菅狂白書(2)

ベッリーニ「清教徒」より「狂乱の場」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

ようやく、チョンコロ韓直人が断罪されましたな。


「政府、安全顧みず」「介入で現場混乱」国会事故調認定
2012年6月10日0時41分
東京電力福島第一原発事故を検証する「国会事故調査委員会」(黒川清委員長)は9日、政府の初動対応を「責任回避に主眼がおかれ、住民の健康と安全は顧みられなかった」と認定した。当時の菅直人首相らの介入も、混乱の原因だと批判。菅氏ら官邸側に厳しい内容となっている。
今月末までにまとめる最終報告書に向け、同日開かれた国会事故調で、野村修也委員が事故調の見解として発表した。
原発事故の影響で避難している住民約1万人を対象にしたアンケート結果も公表。政権から住民への情報伝達や避難指示の遅れが、混乱に拍車をかけたことも指摘した。そうした実態をふまえ、菅政権の情報発信のあり方は「住民の健康と安全確保の視点が欠けていた」と疑問を投げかけた。


(朝日新聞デジタル)

とは言うものの、この程度じゃあ、溜飲を下げる、とまではいかない。
1月7日の投稿で紹介したとおり、チョンコロ韓直人は原子力安全・保安院に横槍を入れて情報操作をしていたんだね。
「責任回避に主眼がおかれ」どころか、「事故拡大に主眼がおかれ、住民の健康と安全は顧みられなかった」んだな。
真の犯罪者なんだよ、チョンコロ韓直人は!

ところが、卑劣にもこんなことほざいてやがる。


「過剰介入」批判は一方的=国会事故調に反論-菅氏
民主党の菅直人前首相は10日付のブログで、東京電力福島第1原発事故を検証する国会事故調査委員会が首相官邸の過剰介入を批判する論点整理をまとめたことに対し、「官邸として、原子力災害対策本部長として、直接対応せざるを得なかった」と反論した。批判を受けて自身の対応を反省する記述はなかった。
この中で菅氏は、事故調が「東電が全員撤退を決めたとは認められない」と認定したことを「官邸の誤解と一蹴するのは、一方的な解釈」と非難。事故調が検証した記録を全て公開するよう要求し、「そのことによって、真実と真相が、より公正かつ正確に明らかになる」と訴えた。(2012/06/10-21:05)


(時事ドットコム)

2011年4月10日の投稿で紹介したとおり、コヤツは臨界の意味さえ知らなかったんだね。
「直接対応」なんか出来るわけねえだろ!
1月23日の投稿で紹介したとおり、コヤツは「最も既得権益ある専門家」を内閣官房参与に起用した。
にもかかわらず、5月29日の投稿で紹介したとおり、あべこべに「既得権益ある専門家のせい」などと居直ってた。
誰が「一方的な解釈」をしているのかは明らかだろ。
そもそも、「専門家のせい」などと責任転嫁を図るような輩が専門家を使えるはずも無く、であるから、「直接対応せざるを得なかった」との言い草が居直りにすぎないことは明らかだな。
正に「自身の対応を反省」する意識は欠片も無い。
けど、それも当たり前。
上でも指摘したとおり、チョンコロ韓直人は意図的に事故を拡大させたのであり、「自身の対応を反省」するはずが無いんだね。

では、なぜ、チョンコロ韓直人は意図的に事故を拡大させたのか?

今現在も東電社員や関係者が死と隣り合わせで原発事故収束に当たっている。
そのことに思いを巡らせば、「東電が全員撤退を決めた」などとは絶対に口に出来ないはず。
にもかかわらず、当初から「東電が全員撤退を決めた」などと言い張っていたんだね。
その挙句に、1月7日の投稿で紹介したとおり、「9電力はお山の大将」などと言い立てたわけだけど、それは、電力自由化を推し進めるために、意図的に事故を拡大させて電力会社を攻撃する材料にしようと図ったことを、ハッキリと示している。
事故から一ヶ月も経っていないにもかかわらず、つまり、事故を収束させることが出来るか否かの目処すらつかない深刻な状況であったにもかかわらず、2011年4月10日の投稿で紹介したとおり、チョンコロ韓直人は「エコタウン」などとほざいてたけど、それは「住民の健康と安全は顧み」ない証拠と言うよりも、「住民の健康と安全」を切り捨ててでも、自然エネルギー・電力自由化を推し進めたいという意図を露呈していたんだな。

