展覧会「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な絵

ムソルグスキー「展覧会の絵」より

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

先日改訂したばかりの”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”ですが、第12節の解説を補足しました。
該当箇所は50頁の第2段落であります。
今後、大きな改正・補筆をした場合にはお知らせしますが、文章の小さな修正等はいちいち告知しませんので、あしからず。

後ですね。
前回の投稿の動画をドミンゴからコレッリに変更しました。
中身とは全然関係ありませんが。
ドミンゴみたいに、椿姫のアルフレードだろうが、トゥーランドットのカラフだろうが、オテロのタイトルロールだろうが、何を歌わせてもそつなく巧い歌手よりも、昔の3大テノール(デル・モナコ、ディ・ステファーノ、フランコ・コレッリ)のように「表現力なんてどうでもいい、俺の声に痺れろ」的な歌手の方がやっぱりええわ。

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温暖化詐欺を解き明かすまで、誰も寝てはならぬ

プッチーニ「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」

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サイドバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”を改訂しただよ。
変更点は以下のとおり。

1)第3節の図3-1を2011年の気温を加えた新しいデータに更新。
2)第6節の図6-2から図6-7及び図6-9を2011年の気温を加えた新しいデータに更新。(如何なる訳か、Haparandaだけは今もってデータが更新されていない。GHCNから外されたのか?)
3)第6節の図6-10を米国の気温からグリーンランド雪原の気温に差し替え。
4)第7節は全面的に書き換え。
5)第10節は補筆修正(42頁)。
6)第11節は全面的に書き換え。
7)第12節も大幅に書き換え。
8)旧版の第13節は必要なくなったので削除。
9)第16節は補筆修正(最終頁)。

というわけで、不肖私めは人為的温暖化の虚構を解き明かしたので、寝させていただきます。
おやすみなさい。

浄められた「気候変動・千夜一夜」

シェーンベルク「浄められた夜」

今日今晩は。
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1月9日の「気候変動・千夜一夜」は「このところ、スパムを除いて残ったトラックバックは、RealCrazyClimateというブログからのものが続いています」と書いてたけど、「気候変動・千夜一夜」を相手にするのは今回で終わりにしようと思う。
全然、意味ないからね。
って言うか、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たち」はレベルが低すぎて相手にならんわ。
「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」が飽和論に反論できないことは始めから判ってたけど、世間的には一応は「専門家」だから、専門用語を並べ立て、なんやかんやと屁理屈をこね回して、反論した体を取り繕ってくるだろうなと想像してたのに、2011年9月8日の「気候変動・千夜一夜」において「クラシック音楽のキーワードを含むトラックバックに直接こたえてはおりませんが」と言ったきりで何も反論せず、4ヶ月経って、いきなりキチガイ呼ばわりだからな。

あれを見た時は、さすがに呆気にとられたけど、それは、反論の機会を自ら放棄した、ということだな。
2月13日の投稿では「なぜ飽和論に反論できないのかね?」と言ったけど、あんなこと書いた後で、もう反論は出来ないだろ。
じゃあ、なぜ放棄したのかと言うと、論争しても勝ち目は無いから、に他ならない。
このことは2月11日の投稿で紹介したコメントからも伺える。
2月4日の投稿で紹介したとおり、「気候変動・千夜一夜」のシンパが「すでに2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」で述べられていますよ」とコメントしたにもかかわらず、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」はそれには応えなかったわけで、であるから、2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」は論破されてしまったと、暗に認めてるんだね。
そして、2010年9月8日の「気候変動・千夜一夜」が書いていることは、決して「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」の個人的見解ではなく、IPCC党の共通見解なのだから、結局のところ、IPCCの人為的温暖化論は論破されてしまったと、暗に認めてるんだな。
明言すれば気候学会からパージされるから、口が裂けても、反論できません、とは言えないだけで、IPCCの煽り立てる人為的温暖化は虚構であると、暗に認めてるわけ。

2月11日の投稿では、人為的温暖化論は魑魅魍魎が集う禿山、と言ったけれど、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」の醜い捨て台詞は、むしろ「禿山の一夜」を浄める結果になった、ということ。
この意味においても、「気候変動・千夜一夜」を相手にする必要はもはや無くなった、と言える。

