脱原発デモ、反日悪魔はそこで音頭とり

グノー「ファウスト」より「金の子牛の歌」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

6月30日の投稿で糾弾したにもかかわらず、性懲りも無く、「脱原発依存派」が「ヘイトスピーチ」を繰り返しているようだな。


デモ規制議論にデモで抗議 「ヘイトスピーチとは違う」
河村克兵、甲斐弘史
2014年8月31日0時56分
再稼働に向けた手続きが進む九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)をはじめ、原発の再稼働に反対する人たちが30日、国会正門前で抗議集会を開いた。自民党内では、ヘイトスピーチへの対策とともに国会周辺での街宣・抗議活動への規制についての議論が始まった。脱原発を訴える参加者からは、政府に抗議するデモなどが制約されないか、危ぶむ声が聞かれた。
参加者は主催者発表でのべ約7千人。拡声機の声に合わせ、「再稼働、反対! デモ規制も反対」とのシュプレヒコールも上がった。
福島第一原発事故後、脱原発デモへの参加を続ける千葉県松戸市のタクシー運転手、水野ツヨシさん(67)は「通行の邪魔をしたり、警察の規制を突破したりもしない。騒音やヘイトスピーチと一緒にしてもらっては困る。耳を立てて一般の声は聞くべきだ」と憤った。

2014090301
原発再稼働に反対し、国会前に集まった人たち=30日午後、東京・永田町、関田航撮影


(朝日新聞デジタル)

テメエらがやってるのは「ヘイトスピーチ」以外の何物でもねえ!

2012年6月29日の投稿で紹介したとおり、おおい町民は「再稼働せんなら大阪でも東京でも原発を持って行ってほしい」と訴えてたんだね。
6月28日の投稿で紹介したとおり、「脱原発依存派」は「どないするねん原発のゴミ」と喚き散らしていたけど、それなら、「耳を立てておおい町民の声は聞くべき」にもかかわらず、2012年3月26日の投稿で指摘したとおり、「脱原発依存派」には「福島とか新潟とか、原発を誘致することで生きていこうとした人たちの複雑で、声にならない声を聞く気持ちはない」。
その証拠に、2012年7月17日の投稿で紹介したとおり、大穢健三郎は、おおい町民を完全に無視して、「侮辱されていると感じる」と言い放ったんだね。
2012年7月9日の投稿で紹介したとおり、「脱原発依存派」は「誰だって機動隊と向き合いたくなんかありません」と泣き喚いてたけど、おおい町民と向き合わなかったから機動隊と向き合ったということに他ならず、実は、「おおい町民と向き合いたくなんかありません」と喚いてるんだね。

テメエらは原発地元の住民に「ヘイトスピーチ」してるんだ。
日本国民に「ヘイトスピーチ」するテメエらは日本人じゃねえ。
反日だ!

って言うと、「左翼・脱原発依存派」はこんなこと言うわけだが。


朝日支局襲撃―「排他」に立ち向かう
あす憲法記念日は、私たちにとって忘れがたい日である。27年前、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局が散弾銃を持った男に襲撃され、小尻知博(こじりともひろ)記者(当時29)が殺された。
「赤報隊」を名乗る犯人は犯行声明で「反日朝日は50年前にかえれ」と主張した。
事件直後、社説は「多様な価値を認め合う民主主義社会を守り、言論の自由を貫く」と誓った。残念ながら、事件は未解決のまま時効を迎えてしまったが、その決意にいささかも揺るぎはない。
その「多様な価値を認め合う民主主義社会」がいま、揺らいでいる。深刻なのは、自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きが勢いを増していることだ。
こうした言説の中で、かつて朝日新聞を攻撃するキーワードだった「反日」のレッテルはすっかり一般化してしまった。
在日コリアンに「特権」があるとして、街頭で激しいヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返す人たち。四国では「遍路道を朝鮮人の手から守りましょう」との張り紙が見つかった。
韓国や中国への嫌悪感をあらわにした本が人気を集め、一部メディアにも連日、それをあおるかのような見出しが躍る。
ヘイトスピーチをめぐる京都での訴訟で、訴えられた市民団体側は「表現の自由の範囲内だ」と正当性を主張した。だが、他人を排除し、傷つける言葉は許されるのか。表現・言論の自由の大切さを説き続けた私たちとしても、「それは違う」と言わずにはいられない。
事件以来、多くの読者から叱咤(しった)激励をいただいた。その声にも支えられ、私たちは自由な言論を守ろうと努力してきた。
特に、戦争に協力した戦前への痛切な反省から、権力が自由を制約する動きには、全力で立ち向かってきたつもりである。特定秘密保護法案の審議のときもそうだった。
ただ、これだけ排他的な言葉が世にあふれる前に、できることはなかったか。
理不尽に攻撃される人たちを守る側に立つことはもちろんである。そのうえで、攻撃的な言葉を繰り出す人、そうした主張に喝采を送る人々の背景にも目を向け、日本社会に広がる溝を埋めていきたい。
求めたいのは、スローガンとしての「表現・言論の自由」ではない。誰もが尊厳を保ち、のびやかに生きられる社会そのものである。同僚の命が絶たれたこの日、その原点を改めて胸に刻みたい。