もちろん、これはチョンコロ韓直人だけの問題じゃない。
自然エネルギー・電力自由化を言い立てている連中は全て同類。
実際、連中の代弁者である朝鮮日刊新聞は、2011年8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、原発利益共同体の中枢に居座って東電から甘い汁を吸ってきたにもかかわらず、2011年4月15日の投稿で採り上げた2011年4月4日の社説で「東電など全国9電力体制の存続には疑義がある」と言い立てたわけで、原発事故を起こさせ、電力会社を攻撃し、それに乗じて電力自由化を推し進めようとしたことを露呈している。
だからこそ、1月29日の投稿で紹介したとおり、必死になってチョンコロ韓直人を擁護してたんだね。
さらに、韓直人のブログに呼応して、今日もこんな社説を書いてやがる。


国会事故調―何を解明したいのか
福島第一原発事故をめぐる国会の調査委員会(黒川清委員長)が、ひととおりの参考人招致を終えた。今月末までに最終報告書をまとめる。
だが、9日に示された論点整理は、判断の根拠がはっきりせず、説得力に欠ける。
この間おこなわれた政治家や東京電力の首脳陣に対する質疑も、原子力行政の構造的な問題を解き明かすような切り口に乏しかった。
国会事故調は、何を解明したいのか。このままでは、不十分な報告書にしかならないのではないかと心配になる。
今回の論点整理は、事故直後の官邸の対応に焦点をあてている。この中で、もっとも違和感が強いのは東電の「全員撤退」をめぐる見解だ。
事故調は「東電が全員撤退を決定した形跡は見あたらない」と結論づけている。
これは、菅首相(当時)をはじめとする官邸側の数々の証言と真っ向から対立する。
質疑でも、官房長官だった枝野氏が清水正孝社長(同)との電話のやりとりを紹介し、全面撤退と認識したことを証言したのに対し、清水氏は「記憶にない」の一点張りだった。
ところが、黒川委員長は清水氏に対して「肝心なことを忘れている」と述べただけで、記者会見では「官邸と東電のコミュニケーション不足の問題」と分析した。官邸側の言い分はほとんど無視された。
これで納得できるだろうか。問題は東電本社に事故対処への強い意志があったかどうかだ。それによって、その後の菅氏の行動への評価も分かれる。
官邸側に誤解があって、「事故対応に過剰な介入をした」と事故調が論ずるなら、そこに至る根拠や調査で明らかになっている事実を、もっと明確に説明すべきだ。
そもそも、事故調の目的は何か。責任追及も大事だが、最大の主眼は、二度とこうした事故を起こさない教訓をどのようにつかみとるかにある。
その意味で、事故以前の問題への踏み込みも物足りない。
今日の原子力行政をつくってきた自民党への調査をおこなっていないのは、どういうわけだろう。政府の事故調では官邸対応の分析に限界があると意識するあまり、そこに目を向けすぎてはいないだろうか。
憲政史上初めて国会に設けられ、国政調査権の行使まで認められた独立委員会だ。
国民が期待しているのは、国内外からの評価と歴史の検証に堪えうる報告書である。


(2012年6月12日の朝鮮日刊新聞社説)

けど、強弁すればするほど、自然エネルギー・電力自由化を喚き立てる「左翼」の邪悪極まる本性が露呈するだけ。

上でも述べたとおり、今なお、死と隣り合わせで頑張っている人たちがいる以上、「事故調は『東電が全員撤退を決定した形跡は見あたらない』と結論づけている」のは当然じゃないか。
にもかかわらず、官邸が「全面撤退と認識したことを証言した」ことは、現場を顧みなかった証拠、であるから、「事故対応に過剰な介入をした」証拠なんだよ。
それなのに、「この中で、もっとも違和感が強いのは東電の『全員撤退』をめぐる見解だ」との言い草は、犯罪者=チョンコロ韓直人を正当化しようとする邪な意図を露呈しているのであり、やはり、原発事故を起こし、事故を拡大させ、電力会社を攻撃し、それに乗じて自然エネルギー・電力自由化を推し進めようとしていることを物の見事に露呈してる。