(追記:「千夜一夜」ではなく「千夜一話」だろ、というツッコミがあるだろうけど、捨て台詞を吐き散らしてそれっきりじゃあ「千夜一話」もないだろ。たとえ、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たち」が夜な夜な人為的温暖化を騒ぎ立てようとも、その本性は1月9日の「一夜」に凝縮されているんだね。)

IPCC峰登攀記

今日今晩は。
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1月9日の「気候変動・千夜一夜」は「Really crazyだ!と言ってもらいたいのでしょうか」と言い放ったけど、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」が人為的温暖化を騒ぎ立てることで飯食ってるのに対して、不肖私めは一銭にもならないのにこんなブログ書いてるわけで、その意味においては正に酔狂と言う他は無く、実際、我ながら酔狂だと思う。

にもかかわらず、私めは何故にこんな事をやってるのか?
その動機は何だったのか?
2月11日の投稿で紹介したとおり、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」は「わたしはRealCrazyClimateがそのたぐいのものではないかと疑っています」などとほざいてたので、そこのところを書いておく必要があるな、と。

直接の動機は2つある。
一つは、2011年3月18日の投稿で紹介した2009年9月14日の朝鮮日刊新聞社説。
「我々は同じ舟に乗っている」だの、「世界の人々は一蓮托生」だの、「宇宙船地球号というエコシステムを共有する」だのと広言しつつ、排出量取引という「グリード」が必要だ、と言い放ったんだね。
これを見た時に、人為的温暖化は究極の全体主義である、という事実に気づいたのよ。
実際、1月19日の投稿で紹介したとおり、気候学者自身が「全世界をコントロールしやすいと考えた」と認めていたんだね。

全体主義とは何か?
2011年8月30日の投稿で指摘したとおり、
全体の利益を強調し、国民を総動員する。
しかし、その実態は、極々一部の者が国民から収奪する。
ということだけれど、これを一国から世界全体に拡張したのが人為的温暖化プロパガンダなのよ。
世界のため、地球のため、人類のためなどと嘯いて、すなわち、人類全体の利益を強調して「全世界をコントロール」し、その実は、極々一部の者が「グリード」を満たす。
これ以上は無いという、正に究極の全体主義。

民主主義を守るために人為的温暖化プロパガンダというファッショを粉砕しなければならない。
これが第1の、そして、最大の動機。

もう一つの動機は、ジョン・チンダル。
人為的温暖化について調べていくと、温室効果を実証した研究者としてチンダルの名が出てくる。

一方、不肖私めがチンダルの名を知ったのは、中学生の時に読んだコレ。


アルプスの山々のなかには、まだ頂上へ登られていない山が幾つもあったが、そのうちでも二つの山が、特に私の心をひきつけていた。その一つは、多くの優れた登山家たちが、幾度となくその登攀を企てながら、まだ成功しなかった山であり、もう一つは、登攀不可能だという伝説に取り囲まれて、殆どだれも手をつけていなかった山である。これら二つの山は、ワイスホルンとマッターホルンであった。
・・・中略・・・
そのときワイスホルンが登頂されたという噂が伝わってきた。
・・・中略・・・
この噂のほんとうであることがはっきりした。ワイスホルンに対する私の希望は、むなしく消えてしまったわけである。しかしワイスホルンに初登頂したチンダル教授が、その勝利の栄光をさらに輝かしいものにするため、さらに大きな勝利を目ざしてマッターホルンへの登攀を試みるため、ブルーイユに滞在しているということを聞いたときに、私のマッターホルンに対する気持ちは、むらむらと燃え上がって来たのであった。


(エドワード・ウィンパー「アルプス登攀記」より)

それで、人為的温暖化について調べていくうちにチンダルの名に出会った時、驚き、且つ、懐かしく思うと同時に「私の人為的温暖化プロパガンダに対する気持ちは、むらむらと燃え上がって来たのであった」というわけ。

で、温室効果飽和論というピッケルを片手に、IPCC峰への登攀開始。
マッターホルンと同様に「登攀不可能だという伝説に取り囲まれて」いただけであり、さほど大きな困難も無く頂上を征服。

リヒャルト・シュトラウス「アルプス交響曲」より

で、私めが登頂したという証、すなわち、ケルンが他でもない1月9日の「気候変動・千夜一夜」なんだね。

愚劣なバイオリンと下劣なチェロの二重協奏曲

ブラームス「バイオリンとチェロのための二重協奏曲」より第三楽章

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回の投稿で紹介したとおり、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」は「温暖化懐疑論のパロディーのブログなどが、英語圏にはいくつかあります」とのたまってた。
で、それを覗いてみただよ。
と言っても、英語は苦手なんで中身は読んでないけど。
飽和論を論じているかと思って「saturation」で検索したら、何も出てこなかった。
ブー。
はずれ!