(2014年5月2日の朝鮮日刊新聞社説)

本当に「深刻なのは、自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きが勢いを増していることだ」と思ってるのなら、原発地元住民を足蹴にする大穢健三郎を、原発デモを批判したらどうだ?
もちろん、しない。
それどころか、2011年10月3日の投稿で採り上げた2011年9月21日の朝鮮日刊新聞社説は、大穢健三郎が主導した脱原発デモを賛美し、「脱原発集会―民主主義が動き出す」と囃し立てていたんだね。
上で指摘したとおり、脱原発デモの参加者は「おおい町民と向き合いたくなんかありません」と喚き立てたにもかかわらず、つまり、「自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定」したにもかかわらず、2012年7月9日の投稿で採り上げた2012年7月4日の朝鮮日刊新聞社説は「反原発デモ―音ではなく、声をきけ」だの、2012年7月30日の投稿で採り上げた2012年7月30日の朝鮮日刊新聞社説は「国会を包囲する人々―民主主義を鍛え直そう」と言い立てたんだね。
2013年3月11日の投稿で採り上げた2013年9月10日の「天声人語」は「きのう東京であった脱原発集会には、以前より少ないが結構な数が参加した。この2年、畏れの感度を保てた人々だ。強風が太くする幹もある」と囃し立てたんだね。
何が「日本社会に広がる溝を埋めていきたい」だ!
「日本社会に溝を掘り広げている」のはテメエら「左翼・脱原発依存派」だろ!

2012年9月22日の投稿で紹介したとおり、原発の地元では「危険性を知った今も、住民の多くは原発がなければ暮らせないと思っている」。
だから、御前崎市民は原発容認派の市長を選んだ。
にもかかわらず、2012年9月21日の朝鮮日刊新聞社説は、御前崎市民の頭越しに、「静岡原発条例―県民投票で再稼働問え」と喚き立てた。
「深刻なのは、自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きが勢いを増していることだ」はテメエらのことだろ!

小泉チョン一郎のために、多くの市民が死に追いやられた。
「存在そのものを否定」されてしまったんだね。
ところが、1月22日の投稿1月26日の投稿2月7日の投稿で紹介したとおり、「左翼・脱原発依存派」はチョン一郎の下に集った。
「存在そのものを否定」されてしまった人々が「存在したという事実をも否定」したんだよ、「左翼・脱原発依存派」は。
その結果、1月29日の投稿で紹介したとおり、チョン一郎の「主張に喝采を送る人々」が、つまり、「存在そのものを否定」することに「喝采を送る人々」が多数いたんだね。
そして、2月11日の投稿で採り上げた2014年2月10日の「天声人語」は「敗れたとはいえ、街頭でくり広げられる『小泉劇場』は多くの聴衆をひきつけた」と囃し立てたんだね。
「自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きが勢いを増している」元凶はテメエら「左翼・脱原発依存派」だろ!

「脱原発依存派」が喚き立ててる、「脱原発依存」とは再生可能エネルギー+電力自由化に他ならない。
けど、5月7日の投稿で指摘したとおり、再生可能エネルギーを普及させても、電力自由化しても、福島第1原発から放出された放射性物質が消えてなくなるわけではなく、他の原発の核燃料・放射性廃棄物が消えてなくなるわけじゃない。
再生可能エネルギー+電力自由化は「脱原発」と関係ない。
むしろ、2012年9月12日の投稿11月11日の投稿2013年2月20日の投稿3月11日の投稿3月25日の投稿4月3日の投稿9月23日の投稿今年1月27日の投稿2月7日の投稿5月7日の投稿、そして、6月20日の投稿で指摘したとおり、再生可能エネルギー+電力自由化は国民の所得を奪い、廃炉は言うに及ばず、原発事故の収束をも阻害する。
百歩譲っても、「耳を立てて、再生可能エネルギー+電力自由化は必要ないという一般の声は聞くべきだ」ろ。
「多様な価値を認め合う民主主義社会を守り、言論の自由を貫く」と言い張るのなら、尚更だろ。
「多様な価値を認め合う」のなら、6月28日の投稿で指摘したとおり、最小公約数で結束するしかないはず。
ところが、2011年9月29日の投稿で採り上げた2011年6月29日の朝鮮日刊新聞社説は「再生エネ法も原発の是非はどうあれ、太陽光や風力の普及を図ることに異論はないはずだ」と決めつけた。
2013年7月6日の投稿で採り上げた2013年6月27日の朝鮮日刊新聞社説は、電事法改正案が廃案になった時、「そんな参院ならば、もういらない」と言い切った。
6月28日の投稿で採り上げた2014年5月9日の天声人語は「そんな成熟した態度が大切だ」と、つまり、再生可能エネルギー+電力自由化に迎合しろと、つまり、「多様な価値」を放棄しろ、と言い放ったんだよ。
「その『多様な価値を認め合う民主主義社会』がいま、揺らいでいる」元凶はテメエら「左翼・脱原発依存派」だろ!

