核燃料と温暖化信者はみじかくも醜く燃え、石炭火力は長く美しく萌ぇ~

モーツァルト「ピアノ協奏曲第21番」より「第2楽章」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

川内原発が再稼動した途端にこれ。


電力業界のCO2削減目標、再検討要求…環境相
2015年8月15日 09時03分
温室効果の高い二酸化炭素(CO2)を大量排出する石炭火力発電所を巡り、望月環境相は14日、電力業界が7月に策定したCO2の削減目標が不十分として、再検討を求めると表明した。
中部電力が建設計画中の石炭火発の武豊火力発電所(愛知県)についても、環境影響評価法に基づき、「是認できない」との意見を宮沢経済産業相に送付した。
電力35社は7月17日、業界全体の2030年度のCO2排出量を13年度比で35%程度減らすとの目標をまとめた。しかし目標達成の具体的な手段は明らかにされず、望月環境相は14日の記者会見で、「詰めるべき課題が残されている」などと指摘。経産省と連携し、実効性のある取り組みを求める考えを示した。


(YOMIURI ONLINE)

昨年8月18日の投稿で紹介したとおり、気候ネットワークのスベタが「石炭火力は原発のバックアップでもある」と喚き立ててたけど、ということは、石炭火力があるから原発はいらない、ということ。
けど、その多くは老朽化してる。
安定して稼動できないと、原発を再稼動する口実になる。
だから、電力会社が石炭火力発電を建て替えるのは、原発を放棄する道を自ら選んだ、ということ。

しかも、7月9日の投稿で採り上げた「教えて!電源構成」の第4回に見えるとおり、「1日現在、国内には新たな石炭火力の計画が計47基、発電容量で約2341万㌔ワット分ある」
6月7日の投稿で紹介した「原発、風力発電、太陽光発電の導入量」と題する折れ線グラフに見えるとおり、既存の原発の設備容量は4200万㌔ワット。
けど、もはや、政府もその全て(43基)を再稼動できるとは考えていない。
7月6日の投稿で採り上げた「教えて!電源構成」の第2回に見えるとおり、30基半ばを目標にしてる。
しかも、「原発が安定して動いているかの指標となる『設備利用率』の問題もある。政府は利用率を70%と想定しているが、原発事故があった10年度までの10年間の利用率は年平均67.8%」
そこで、単純に計算すると、0.7×(35÷43)×4200=2393。
石炭火力は原発を完全に置き換えるんだね。
(古い原発は出力が低く、新しい原発は出力が高いから、この計算は必ずしも正しくないけど、既に稼動している最新石炭火力を考慮すれば、原発を完全に置き換えることは明白。)
廃炉を決めてしまえば、原発では稼げないのだから、にもかかわらず、廃炉には膨大な資金が必要なのだから、電気代をできる限り抑えつつ、且つ、廃炉の費用を稼ぐには、ランニングコストが圧倒的に安い石炭火力、という選択肢しかありえない。
「中部電力が建設計画中の石炭火発の武豊火力発電所」、そして、「国内には新たな石炭火力の計画が計47基、発電容量で約2341万㌔ワット分ある」ということは、原発廃棄に向けて前進している、ということ。

川内原発が再稼動した途端に、奸凶省が「電力業界が7月に策定したCO2の削減目標が不十分として、再検討を求めると表明した」のは、それを阻止するため。
つまり、原発を稼動するため。
ということは、奸凶省は原子力ムラの中核、ということ。

昨年9月18日の投稿で紹介したけど、もう一度、採り上げると。


(eコラム)京都議定書とは何だったのか 編集委員・石井徹
2014年9月10日16時30分
1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)に集った官庁やNGO、メディアなどの関係者約70人が5日、東京都内で17年ぶりに一堂に会した。外務省の担当官が企画した「同窓会」だ。
議長で環境庁長官だった大木浩さん(87)は「地球温暖化は予想を超えて進行している。この会が現実を見つめ直す機会になることを願っている」とあいさつした。
当時は冷戦も終わり、世界は新しい問題に取り組む熱気にあふれていた。30代後半だった私も「世界は変わる」と思った。だが、現実は違った。
議定書は、歴史的責任がある先進国に温室効果ガスの削減義務を課し、その後、途上国の引き込みを狙った。しかし、最大の排出国だった米国が2001年に離脱。05年に発効したが、米国や中国に削減義務がなく、「欠陥品」と言われた。第2約束期間(13~20年)には日本も参加しなかった。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書は4月、「意図されたように成功していない」と指摘。産業界や一部の研究者は「京都議定書は失敗だった」と流布する。だが、期待した成果が挙げられなかった最大の原因は、制度の問題より米国などが足を引っ張ったことにある。
日本のODA予算は97年の1.17兆円をピークに下がり続け、17年間にほぼ半減、国際的な影響力が低下した。日本人の世界への関心も、当時がピークだったのではないか。外務省参事官として交渉に参加した赤阪清隆さん(66)は「若者がどんどん内向きになっている」と心配する。若者だけではない。政治家や産業界からも「世界のため」という言葉を聞くことが、めっきり少なくなった。
世界は、来年のCOP21で、すべての国が参加する新たな温暖化防止策を合意しようと交渉中だ。その土台に京都議定書があるのは間違いない。だが、日本の存在感は当時よりずっと薄い。

