行け、維新よ!おまえの心に左翼は潜んでいるぞ

プッチーニ「トスカ」より「行け、トスカよ!おまえの心にスカルピアは潜んでいるぞ」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

今日は先ずこれから採り上げよう。


ソフトバンク、小学校で環境教育 新しいビジネス機会にらむ
2012/10/8 7:00
通信とネットワークを基幹事業とするソフトバンクが太陽光発電や風力発電などエネルギー事業を強化することに当初、市場は懐疑的だった。アナリストの多くは「収益力が低下する」というリポートをまとめたが、ここにきて風向きが変わってきた。「太陽光発電が業績の下支えになる、と積極評価するアナリストも出てきた」と、エネルギー事業を手掛けるグループ会社、SBエナジー(東京・港)の藤井宏明副社長は話す。
ソフトバンクのメガソーラーは動き始めたばかりで収益を生むのはまだ先のこと。ソフトバンクは将来の環境ビジネスを見据え、その担い手で受益者、顧客でもある小学生を対象にした環境教育に乗り出した。9月24日、京都市立明親小学校(京都市伏見区)で最初の授業があった。伏見区には京セラが太陽光パネルを供給し、京セラ子会社がシステム設計や施工、SBエナジーが運営を受け持つメガソーラーがあり、9月1日から出力4200キロワットでフル稼働したばかりだ。
授業はiPadを使いながら進行した。主なテーマは「身近なところにあるエネルギーを見つけよう」。京都での授業を想定して作製した専用の冊子に、思いついた色々なエネルギーを書き出していく。「電気やガス、太陽、風」などと既成概念だけで答えるのは大人。授業に参加した小学5年生の答えのひとつは「腹が立った時に『むかつく!』と大声で叫んで袋にため、工場に送ってワクチンを作る」という秀逸なもの。ネガティブな感情で人を救おうと考えるところに子供の柔軟性が現れている。今夏、世間を騒がせた雷雨と電力不足を組み合わせ、「雷のエネルギーを蓄えて大企業に送る」という答えもあった。この生徒の家族には、節電を強いられた大企業に勤める人がいたのかも
この日は時間の制約から省略したが、iPadを持って教室の外に出て、エネルギーを持っていそうなものを撮影し、電子黒板を組み合わせながらみんなで考えるというカリキュラムも用意してあった。双方向通信の機能を生かして、各自の意見を集約できる。「内気な生徒も手を挙げないで意見を表明できる」という。「エネルギーについて子供のころから継続的に考えるきっかけにしたい。いずれは再生可能エネルギーを国民全体のムーブメントに」と藤井副社長は語る。
SBエナジーは北海道の帯広市と苫小牧市の計3カ所で10社の太陽電池を並べて発電性能を比較する実証実験を続けている。太陽電池の種類によって発電特性は異なり、日々の天候や温度によっても発電効率は変わる。「太陽電池の仕様は公表されているが、実際の稼働状況のデータはブラックボックスでよく分からなかった。そのデータを集めるのが目的」(藤井副社長)だ。
SBエナジーの藤井宏明副社長
発電量だけでは判断できないことも分かった。海外メーカーの太陽電池は最初のうちは性能が良いが、徐々に下がってくる。ただし契約上の下限を割ることはない、という。20年間使わねばならないメガソーラーだとこの性能低下が事業採算に大きく響く。耐候性の良しあしも重要だ。大型の案件だとプロジェクトファイナンスが必要で、その判断材料としても実証実験のデータは活用できる。
ソフトバンクが再生可能エネルギーに着目したのは東日本大震災や津波などで携帯電話の基地局への電力供給が途絶えたからだ。自立分散型の電源が不可欠と判断し、太陽光発電などに取り組むようになった。省エネルギーを徹底するためにスマートグリッド(次世代送電網)や家庭内エネルギー管理システム(HEMS)が普及すれば、どういう電化製品がどんな時間帯や状況で使われているかが把握できるようになる。このマーケティングデータを上手に加工すれば新しいビジネスチャンスが生まれる。実はエネルギー事業と、基幹事業の通信やネットワークは親和性が高い。米グーグルがスマートグリッドに力を入れるのも同じ理由だ。藤井副社長は「エネルギー分野に参入した時、『ソフトバンクが出てくるところにはカネのにおいがする』と言われた」と冗談めかして話すが、正鵠(せいこく)を射た意見かもしれない。