しかも、再生可能エネルギー+電力自由化を正当化するために、つまり、「多様な価値」を否定するために、2012年1月5日の投稿で採り上げた2011年12月29日の朝鮮日刊新聞社説は「既得権を失う電力会社の抵抗は必至だろう」だの、2012年8月24日の投稿で採り上げた2012年8月23日の朝鮮日刊新聞社説は「ものごとを政治家と既得権を持つ組織の代表や一部の専門家で決め、ふつうの市民はかかわりにくいのが、従来の『ムラ社会』型の意思決定の仕組みだ」だの、2012年11月20日の投稿で採り上げた2012年11月19日の朝鮮日刊新聞社説は「自民党政権は過去、地域独占による安定供給を重視し、大手電力の既得権を擁護してきた」だの、2013年1月15日の投稿で採り上げた2013年1月14日の朝鮮日刊新聞社説は「かつてのように電力会社の既得権益を守るような動きを見せるなら、自民党への期待はたちまちしぼむだろう」だの、2013年3月21日の投稿で採り上げた2013年3月21日の朝鮮日刊新聞社説は「『骨抜き』『既得権保護』の汚名を返上し、新しいエネルギー社会の構築に力を注ぐ」だの、2013年7月6日の投稿で採り上げた2013年6月27日の朝鮮日刊新聞社説は「既得権益を守りたい電力各社が激しく抵抗する中で出ばなをくじかれ、改革そのものが遅れるおそれが出てきた」だのと喚き散らしてきたんだね。
「既得権への嫌悪感をあらわにした本が人気を集め、一部メディア=朝鮮日刊新聞にも連日、それをあおるかのような見出しが躍る」んだね。
「こうした言説の中で、かつて小泉エセ改革のキーワードだった『既得権』のレッテルはすっかり一般化してしまった」んだね。
2012年12月3日の投稿で指摘したとおり、既得権とは「一人一人の必死の生活とそこから出てくるニーズ」であるにもかかわらず、8月22日の投稿で紹介したとおり、再生可能エネルギーは「脱原発」と関係ないと主張する人たちに、既得権擁護というレッテルを貼りつけて「攻撃する動きが勢いを増している」んだよ。
「自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きを増長している」のはテメエら「左翼・脱原発依存派」だろ!

「特権」と「既得権」は同じ意味。
だから、「在日コリアンに『特権』があるとして、街頭で激しいヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返す人たち」と、「既得権」があるとして、朝鮮日刊新聞で激しい憎悪表現を繰り返す人たち」は同じ穴の狢。
何が「理不尽に攻撃される人たちを守る側に立つことはもちろんである」だ!
しかも、だ。
2011年8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、朝鮮日刊新聞こそは、原発の広告を垂れ流して国民を騙し、福島原発事故を招いた主犯格。
にもかかわらず、つまり、東電と一蓮托生のくせに、2011年4月15日の投稿で採り上げた2011年4月4日の社説は昂然と「東電など全国9電力体制の存続には疑義がある」だの、2011年8月18日の投稿で採り上げた2011年7月26日の社説は「他の企業と同様に破綻処理をすべきだ」だの、2012年11月11日の投稿で採り上げた2012年11月9日の社説は「本来なら、破綻処理すべき企業である」だのと言い放ったんだね。
2012年5月28日の投稿で採り上げた2012年5月26日の「天声人語」は呆れたことに「民に目隠しをし、民を侮る、思い上がった人たちである・・・欺き隠して知らせなかった罪を、ムラは心底自省するべきなのだ。欺瞞の上塗りはごめんである」と放言したんだね。
何が「だが、他人を排除し、傷つける言葉は許されるのか。表現・言論の自由の大切さを説き続けた私たちとしても、『それは違う』と言わずにはいられない」だ!
福島原発事故を招いた主犯格が「存続には疑義がある」だの、「破綻処理をすべきだ」だのと喚き散らすのが「表現・言論の自由」か?
福島原発事故を招いた主犯格が「存続には疑義がある」だの、「破綻処理をすべきだ」だのと喚き散らすのは「許されるのか」?
「『それは違う』と言わずにはいられない」はコチラの言う台詞だ。
けど、「脱原発依存派」は許すんだよ。
「脱原発依存派」は福島原発事故を招いた主犯格である朝鮮日刊新聞を絶対に批判しない。
それどころか、8月22日の投稿にも見えるとおり、朝鮮日刊新聞と一体となって「再生可能エネルギー+電力自由化」を煽り立てているんだね。
始めに述べたとおり、「脱原発依存派」は原発地元住民を「理不尽に攻撃」しているけれど、何の不思議も無い。
福島原発事故を招いた主犯格である朝鮮日刊新聞を批判しない、「理不尽」な連中だから。