つまり、当ブログがIPCCの未飽和論を論駁しているのに、飽和論(未飽和論)を論じていないブログを持ち出してきて「わたしはRealCrazyClimateがそのたぐいのものではないかと疑っています」などと言い張ったわけで、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」が当ブログの内容を歪曲していることは明らかだな。
そもそも、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」はそんなサイト見てる暇があるのに、なぜ飽和論に反論できないのかね?

関係のないことを書き立て、他人の主張を歪曲し、論点を逸らす。
これは反論に窮した輩の常套手段。
このことに関して、古いけど、次の記事を見てもらおうかね。


大阪・橋下知事、共産府議を「核武装論者だ」と決め付け
2009年12月12日0時56分
大阪府議会で米軍基地の即時国外撤去を主張した共産党の小谷三鈴議員に対し、橋下徹知事が「小谷議員が核武装論者だと初めて知った」と決めつけ、問題になっている。共産党府議団は11日、知事の謝罪や議事録からの削除を議長に求めた。知事は11日までに謝罪などに応じていない。
橋下知事が米軍普天間飛行場の移設問題で、沖縄の基地負担を全国で分け合うべきだと語っていることに、小谷議員が10日の一般質問で「普天間は県内・国内のたらいまわしでなく、即時撤去が沖縄県民大多数の声」と主張した。
知事は唐突に「小谷議員が核武装論者だと初めて知りました」と切り出し、「僕らはアメリカの原子力潜水艦、原子力空母に守られている。その核の傘を撤去せよと言うのは、自分たちで核を持てということ」と述べた。
発言に対し、他の会派の府議や府幹部からも「勝手な決めつけで、極めて不適切。知事は何言ってんだ」「全く違う話に脱線した。不誠実だ」と批判する声が出ている。(多知川節子)


(asahi.com)

突きつけられた問題を直視せず、突如として関係のないことを言い出し、他人の主張を歪曲するという意味において、「小谷議員が核武装論者だと初めて知りました」と「わたしはRealCrazyClimateがそのたぐいのものではないかと疑っています」は正に同じ「たぐいのもの」。
既に1月21日の投稿でも指摘したけど、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」は「前大阪腐恥事のたぐい」に他ならないことをまたもや露呈したな。

けど、前回の投稿でも指摘したとおり、それは「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」だけじゃあない。
1月9日の「気候変動・千夜一夜」に対して、IPCC党とそのシンパからは「『勝手な決めつけで、極めて不適切。増田は何言ってんだ』『全く違う話に脱線した。不誠実だ』と批判する声は出ていない」わけで、それは、IPCC党とそのシンパが「異心の会のたぐい」に他ならないことを露呈してるんだね。

ところで。
この記事を書くために、もう一度、件のコメントを確認したらば、なんと、コメントの投稿時間が2月11日の午前4時4分になってるじゃないの!
ということは、この冬の最中の午前三時半ごろに起き出して来て、あのコメントを書いていた、と?
それとも、午前4時まで起きていた、ということなの?
どちらにせよ、そこまでして書く必要があるのかね?
って言うか、そこまでして、あんな低俗な内容なの?
「笑いをとろうとしている」の?

と言うよりも、前回の投稿の考察が正しかった、ということだな。
草木も眠る丑三つ時に、魑魅魍魎が人為的温暖化を騒ぎ立てていた、ということだね。

禿山「人為的気候変動」の「千夜一夜」

ムソルグスキー「禿山の一夜」

今日今晩は。
気候変動・千夜一夜」公認のキチガイで~~~す。

2月1日の投稿の追記で紹介したとおり、1月9日の「気候変動・千夜一夜」に対して「増田さんも某氏のHPについて、そろそろ、「よくわかんない」じゃなくて反論して欲しいなあ」とコメントした人がいたけど、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」はそれに応えてこんなコメントしてました~。


