温暖化詐欺師はとっとと失せろ!

モーツァルト「後宮からの誘拐」より「とっとと失せろ!」(ハンガリー語での歌唱)

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

まずは、「NoTricksZone」の記事を紹介。
(これ、すごく重要だから、もっと拡散すべきだけど、音声だけなのがイタイ。動画があったら、そして、誰か英会話得意な人が日本語字幕つけてくれたら、IPCC党が震え上がるのに。)


At a Royal Society meeting in 2013, Julia Slingo of the Met office played devil’s advocate and posed the following question to Prof Jochen Marotzke of the German Max Planck Institute of Meteorology, see the 42:46 mark royalsociety.org/marotzke.mp3:

“…it’s a great presentation about 15 years being irrelevant, but I think, some of us might say if you look at the Pacific Decadal Oscillation and it’s timescale that it appears to work, it could be 30 years, and therefore I think, you know, we are still not out of the woods yet on this one. … If you do think it’s internal variability, and you say we do think the Pacific Decadal Oscillation is a key component of this, and it’s now in it’s particular phase, but was previously in the opposite phase, could you not therefore explain the accelerated warming of the 80s and 90s as being driven by the other phase of natural variability?”

Simplifying Slingo’s incoherence: “If the current cooling is due to the negative PDO phase, then wouldn’t the warming of the 80s and 90s be a result of the positive PDO phase back then?”
Marotzke answers after much incoherence of his own:

Um…I guess I’m not sure.”

These people make no sense at all. They are sure it’s the oceans’cold phase gobbling up heat when temperatures fail to rise. But when temperatures increase, they just can’t be sure that the oceans are involved at all, and insist they would not bet much money on it. Of course it just can’t work only one way. Marotzke is delivering only what would call unadulterated absurd science.


(「Oops…Trenberth Concedes Natural Ocean Cycles Contributed To 1976 — 1998 Warming … CO2 Diminishes As A Factor」より)

昨年12月10日の投稿で解説したとおり、「hiatus」の原因が自然の内部変動(PDO)なら、結局は、「hiatus」と見える現象こそが人為的CO2に因る温暖化、という結論になってしまうんだね。
だから、「Um…I guess I’m not sure」と言わざるを得ないんだよ。

「hiatus」の原因が自然の内部変動(PDO)なら、それ以前の気温上昇にも自然の内部変動が寄与していたはず、ということはトウシロでも分かること。
それなのに、昨年11月25日の投稿で紹介したとおり、江守瓦落多は「文脈から考えて半分以上とは前回報告書と同様、『大部分』の意味と受け取ってよい」と言い張った。
江守だけじゃねえ。
昨年12月4日の投稿12月10日の投稿で紹介したとおり、近藤洋輝も木本昌秀も、「hiatus」は自然変動が原因、と言い張りながら、20世紀第4四半期の急激な気温上昇に自然変動が寄与していたとは一言も言わなかった。

こいつら、馬鹿なのか?
それとも、分かっていながら、わざと素知らぬふりをしているのか?
もちろん、後者の方が悪い。

けど、江守正多も近藤洋輝も木本昌秀も東大出身者。
世間の常識に従えば、東大出は「エリート」。
馬鹿なはずない。
ということは、こいつら、嘘を吐いている、ということ。

2011年11月30日の投稿で紹介したとおり、増田耕一は「温暖化を認める常識派と認めない非常識派」と言い立てていたけど、平然と嘘を吐くのがIPCC党の「常識」。
そう言ってる、増田も東大出。

けど、本当に賢い奴は、「文脈から考えて半分以上とは前回報告書と同様、『大部分』の意味と受け取ってよい」なんて、トウシロでも直ぐに嘘と判るような見え透いた嘘は吐かないぜ。
本当に賢い奴はもっと巧妙な嘘を吐く。