(日本経済新聞)

昔は、と言うか、ほんの少し前までは、携帯電話なんか無かった。
であるから、携帯電話が無いから生活できない、なんてことはないんだね。
むしろ、「ケータイを持ったサル」という本が象徴しているとおり、携帯が普及した結果、社会の荒廃が進んだ、と言っても過言じゃない。

自然エネルギーを正当化するために、2011年4月15日の投稿で採り上げた2011年4月4日の朝鮮日刊新聞社説は「『より人間らしいくらし』にこそ希望があるのではないか」と、そして、2011年8月14日の投稿で採り上げた2011年7月7日の「天声人語」は「不足を嘆かず、ある電気を賢く使いながら暮らしや価値観を変えていきたい」と言い立ててたけど、それなら、携帯電話を真っ先に捨てるべきだな。
ところが、あべこべに「ソフトバンクが再生可能エネルギーに着目したのは東日本大震災や津波などで携帯電話の基地局への電力供給が途絶えたからだ。自立分散型の電源が不可欠と判断し、太陽光発電などに取り組むようになった」と、つまり、携帯電話のために自然エネルギー、などとほざいてるんだね。
チョンコロ孫不正義だけじゃないぞ。
自然エネルギーは電力自由化と表裏一体だけど、1月5日の投稿で採り上げた2011年12月29日の朝鮮日刊新聞社説は「80年代から90年代にかけて進められた通信業界の自由化では新しい事業者を料金や手続き面で優遇する制度が採り入れられた。それが競争を促し、インターネットや携帯電話などの新ビジネスへ結びついた」と喚き立てていた。
やはり、携帯電話のための電力自由化、であるから、携帯電話のための自然エネルギー、なんだね。
さらに、3月7日の投稿で紹介したとおり、俳優の渡辺謙も「再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい『幸福』というものを創造する力があると信じています」と言い張ってたけど、ドコモのCMに出演してた。
やっぱり、携帯電話のための自然エネルギーだな。
言うまでもなく、それは全くの本末転倒。
であるから、「より人間らしいくらし」だの「価値観を変えていきたい」だの「新しい幸福」だのは卑劣極まる欺瞞にすぎず、10月4日の投稿で指摘したとおり、弱者からの収奪と弱者切り捨てのための自然エネルギーなんだね。

しかし、上の記事でそれ以上に注目すべきは、自分達が買い取り制度で国民から毟り盗っていることを美化するために、教育に介入して子供を洗脳していること。
本当に恐ろしいな。
日の丸・君が代を強制するのと全く同じだろ。
(そもそも、一企業が教育に介入すること自体、そして、それを許容すること自体が異常。どうなってんのかな?教育委員に金を掴ませたのかな?)

