左翼リベラルがユーイを恋う狂曲

モーツァルト「交響曲第40番」より

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

9月26日の投稿で紹介したとおり、九州電力が再生可能エネルギーの受け入れを中断したけど、そしたら、人殺し左翼がこんな記事を掲載してる。

20141022012014年10月15日の朝鮮日刊新聞朝刊紙面より

「事業者がかけた費用に利益を上乗せした高めの価格で電気を買い取る仕組みなっている」ということは、「自然電力」と契約もしていないのに、「自然電力」の高い電気を買いたくなくても、無理矢理に買わされている、ということ。
しかも、6月28日の投稿で紹介したとおり、太陽光発電は原子力の4倍近い「高めの価格で電気を買い取る仕組みなっている」。
それって強奪だね。
人様から脅し盗った金の一部を「地域還元します」って、それ何?
そんなの「還元」って、言うか!

それなのに、社会貢献する俺って偉いでしょ、みたいな顔して、のうのうと人前に出て来やがる。

2014102202

しかも、市民に押し売りしているくせに「もう、人のにせいにはしない」だと!
「この間に、風力など太陽光より建設に時間がかかる計画を進める」とほざいてるけど、それも「事業者がかけた費用に利益を上乗せした高めの価格で電気を買い取る仕組み」を当て込んでるだけじゃねえか。
太陽光の買い取りがダメなら、今度は風力で貪り盗ろう、ということじゃねえか。
つまり、「もう、人のにせいにはしない」とは、「『自然電力』と契約もしていないのに、『自然電力』の高い電気を買いたくなくても、無理矢理に買わされている」と言い立てて、人のせいにするな、と喚いてるんだね。
すげえ野郎だぜ。
常人の理解を絶してるね。
常人じゃねえな。
腐れ外道だ。

にもかかわらず、その外道を持て囃す「左翼」。
しかも、この記事以前にはこんな社説まで書いてた。


原発なき夏冬―節電実績を変革の糧に
原発事故後初めて、「原発ゼロ」で迎えた夏が終わった。
昨夏は動いていた原発2基が止まった関西電力は、火力など他の発電設備をフル稼働し、東京電力からの融通も合わせてなんとか電力需要のピーク時に3%の余裕を保つ計画だった。実際は最も需給が厳しかった7月25日でも6.6%を維持し、東電の融通も受けずに済んだ。
夏の気温が低く、全体の需要を押し下げたのは間違いない。だが、関西の需要のピーク日は大阪で37度を超すなど猛烈な暑さだった。にもかかわらず比較的ゆとりがあった理由について、関電は想定を108万キロワット上回る節電があったと分析した。ほぼ原発1基分である。
原子力規制委員会の審査が最も進んだ九州電力川内原発の再稼働も来年にずれ込む見通しで、この冬も原発ゼロが続きそうだ。楽観はできないが、ここまでの実績は励みになる。
関電管内でのアンケートでは、9割超の事業所と7割近い家庭が「節電に取り組んだ」と回答した。多くの利用者は、できる限り節電に協力しようとしている。
こうした努力に比べ、電力会社側の取り組みは遅々としているように見えてならない。
古い火力発電所は故障のリスクがあり、電力各社は「安定供給には原発再稼働が不可欠」との立場を変えない。燃料費が経営を圧迫しているとして、北海道電力は11月に料金を再値上げする。他社も追随を模索する。
だが、あくまで原発にこだわる姿勢が、経営環境の変化に対応していくために必要な改革にブレーキをかけてはいないか。
福島第一原発事故後の安全策強化で、原発の売り文句だった「安くて安定的な電源」は過去のものとなった。16年以降の電力自由化によって、経費を料金で回収できる総括原価方式が撤廃されれば、経営上の重荷になる可能性も高まっている。
生き残るためにも、電力会社は代替電源を確保し、原発頼みを改めていくしかあるまい。
ここにきて、電力各社が他地域への供給に乗り出す動きが目立ち始めた。一方、送電線の容量が足りなくなったとして、再生可能エネルギーの買い取りを多くの社が中断した。事故から3年半を経ているのに、なんともちぐはぐな対応に見える。
電力各社は、節電に幅広い協力が得られている今を大切な過渡期と位置づけ、「脱原発依存」の経営戦略をしっかり打ち立てるべきだ。「とにかく再稼働を」と繰り返すばかりでは、もう利用者に響かない。