意外とバカだな、頭狂大学。
上では、バカなのか、それとも、嘘吐きなのか、と言ったけど、実は、バカで嘘吐きだった、と。
サイテ~~~。

で、その最低野郎が性懲りもなく出てきたぞ。


時代を読む~若手論客に聞く(6)気象学者・江守正多さん、逃げられない「賭け」
2014年1月7日
気象学者の江守正多さん
「地球温暖化は疑う余地がない」。昨年9月に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書は問題の深刻さを強調。対策を急ぐよう警鐘を鳴らした。執筆者の一人で、地球温暖化の将来予測とリスク論を専門とする江守正多さん(43)はこの問題の現状をこう指摘する。「進むもリスク、退くもリスク。両方のリスクから完全に逃げることはもはやできない」。われわれには「リスクを覚悟した選択」が迫られている。
夏の猛暑、記録的大雨、フィリピンを襲った猛烈な台風と2013年にいろいろな場面で異常気象ではないかと心配した人は多いでしょう。原因に地球温暖化の影響があるのではないかと考えた人も多いのではないでしょうか。
温暖化の影響を議論するときに注目すべきなのは、長期的な傾向です。
例えるなら、ヘビースモーカーと肺がんの関係に似ています。ヘビースモーカーは統計的に肺がんになりやすいといわれていますが、全ての人が肺がんになるわけではありません。たくさんたばこを吸っても元気な人もいるし、たばこを吸っていないのに肺がんになってしまう人もいます。
温暖化と異常気象の関係も同様で、個々の大雨や台風などへの温暖化の影響を議論することは難しいものの、長期的な傾向をみるとやはり温暖化が影響している可能性が高いとみることができます。
■温暖化の現状
大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は現在、400ppm前後。産業革命前の値280ppmと比べて、約4割増えていることになります。これは当然、化石燃料の使用など人間活動に伴った排出が原因です。
同じように世界の平均気温も、上昇を続けています。気温は上がったり下がったりと変動が大きいものの、長期的な傾向として20世紀以降に0.8度程度の上昇があったことを確認できます。海面水位も世界平均で約20センチ上昇。北極海の海氷面積は1980年代に比べ、実に半分くらいの大きさになっています。
CO2濃度が増え、気温も上昇している。大切なのは、この間に因果関係があるかどうかです。この点について昨年9月に公表されたIPCCの第5次報告書では、人間活動が温暖化の原因である可能性を「95%以上」と結論づけています。
なぜそんなことが言えるのか。それは人間活動で増えたCO2を含む温室効果ガスを考慮しないと、これまでに観測された気温の変化を説明できないからです。考慮せずに過去の気温をコンピューターで計算しても気温の上昇を再現できません。
将来の気温が何度上昇するかということも、温室効果ガスをどれくらい排出するか、温暖化対策をどれくらい施すかによって変わります。その方針は社会全体で問題を共有した上で選択していくべきものです。
■「ムラ」の選択
1986年、旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で大きな事故がありました。その時高校2年生でした。エネルギー問題に関心が向き、大学では原子力工学を学ぼうかとも考えました。しかし結局、大学の講義で興味を持った地球温暖化を研究対象に選びました。
東日本大震災の東京電力福島第1原発事故以降、「原子力ムラ」という言葉が有名になりましたが、大学生だった当時、自分なりにそういうことを考えての選択でした。原子力の道に進めば、その業界の論理でしか考えられなくなるかもしれない。その時から一つの立場にだけ身を置きたくないという意識が鮮明にありました。
温暖化の問題は気象学だけでなく、社会の構造や経済学的な視点などさまざまな分野の立場から全体を捉える必要性があります。原子力と同じで、一部の専門家や官僚、関連業界だけで方針を決めてはいけない問題なのです。温暖化政策を原子力政策の二の舞いにしてはいけません。
■迫られる判断
気候変動枠組み条約の国際交渉では、産業化前を基準にした気温上昇を2度以内に抑えることで合意されています。ただこの目標を達成するためには、現時点からすでに温室効果ガス排出量の大幅な削減を行う必要があります。
気温上昇を抑えるためにできる限りの対策を積極的に進めるのか、各国の利害関係などに配慮して慎重に対策を進めるのか。方針としては大きく二つに分けられますが、どちらの場合もそれぞれリスクを伴うことに十分注意しなければなりません。
積極的な対策には経済的なコストのほか、社会構造の変化や新技術の導入がもたらす悪影響というリスクがあります。一方、慎重な対策では将来、温暖化に対処しきれないかもしれないというリスクがあります。
リスクを伴う判断には結果が出てみないと、その判断が正しかったか分からないという性質もあり、答えを出すのは簡単ではありません。
例えば東京電力は2008年の時点で、福島第1原発を15メートルを超える津波が襲う可能性があるという試算を得ていました。しかし、対策は先延ばしにされました。
ある年に福島を千年に一度の大津波が襲う確率を千分の1とするならば、「向こう数年の間にそのような津波が来ない」という賭けは、そう悪くない賭けです。しかし実際にはその賭けは失敗し、原発事故が発生しました。どんなに可能性が低くても、起こるときには起きてしまうのです。
必要とされるのは、どのようなリスクを覚悟して、どの道を進むかという厳しい選択です。原発事故の場合、業界全体に「どうにかなる」という構造的な思考停止があったのではないかと思えてなりません。
■見えない正解
同じような問題は世の中にたくさんあります。われわれの社会は、本当にこちらが正しいと決まっているとはいえないさまざまな問題に直面しているのです。
温暖化問題だけではなく、原発、財政、年金と、どんな選択が「正解」なのかは、誰にも分からない問題ばかりです。答えがない中で、どんなリスクを覚悟して、どの道を選択するか。温暖化問題は残念ながら、「こまめに電気を消す」くらいでは解決しません。
人類は現在、岐路に立たされているといえます。それくらい手ごわい問題なのです。だからこそわれわれ全員が考える必要があります。どのような選択をするかを決めるのは、一義的には政治の責任かもしれませんが、それは政治家に任せればいいということではありません。われわれ全員がどんな選択に「賭ける」かを考え、社会全体の意志として進むべき道を決めていかなくてはならないのです。