で、日の丸・君が代の強制、と言えば、「大阪名物・人でなし」だけど。
朝鮮日刊新聞がこんな社説を書いてるぞ。


歴史教育―世界の中の日本を学ぶ
もっと近現代史を学校で教えよう。尖閣諸島や竹島の領有権問題をきっかけに、政治家が相次いでそう発言している。
田中真紀子文部科学相は就任会見でこう語った。教科書は現代史の記述が薄い。ファクトはファクトとして出す。自分なりの考えを持てる人間を育てる。そうでないと、国際社会で発信力のある日本人はできない。
橋下徹大阪市長も「相手と論戦するには、相手の立場を知らなければ」と話した。
領土や歴史認識についてどんな立場を取るにせよ、中韓を始め近くの国との関係について史実を知っておくことは大切だ。
近現代と東アジアを中心に、世界の中の日本を学ぶ。そんな歴史教育に見直してはどうか。
高校の授業は標準で週30コマ。総合学習や情報など科目が増え、理科離れも指摘される。歴史だけ大幅には増やせない。制約の中でどう充実させるか。
日本学術会議が昨年、興味深い提言をしている。高校の世界史と日本史を統合し、「歴史基礎」という新しい必修の科目を作るというものだ。
科目のつくりかえは簡単ではないが、真剣に耳を傾けるべき提案だ。現場で実験的な授業も始まっている。文科省は長い目で検討を深めてほしい。
提言はこう訴える。
日本史を世界史と切り離して一国史的に教える傾向がある。
日本史で外国が描かれるのは戦争や交流があった時だけ。かたや、世界史のアジア史の項には日本がほとんど出てこない。
日本が他国と関係なく歴史を刻んでいるかのようだ。
グローバル化の時代を生きる若者に、異文化を理解し、共生する姿勢を育む。そのために、世界史の中に日本史を位置づけて教えるべきだと説く。
とりわけ近隣の国民と健全な関係を築くために――と、近現代史と東アジアの重視を打ち出しているのも目を引く。
日本史は中学と高校で同じような中身を繰り返す。世界史と日本史も大戦期などは重なりが多い。整理して無駄を省けば大事な時代に時間を割ける。
世界史と日本史が分かれたのは、明治政府が「国史」と「万国史」を分けて以来という。近代国家として発展する中で「国史」が国の威信を高めるのに使われたと指摘される。
もうそんな時代ではない。海の向こうの金融危機が国内の雇用に響く。経済ひとつとっても自国の中では完結しない。
必要なのは、退屈な丸暗記ではない。「いま」を考えるのに役立つ勉強だ。


(2012年10月8日の朝鮮日刊新聞社説)

教育について論じる以上、文部科学大臣に言及するのは仕方無いけど、なぜ、わざわざ「橋下徹大阪市長も『相手と論戦するには、相手の立場を知らなければ』と話した」などと強調する必要があるんだ?
「『いま』を考えるのに役立つ勉強だ」と言い張りながら、日の丸・君が代の強制という「いま」に目を背け、「橋下徹大阪市長も『相手と論戦するには、相手の立場を知らなければ』と話した」などと持て囃すのは何故だ?

3月20日の投稿7月21日の投稿8月31日の投稿9月10日の投稿9月12日の投稿で解説したとおり、そして、上でも指摘したとおり、「左翼」が煽り立てる「自然エネルギーで脱原発依存」は日本国民を苦しめるだけ。
日本という国は悪い国だ、日本国民は悪い民族だという意識に凝り固まっている「左翼」は、7月11日の投稿9月2日の投稿で解説したとおり、原発事故に乗じて日本人を苦しめてやろうと心に誓ったんだね。
一方、「大阪名物・人でなし」は日本という国に、日本国民に深い怨念を抱いている。
核武装とか言ってたのに、突如として「自然エネルギーで脱原発依存」に転じたのは、「自然エネルギーで脱原発依存」が日本人を苦しめることに気づいたから。
と言うよりも、「左翼」が手を差し伸べたんだね。
一緒に「自然エネルギーで脱原発依存」を進めて、日本人を苦しめようじゃないか、と。
そうすれば、君の怨念も晴らせるだろ、と。
8月13日の投稿で紹介したとおり、共産党が虚人=飯田哲也を支持したのはその証。
6月2日の投稿6月27日の投稿で指摘したとおり、「大阪名物・人でなし」と「左翼」は一体。

日本国民を苦しめようと図るのはファシズム以外の何物でもない!
「もうそんな時代ではない」とは、実のところ、「もう民主主義の時代ではない」という意味なんだね。
だからこそ、「共生する姿勢を育む」などと言い立てながら、「強制する姿勢を育む」ような輩を教育改革の旗手のごとくに持ち上げたのよ。
1月26日の投稿で採り上げた2012年1月22日の朝鮮日刊新聞社説が「リーダーの発信ぶりの違いも大きい」だの、5月21日の投稿で採り上げた2012年5月5日の朝鮮日刊新聞社説が「いま、政治への国民のいら立ちをうまくすくいとっているのは、再稼働問題で政府を批判する橋下徹大阪市長なのだろう」だの、6月20日の投稿で採り上げた2012年6月4日の朝鮮日刊新聞社説が「さっそく大阪市では、認可保育所の部屋の一部を国の基準より広くした・・・身近な自治体の方が、住民の意見を反映させやすいはずだ。それが、住民が主役の自治の魅力であり、あるべき姿ではないか」だの、9月7日の投稿で採り上げた2012年9月4日の朝鮮日刊新聞社説が「橋下氏の主張は確かに新鮮だ」だのと囃し立てたのもそれ故だね。

