ああ、CO2に怖れおののかなくてもよいのです、わが日本の子どもたちよ!

モーツァルト「魔笛」より「ああ、怖れおののかなくてもよいのです、わが子よ!」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

IPCC第5次報告書の市民向け要約」を加筆・修正しました。

1) [注5]で採り上げた論文がダウンロードできたので、リンクを修正。
(リンク先の「FULL TEXT」を右クリックして、「名前をつけてリンク先を保存(Firefoxの場合)」すれば、ダウンロードできる。)
ついでに、[注2]の一部を[注5]に移した。
2) [注9]を修正した。
3) [注14]は書き換えた。
4) [注18]を新たに追加した。
(引用が長くなるので、付録Cにすべきかと考えたけど、敢えて「IPCC第5次報告書の市民向け要約」に加えた。)
5) [注24]を新たに追加した。

以上であります。

ついでだから、これを採り上げておこうかね。


人は科学的根拠に基づく事実を知ったところで、信じたくないものは信じない(米研究)
2014年7月11日
ピュー・リサーチ・センターの調査によると、アメリカ人の33%が進化論を信じておらず、26%が地球温暖化を否定しているそうだ。これらを信じるか信じないかは、個人の信条、宗教や支持する政党によって大きく異なる。例えば、地球温暖化に関しては、共和党支持者の46%が否定するが、民主党支持者でこれを否定する人の割合は11%である。
アメリカの研究者らがこの件に関しての研究を行ったところ、人は、どんなに科学的根拠を積み上げて説得していっても、信じたくないものは信じないということがわかった。
コネチカット州、エール法科大学院の教授、ダン・カーハン氏率いる研究チームは、信仰心のあつい人とそうでもない人に、進化論を信じるか?信じないかに関する調査を行った。次に進化論についての知識に関するテストを行った。
その結果、信仰心のあつい人もそうでもない人も科学的知識に差がないことがわかった。また、例え正しい知識を持ち合わせていても、信仰心のあつい人は進化論を否定する傾向が強いこともわかった。これは何を意味するか?人は例え真実を知っていたとしても、信じたくないものは信じないのだ。
世の中の多くの人々は、実際には思っているより科学的根拠に基づく知識を持っている。ただしそれが自分の理念や信条、政治的・宗教的な見解とぶつかるような場合には、それを認めたくないのだ。
大量破壊兵器やワクチン問題、健康被害などについて話す時もそうだ。科学的証拠をどんなに突きつけたところでそれが逆効果になり、頑なに自分の信じていることを曲げない人がいる。人は、事実がどうであるかよりも、自分の立場が大切なのだ。カーハン氏の今回の研究は、人がなぜそうなるかについての理解を深めるのに役立つかもしれない。
「我々のアイデンティティと、”科学的な根拠に基づく真実”、を切り離して考えればよいのだ。例えば、ボブ・イングリス共和党前議員や、福音派のキリスト教徒であり気象学者であるキャサリン・ヘイホーのように、アイデンティティと関係なく、人間がこの温暖化をもたらしていると信じることはできる。」
「それにはまず最初に、政治的、宗教的指導者や発言力を持った著名人が、間違った情報を拡散するのを減らす必要がある。」カーハン氏はそう語る。
一度文化的、政治的な視点ができあがってしまうと、例え事実がどうであろうと、それがどのようなメッセージに使われている場合でも、人々の信念を元の白紙状態に戻すことはとても難しいのだ。
もっとも問題なのが、普通に生活を送る一般市民が、自らの価値観や理念に関係した問題に、特定のアイデンティティをもつ団体が下心をもって関与してくるということだ。
これらの団体は、大衆を動員し、大衆の利益の代弁者のようにふるまうが、これは偏極した時代の最も有毒な副産物であり、「事実」を隠ぺいしている場合もある。
残念ながら現状では、科学的根拠に基づく真実を知ったところで、結局のところは真実を信じていることの代用にはならない。


(カラパイア)

「人は、どんなに科学的根拠を積み上げて説得していっても、信じたくないものは信じないということがわかった」って?
確かにそうだね。
IPCC第5次報告書の市民向け要約」で「どんなに科学的根拠を積み上げて説得していっても、信じたくないものは信じない」んだよ、IPCC信者は。

「人はたとえ真実を知っていたとしても、信じたくないものは信じないのだ」って?
確かにそうだね。
IPCC第5次報告書の市民向け要約」の図11-11に見えるとおり、IPCCは「たとえ知っていても、ハイエイタスは信じたくない」と喚いてるんだよ。

「それが自分の理念や信条、政治的・宗教的な見解とぶつかるような場合には、それを認めたくないのだ」って?
確かにそうだね。
IPCC学派は「no one really talks about the other side of this situation」。
20世紀後半の自然変動を「認めたくない」んだね。
自然変動は2000年以降のみ、自然変動は気温を下げるだけという「宗教的な見解」とぶつかるから、認めないんだね。

「科学的証拠をどんなに突きつけたところでそれが逆効果になり、頑なに自分の信じていることを曲げない人がいる」って?
それ、それ、それ。
「ハイエイタスが90年代終わりから続いているのは率直に言って意外だ」と認めながら、「温暖化を信じない人は聞く耳をもたないのではないか」と泣き喚いてた江守正多は「事実がどうであるかよりも、自分の立場が大切」なんだね。
「事実がどうであるかよりも、自分の立場が大切」だから、木本昌秀が「微動だにしていない」と喚き散らしていたんだよ。

「”科学的な根拠に基づく真実”、を切り離して考えればよいのだ」って?
そう、そう、そうなんだよ。
IPCCの数式と数値を用いても気候感度は0.75℃なのに、2013年11月19日の投稿1月9日の投稿1月15日の投稿2月9日の投稿4月17日の投稿5月4日の投稿5月9日の投稿6月13日の投稿、そして、7月6日の投稿で紹介したとおり、気候学者とIPCC信者は、気温上昇を2℃以内に抑えなくてはならないと喚いてるけど、それは「”科学的な根拠に基づく真実”、を切り離して考えれば、人間がこの温暖化をもたらしていると信じることはできる」ことを示してるんだね。

「もっとも問題なのが、普通に生活を送る一般市民が、自らの価値観や理念に関係した問題に、特定のアイデンティティをもつ団体が下心をもって関与してくるということだ」って?
それ、それ、それ。
2012年2月9日の投稿10月15日の投稿、そして、2013年9月23日の投稿で紹介したとおり、「普通に生活を送る一般市民が、自らの価値観や理念に関係した問題に、気候ネットワークが下心をもって関与してくる」んだね。
昨年12月5日の投稿で紹介したとおり、気候ネットワークの鬼婆は「環境の情報は、国民の共有財産です。情報が公開されて初めて国民は政策づくりに参加し、環境を守ることができます」だの、「結局被害を受けるのは私たち国民なのです」だのと、「大衆の利益の代弁者のようにふるまう」んだね。
気候ネットワークは「偏極した時代の最も有毒な副産物」だな。

その「偏極した時代の最も有毒な副産物」とベッタリなのが、江守正多。
正多ってば、ババア好きの変態君なのかも。
キャハハ。

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