「脱原発依存」を囁くメフィストフェレス

ボーイト「メフィストーフェレ」より

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

1月21日の投稿で「残念ながら此処で紹介する余裕は無いけど、朝鮮日刊新聞社説は大阪屍長を賛美し続けてきた」と指摘したけど、なんと、その翌日の社説で「大阪の」を持ち上げてました。


原発住民投票―都民の関心、示すとき
原発に、イエスかノーか。
東京で住民投票をしよう。
この署名活動が、いまひとつ盛り上がらない。
呼びかけているのは、市民グループ「みんなで決めよう『原発』国民投票」。東京電力の大株主の東京都と、関西電力株を持つ大阪市に、住民投票を実施するための条例づくりを直接請求しようという活動だ。
すでに1カ月間の署名期間を終えた大阪市では、請求に必要な「有権者の2%」を上回る、6万人あまりを集め、選管の審査を待っている。
だが、東京では期間2カ月の3分の2が過ぎても、まだ必要な21万余の半分に届かない。
この少なさは、どうしたことなのか。
署名の趣旨は「原発反対」でも「推進」でもない。
原発の是非を自分たちで決めるために、住民投票をしようというのだ。
つまり署名の数は、関心の強さをはかる物差しになる。
首都圏の電力は原発事故前、3割近くが原子力で賄われていた。その消費者の都民が、わずか2%の関心すら示せなかったら、福島県をはじめ原発の地元住民はどう思うだろう。
一方では、関心はあるのに、どこで署名できるのかがわからないという人も多いようだ。
東京の有権者は1千万人を超える。新宿駅前などに常設の署名場所があるが、隅々までは行き届かない。
しかも、署名集めを担う「受任者」は、自分の住む市区町村の有権者からしか署名を集められない。こんな地方自治法の規定も、活動の壁になっているのは確かだ。
リーダーの発信ぶりの違いも大きい。
大阪の橋下徹市長は、住民投票そのものには懐疑的だが、市長選で「脱原発依存」を掲げていた。それで関心を持った市民も多かったろう。
これに対して、東京の石原慎太郎都知事は「エネルギーをどうやって補給するかの設計図もない時点で、センチメンタルともヒステリックとも思える」と突き放すだけだ。
だが、住民投票こそが、この「設計図」を市民がみずからの問題としてとらえ、考えていくきっかけになるはずだ。
原発の行く末をみんなで考える。そのための住民投票をするには、もっと署名が要る。
大震災を機に、エネルギー政策が根幹から問い直されているいまこそ、都民は消費者としてもの申そう。そのために、首都で住民投票を実現させよう。


(2012年1月22日の朝鮮日刊新聞社説)

しかし、朝鮮日刊新聞が「大阪の」を持ち上げることに依って「脱原発依存」を正当化しようと謀ったことは、「脱原発依存」の卑劣で邪悪な本性を物の見事に露呈してしまった、と言える。

2011年12月9日の投稿1月2日の投稿、そして、1月22日の投稿において「民主主義とは、市民一人一人が自らの目で見、自らの耳で聞き、その上で、自らの頭で考えること」と繰り返し指摘してきたけど、「大阪の」の存在は民主主義とは真逆なのよ。
「大阪の」に投票した大阪府民(市民)は「みずからの問題としてとらえ、考えて」いないんだな。
けど、問題なのは、なぜそうなってしまったのか、ということなんだね。
実のところ、その主たる要因は、「事実」を報道すべきメディアが、特に、朝鮮日刊新聞が「事実」を隠蔽していることにあるんだな。

「大阪の」は在日サラ金アイフル(こちらの論文を参照)傘下の極悪貸金業者シティズ(こちらのWebサイトを参照)の取り立て屋。
そして、「シティズ判決」が出ているのだから、「大阪の」は犯罪者も同然。
しかも、武富士やアイフルの債務者にさえ自殺に追いやられた人が少なからずいるのだから、それ以上の高金利(グレーゾーン金利)を貪っていたシティズの債務者に自殺者がでていないはずがない。
ところが、朝鮮日刊新聞はそのような事実を一切報道しないどころか、「大阪の」がシティズの取り立て屋であるという事実さえも隠してきた。

「事実」を知ることは、「みんなで考える」ための、すなわち、民主主義の前提なわけだけど、メディアが「事実」を隠しているのだから民主主義が機能するはずも無い。
しかも、だ。
「大阪の」がシティズの取り立て屋であると知っていながら、メディアに引っ張り出してきたのは、他ならぬ朝鮮日刊新聞傘下の大阪朝日放送!
そして、1月21日の投稿でも紹介したけど、朝鮮日刊新聞政治部編集員の星浩は、これほど夢を語る政治家は初めて見た、と言い切ったんだね。
要するに、朝鮮日刊新聞は、「市民がみずからの問題としてとらえ、考えていくきっかけ」を奪い、「大阪の」を改革者に見せかけ、大阪府民(市民)が「大阪の」へ投票するように誘導した、ということ。

