福島の仇除(2)

シベリウス「ヴァイオリン協奏曲」より「第2楽章(アダージョ・ディ・モルト)」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

1月27日の投稿に面白いコメントが来てるな。


原発が恋しいなら田母神と一緒に原発作業をしなさい。東日本を除染しなさい。汚染された食料はすべて引き受けなさい。嘘とごまかしを繰り返して責任感の欠片もないヒトモドキは生きる権利もありません。クズは福島にでも住んでろ。


(しかし、ブログ閲覧の統計を見ると、この1週間で1月27日の投稿へのアクセスは無いのに、どうなってんのかな?こういうことには疎いから、よく分からん。)

これを見て、先ず思ったのは、都知事選が終わって数ヶ月も経つのに、なぜ、今頃こんなコメントが来るのか?、ということだけど、今日のニュースを見てたら合点がいった。


小泉元首相や俳優の菅原文太さんら12人 自然エネ推進会議の発起人
2014.05.07 03:00:00
脱原発を掲げて今月7日に発足する「一般社団法人自然エネルギー推進会議」の発起人には、小泉純一郎、細川護熙両元首相をはじめ、著名な作家、俳優、哲学者ら計12人が名を連ねた。
両元首相以外は、作家の赤川次郎、絵本作家の安野光雅、哲学者の梅原猛、精神科医の香山リカ、音楽家の小林武史、福島県南相馬市長の桜井勝延、俳優の菅原文太、作家の瀬戸内寂聴、日本学者のドナルド・キーン、音楽評論家の湯川れい子の各氏。
賛同者には、女優の吉永小百合氏や歌舞伎俳優の市川猿之助氏ら多数が加わる予定。7日に都内で開かれる設立発足式では、小泉、細川両元首相のあいさつのほか、瀬戸内氏、香山氏らによるパネル討論が予定されている。


(神奈川新聞)

小泉エセ改革を信奉し、チョン一郎が後押しする「臍噛む」を支持した腐れ外道が悪態吐き散らしてるんだね。
まあ、こんなコメントを残す手合いは、他人様の玄関先にうんこして逃げていく犬と同じで、犬に説教しても無駄だけど、小泉チョン一郎の下に集う「脱原発依存派」が如何に醜悪で卑劣な連中であるかを示しているという意味において、非常に有意義なコメントだと思うので、善良な市民のために論評しておこうかね。

言うまでも無いけど、毎回毎回、同じことを繰り返して書いてたら、一つの記事が膨大になる。
始めに「1月22日の投稿、25日の投稿、そして、26日の投稿で、脱原発派の邪悪さを指摘してきたけど」と書いてることから分かるとおり、1月27日の投稿はそれ以前の投稿で展開した議論に基いている。
そして、それらの投稿もそれ以前の投稿の議論に基いている。
だからこそ、以前の投稿にリンクを張ってる。
(リンクを張るのは面倒なんだよ。)
で、それらの投稿の中で何回も繰り返して言っているとおり、私めの議論は、原発は稼動していなくても、自然エネルギーが無くとも、電力自由化しなくても電力は足りている、という事実に基いている。
(都知事選を採り上げたのは1月12日の投稿が最初だけど、その中でも言ってる。)
このことだけでも、私めの立ち位置は明らかだろ。
1月22日の投稿でも、「元物理学会会長の有馬朗人はあべこべに人為的温暖化を煽り立て、原発維持に向けて策動しているから、物理学会の社会的責任はなお更重い」と明言してるし、前回の投稿でも、「たとえ『多くの国』において原発が無事故で稼動していても、世界有数の地震大国である我国では安全じゃない。福島原発事故は正にそのことを示したんだね」と書いたばかり。
それなのに、上記のコメントは真っ先に「原発が恋しいなら」と言ってる。
「嘘とごまかしを繰り返して」るのはどちらか?
善良な市民なら、この最初の一言だけで、チョン一郎の下に集う「脱原発依存派」こそが「嘘とごまかしを繰り返して責任感の欠片もない」ことは明らかだな。

そうではないのなら、このコメント主は、つまり、「脱原発依存派」は、電力が足りていると言うのは嘘、と言っていることになるな。
けど、2011年4月26日の投稿8月30日の投稿2012年1月5日の投稿7月11日の投稿9月4日の投稿2013年2月26日の投稿、そして、3月29日の投稿を見れば、やはり、どちらが「嘘とごまかしを繰り返して」るかは明らかだな。
己が「嘘とごまかしを繰り返して」いることを大飯隠す、じゃなかった、覆い隠すために、安倍こべに「嘘とごまかしを繰り返して」と誹謗するんだね。
これは「脱原発依存派」の常套手段。

