ノーベル賞受賞者の御名はいつも原発の喜びをもたらすのです

ヴェルディ「リゴレット」より「慕わしき御名」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

大穢健三郎が性懲りも無くしゃしゃり出てきたようだな。


「さようなら原発」大江氏ら大規模集会 東京・明治公園
2013年3月9日20時7分
【北林晃治】福島の事故を忘れない――。東京・明治公園で9日、脱原発を訴える市民集会が開かれた。主催した「さようなら原発 1千万人署名 市民の会」によると、参加者は約1万5千人。呼びかけ人の一人の作家・大江健三郎さんは壇上で「もう一台の原子炉も再稼働させない。そのために働く」と述べた。
同じく呼びかけ人の一人のルポライター・鎌田慧さんが「思いは福島の人と共にある」と語った後、福島市から京都市に自主避難した斎藤夕香さん(40)も壇上へ。「事故は収束どころか悪化している。不安でいっぱいだ」と心境を明かした。集会後、参加者は「つながろうフクシマ! さようなら原発大行動」と書かれた横断幕を掲げてデモ行進した。
実行委員会によると、9日現在で約820万人分の署名が集まったという。10日は午後1時から千代田区の日比谷野外音楽堂で「原発ゼロ☆大行動」が催されるなど、全国約150カ所で集会が開かれる予定。


(朝日新聞デジタル)

2月18日の投稿でも言ったけどな、福島に原発を押しつけたのはテメエら首都圏の消費者だ、つ~の!
だから、テメエら首都圏の消費者は原発事故の補償・除染・収束に要する費用を負担する責務がある。
「もう一台の原子炉も再稼働させない」と言うのであれば、福島第2原発廃炉に要する費用も負担する責務がある。
それが「そのために働く」ということだろ。
それが「思いは福島の人と共にある」ということだろ。
けど、その費用は半端じゃねえ。
いくら、「思いは福島の人と共にある」と叫んでみても、負担に耐え切れなくなれば「そのために働く」ことはできなくなる。
だから、負担を最小限に抑えないと「原発ゼロ」は実現できない。
そのことを考えれば、昨年9月10日の投稿9月12日の投稿11月11日の投稿で解説したとおり、自然エネルギー・電力自由化は「原発ゼロ」を阻害するだけだから、自然エネルギー買い取り制度は廃止させ、電力自由化(発送電分離)は阻止しなければならない。

ところが。
「さようなら原発 1千万人署名」というのは、2011年10月3日の投稿で紹介したとおり、「自然エネルギー中心の社会を求める全国署名」だったんだね。
さらに、昨年9月10日の投稿で紹介したとおり、大穢健三郎は発送電分離を後押ししてるんだな。
であるから、「もう一台の原子炉も再稼働させない。そのために働く」は真っ赤な左翼の真っ赤な嘘
原発事故に乗じて、自然エネルギー・電力自由化を推し進めるために、「もう一台の原子炉も再稼働させない」と嘯いてるだけ。
昨年11月12日の投稿2月4日の投稿2月17日の投稿2月20日の投稿2月22日の投稿、そして、2月27日の投稿で指摘したとおり、自然エネルギー・電力自由化は外資、投資ファンド、商社を利するため。
「そのために働く」のが大穢健三郎一派。
「つながろうフクシマ!」ではなく、実は、「つながろう投資ファンド!」「つながろう丸紅!」。
その真実を覆い隠すために「思いは福島の人と共にある」などと嘯いてるんだな。

上で指摘したとおり、自分達が福島に原発を押しつけたという事実に向き合うことが、首都圏の消費者が「福島の人と共にある」ための第1歩。
逆に、「外資、投資ファンド、丸紅のために働く」大穢健三郎一派はそれを阻止しなければならない。
実のところ、首都圏の消費者も内心は、自分達が福島に原発を押しつけた以上は負担しなければならない、と感じているけれど、できれば負担から逃げ出したい。
その意識につけ込んで、「さようなら原発」と叫ぶことが福島に原発を押しつけた責任を果たすこと、と思い込ませる。
そして、「さようなら原発」=自然エネルギー・電力自由化と思い込ませる。
つまり、自然エネルギーを普及させることが福島に原発を押しつけた責任を果たすこと、と思い込ませる。
東電に電気代を支払って原発事故の補償・除染・収束に要する費用を負担するのではなく、3月6日の投稿で紹介したとおり、あべこべに、東京電力をやめることが福島に原発を押しつけた責任を果たすこと、と思い込ませる。
消費者が東京電力をやめるために電力自由化を推し進めねばならないから、電力自由化を推し進めることが福島に原発を押しつけた責任を果たすこと、と思い込ませる。
それが「つながろうフクシマ! さようなら原発大行動」の目的。