(2014年10月13日の朝鮮日刊新聞社説)

原発一基分の節電があったから、電力は足りていた。
(但し、2011年4月26日の投稿8月30日の投稿2012年1月5日の投稿7月11日の投稿7月25日の投稿9月4日の投稿、そして、2013年3月29日の投稿で紹介したとおり、原発が無くても、始めから電力は足りている。)
ということは、原発の「代替電源」は必要ない、再生可能エネルギーは必要ない、ということ。
「多くの利用者は、できる限り節電に協力し」たから、再生可能エネルギーは必要ないんだね。
それなのに、しかも、自らが「多くの利用者は、できる限り節電に協力しようとしている」と言い立てながら、「再生可能エネルギーの買い取りを多くの社が中断した。事故から3年半を経ているのに、なんともちぐはぐな対応に見える」と喚き散らして、原発の「代替電源」として「再生可能エネルギーの買い取り」を要求するのは「なんともちぐはぐな対応に見える」

固定価格買い取り制度は、「経費を料金で回収できる」どころか、「事業者がかけた費用に利益を上乗せした高めの価格で電気を買い取る仕組みなっている」
総括原価方式を罵りながら、「再生可能エネルギーの買い取りを多くの社が中断した。事故から3年半を経ているのに、なんともちぐはぐな対応に見える」と喚き散らして、固定価格買い取り制度を正当化するのは「なんともちぐはぐな対応に見える」

「多くの利用者は、できる限り節電に協力し」たから、電力は足りている。
原発も再生可能エネルギーも必要ない。
にもかかわらず、再生可能エネルギーの買い取りだけを中断したから、「こうした努力に比べ、電力会社側の取り組みは遅々としているように見えてならない」んだね。
「再生可能エネルギーの買い取りを多くの社が中断し」、且つ、「原発頼みを改め」ない限りは「なんともちぐはぐな対応に見える」んだね。
にもかかわらず、「再生可能エネルギーの買い取りを多くの社が中断した。事故から3年半を経ているのに、なんともちぐはぐな対応に見える」と喚き散らして、「あくまで再生可能エネルギーにこだわる姿勢」は「あくまで原発にこだわる姿勢」と全く同じであり、「なんともちぐはぐな対応に見える」

そこで、始めの記事を振り返ると。
「自然電力など3者は、年間収入のうち数百万円を地元の農業振興に充てる方針を決めている。『発電所は20年は置いてもらう施設。あって良かったと言われるように地域とつながりたい』。それが、代表取締り役である磯野のこだわりだ・・・『補助金と違って使い道を自由に考えられた』と話す」と囃し立てているけれど、それなら、やっぱり、原発と同じじゃねえか!
電力会社も「発電所は40年は置いてもらう施設。あって良かったと言われるように地域とつながりたい」から、「原子力 地域還元します」と言い立てていたんだね。
電力会社の寄付金は「補助金と違って使い道を自由に考えられた」んだね。
だからこそ、原発の地元は再稼動を求めているんだね。
再生可能エネルギーは原発の手法を踏襲しているのに、「太陽光 地域還元します」と囃し立てるのは「なんともちぐはぐな対応に見える」
電力会社が「地域還元します」と言うと、それは「経費を料金で回収できる総括原価方式」で利用者に負担させているだけですぅぅぅ~、と泣き叫ぶくせに、「事業者がかけた費用に利益を上乗せした高めの価格で電気を買い取る仕組みなっている」固定価格買い取り制度で「地域還元します」と言うと、「それが、代表取締り役である磯野のこだわりだ」と持て囃すのは「なんともちぐはぐな対応に見える」

「多くの利用者は、できる限り節電に協力し」たから、電力は足りている。
太陽光発電は必要ない。
無駄な電気だ。
ところが、固定価格買い取り制度は「できる限り節電に協力しようとしている」人たちが、原子力の4倍近い「高めの価格で無駄な電気を買い取る仕組みなっている」
電力は足りているから原発は必要ないことを示すために、「多くの利用者は、できる限り節電に協力しようとしている」のに、「再生可能エネルギーの買い取りを多くの社が中断した。事故から3年半を経ているのに、なんともちぐはぐな対応に見える」と喚き散らして、「あくまで無駄な電気にこだわる姿勢」は「なんともちぐはぐな対応に見える」