私めもIPCC党と「脱原発依存派」を罵倒するけど、前回の投稿だけを見ても分かるとおり、相手の主張のどこがどのように「嘘とごまかし」なのかを説明した上でやってる。
その説明の当否に関しては議論の余地があるとしても、少なくとも、私めは説明を試みている。
まともに議論もしない、って言うか、実は、できないくせに、ただ「嘘とごまかしを繰り返して」と誹謗することこそ「責任感の欠片もない」証拠。
だから、このコメント主は「私はヒトモドキです、生きる権利もありません」と自ら認めただけ。
これが「脱原発依存派」の破廉恥な正体。

現に原発は一基も稼動していないけど、電力は足りているのに、自然エネルギー+電力自由化で「脱原発依存」と言い張ることこそ「嘘とごまかし」。
但し。
もし、自然エネルギーを普及させれば、電力自由化を推し進めれば、原発が消えてなくなるというのなら、つまり、使用済み核燃料棒や放射性廃棄物等、全ての放射性物質が地球上から消えてなくなるというのであれば、私めも自然エネルギー・電力自由化に賛同する。
4月1日の投稿で紹介したとおり、福島第1原発沖に洋上風力発電を建設してるけど、その風車が回ると、福島第1原発から海に垂れ流れている放射性物質が消えてなくなるというのなら、私めも自然エネルギー・電力自由化に賛同する。
また、下の記事にも見えるとおり、福島県で太陽光発電を推し進めようとしてるけど、


「原発に依存しない拠点に」福島空港のメガソーラー完成
矢木隆晴
2014年4月14日19時52分
福島県の再生可能エネルギー推進のシンボルとして計画された大規模太陽光発電施設が14日、福島空港に完成した。県などが出資する福島発電株式会社が運営し、最大出力は1200キロワット。一般家庭330世帯分にあたる年間約118万キロワット時の発電を見込む。
巨大な自動追尾式パネルに加え、世界10カ国30種類のソーラーパネルを設置し、長期的に性能を調べる「ソーラーパーク」も設立。施設を一望できる展望台もあり、体験学習などにも利用できる。完成式典で佐藤雄平知事は「原発に依存しない町づくりの拠点にしたい」と話した。(矢木隆晴)

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福島空港に完成した太陽光発電施設。手前は太陽光を自動追尾するパネル=14日、矢木隆晴撮影


(朝日新聞デジタル)

福島県内に太陽光発電パネルを敷き詰めると、福島県に降り注いだ放射性物質が消えてなくなるというのなら、私めも自然エネルギー・電力自由化に賛同する。
もちろん、そんなことはありえない。
福島県沖に風力発電を建設しても、福島県の田や畑に太陽光発電パネルを敷き詰めても、原発事故は収束しない。
それなのに、自然エネルギー+電力自由化で「脱原発」と言い張るのは、原発事故を顧みない証であり、そんな輩が「脱原発」を口にすることこそ「嘘とごまかし」であり、「責任感の欠片もない」証拠。

さらに重要なことは、これまた、何度も繰り返し指摘し続けてきたとおり、自然エネルギー+電力自由化はむしろ真の「脱原発」を阻害する、ということ。
なぜなら、それ自体は福島原発事故収束にも他の原発の廃炉にも全く寄与しない自然エネルギーのために資源を浪費するなら、つまり、自然エネルギー業者のために補助金を出して国民の血税を浪費し、自然エネルギー高値買い取りで国民の所得を奪うなら、その分だけ原発事故収束と廃炉に振り向けるべき資源が減るから。
1月27日の投稿でも指摘したとおり、全国民に自然エネルギー買い取りを強要するための電力自由化だから、この議論はそのまま電力自由化に当て嵌まる。)
原発事故収束と原発廃炉に振り向ける資源を維持しようとすれば、国民の負担はさらに増える。
そうなれば、国民が負担に耐えかねて、事故収束も廃炉も滞るのは目に見えている。