にもかかわらず、あべこべに「それで関心を持った市民も多かったろう」と、すなわち、「大阪の」が大阪市民を目覚めさせた、と言わんばかりの言い草は、「住民投票」の本性を、そして、「脱原発依存」の本性を白日の下に曝したと言える。
「市民がみずからの問題としてとらえ、考えていくきっかけになるはずだ」という台詞とは裏腹に、「住民投票」の本質は大阪府知事・市長選挙と全く同じ。
2011年4月26日の投稿8月6日の投稿8月30日の投稿、そして、1月5日の投稿で紹介したとおり、原発が無くても電力は足りているにもかかわらず、すなわち、今直ぐにでも全原発は停止できるにもかかわらず、再生可能エネルギーを普及させなければ原発はなくならないと思い込ませ、「脱原発依存」に誘導しようとの魂胆。
つまり、「都民は消費者としてもの申そう。そのために、首都で住民投票を実現させよう」とは、実のところ、「脱原発依存」に賛成しよう、ということに他ならず、それは、大阪府民(市民)は「大阪の」に投票しよう、と言うのと全く同じ。
もちろん、その真意は再生可能エネルギー高値買い取りによる国民収奪と発送電分離による売国。
だからこそ「署名の趣旨は「原発反対」でも「推進」でもない」んだね。

2011年9月11日の投稿で引用したけど、朝鮮日刊新聞は2011年7月13日の社説で「ここで一気にゼロとすれば電力不足となり、生活や経済活動が大きな打撃を受けるだろう。過度に無理せず着実に減らしていく方が現実的であり、結局は近道にもなるはずだ」と、すなわち、原発即時全面停止はナンセンスと言い張っていたのであり、それは「エネルギーをどうやって補給するかの設計図もない時点で、(原発即時全面停止を主張するのは)センチメンタルともヒステリックとも思える」と言うことに他ならないわけで、であるから、朝鮮日刊新聞とダイオキシンタロウは全く同じであるにもかかわらず、「リーダーの発信ぶりの違いも大きい」などと言い張るのは、一方(=ダイオキシンタロウ)を貶め、他方(=「大阪の」)を相対的に美化することによって読者を誘導する詐術に他ならず、朝鮮日刊新聞の狡猾さを示して余りある。)

そもそも、「大震災」によって何が明らかとなったのか。
1月7日の投稿でも指摘したとおり、福島第1のみならず第2原発が止まっていても電力は足りていた、すなわち、原発が無くても電力は足りていた、という事実が明らかとなったんだね。
にもかかわらず、「大震災を機に、エネルギー政策が根幹から問い直されているいま」などと言うのは国民を欺いている証拠であり、であるから、国民を騙して丸め込むための「住民投票」に他ならない証拠。

「脱原発依存」の卑劣さは「福島県をはじめ原発の地元住民はどう思うだろう」という言い草にもハッキリと見て取れる。
2011年8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、東京電力から甘い汁を吸っていた朝鮮日刊新聞が「福島県をはじめ原発の地元住民はどう思うだろう」と嘯くことこそ、「福島県をはじめ原発の地元住民はどう思うだろう」?
「首都圏の電力は原発事故前、3割近くが原子力で賄われていた」、すなわち、福島原発は東京の住民のためのものだったのだから、放射能汚染物質貯蔵は東京が受け容れてこそ然るべきであるにもかかわらず、1月7日の投稿で紹介したとおり、「双葉郡にやむをえぬ」と言い放った朝鮮日刊新聞が「福島県をはじめ原発の地元住民はどう思うだろう」と嘯くことこそ、「福島県をはじめ原発の地元住民はどう思うだろう」?
「原発の是非を自分たちで決める」とは、結局のところ、放射能汚染物質貯蔵を福島に押しつけるという決定さえも、「福島県をはじめ原発の地元住民」をそっちのけにして、東京が「自分たちで決める」と言い張る以外の何物でも無いと「福島県をはじめ原発の地元住民は思うだろう」ね。
そして、それは真実!
この腐り切ったエゴは「大阪の」そのものであり、だからこそ、朝鮮日刊新聞は「大阪の」を持ち上げたのよ。

実のところ、「それで関心を持った市民も多かったろう」という台詞は一面では真実を物語っている。
前回の投稿で紹介したとおり、チョンコロ韓直人が原子力ムラとつるんでいたように、「みんなで決めよう原発国民投票」は「大阪の」が「市長選で脱原発依存を掲げた」のに乗じたのであり、実は「大阪の」とつるんでいるのよ。
「住民投票そのものには懐疑的」なんてのは子供だましで、「住民投票」ができなくても「大阪の」が囃し立てる「脱原発依存」を援護射撃することになるわけで、そして、それが目的の一つで、「それで関心を持った市民も多かったろう」という台詞が出てきたのはそれ故なんだね。

1月21日の投稿で紹介したとおり、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たち」とやらも「大阪の」と同じレベルだったけれど、再生可能エネルギー普及で「脱原発」を喚き立てている輩も、実は「大阪の」と同じ穴の狢であり、最低最悪の連中であると断言できる。

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