原発が無くても電力は足りているとは言え、既存の「代替電源」が原発よりも遥かにコスト高なら、市民生活に差し障る。
けど、「原発の売り文句だった『安くて安定的な電源』は過去のものとなった」から、「多くの利用者は、できる限り節電に協力しようとしている」んだね。
「こうした努力に比べ、『再生可能エネルギーの買い取りを多くの社が中断した。事故から3年半を経ているのに、なんともちぐはぐな対応に見える』と喚き立てて、『原発よりも高くて不安定な電源』を押しつけようとする左側の取り組みは遅々としているように見えてならない」
「『とにかく再生可能エネルギーの買い取りを』と繰り返すばかりでは、もう利用者に響かない」

呆れ返るばかりの論理性の欠如、そして、倫理性の欠如。
原発はどうでもいいことを露呈してるな。
「生き残るためにも」という言い草がその証左。
それは、「あくまで原発にこだわる」のなら生き残れない、と言うことだけど、それなら、つまり、電力会社が潰れれば、原発は野ざらしになる。
(核燃料棒や使用済み核燃料棒が冷えていなければ、福島と同じ事態が起こる)
それで、どうして「脱原発」が実現できる?
「生き残るためにも、原発頼みを改めていくしかあるまい」と喚き立てるのは「なんともちぐはぐな対応に見える」

「生き残るためにも」ではなく、「原発頼みを改めていくためにも」、電力会社を存続させねばならない。
そのためには、「再生可能エネルギーの買い取り」を止めねばならない。
電力が足りているのに「電力会社は代替電源を確保し」と言うのは、発電を減らして「自然電力」などから購入しろ、再生可能エネルギーを受け容れるために送電網を整備しろ、と言うことだけど、発電を減らせば収入が減るし、送電網整備には莫大な費用が掛かる。
それで、どうして廃炉の費用を工面できる?
総括原価方式が維持されるなら、廃炉の費用を電気代に転嫁できるけど、「16年以降の電力自由化によって、経費を料金で回収できる総括原価方式が撤廃されれば、経営上の重荷になる可能性も高まっている」のなら、電力会社は赤字にならざるを得ない。
それなのに「『脱原発依存』の経営戦略をしっかり打ち立てるべきだ」言い張るのは「なんともちぐはぐな対応に見える」
やはり、電力会社は生き残らなくていい、と言ってるわけだ。
実際、2011年4月15日の投稿で採り上げた2011年4月4日の朝鮮日刊新聞社説は「東電など全国9電力体制の存続には疑義がある」と喚き散らしてたんだね。
ということは、原発は野ざらしになればいい、ということ。
「自然環境にやさしい電源を自分たちの世代が責任持って増やさないといけない」と言い立てて、原発は野ざらしになる。
その結果、このお姉ちゃんが作った乳製品はセシウム入りになる。

2014102203

「生き残るためにも、電力会社は代替電源を確保し」という言い草は、「脱原発」が眼中に無いことを露呈してる。
「脱原発依存」を煽り立てる左翼の「脱原発」は全くの欺瞞にすぎない。
じゃあ、その真の目的は何か?
「昨年1月には、同じビジネスモデルの世界大手『ユーイ』とも提携した」がその答えだな。
固定価格買い取り制度で「ユーイ」が潤っても、原発事故は収束しない。
固定価格買い取り制度で「ユーイ」が潤っても、九州の原発の廃炉が進むわけじゃない。
それどころか、固定価格買い取り制度で「ユーイ」が儲けるということは、国民の所得が外資に奪われるということ。
原発事故収束と原発廃炉のために、国民負担は避けられないのに、国民の所得が外資に奪われると、国民は負担しきれなくなり、脱原発は遠のく。
日本国民が苦しむのを尻目に外資が儲ける。
と言うよりも、日本国民が苦しめば外資が儲かる。
それが左翼の「脱原発依存」。

「『とにかく再生可能エネルギーの買い取りでお金を』と繰り返すばかりでは、もう利用者に響かない」
「『とにかくユーイの利益を』と繰り返すばかりでは、もう利用者に響かない」
「自然電力」の腐れ外道と「脱原発依存=再生可能エネルギー+電力自由化」を煽り立てる左翼を誅滅せよ!

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