もちろん、例の官邸前不倫デモの目的も、そして、不倫デモ主催者が大穢健三郎らの翌日に催したデモの目的も同じ。


脱原発デモ:国会周辺で4万人参加
「みんなの力で原発止めよう」--。東京・永田町の国会周辺などで10日、脱原発を訴える抗議行動があり、参加者がプラカードを手に声を上げた。主催者発表で延べ約4万人が参加した。
主催した市民団体「首都圏反原発連合」は昨年3月から毎週金曜日に首相官邸前で抗議行動を続け、今月1日で45回目を迎えた。10日は原発事故を苦に自殺した福島県相馬市の酪農家、菅野重清さん(当時54歳)の妻バネッサさんや、菅直人元首相も参加した。
毎週金曜日の抗議行動に参加している千葉県松戸市の新保享(しんぼ・すすむ)さん(65)は「かつて福島に住んでいたこともあり、原発事故がひとごととは思えない。事故から2年たったが、これからも声を上げ続けたい」。横浜市から妻(34)と8カ月の長男を連れて参加した会社員、和泉亮さん(33)は「子供たちに原発のある社会を残すわけにいかない」と話した。【山崎征克】


(毎日新聞 2013年03月10日 20時38分(最終更新 03月10日 21時20分))

2011年3月13日の投稿2012年1月7日の投稿で紹介したとおり、買い取り制度と電力自由化の口火を切ったのはチョンコロ韓直人。
しかも、2012年1月7日の投稿1月23日の投稿6月12日の投稿、そして、8月21日の投稿で指摘したとおり、チョンコロ韓直人は原発事故を意図的に拡大した超A級戦犯。
その証拠に、2012年1月29日の投稿で紹介したとおり、チョンコロ韓直人は本気で原発事故を悦んでいる。
そのチョンコロ韓直人が参加しているという事実がデモの卑劣で邪悪極まる本性を露呈しているな。

6月13日の投稿7月17日の投稿で紹介したとおり、「天声人語」は躍起になってチョンコロ韓直人と大穢健三郎を正当化していたけど、3月9日のデモに関してこんなこと書いてるぞ。


「底魚(そこうお)たちの悲しみ」を書いたのは去年の2月である。大海を泳ぎ回る仲間と違い、海底に棲(す)み着く魚は環境に身を任すしかない。水が汚れれば同じように汚れ、海が死んだら事切れる▼先ごろ福島第一原発の専用港で採れたアイナメから、1キロあたり51万ベクレルの放射性セシウムが出た。基準の5100倍、過去最高の値である。事故現場や周囲に積もった放射性物質は海に至り、食物連鎖の先で口を開ける底魚にたまる。悲しみはいよいよ深い▼宅地や農地の除染は雪に阻まれ、福島県土の7割に及ぶ森林の浄化はめどが立たない。なお15万の県民が避難先で暮らし、古里に戻る望みは薄らいでゆく。山海を汚し、住民を苛(さいな)む放射能のしつこさに比べ、人間の忘れやすさはどうだろう▼全原発の停止を目ざす民主党の方針を覆し、安倍政権は再稼働に前のめりだ。安全より経済成長に重きを置くかのように、政府の審議会から脱原発派が次々と外されている▼最終処分地が定まらない使用済み燃料、放射性廃棄物について、脚本家の倉本聰さんが毎日新聞で語っていた。「ごみを出すことに慣れきり、反省がなくなった……未来というごみ箱に核のごみを捨てているわけです。それでは我々の子孫はたまらない」▼原子力への姿勢は、つまるところ自然や未来への畏怖(いふ)が決めるのかもしれない。きのう東京であった脱原発集会には、以前より少ないが結構な数が参加した。この2年、畏(おそ)れの感度を保てた人々だ。強風が太くする幹もある。


