「脱原発依存」派の地獄落ち

モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」より「ジョヴァンニの地獄落ち」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

昨日の投稿で指弾したばかりなのに、今日の朝鮮日刊新聞はこんな醜い社説を書いてるぞ。


市民と政治―分断か対話か瀬戸際だ
官邸や国会の壁を隔てて対峙(たいじ)してきた政治と市民の間に、小さな窓が開いたように思う。
衆院議員会館で一昨日夕、開かれた対話の場のことだ。
原発再稼働をめぐり、首相官邸前の抗議行動や国会包囲を主催する市民グループと、菅直人前首相ら超党派の脱原発派国会議員、計20人余りが参加した。
労組などに組織されない市民と、政治の壁がいかに厚かったか。象徴的な場面があった。
市民側は、野田首相と直接話し合えるよう、議員らに助力を求めた。民主党の平岡秀夫元法相が「みなさんが何かの組織の代表なら会える」というと、批判が相次いだ。
「私たちは組織じゃない。そんな状況自体、間接民主主義が機能していない」
経団連や連合――つまり票も金も動かせる組織の代表なら、首相に会える。なのに組織されない抗議は何万に膨らんでも、直接伝えられないのか。
菅前首相は「話を聞くのはやぶさかではない」という野田首相の言葉を伝えた。早急に実現し、民主主義への絶望感を広げないようにすべきだ。
不信は深い。同じ脱原発派でも、一刻も早くと求める市民側と、一定の時間が要ると考える議員には溝がある。市民が議員を詰問する場面もあった。
それでも対話の糸口は見えた。議員と市民の双方から、大切な指摘が聞かれた。
まず、民主党の辻元清美氏。
日本を生まれ変わらせるエネルギーが官邸前にある。一緒に変えていく方向に、政治が動き出せるかどうかだ。いままで『要求する側』と『される側』だったが、一緒に悩み苦しまないと、問題を解決できない」
原発がなくても困らない社会をどうつくるか。ともに悩む関係を築けるか否かが先行きをわける。不信と分断に陥るのを避け、信頼と対話につなげられるかの瀬戸際だ。
「エネルギーシフトパレード」呼びかけ人の鈴木幸一さんは取材にこう語った。「首相の指導力で突破せよという声もあるが、民主主義の基本はスーパーマンに頼らないこと。物事を変えるのは『民意』だ」
民意が熟し、実るかぎは「場づくり」だ。一例として、抗議行動の際、官邸前を車道まで開放すれば、市民と議員が対話しやすくなると提案する。
2人の思いに共感する。
敵だ味方だと壁をつくらず、対話しよう。
自民党などの原発推進派も臆せずに、抗議の市民と同じテーブルに着いてはどうか。


(2012年8月2日の朝鮮日刊新聞社説)

もう一度、言うけれど、7月30日の投稿で採り上げた2012年7月30日の朝鮮日刊新聞社説はこんなこと書いてたんだな。

有権者が、選挙で選んだ自分たちの代表(議員)を通じて政策を実現する。その間接民主主義の回路が機能せず、自分たちの声が政治に届かない。そんないらだちが、人々を直接民主主義的な行動に駆り立てているのではないか。そして、これを決定づけたのが原発事故だった。これは天災ではなく、電力会社や政府による人災だ。メルトダウンの事実も、放射性物質の飛散情報もすぐに公表しなかった。

けど、1月7日の投稿で紹介したとおり、「メルトダウンの事実も、放射性物質の飛散情報もすぐに公表しなかった」のはチョンコロ韓直人。
だからこそ、6月12日の投稿で紹介したとおり、国会事故調査委員会は「責任回避に主眼がおかれ、住民の健康と安全は顧みられなかった」と弾劾したんだね。
つまり、「政府による人災」とはチョンコロ韓直人のこと。
「私たちは組織じゃない。そんな状況自体、間接民主主義が機能していない」 なんて嘯いてるけど、2011年9月29日の投稿で解説したとおり、チョンコロ韓直人は憲法41条、42条、43条、66条を昂然と否定した。
つまり、チョンコロ韓直人は「間接民主主義」を否定したんだね。
であるから、「人々を直接民主主義的な行動に駆り立てている」のはチョンコロ韓直人への怒りのはず。
東京の人間は、自分達に直接関係の無い大飯原発再稼動を云々する以前に、同じ東京に住んでいるチョンコロ韓直人を断罪するのが先だろ!
にもかかわらず、「原発再稼働をめぐり、首相官邸前の抗議行動や国会包囲を主催する市民グループと、菅直人前首相ら超党派の脱原発派国会議員、計20人余りが参加し」、しかも、「官邸や国会の壁を隔てて対峙してきた政治と市民の間に、小さな窓が開いたように思う」と賞賛してるんだな。