温暖化懐疑論のパロディーのブログなどが、英語圏にはいくつかあります。
カナダのFriends of Gin and Tonicは、Friends of Scienceという温暖化否定論サイトをあいてにしたものです。
The Climate Scumのブログ主はBaron von Monckhofenとなのっていて、おそらくイギリスの貴族で温暖化懐疑論をまきちらしているMoncktonを意識したハンドル名だと思いますが、内容はMonckton関係に限りません。
Denial Depotのブログ名はアメリカのMoranoの温暖化否定論情報サイトClimate Depotを意識したものと思いますが、内容はとくにそれとは関係ないようです。
わたしはRealCrazyClimateがそのたぐいのものではないかと疑っていますが、確証がもてません。


1月9日の「気候変動・千夜一夜」のコメント欄より)

ほ~。
そんなブログがあったですか。
教えてくれて、ありがとう。

けど、1月11日の投稿1月13日の投稿、そして、1月16日の投稿1月9日の「気候変動・千夜一夜」を激しく糾弾したにもかかわらず、相も変わらず、どの記事のどの部分を指しているのかも明記せずに、すなわち、当ブログの中身を全く論ずることなく、まだ「わたしはRealCrazyClimateがそのたぐいのものではないかと疑っています」なんてほざいてるんだな。
飽和論から逃げてるだけだろ。

自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」は、2011年11月4日の投稿で紹介したとおり、他人に対しては「他のかたのブログのコメントにしては長いですが、議論の理屈を追うには短すぎます。たいへんかもしれませんがご自分が親記事を書けるウェブサイトを確保して、どんな基礎知識からどんな結論が導かれるのかを筋道をたてて述べていただきたいと思います」などと御高説を垂れていたにもかかわらず、自分はコメント欄で済まそうとしているわけで、そのことだけを以ってしても、飽和論から逃げていることは明らかだな。

実際、「気候変動・千夜一夜」のシンパが「すでに述べられていますよ」とコメントしたということは、当ブログが温室効果飽和論を突きつけていることは誰の目にも明らかということであり、であるから、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」が問題から目を背けているにすぎないことも、これまた、誰の目にも明らかなんだね。

そもそも、「そのたぐいのもの」であろうがなかろうが、疑おうが疑うまいが、温室効果は飽和しないことを、数式を示して説明すれば、それだけで済むこと。
1月13日の投稿で紹介したとおり、IPCC党は、50年前に解決済み、と言い放ったわけだから、それが本当ならば、つまらぬことを書く必要など全く無い。
であるから、「そのたぐいのものではないかと疑っていますが、確証がもてません」が逃げ口上にすぎないことは明らかだろ。

もう判っただろうけど、「温暖化懐疑論のパロディーのブログなどが、英語圏にはいくつかあります」などと、当ブログの内容と全く関係ないことを殊更に言い立てたのも、実は、問題をはぐらかすため。
1月9日の「気候変動・千夜一夜」が「このブログにはいろいろなところからトラックバックが来ます・・・」などと言い立てていたけど、あれも、実のところ、問題をはぐらかすための口実だったのよ。
実際、私めは当ブログを開設して以降、家を留守にする日以外、毎日一回は「気候変動・千夜一夜」をチェックしてきたけど、スパムコメントは見たものの、スパムトラックバックを見た憶えは全く無いんだな。
2011年8月10日の投稿で紹介したとおり、Wordpressのトラブルで2011年8月6日の投稿のトラックバックが2つ送られてしまったということは、また、2月6日の投稿で指摘したとおり、2月4日の投稿のトラックバックが削除されたということは、「気候変動・千夜一夜」は無条件にトラックバックを受けつけるということだから、本当にスパムトラックバックが来ていたのならば、私めが見ているはず。)

2011年10月16日の投稿で紹介したとおり、チンピラが「トラックバックに反応しても仕方無いように思います」と言い放ったけれど、呆れたことに、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」はそれを忠実に実行してるんだな。
な~んか、ここまで来ると哀れだね。
自分で自分の愚劣さを下劣さを曝け出しているのに、それにさえ気づかないのかな?
と言うよりも、2月1日の投稿で指摘したとおり、実のところ飽和論にはグウの音も出ないわけで、つまり、当ブログの内容に少しでも言及すれば、人為的温暖化論は、であるから、「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たち」は木っ端微塵になってしまうから、自分で自分の愚劣さと下劣さを曝け出してでも問題をはぐらかさざるを得ない、ということなのよ。

たとえ反論できなくても、突きつけられた問題(=飽和論)には真正面から向き合う。
それが真の科学者。
問題から目を背けるのは科学的精神と相容れない。
「科学者」とは名ばかりで、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」は科学的精神を完全に喪失してる。