(2013年9月10日の「天声人語」)

上で指摘したとおり、大穢健三郎やストリッパーやチョンコロ韓直人は言うに及ばず、「つながろうフクシマ! さようなら原発大行動」に参加した連中、そして、10日のデモに参加した連中も、自分達が福島に原発を押しつけたという事実に「畏れ」を抱いていない。
にもかかわらず、あべこべに「この2年、畏れの感度を保てた人々だ」と持て囃しているわけだけど、それも、連中こそが「脱原発」の先導者であると思い込ませるための、つまり、脱原発=自然エネルギー・電力自由化と思い込ませるための、醜悪極まる欺瞞。
3月7日の投稿で解説したとおり、政府審議会の脱原発派も自然エネルギー・電力自由化の走狗。

そもそも、2011年8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、原発の広告を垂れ流して国民を騙し、その結果、原発事故を招いたのは他ならぬ朝鮮日刊新聞。
であるから、本当に「自然や未来への畏怖」があるのなら、絶対に朝鮮日刊新聞を許すことはできない。
その朝鮮日刊新聞が、ヌケヌケと「山海を汚し、住民を苛む放射能のしつこさに比べ、人間の忘れやすさはどうだろう」と言い放つことに、体が震えるほどの怒りをおぼえる人々こそ「この2年、畏れの感度を保てた人々」。
もちろん、大穢健三郎にそんな「感度」は始めから無い。
その証拠に、2012年4月3日の投稿で紹介したとおり、大穢健三郎は「私が最も絶望させられたのは、電力会社、政府の役人、政治家、メディア関係者が結託して放射能の危険を隠すために行った『沈黙による陰謀』とも呼ぶべき行為です」と言いながら、朝鮮日刊新聞を糾弾するどころか、あべこべに、結託して自然エネルギー・電力自由化を推し進めているんだね。