大震災とそれに伴う原発事故という未曾有の災害は、国家国民の安危が掛かる問題であり、であるから、一会社の手に負える問題ではなく、国家の総力を挙げてこれに当らねばならない。
つまり、「問題は菅政権に事故対処への強い意志があったかどうかだ」。
それこそが問われているんだね。
国会事故調査委員会が「住民の健康と安全は顧みられなかった」と認定したのは正にそれ故。
にもかかわらず、あべこべに「問題は東電本社に事故対処への強い意志があったかどうかだ」との言い草は、問題のすりかえに他ならず、であるから、チョンコロ韓直人の責任を東電に転嫁しようとの意図に他ならず、「責任回避に主眼がおかれ、住民の健康と安全は顧みられなかった」という国会事故調査委員会の指摘を裏づけたのみならず、電力会社を攻撃することに依って、電力自由化を推し進めようとの邪な意図をも露呈したと言える。

そもそも、「これは、菅首相(当時)をはじめとする官邸側の数々の証言と真っ向から対立する」「官邸側の言い分はほとんど無視された」と言い立てた後で「問題は東電本社に事故対処への強い意志があったかどうかだ」と言い張るのは、東電への「責任追及」以外の何物でも無く、であるから、「責任追及も大事だが、最大の主眼は、二度とこうした事故を起こさない教訓をどのようにつかみとるかにある」という言い草と矛盾しているのであり、であるから、それがチョンコロ韓直人の責任を覆い隠すための狡猾な欺瞞にすぎないことは明らかであり、従って、「今日の原子力行政をつくってきた自民党への調査をおこなっていないのは、どういうわけだろう」との言い草も野党への責任転嫁にすぎないことは明らかであり、だからこそ、国会事故調査委員会が「責任回避に主眼がおかれ、住民の健康と安全は顧みられなかった」と弾劾したんだね。

「原子力行政の構造的な問題を解き明かすような切り口に乏しかった」と言い立てているけれど、それならば、原子力行政の構造的な問題は未だ明らかになっていないはず。
にもかかわらず、2011年8月18日の投稿で採り上げた2011年5月20日の朝鮮日刊新聞社説は「ただ、電力会社が地域独占の維持を主張してきた裏には、原子力発電という「国策」を、民間企業が肩代わりして進めるために必要なのだという理由づけがあったのも事実だ」と決めつけて地域独占を批判し、電力自由化を正当化しようと図った。
このことからも、「最大の主眼は、二度とこうした事故を起こさない教訓をどのようにつかみとるかにある」という台詞が狡猾な欺瞞にすぎないこと、そして、電力自由化を推し進めるために、チョンコロ韓直人が原発事故を意図的に拡大させたこと、だからこそ、必死になってチョンコロ韓直人を擁護しているにすぎないことは明らかだな。

「原子力行政の構造的な問題を解き明かすような切り口に乏しかった」としても、チョンコロ韓直人が自身のブログで居直ったことに対して「これで納得できるだろうか」と言うべきところを、あべこべに、国会事故調査委員会に対して「これで納得できるだろうか」と言い放ったことは、この社説の邪な意図を物の見事に露呈しているんだね。
挙句の果てに、「国民が期待しているのは、国内外からの評価と歴史の検証に堪えうる報告書である」と言うに及んでは、自然エネルギー・電力自由化を推進する「左翼」の卑劣さ邪悪さ此処に極まれり、と言える。
東電から甘い汁を吸いながら、犯罪者=チョンコロ韓直人を正当化しながら、まるで自分達こそが国民の代弁者であるかのごとくに振舞う様は、もはや、批判の言葉さえ思い当たらないほどに腐り切っている。
2011年4月15日の投稿8月18日の投稿8月26日の投稿9月11日の投稿9月29日の投稿10月27日の投稿10月31日の投稿2012年1月5日の投稿3月20日の投稿3月28日の投稿4月3日の投稿4月18日の投稿5月21日の投稿、そして、6月2日の投稿で論じたとおり、自然エネルギー・電力自由化の目的は、国民から収奪すること、国民を弾圧すること。
この事実から目を逸らすために「国民が期待しているのは」などと嘯くわけ。

「国民」を欺き、「国民」から収奪し、「国民」を弾圧するために、「国民」を騙る。
これが「左翼」。
4月22日の投稿へのコメントは「左翼右翼はもういいさ。同じ人間だろう」と言い立てていたけど、チョンコロ韓直人の醜悪で卑劣極まる居直りを見た後で、犯罪者=チョンコロ韓直人を擁護しようと図る朝鮮日刊新聞を見た後で、自然エネルギー・電力自由化を喚き立てる「左翼」に尚も与するような輩は、「人間」ではないと断言する!

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