだお笑い種だな。
「それに成功しているかどうか疑問ですが」などとのたまってるけど、確かに「笑いをとる」ことに関しては「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者」を自称する人が遥かに上手で、私めの負けを素直に認めるわ。

2011年11月19日の投稿では「人為的温暖化論の末路は見えたね」と予言したけど、今回の破廉恥で醜悪極まる「気候変動・千夜一夜」は正に「人為的温暖化論の末路」を目の当りにさせたね。
それでも、得るところはあったよ。
もはや明らかなとおり、人為的温暖化論は自然科学の問題としては全くお話にもならないわけだけど、その一方で、自称「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者」たちがここまで歪んでいるのはなぜなのかが問題であり、従って、その政治的、経済的、文化的、思想的、精神的背景を探らねばならない、ということが判ったんだね。

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