もう、分かっただろ。
己が「自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する」こと。
それが「多様な価値を認め合う民主主義社会」だ、と言うんだね、反日は。
このことを理解すれば、つまり、「脱原発依存=再生可能エネルギー+電力自由化」の本性を理解すれば、これも理解できるだろ。


池上彰さん:朝日新聞連載コラム中止を申し入れ
◇慰安婦報道で「朝日は謝罪すべきだ」に「掲載できない」と
ジャーナリストの池上彰さんが朝日新聞に連載していたコラム「新聞ななめ読み」の中止を申し入れていることが分かった。朝日新聞の従軍慰安婦報道検証記事を批判的に論じたところ、掲載を断られたのが原因だという。
池上さんによると、8月29日掲載予定の原稿で、朝日新聞が慰安婦報道を検証した特集(8月5、6両日掲載)について「朝日は謝罪すべきだ」との趣旨のことを書いていた。同月28日に朝日新聞から「今回は掲載できない」という連絡があったため、池上さんがその場で中止を申し入れたという。朝日からは「考えさせてください」と言われたという。
「ななめ読み」は朝日を中心に新聞記事を批評するコラム。2007年から夕刊に週1回掲載し、10年から朝刊で月1回になった。池上さんは取材に「何でも自由に書いてくださいと言われてきて、これまで何も問題がなかった。信頼関係が崩れた」と話した。
池上さんはNHK記者として「週刊こどもニュース」のキャスターで人気が出た。05年からフリー。毎日新聞の「開かれた新聞」委員会委員も務めている。【青島顕】
朝日新聞社広報部の話 原稿の内容についてはコメントできない。連載中止を正式に決めたわけではなく、池上彰氏とは今後も誠意を持って話し合う方針です。


(毎日新聞 2014年9月2日 23時31分(最終更新 9月2日 23時40分)

何が「その『多様な価値を認め合う民主主義社会』がいま、揺らいでいる」だ!
それはテメエらが原因だ、つ~の!
何が「『排他』に立ち向かう」だ!
それはコチラの言う台詞だ、つ~の!

「ヘイトスピーチ」の背景には、「従軍慰安婦」を盾にして「街頭で激しいヘイトスピーチ(日本人への憎悪表現)を繰り返す韓国人たち」への反発があるんだね。
つまり、「攻撃的な言葉を繰り出す人、そうした主張に喝采を送る人々の背景にも目を向け」れば、朝鮮日刊新聞の「従軍慰安婦報道」に行き着くんだよ。
「これだけ排他的な言葉(=「従軍慰安婦」)が世にあふれる前に」、国民全員が「朝鮮日刊新聞という名の『排他』に立ち向かう」必要があったんだよ。
上記の記事がその証だろ。

「27年前、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局が散弾銃を持った男に襲撃され、小尻知博記者(当時29)が殺された」のは理の当然だな。
「自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きを増長している」のはテメエらだから、テメエら自身が「攻撃的な言葉を繰り出す人、そうした主張に喝采を送る」から、「小尻知博記者が殺された」たんだな。
何が「同僚の命が絶たれたこの日、その原点を改めて胸に刻みたい」だ!
笑わせんな!
「自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する」ことを「多様な価値を認め合う民主主義社会」と言い放って憚らない新聞社の記者が殺されても、「多様な価値を認め合う民主主義社会」にとってプラスになってもマイナスになりはしない。

「多様な価値を認め合う民主主義社会」の最も危険な敵、それが「反日」だ!
「反日」は必ず葬り去る!
「多様な価値を認め合う民主主義社会」を守るために。
「反日」は必ず斃す!
「誰もが尊厳を保ち、のびやかに生きられる社会」を守るために。

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