6月12日の投稿6月13日の投稿で紹介したとおり、朝鮮日刊新聞が青筋立ててチョンコロ韓直人を擁護し、6月14日の投稿で紹介したとおり、大穢健三郎がチョンコロ韓直人と握手し、6月25日の投稿で紹介したとおり、今井一らもチョンコロ韓直人と握手し、昨日の投稿で紹介したとおり、官邸前デモの主導者もチョンコロ韓直人と握手し、そして、今回、朝鮮日刊新聞がそれを称揚したわけだけど、この一連の経緯は「脱原発デモ」の破廉恥で醜悪な本性を白日の下に曝け出したんだね。
既に7月9日の投稿7月17日の投稿7月25日の投稿、そして、7月30日の投稿で指摘したけど、国民を排除して決めた自然エネルギー高値買い取り・消費税増税を、国民自らが選んだように演出するための「脱原発デモ」なのよ。
(現に、「エネルギーシフトパレード」の「エネルギーシフト」とは自然エネルギーのことに他ならない。)

「一緒に変えていく方向に、政治が動き出せるかどうかだ」とは、一緒に国民を騙して、自然エネルギー高値買い取り・消費税増税の方向に「変えていく」ということであり、民主主義を葬り去る方向に「政治が動き出せるかどうかだ」ということに他ならないんだね。
その証拠に、「首相の指導力で突破せよという声もあるが、民主主義の基本はスーパーマンに頼らないこと。物事を変えるのは『民意』だ」 という台詞が本物なら、「民意」を無視して消費税増税の道を拓いたチョンコロ韓直人は絶対に許せないにもかかわらず、選りにも選って、そのチョンコロ韓直人と「対話」し、チョンコロ韓直人を「脱原発」の旗手に、「民主主義」の旗手に見せかけようと図ったんだな。
だからこそ、消費税増税を「首相の指導力で突破せよ」と喚き立てている朝鮮日刊新聞が「2人の思いに共感する」と言い放ったんだね。

6月29日の投稿で紹介したとおり、おおい町民は再稼働を訴えてたんだな。
「原発がなくても困らない社会をどうつくるか」を真剣に考えるのなら、「おおい町民とともに悩む関係を築けるか否かが先行きをわける」はずだろ!
ところが、大飯原発と直接関係無い東京の人間が「なのに組織されない抗議は何万に膨らんでも、直接伝えられないのか」などと喚き、「抗議行動の際、官邸前を車道まで開放すれば、市民と議員が対話しやすくなる」などと嘯き、それを盾にして、東京の人間との「対話」を「早急に実現し、民主主義への絶望感を広げないようにすべきだ」などと言い立てるのは、「おおい町民の話を聞くのはやぶさかだ」、「おおい町民の絶望感を広げるようにすべきだ」と言う以外の何物でも無い!

おおい町民を無視しながら、何が「不信と分断に陥るのを避け、信頼と対話につなげられるかの瀬戸際だ」だ!
「自然エネルギーで脱原発依存」を煽り立てる反日ネオリベ左翼ファッショは、5月21日の投稿6月27日の投稿で解説したとおり、民主主義を嘯いて国民を欺き、その実は、民主主義を葬り去ろうと画策している。
ところが、7月28日の投稿で紹介したとおり、彼らの破廉恥な正体は露呈しつつある。
正に「瀬戸際」に追い詰められた反日ネオリベ左翼ファッショはこんな猿芝居を演じ、「不信と分断に陥るのを避け、信頼と対話につなげられるかの瀬戸際だ」などと喚き叫んで、尚も国民を謀ろうとしてるだけ。

何が「敵だ味方だと壁をつくらず、対話しよう」だ!
7月9日の投稿でも言ったけど、テメエらはおおい町民との「対話」を拒絶してるんだろ!
テメエらこそ、再稼動を求めたおおい町民は「敵」、大飯原発と直接関係無いくせにデモをする東京の人間は「味方」と、壁を造ってるんだろ!
もう一度言うけれど、「おおい町民とともに悩む関係を築けるか否かが民主主義の先行きをわける」んだよ。
それが、本当の民主主義か、偽物の民主主義かの「先行きをわける」んだよ。
おおい町民を無視して再稼動反対を喚き立てる「脱原発依存」派は民主主義の敵だ!
民主主義とファシズムは両立不可能。
民主主義が死ぬか、ファシズムが死ぬか、の二つに一つしかない!
我々が死ぬか、テメエらが死ぬか、の二つに一つしかない!
民主主義を守るために、チョンコロ韓直人と手を結ぶ「自然エネルギーで脱原発依存」派は必ず斃す!!

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