2015081601
COP3「同窓会」に集まった人たち=東京都内


(朝日新聞デジタル)

「京都議定書とは何だったのか」?
もはや明らかなとおり、原子力ムラの同窓会だった。

で、赤い矢印で示したのが気候ネットワークの鬼婆。
鬼婆は原子力ムラの同窓生だった。
2013年2月16日の投稿で紹介したとおり、「I love 京都議定書」と喚いてたけど、京都議定書は原子力推進を前提にしていたのだから、「I love 京都議定書」とは、すなわち、「I love 原子力ムラ」
だからこそ、同窓会に出席。
だからこそ、コチラに見えるとおり、奸凶省と歩調を合わせて「中部電力が建設計画中の石炭火発の武豊火力発電所」についても、「気候変動対策の観点から、石炭火力発電所の建設は容認できない」と喚き立ててるんだね。
1月8日の投稿で紹介したとおり、気候ネットワークは「途上国への石炭火力事業へ融資」している三井物産、そして、「高効率の石炭火力技術の途上国への輸出を後押ししている」日立から金を貰っているのだから、「気候変動対策の観点から、石炭火力発電所の建設は容認できない」が原発再稼動のためにすぎないことは明らかだろ。

昨年8月18日の投稿で紹介したとおり、気候ネットワークのスベタは「石炭は原発とセットの技術」と喚き立ててたけど、国民の反対が根強く、電力会社にも原発を稼動できる見込みが立たないから、石炭火力発電に向かわざるを得ないんだよ。
つまり、原発再稼動に反発する民意が「中部電力が建設計画中の石炭火発の武豊火力発電所」を産み出したんだね。
にもかかわらず、「石炭は原発とセットの技術」と喚き立てる気候ネットワークは「原発とセットの技術」にすぎない。
実際、原発が定期検査中の「バックアップ」として石炭火力が建設されたから、「石炭は原発とセットの技術」と言い張るのは、それ自体が原発を稼動する電力会社の論理から一歩も抜け出ていない。
電力会社の論理から抜け出して、石炭火力があるから原発はいらないと考えるのが本物の脱原発。
2013年12月5日の投稿で紹介したとおり、気候ネットワークの鬼婆は「法案が成立すると、官僚たちはさらに何でも隠せると考えるでしょう」と喚いてたけど、己らが官僚と結託しているという事実を覆い隠すための卑劣な欺瞞にすぎない。
実は、原子力ムラの官僚と結託すれば「何でも隠せる」と思ってるんだね、気候ネットワークの鬼婆は。

昨年7月8日の投稿で紹介したとおり、虫国野郎も「原発と大型火力発電所があればいいということで、それが政・官・業の『原子力ムラ』の利益構造です」と喚き散らしてたけど、上の写真の左端に見えるとおり、やはり、「原子力ムラ」の同窓生。
にもかかわらず、あろうことか、昨年8月22日の投稿で紹介したとおり、「『原発依存・化石燃料依存』グループの巨大化・強力化に結果的に貢献してしまっている」だの、1月7日の投稿で紹介したとおり、「本来であれば、様々な点でそれぞれ敵対関係にあるはずの日本政府、エネルギー産業、反原発・温暖化懐疑論者によって『日本は温暖化対策ですでに頑張っている』『日本はこれ以上頑張らなくてよい』という神話が作られ、事実上の『共闘』が行われてきた。それは、結果的に再生可能エネルギーや省エネの導入を遅らせて原発推進派の権力維持に役だってしまったと思う」と喚き散らしたんだよ。
けど、心から原発に反対している人たちをそのように罵ったという事実は、コヤツや気候ネットワークの鬼婆が「原子力ムラのエセ脱原発派」であり、原子力ムラが放った刺客に他ならないことをハッキリと示してるんだね。

奸凶省の寄生虫、気候ネットワークの鬼婆、そして、虫国野郎!
石炭火力発電を推進して、テメエらを原発と共に葬り去る!
「1日現在、国内には新たな石炭火力の計画が計47基、発電容量で約2341万㌔ワット分ある」ということは、テメエらは原発と共に風前の灯、ということだ。
首を洗って待ってろ!

話は変わるけど。
ウィキペディアに依れば、スウェーデン映画の「みじかくも美しく燃え」に使われたのは、ゲザ・アンダの演奏だそうな。
知らなんだのう。
アンダのLPは我が家にあるんだけど。
今はLP再生装置が無いから聴けねえ。
学生の頃に聴いた印象では、あまり良い演奏とは思わなかったんだけど、な。
但し、アンダの27番は「神品」と言える出来栄え。
聴いてみろ。

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