「左翼」が、日本という国は悪い国だ、日本国民は悪い民族だという意識に凝り固まっていることは、上の社説からも伺えるぞ。

「世界史の中に日本史を位置づけて教えるべきだ」などと御託を並べるだけで、今の教え方の何処をどう改善すればいいのかという具体的提言を紹介もせずに、と言うか、そういう提言があるかどうかさえも怪しいけど、「近現代と東アジアを中心に、世界の中の日本を学ぶ。そんな歴史教育に見直してはどうか」と言い立てるのは、日本が悪いことをしたと吹き込め、と言う以外の何物でもないな。

我国の高校世界史では中禍人糞凶和国の歴史を詳しく学ぶけど、中禍人糞凶和国が我国の歴史を教えているか?
大奸民国が我国の歴史を教えているか?
教えているはず無いだろ。
にもかかわらず、「日本が他国と関係なく歴史を刻んでいるかのようだ」との言い草は、やはり、我国を貶めようとの意図を露呈してるな。

歴史は積み重ねであり、その必然性であり、であるから、特定の時代が「大事」などということはあり得ない。
にもかかわらず「整理して無駄を省けば大事な時代に時間を割ける」と言い立て、「近現代と東アジアを中心に、世界の中の日本を学ぶ。そんな歴史教育に見直してはどうか」と言い張るのは、やはり、日本が悪いと洗脳しろ、と言うに他ならない。

もはや明らかなとおり、朝鮮日刊新聞は、日本が大奸民国から竹島を略奪した、日本が中禍人糞凶和国から尖閣を略奪した、と喚き立てているだけ。
実際、まともな日本人なら自国領を手放す立場などあり得ないにもかかわらず、わざわざ「領土や歴史認識についてどんな立場を取るにせよ」と言い立てているのは、我々「左翼」は国を売る、と宣言したも同然。
3月7日の投稿3月20日の投稿6月15日の投稿8月27日の投稿9月23日の投稿、そして、10月2日の投稿で指摘したとおり、「左翼」が「自然エネルギーで脱原発依存」を喚き立てる目的の一つは、日本海と東シナ海の資源を大奸民国と中禍人糞凶和国に差し上げること。
一方、9月30日の投稿で紹介したとおり、「大阪名物・人でなし」も我国を大奸民国に売ろうと図った。
だからこそ、「橋下徹大阪市長も『相手と論戦するには、相手の立場を知らなければ』と話した」と持ち上げたんだね。

ついでだから、冒頓単于の故事を紹介しよう。
(「ウィキペディア」にも載ってるけど。)


そのころ、匈奴の東方に東胡と呼ばれる部族があった。
興安嶺のふもとに住み、きわめて強勢であった。
冒頓が父を殺して自立したことを聞くと、さっそく言ってきた。
「亡き頭曼どのが持っておられた千里の馬を頂きたい」
部下たちに相談すると、みな言った。
「千里の馬」は匈奴の宝であります。与えるわけにはまいりません」
しかし、冒頓は「隣国のよしみだ。たかが馬の一頭くらい」と言って、千里の馬を送った。
しばらくすると、東胡はまた要求してきた。
「単于どのの夫人のうち一人頂きたい」
部下たちは怒って反対した。
しかし、冒頓は「これも隣国のよしみだ。たかが女のひとり」と言って、愛する夫人の一人を東胡に与えた。
東胡はいよいよ匈奴をみくびった。
匈奴と東胡との間には広い不毛の地があった。
そこに東胡は進入してきて、「この空き地を所有したい」と申し入れた。
部下たちは「どうせ捨て地です。やってもよし、やらなくてもよし」と言った。
すると、冒頓は大いに怒って言った。
「土地は国の基だ。どうして、やれるものか」
言うなり馬に乗って、命令を発した。
「われに遅れをとる者は斬る」


(社会思想社 教養文庫「世界の歴史(3):東洋の古典文明」より)

こういう歴史を学ぶことこそ「『いま』を考えるのに役立つ勉強だ」!

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