◇えもり・せいた 1970年生まれ。97年、国立環境研究所に入所。2001年に「地球シミュレータ」(横浜市)を使用した研究のため地球フロンティア研究システムへ出向。04年に復職し、06年から同研究所地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室長。一般向けの近著は「異常気象と人類の選択」(角川SSC新書)。二宮町出身。


(神奈川新聞)

コイツってば、とことん愚劣で下劣で卑劣な野郎だな。

上で説明したとおり、「hiatus」は20世紀第4四半期の気温上昇に自然の内部変動が寄与していた証であるにもかかわらず、「『大部分』の意味と受け取ってよい」と、つまり、気温上昇は専ら人為的排出CO2が原因と言い張り、「温暖化の科学が間違っている証拠になるとはまったく思わない」と言い放ち、しかも、あろうことか、安倍こべに「科学的な説明を試みても温暖化を信じない人は聞く耳をもたないのではないか」と喚き散らすテメエは「思考停止」中の「思考停止」、「思考停止」の「始皇帝止」だろ。
そのくせ、自分は原子力研究者とは全く違うと言わんばかりに、「その時から一つの立場にだけ身を置きたくないという意識が鮮明にありました」と言い放ち、己の「思考停止」を覆い隠そうと図った。
その破廉恥さ!
それはなぜか?

「hiatus」とは江守瓦落多の思考の「hiatus」でした~~~、などと笑って済ませられる問題じゃないぞ。
近藤洋輝も木本昌秀も、そして、Jochen Marotzkeもポンコツ機関車トーマスも「思考停止」。
「その時から一つの立場にだけ身を置きたくないという意識が鮮明にありました」との台詞とは裏腹に「ムラ社会」そのもの。
「温暖化業界全体に『温暖化停止はどうにかなる』という構造的な思考停止があったのではないかと思えてなりません」
にもかかわらず、原子力業界とは違うと言わんばかりに、「原発事故の場合、業界全体に『どうにかなる』という構造的な思考停止があったのではないかと思えてなりません」と言い立てて、温暖化業界の「思考停止」を覆い隠そうと図った。
原子力ムラを槍玉に挙げれば、IPCCムラを正当化できるとの魂胆。
その醜悪さ!
それはなぜか?

上でも指摘したとおり、「hiatus」の原因がPDOならば、結局は、「hiatus」と見える現象こそが人為的排出CO2に因る気温上昇。
1月6日の投稿で解説したとおり、「昨年9月に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書」に基いても、同じ結論になるんだね。
人為的排出CO2の影響は「長期的な傾向として20世紀以降に0.8度程度の上昇」のうちの0.3℃だから、確かに「人間活動で増えたCO2を含む温室効果ガスを考慮しないと、これまでに観測された気温の変化を説明できない」けれど、10年当りで0.05℃だから、200年でも1℃。
昨年11月13日の投稿で解説したとおり、ホッケー・スティック曲線を真に受けても、気候感度は1.5℃。
なのに、「気候変動枠組み条約の国際交渉では、産業化前を基準にした気温上昇を2度以内に抑えることで合意されています。ただこの目標を達成するためには、現時点からすでに温室効果ガス排出量の大幅な削減を行う必要があります」と、またもや「思考停止」。
それはなぜか?

人為的排出CO2に因る温暖化が10年当りで0.05℃にすぎないのは、CO2の効果が弱いから。
CO2の効果が弱いのは、CO2の温室効果が飽和に近いから。
上では、200年でも1℃、と言ったけど、飽和に近いから、1℃も上がることはない。
人為的CO2排出を杞憂する必要は全く無い。
その証拠に、「温室効果飽和に対する愚かな反論」で解説しているとおり、江守瓦落多の反論は「思考停止」そのもの。
なのに、「人類は現在、岐路に立たされているといえます。それくらい手ごわい問題なのです」と喚き立てている。
それはなぜか?

