9条護憲という名のブルレスケ

マーラー「交響曲第9番」より「第三楽章(ロンド・ブルレスケ)」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

「左翼」がこんなこと言ってますけど。


思えば、標語の技には進歩がない。「新体制で国を強く明るく」。どこかで見たような幟(のぼり)が大阪に現れたのは1941(昭和16)年初めだ。夏には優秀児を選び出して遺伝調査が始まる▼「云(い)うな不平。漏らすな秘密」。行楽先で軍港や駅をうっかり撮影し、捕まる人が続出した。「国が第一、私は第二」「聖戦へ、民(たみ)一億の体当(たいあた)り」と標語は熱くなり、71年前のきょう、日本軍は真珠湾を奇襲する。この痛恨の日を、各党のスローガンが飛び交う中で迎えた▼内外の流血を結晶させた平和憲法が、選挙の争点にされている。政権に戻る勢いの自民党は9条を変え、自衛隊を国防軍にするという。呼び替えだけでは済むまい。海外で米国と共に戦う集団的自衛権までが、景気や原発と並べて語られる▼戦争観は世代で違うが、国民の8割は戦後生まれ。悲惨を肌で知る人は少ない。核保有の利を唱える石原慎太郎氏にしても、終戦時は12歳だった。しかも、国防を声高に論じているのは、何かあっても銃を持たされる年齢層ではない。政治家も、我ら言論人も▼有名な「欲しがりません勝つまでは」は開戦の翌年、「国民決意の標語募集」の入選作である。主催は大政翼賛会と、朝日、毎日、読売の各紙だった。政治とメディアが単色になる危うさを思い起こしたい。右へ倣えを、他国も案じている▼〈この子らに戦(いくさ)はさせじ七五三〉水野李村(りそん)。国を守る決意もいいけれど、戦没者の悔しさを思い、孫子の顔を浮かべての一票も悪くない。


(2012年12月8日の「天声人語」)

なに言ってるかな?

11月17日の投稿で紹介したとおり、テメエらは「国民に痛みを強いる」と言い放っただろ。
それと「欲しがりません勝つまでは」と、何処が違うんだ?
同じだろ!
「どこかで見たような幟が大阪中之島に現れたのは2012年11月17日だ」。

12月5日の投稿で紹介したとおり、テメエらは「国民の側も、ともすれば『今』の景気やくらしにばかり目を奪われがちだ」と言い放ったな。
それと「云うな不平。漏らすな秘密」と、何処が違うんだ?
同じだろ!
「どこかで見たような幟が大阪中之島に現れたのは2012年12月4日だ」。

「9条護憲派」は自然エネルギー・電力自由化を煽り立てている。
2011年10月3日の投稿で紹介したとおり、「9条護憲派」の象徴である大穢健三郎が主導した「さようなら原発一千万人署名」は、実のところ、「自然エネルギー中心の社会を求める全国署名」だった。
さらに、9月10日の投稿で紹介したとおり、電力自由化をも推し進めようとしている。

けど、8月31日の投稿9月10日の投稿9月12日の投稿11月11日の投稿11月12日の投稿、そして、11月17日の投稿で指摘したとおり、自然エネルギー・電力自由化は、福島原発事故の賠償・収束・除染を阻害し、他の原子炉の廃炉を阻害し、その裏で、チョンコロ孫不正義や丸紅が利を貪ることになるだけ。
にもかかわらず、2011年4月15日の投稿で採り上げた2011年4月4日の朝鮮日刊新聞社説は「太陽光、風力、地熱など再生可能な自然エネルギーを総動員する必要がある」と決めつけ、「東電など全国9電力体制の存続には疑義がある」と決めつけた挙句、「自然エネルギー聖戦へ、民(たみ)一億の体当(たいあた)り」」とばかりに、「もはや私たちの世代だけが、豊かで楽しく、を求めるわけにはいかない」と言い放った。
「どこかで見たような幟が大阪中之島に現れたのは2011年4月15日だ」。

さらに、2011年9月11日の投稿で採り上げた2011年7月13日の朝鮮日刊新聞社説も「代替電源の希望の星は、風力や太陽光を始めとする自然エネルギーだ。これを増やす方向へエネルギー政策を転換し、電力会社による地域独占体制を抜本的に改めて自由化を進める」と決めつけた挙句、「国が第一、私は第二」とばかりに、「多くの国民も電力の源についてとくに考えずに、好きなだけ電気を使う生活を楽しんできた」と言い放った。
「どこかで見たような幟が大阪中之島に現れたのは2011年7月13日だ」。

ところが、「自然エネルギーに云(い)うな不平」「欲しがりません地域独占に勝つまでは」と煽り立てている当人達は、2011年8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、原発推進広告を垂れ流して東電から甘い汁を吸っていたんだね。
しかも、10月4日の投稿で紹介したとおり、上位20社の超高給取り。
「国防を声高に論じているのは、何かあっても銃を持たされる年齢層ではない」と喚いてるけど、実のところ、「自然エネルギー・電力自由化を声高に論じているのは、何かあっても痛みを強いられる層ではない」。

3月20日の投稿で採り上げた2012年3月7日の朝鮮日刊新聞社説は「買い取り価格や期間を実質的に決める委員会が6日、ようやく動き出した。委員の人事案を昨年末に国会に提出したが、与野党から『制度に反対だった人がいる』と再考を求められ、メンバーを一部入れ替えて承認された。時間はない。作業を急がなければならない」と、つまり、自然エネルギーに反対する輩を締め出せ、と言い放ったんだね。
「買い取り制度の主催は自然エネルギー大政翼賛会と、またしても、朝日だった」
「政治とメディアが単色になる危うさを思い起こしたい」