もちろん、これは自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者」だけじゃあない。
もう、これまでに何回も指摘してきたし、2月1日の投稿でも強調したけど、「地球温暖化懐疑論批判」は近藤純正氏の研究を歪曲した挙句、あろうことか、あべこべに「2008年10月に出版された武田(2008b)では、恣意的に修正前の古い値を用い続けているようである」と言い放ったんだな。
人為的温暖化論が本当に「科学」であるのならば、人為的温暖化を言い立てる気候学者が本当に「科学者」であるのならば、「地球温暖化懐疑論批判」の著者たち、すなわち、自称「地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たち」が近藤純正氏の研究を歪曲したという事実を指弾するはず。
お前達は気候学を貶めた、と。
お前達は人為的温暖化論の信頼を傷つけた、と。
ところが、温暖化論者の誰一人として批判しない。
誰一人として。
現に、2011年10月16日の投稿で紹介したチンピラも、そして、「すでに述べられていますよ」とコメントしたお馬鹿ちゃんも見て見ぬ振りをしてる。

このことは何を意味しているか。
人為的温暖化論は科学的精神を放棄した魑魅魍魎が集う禿山だ、ということ。
つまり、科学という木が一本も生えていない不毛な禿山に集う魑魅魍魎の乱痴気騒ぎが人為的温暖化。

しかし、魑魅魍魎が蠢く夜は今や終わりの時を迎え、飽和論という真実の曙光が禿山に射し込んできた。
魑魅魍魎が光に目を背け、恐れ慄き、逃げ出すのは必定。
「気候変動・千夜一夜」の醜態は正にその光景を映し出しているんだね。

奥様は魔女ならぬファッショの女中

ペルゴレージ「奥様女中」より

今日今晩は。
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ちと古い記事だけど、今日はこれを採り上げるだよ。


きょうの京:COP16「議定書」延長の決着先送り 浅岡美恵さんに聞く /京都
◇「誕生の地」見合う発信を--NPO気候ネット・浅岡代表に聞く
先進国に温室効果ガスの削減を義務づけた京都議定書の「次」を考える国連気候変動枠組み条約第16回締約国会議(COP16)が終了。激論の末、議定書を延長するかどうかの決着もCOP17へ持ち越しとなった。今後「議定書誕生の地」として京都が果たす役割とは--。地球温暖化防止に取り組むNPO法人気候ネットワークの浅岡美恵代表に聞いた。【聞き手・田辺佑介】
COP16は来年予定されているCOP17で、13年からの次の枠組みを作るためのステップだった。会議冒頭での日本の(「京都議定書の延長をいかなる場合でも認めない」という)発言は、参加国から「日本は本心では削減をしたくないのか」と見られかねず、交渉上良くないし、国の名誉も傷ついた。
京都議定書の仕組みは今後100年間でも必要とされるものだ。「KYOTO」は先進国が温室効果ガスの削減に責任を持つことを象徴する言葉になっている。日本はそれを自ら否定していることになる。
京都を「誕生の地」として誇ることは世界中が納得している。それに見合うかは行政や企業、市民の取り組み次第。京都にはエネルギーを大量に使う工場などが少なく、温暖化対策に優れた技術を持つ企業もある。府や京都市は、温室効果ガスの削減目標を盛り込んだ条例を制定しているが、政府や他自治体に向けても対策の必要性を発信してほしい。
市民の役割は、問題に関心を持ち、知恵を出し合うこと。「大きく、たくさん使う」生活から「小さく、あまり使わない」暮らしへと意識を変えるのは、地域社会の役割だ。
誕生の地を誇るなら、社会全体を変える責任がある。自己満足で終わってはいけない。
==============
◇政財界からもさまざまな声
COP16の議論について、政財界からもさまざまな声が上がった。
京都商工会議所の立石義雄会頭は「京都議定書の単純延長は避けるべきだ」との立場だが「日本政府は、温室効果ガス削減を続け、成長につなげる戦略と具体策を明確にしてほしい」と注文。山田啓二知事は「全ての国が取り組む枠組みが不可欠。京都議定書の精神を生かし、国際合意が形成されるよう期待する」とコメントした。
==============
■ことば
◇京都議定書
97年に京都で開かれたCOP3で採択された。先進国が08~12年に排出する温室効果ガスの年平均量を90年比で5%削減することを義務化し、排出量取引のルールなどを規定。EUは8%、日本は6%の義務を負ったが、経済への影響から01年にアメリカが脱退した。近年は中国やインド、途上国での排出も増え、現在削減義務のある国の排出量は世界全体の約3割にとどまる。