人為的排出CO2の影響は「長期的な傾向として20世紀以降に0.8度程度の上昇」のうちの0.3℃だから、昨年9月7日の投稿9月20日の投稿11月12日の投稿、そして、12月10日の投稿で指摘したとおり、たとえ「長期的な傾向をみるとやはり温暖化が影響している可能性が高い」としても、それは本質的に自然要因。
自然要因の温暖化という底上げが無ければ、人為的排出CO2だけなら、異常気象は起こり得ない。
にもかかわらず、「夏の猛暑、記録的大雨、フィリピンを襲った猛烈な台風と2013年にいろいろな場面で異常気象ではないかと心配した人は多いでしょう。原因に地球温暖化の影響があるのではないかと考えた人も多いのではないでしょうか」と国民を不安に陥れ、「人類は現在、岐路に立たされているといえます。それくらい手ごわい問題なのです」と国民を恫喝する。
それはなぜか?

我々貧乏人は少しでも電気代を安くしたいから「こまめに電気を消す」。
人為的温暖化なんて関係ねえ。
ところが、2011年4月28日の投稿で紹介したとおり、「電気代が年間25~26万円減った」と放言するゴミ山宏が「こういった議論はもう打ち止めにしたい」と言い張って、昨年1月14日の投稿で紹介したとおり、表舞台からは消え去ったけど、「地球温暖化懐疑論批判」の出版を主導した。
江守瓦落多はその著者の一人。
昨年11月25日の投稿で紹介した論説でも、上で紹介した論説でも、江守瓦落多は「地球温暖化懐疑論批判」が消えてしまった事実には頬かむりを決め込んでいるけど、それは江守瓦落多の「思考停止」を象徴している。)
一般市民には「温暖化問題は残念ながら、『こまめに電気を消す』くらいでは解決しません」と言いつつ、「電気代が年間25~26万円減った」と言い放つ野郎と結託する。
その醜悪さ!
それはなぜか?

昨年12月5日の投稿で紹介したポール・クルーグマンの解説に見えるとおり、グローバルエリート(グローバル資本=投資ファンド、穀物メジャー、種子メジャー、ウォーター・バロン)は「危機」を利用して「改革」を推し進めようと目論んでいる。
昨年9月9日の投稿で紹介したジョセフ・スティグリッツの解説に見えるとおり、「改革」とは即ち「ゲームのルールを自分たちに都合よく作りあげ、公共セクターから大きな”贈り物”をしぼりとる」こと。

けど、「危機」の到来を漫然と待ってはいられない。
しかも、一回こっきりの「危機」では、「彼らが望む変革」を推し進めるには不十分。
「彼らが望む変革」を推し進めるためには、「危機」が持続しなければならない。
しかも、「彼らが望む変革」を推し進めるには、グローバルな「危機」が必要。
けど、そのような「(彼らにとり)都合がいい危機」はあり得ない。
そこで、グローバルエリートは気づいた。
そうだ!、「危機」を演出すればいいのだ、と。
そこで、グローバルエリートはIPCC党に指令を下した。
「人類は現在、岐路に立たされているといえます」と騒ぎ立てろ、と。
「進むもリスク、退くもリスク。両方のリスクから完全に逃げることはもはやできない」と喚け、と。
そして、「われわれ全員がどんな選択に『賭ける』かを考え、社会全体の意志として進むべき道を決めていかなくてはならないのです」と国民を誘導し、国民自らに「ゲームのルールを自分(=グローバルエリート)たちに都合よく作りあげ」させる。
そうすれば、「公共セクターから大きな”贈り物”をしぼりとる」ことが民主主義になる。

「その方針は社会全体で問題を共有した上で選択していくべきものです」の「その方針」とは「ゲームのルールを自分(=グローバルエリート)たちに都合よく作りあげる」ことなんだね。