もちろん、「脱原発依存派」は、自然エネルギー+電力自由化は「脱原発」を阻害しない、と喚き立てるわけだが、それこそが「嘘とごまかし」にすぎないことは、上記のコメントが立証しているぞ。
前回の投稿でも言ったけど、原発事故を収束させるためには、原発で作業している人たちを支えねばならない。
資源は自然エネルギーではなく「原発作業」に振り向けるべきだな。
しかも、福島第1原発で「原発作業」に従事している人が低賃金に甘んじているのに、高値買い取りで利を貪るとは何事だ!
ところが、このコメント主は、つまり、「脱原発依存派」は「原発が恋しいなら田母神と一緒に原発作業をしなさい」と言い放ったんだよ。
福島第1原発で「原発作業」に従事している人は「原発が恋しくて」働いている、と言うつもりか!
だったら、福島第1原発から全員撤退するか!
たとえそうでなくても、「田母神と一緒に原発作業をしなさい」という言い草は、国民の命を守るために命がけで働いている人を顧みないことを露呈してるな。
こんな輩がいるから、前回の投稿で紹介したとおり、福島第1原発から作業員が撤退していくんだよ。
その結果、我国は核汚染されてしまうんだよ。
よくもヌケヌケと「東日本を除染しなさい」などと言えたものだな、「クズ」が。
「脱原発依存派」の「嘘とごまかし」は明らかだろ。

上では、自然エネルギーを普及させれば、電力自由化を推し進めれば、原発が消えてなくなるというのなら、私めも自然エネルギー・電力自由化に賛同する、と言ったけど、たとえそうだとしても、チョン一郎とは絶対に相容れない。
昨年12月4日の投稿1月22日の投稿でも言ったけど、何のために「脱原発」を主張してる?
国民の生活を守るため、国民の命を守るため、じゃねえのか?
それなら、国民の生活を破壊し、多くの国民を死に追いやったチョン一郎と一緒に活動できるはずがねえ。
にもかかわらず、チョン一郎の下に奔ったテメラら「脱原発依存派」こそ「責任感の欠片もない」ことは明らかだな。
「責任感の欠片もない」輩の言い立てる「脱原発依存」が「嘘とごまかし」にすぎないことは誰の目にも明らかだ。
って言うか、国民の生活・命を顧みない輩が「脱原発依存」を言うのは、原発事故に乗じて、自然エネルギー+電力自由化を推し進めようとの魂胆に他ならない。
つまり、「原発が恋しい」のではなく、「原発事故が恋しい」んだね、「脱原発依存派」は。
そんなに「原発事故が恋しいならチョン一郎と一緒に人殺し作業をしなさい」!

1月26日の投稿でも言ったけど、福島に原発を押しつけたのは東京都民。
東京都民は加害者なんだ、つ~の!
東京都民にその「責任感」があるのなら、私たちは、原発事故収束のために負担しなければならないから、自然エネルギーの費用は負担したくない、と言うはずだな。
東電以外の電力会社を選ぶということは、原発事故収束の負担はしたくない、と言うことに他ならず、東京都民の「責任」を他の県民に押しつけることに他ならず、それこそ「責任感の欠片もない」。
ところが、東京に巣食う「脱原発依存派」は、安倍こべに、自然エネルギーがぁ~~~、電力自由化がぁ~~~、と喚き立てている。
そして、上記のコメント主は、安倍こべに、関西人の私めに向かって「東日本を除染しなさい。汚染された食料はすべて引き受けなさい」と言い放ったんだね。
「責任感の欠片もない」のはどちらか?
「ヒトモドキ」はどちらか?
善良な市民の目には明らかだな。
「責任感の欠片もないヒトモドキ」が煽り立てる「脱原発依存」が真の「脱原発」と相容れないことは明らかだな。

1月22日の投稿でも言ったけど、タモリは原発維持派だけど、そんなことは問題にならない。
なぜなら、もはや明らかなとおり、「脱原発依存派」の「脱原発」は「嘘とごまかし」だから。
「脱原発依存派」がタモリを非難すること自体が「嘘とごまかし」。
しかも、だ。
たとえ、タモリが東京都知事になっていたとしても、東電の原発が再稼動することはない。
それは、東京都知事が決めることじゃねえ。
東京都民が決めることでもねえ。
福島県民が決めることだ。
ところが、上記のコメント主は、つまり、「脱原発依存派」は「クズは福島にでも住んでろ」と喚き散らしたんだね。
これが何を意味するか、もはや説明するまでもないはずだな。
「生きる権利もありません。クズは福島にでも住んでろ」ということは、「クズの福島県民は生きる権利もありません」と言う以外の何物でも無い!
こんな台詞を吐く連中が「脱原発依存=自然エネルギー+電力自由化」を煽り立てているんだよ。
福島県民には「脱原発依存派」のこの一言をしっかりと胸に焼きつけてもらいたいものだね。

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