9条護憲派が、自然エネルギー、自然エネルギー、と喚き立てる拠りどころは、偏に、人為的温暖化プロパガンダ。
実際、2011年3月25日の投稿で採り上げた2011年3月25日の朝鮮日刊新聞社説が「太陽光や風力、燃料電池など新エネルギーの利用を増やし、地球温暖化防止に必要な低炭素社会への地ならしにもしたい」だの、2011年4月15日の投稿で採り上げた2011年4月4日の朝鮮日刊新聞社説が「CO2を出す化石燃料依存へと、単純な先祖返りはできない」だの、2011年8月6日の投稿で採り上げた2011年6月19日の朝鮮日刊新聞社説が「原発事故を目の当たりにしたいま、地球温暖化を防ぎながら、原子力への依存度を下げていくには、自然エネルギーの普及を急がねばならない」だの、2011年9月11日の投稿で採り上げた2011年7月13日の朝鮮日刊新聞社説が「二酸化炭素を出し、地球温暖化の防止にはマイナスに働くが、自然エネルギーの開発と省エネを進めていき、長期的には脱原発と両立させねばならない」だの、7月5日の投稿で採り上げた2012年7月4日の朝鮮日刊新聞社説が「資源を輸入に頼らず、温暖化防止にもなる電源は、脱原発依存を進めるうえでも重要だ」だの、10月1日の投稿で採り上げた2012年10月1日の朝鮮日刊新聞社説が「脱原発を進めながら、CO2の排出をどう抑えていくか」だの、そして、12月4日の投稿で採り上げた2012年12月3日の朝鮮日刊新聞社説が「だからといって温暖化対策を忘れていいはずがない」だのと喚き散らしてきた。
けど、サイドーバーにアップロードしている”「地球温暖化懐疑論批判」の不都合な真実”で解説しているとおり、IPCCの人為的温暖化は全くのでっち上げ。
人為的温暖化は、実のところ、新しい形態の「戦争」。
実際、1月19日の投稿で採り上げた2008年5月6日の朝鮮日刊新聞社説は「東西対立の冷戦が、人類対炭素という『暖戦』に移ったのである」と言い切った。
もちろん、自然エネルギーは「暖戦」の一環。
だからこそ、上で述べたとおり、自然エネルギーを正当化するために「云(い)うな不平。漏らすな秘密」「国が第一、私は第二」「聖戦へ、民(たみ)一億の体当(たいあた)り」「欲しがりません勝つまでは」と煽り立ててきたんだね。

大砲をぶっ放したり、爆弾を落とすだけが「戦争」じゃないぞ。
「国民に痛みを強い」、その裏で、チョンコロ孫不正義や丸紅などの一部の者が利を貪るのは、かつての戦時下と全く同じ構図なんだよ。

「政権に戻る勢いの自民党は9条を変え、自衛隊を国防軍にするという」と言い立てた後で、「国を守る決意もいいけれど、戦没者の悔しさを思い、孫子の顔を浮かべての一票も悪くない」と言うのは、自民党には絶対に投票するな、と言う以外の何物でも無いけど、それは自民党が電力自由化に消極的だから。
原発事故に乗じ、電力自由化の名の下に民主主義を破壊し、日本国民を苦しめてやろうと目論んでいる9条護憲派は、自民党が勝っては困るんだよ。
しかも、3月7日の投稿3月20日の投稿6月15日の投稿8月27日の投稿9月23日の投稿10月2日の投稿、そして、10月10日の投稿で指摘したとおり、9条護憲派が自然エネルギーを喚き立てる目的の一つは、日本海と東シナ海の資源を大奸民国と中禍人糞凶和国に差し上げることだけど、11月27日の投稿で紹介したとおり、自民党はメタンハイドレート・レアアース泥なども含む海洋資源開発への集中投資を公約している。
我国を売り飛ばそうと目論んでいる9条護憲派は、自民党が勝っては困るんだよ。

結局、
「中禍人糞凶和国に云(い)うな不平。漏らすな人民解放軍の秘密」
「大奸民国が第一、私は第二」
「対日聖戦へ、中国民一〇億の体当(たいあた)り」
「欲しがりません、大奸民国が勝つまでは」
と喚き立てているんだね、9条護憲派は。

大穢健三郎一派や朝鮮日刊新聞のような、原発事故に乗じて日本国民を苦しめてやろうと、中禍人糞凶和国や大奸民国と結んで我国を苦しめてやろうと企んでいる、醜悪で卑劣で邪悪極まる輩が9条護憲を標榜しているから、「9条を変え、自衛隊を国防軍にする」というような意見が台頭してくるんだよ。
(直ぐ調子に乗る安倍のウンコ垂れシンちゃんも阿呆だけど、大穢健三郎の余りの醜悪さ卑劣さに、私めでさえ、9条第2項は無い方がいいかも、と思ってしまうほど。)
10月2日の投稿でも指摘したけど、大穢健三郎に象徴される「9条護憲派」こそ、民主主義の敵、平和の敵、憲法の敵!
9条の会、実は、憲法窮状の会。

民主主義を守り、平和を守り、憲法を守るためには、自然エネルギー・電力自由化を煽り立てている輩を、そして、人為的温暖化を煽り立てている輩を、社会から駆逐する必要がある。
このことを肝に銘じようね。

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