さらに、今日の朝鮮日刊新聞社説を見てみると。


原発、福島、日本─もう一度、共有しよう
記者を乗せたバスが東京電力福島第一原発の構内へ入る。
周辺のがれきは片付き、新たな設備や機器が並ぶ。一見、ふつうの工事現場だ。
ところが、海沿いの原子炉建屋に近づくと状況は一変する。
水素爆発の衝撃で折れ曲がった巨大な鉄骨、ひっくり返った車――。1~3号機の周辺で測った放射線量は、毎時1ミリシーベルトを超えた。まだ人が入っての作業はできない。
炉内は冷却を保っている。だが、建屋には毎日400トンの地下水が流入し、その分、汚染水が増え続ける。貯水タンクの増設でしのいでいるが、2年後には限界がくる。「収束」とはほど遠い現実がそこにある。
防護服と全面マスクに身を包んだ人たちが黙々と働く。多くは、東電以外の協力会社や下請け企業の作業員だ。
事故直後、命がけで対応にあたった人たちは「フクシマ50(フィフティー)」と世界から称賛された。
いま、線量計をつけて働く作業員は1日約3500人。6割以上が地元・福島県の人たちだという。「フクシマ3500」の努力があって、私たちは日常の生活を送っている。
■広がる孤立感
原発周辺の町は先が見えず、苦しんでいる。
浪江町復興推進課の玉川啓(あきら)さん(41)は、町の人と話す時、安易に「復興」という言葉を使わないようにしている。会話が進まなくなるからだ。
「復興」には、災害そのものは終わったという語感がある。「しかし、避難している人たちにとって事故はまだ現在進行形なんです」。住民は今、約600の自治体に分散する。
被災者には孤立感が広がる。
福島市内の仮設住宅に移った双葉町の60代の男性。東京に住む娘に近い埼玉県に戸建てを買い、終(つい)の住み家にしたいと思うが、東電が提示する賠償金ではまったく足りない。
福島県内とされる「仮の町」にも行くつもりはない。「放射能を気にして孫も来ないようなところでは意味がない」
新しい町長にも、議会にも期待はしていない。「誰を選んでも何を訴えても、そこから先に届かないもの」
原発が立地する他の自治体との距離も開くばかりだ。
自民党本部で2月15日、原発のある道県の議会議長を招いた調査会が開かれた。相次ぐ「原発の早期再稼働を」の声に、福島県の斎藤健治議長は「これ以上、一緒に議論できない」と途中で席を立った。
大震災の前までは、福島第一に原子炉の増設を求めるなどバリバリの原発推進派だった。
「『原発は必要』という人ほど事故後の福島を見に来ない。会合の場でも言ったよ、自分で3号機の前に立ってみろって。そしたら再稼働なんて簡単に言えなくなる」
■世界に向けての発信
事故直後は、「恐怖」という形で国民が思いを共有した。2年経ち、私たちは日常が戻ってきたように思っている。
だが、実際には、まだ何も解決していない。私たちが「忘れられる」のは、今なお続く危機と痛みと不安を「フクシマ」に閉じ込めてしまったからにすぎない。
福島との回路をもう一度取り戻そう。
浪江町では、グーグルが協力し、「ストリートビュー」というサービスで町並みの画像を記録していく企画を始めた。
町民からの「様子が知りたい」の声に応えるためだが、原発事故に見舞われた町のありのままの姿を、世界に向けて発信する狙いもあるという。
原発付近一帯を保存し、「観光地化」計画を打ち上げることで福島を語り継ぐ場をつくろうという動きも出ている。
いずれも、現実を「見える化」して、シェア(共有)の輪を広げようという試みだ。
「電力会社が悪い、国が責任を果たせって言えるのは僕らが最後かもしれません」と、浪江町の玉川さんは言う。「何が起きたのか、今ちゃんと共有して賠償制度や避難計画を見直さないと、今度どこかで事故が起きたら『福島のことを知ってて(原発を)受け入れたんでしょ。自己責任です』と言われておしまいになりかねない」
■私たち皆が当事者
その玉川さんが昨年4月、原発を訪れた際、ソーシャルメディア「フェイスブック」に書き込んだ投稿が、「シェア」という機能によって、人から人へと広がり続けている。すでに1万5千件を超えた。
そこには、こんな言葉がつづられている。
「今回の事故は最悪ではなかった/幸いなことに最悪を免れることができたという、恐ろしい事実をもっと皆で共有すべきと感じます」「福島を支援するということが誤解/福島の地で今を支えている/それによって日本が支えられている/皆がまさに当事者なのです」


(2013年3月11日の朝鮮日刊新聞社説)

もう説明するまでも無いだろ。
「思いは福島の人と共にある」という欺瞞と全く同じ。
自然エネルギー・電力自由化が「つながろう投資ファンド!」「つながろう丸紅!」に他ならないという真実を覆い隠すために、「福島との回路をもう一度取り戻そう」などと嘯いてるんだな。

首都圏の消費者が福島に原発を押しつけたこと。
それこそが「現実」。
首都圏の消費者は原発事故の補償・除染・収束に要する費用を負担する責務を負うこと。
それこそが「現実」。
「つながろうフクシマ! さようなら原発大行動」と3月10日のデモは「いずれも、その現実を『見えない化』して」、3月6日の投稿で指摘したとおり、「自己中をシェア(共有)する輪を広げようという試みだ」。
その証拠に、2月24日の投稿で採り上げた糞野郎どもを持ち上げている。

自然エネルギー・電力自由化は真の「脱原発」と相容れないという「現実を『見える化』して、シェア(共有)の輪を広げ」ねばならない。
そして、此奴こそが「もう一台の原子炉も再稼働させない」ことを阻害しているという「現実を『見える化』して、シェア(共有)の輪を広げ」ねばならない。

2013031101

此奴とは「日本を共有」できないという「現実を『見える化』して、シェア(共有)の輪を広げ」ねばならない。

天声人語は「政府の審議会から脱原発派が次々と外されている」と喚き立ててたけど、「もう一匹のエセ脱原発派も再稼働させない、そのために働く」べし!

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