もちろん、国民自身が「公共セクター、つまり、国民自身から大きな”贈り物”をしぼりとる」ことを求めるはずがない。
実際に「ゲームのルールを自分(=グローバルエリート)たちに都合よく作りあげる」のはグローバルエリートの走狗。
例えば、エセ脱原発「あいうえお」の「う」。
「原子力と同じで、一部の専門家や官僚、関連業界だけで方針を決めてはいけない問題なのです」と言い立てているけど、2012年6月24日の投稿で紹介したとおり、「一部の専門家」、すなわち、「う」が関連業界、すなわち、チョンコロ孫不正義の要求どおりに自然エネルギー買い取り価格を決め、その挙句に、昨年9月25日の投稿で紹介したとおり、「う」はチョンコロ孫不正義が設立した「自然エネルギー財団」とやらの理事にちゃっかりと収まっている。
コチラコチラを見れば判るとおり、江守不正多はその「う」と結託して温暖化を煽り立てているんだね。
また、2012年12月8日の投稿で紹介したとおり、総選挙の最中であるにもかかわらず、「原子力と同じで、一部の専門家や官僚、関連業界だけで電力自由化の方針を決めた」
2012年6月2日の投稿で紹介したとおり、その「専門家」とは電力システム改革専門委員会委員長の伊藤元重であり、コチラを見れば判るとおり、人為的温暖化を煽り立てている。
伊藤元重は「死亡消費税」などという代物まで提案するような鬼畜だけど、エセ脱原発「あいうえお」も電力自由化を言い立てて、伊藤元重を援護し正当化した。
そして、コチラを見れば判るとおり、江守不正多は「」「う」「」と結託して人為的温暖化を煽り立てている。
昨年2月11日の投稿で紹介したとおり、増田耕一は「え」に協力して、温暖化を煽り立ててた。)
江守不正多が「業界の論理でしか考えられない」ことは明らかだろ。
だからこそ、上で解説したとおり、「hiatus」はIPCCの破綻を露呈しているにもかかわらず、昨年11月25日の投稿で紹介したとおり、「実際に上がらない限り、最新の論文をもとに科学的な説明を試みても温暖化を信じない人は聞く耳をもたないのではないか」と喚き散らしてたんだね。
「一つの立場にだけ身を置きたくないという意識が鮮明にありました」が破廉恥で醜悪極まる欺瞞にすぎないことは明らかだな。
「原子力と同じで、一部の専門家や官僚、関連業界だけで方針を決めてはいけない問題なのです」だの、「その方針は社会全体で問題を共有した上で選択していくべきものです」だの、「そわれわれ全員が考える必要があります」だのが破廉恥で醜悪極まる欺瞞にすぎないことも明らかだろ。
上でも指摘したとおり、「原子力と同じで」と言い立てて、つまり、原子力ムラを槍玉に挙げることで、国民を欺いているんだね。
実際には、国民を排除して、「一部の専門家や官僚、関連業界だけ」が、つまり、グローバルエリートの走狗とグローバル資本のお零れに預かろうとする連中たちが「ゲームのルールを自分(=グローバルエリート)たちに都合よく作る」にもかかわらず、「その方針は社会全体で問題を共有した上で選択していくべきものです」だの、「だからこそわれわれ全員が考える必要があります」だのと嘯いて、国民自身が選択した「ゲームのルール」に見せかけようと企んでいるんだよ。

「公共セクターから大きな”贈り物”をしぼりとる」ために、国民を排除して作られた「ゲームのルール」は、言うまでもなく、国民の生活を破壊し、命をも脅かす。
実際、福島原発事故の収束の目処が立たず、国家・国民の総力を注がねばならない今この時に、「人類は現在、岐路に立たされているといえます。それくらい手ごわい問題なのです」と喚き立て、虚構の「温暖化問題」に力を削がれると、福島原発事故の収束は遅れ、原発廃炉も遅れ、国民は危険に晒され続けることになる。
それこそ文字通り「原子力政策の二の舞い」だろ!
「原子力政策の二の舞い」を演じさせてでも、つまり、国民の命を危険に晒してでも、「ゲームのルールを自分たちに都合よく作りあげ、公共セクターから大きな”贈り物”をしぼりとる」
「必要とされるのは、どのようなリスクを覚悟して、どの道を進むかという厳しい選択です」と言い立てて、国民に「リスク」を押しつけ、自分達は甘い汁を吸う。
それが「温暖化政策」の正体。
人為的温暖化プロパガンダは「それくらい手ごわい問題なのです」。
この真実を覆い隠すため、安倍こべに「温暖化政策を原子力政策の二の舞いにしてはいけません」と嘯いてるんだな。

何たる卑劣さ!
何たる邪悪さ!
とっとと失せろ、江守不正多!!

けど、「温暖化プロパガンダ問題は残念ながら、『不肖私めがこまめに江守不正多の醜悪な論説を消す』くらいでは解決しません」
「IPCC党を放置していても『どうにかなる』という構造的な思考停止」は許されないんだよ。
「社会全体で温暖化プロパガンダの問題を共有した上で」、IPCC党を屠ること、そして、それこそが「進むべき民主主義の道」であることを「社会全体の意志」としなければならないんだね。
人為的温暖化プロパガンダは「それくらい手ごわい問題なのです」。

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