(毎日新聞 2010年12月12日 地方版)

我国において人為的温暖化を喚き立てている環境NPOを束ねているのが、虚人=飯田哲也とこのあまっちょだな。

1月11日の投稿1月13日の投稿1月16日の投稿、そして、2月1日の投稿で解説したとおり、IPCCの吹聴する人為的温暖化が虚構にすぎないことは、破廉恥極まる1月9日の「気候変動・千夜一夜」が満天下に曝け出してしまったわけだけど、1月7日の投稿でも指摘したとおり、人為的温暖化の虚構はプランク関数さえ知っていれば誰にでも判ることなんだね。
つまり、IPCCの吹聴する人為的温暖化は始めからデマ。
実際、1月19日の投稿で紹介したとおり、人為的温暖化は「全世界をコントロール」し、市民を「縛っていく新たな仕組み」であり、だからこそ、2月4日の投稿前回の投稿で解説したとおり、IPCC党も、人為的温暖化という結論が設定されているんだ!、と喚き立てていたんだね。

「京都議定書の仕組みは今後100年間でも必要とされるものだ」なんて言い張ってるけど、誰に「必要とされる」の?
人為的温暖化を煽り立てることによって「全世界をコントロール」し、市民を「縛っていく」ことを目論むファッショに「必要とされる」んだろ!
このあまっちょはそういう連中の女中にすぎないんだな。

「京都を『誕生の地』として誇ることは世界中が納得している」なんて言い張ってるけど、誰が「誇る」の?
2011年8月30日の投稿で紹介したとおり、麻生政権時のCO2排出15%削減にさえ反対していたのだから、日本国民は誰も誇ってね~よ。
また、下図を見れば判るとおり、世界の主要国の中で人為的温暖化を信用していない国民が最も多いのは、他でもない、我が日本。

Scientific Americanより

これこそ「誇る」べきことだな。
ところが、上でも述べたとおり、京都議定書は我国がファッショのお先棒を担いだということに他ならず、それこそ「国の名誉も傷ついた」のであり、名誉回復のためにも「日本はそれを自ら否定」しなければならない。
率先して否定しなければならない。
1月9日の「気候変動・千夜一夜」は「Really crazyだ!と言ってもらいたいのでしょうか」と言い放ったけど、不肖私めがこんな酔狂な事を始めた動機の一つは、正に「国の名誉も傷ついた」ことへの憤りなのよ。

にもかかわらず、あべこべに「京都を『誕生の地』として誇ることは世界中が納得している」などと言い張ることこそファッショの「自己満足」、と言うよりも、ファッショの女中が奥様に成り上がろうと目論んでいることを露呈してる。
実際、「世界」とは、地球上に生きている全ての人々、そして、その一人一人のことに他ならないはずであるにもかかわらず、日本国民の意思を無視して「世界中が納得している」との言い草は、このあまっちょの騙る「世界」が民主主義とは無縁の「世界」である証拠。

その破廉恥で邪悪な意図は「『大きく、たくさん使う』生活から『小さく、あまり使わない』暮らしへと意識を変えるのは、地域社会の役割だ」という言い草にもハッキリと表れている。
2011年3月18日の投稿で紹介したとおり、このスベタは排出量取引を喚き立てていた。
つまり、汗水かかずに濡れ手に粟の儲けを保証する排出量取引を正当化しながら、片や、国民に対しては平然と「暮らしを変えろ」「意識を変えろ」と言い放ってるわけで、であるから、濡れ手に粟の儲けを保証するために「暮らしを変えろ」、濡れ手に粟の儲けを保証することが「地域社会の役割だ」と言うことに他ならないわけで、説明するまでもなく、そのような思想は民主主義とは相容れない。

であるから、「自己満足で終わってはいけない」という台詞は、実のところ、「排出量取引だけで終わってはいけない」ということであり、「社会全体を変える責任がある」とは、ファシズム社会を建設する責任がある、ということなんだね。
そして、それは、正に「全世界をコントロール」し市民を「縛っていく新たな仕組み」としての人為的温暖化プロパガンダに他ならないことを、裏づけたと言える。

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