脱原発十字軍の戦士と毒殺テロ女戦士の戦い

モンテヴェルディ「タンクレディとクロリンダの戦い」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回の投稿で採り上げた朝鮮日刊新聞記事は「電力自由化 だれのため?」と喚いてたけど、「電力自由化」に関して、鬼畜左翼はこんな記事も書いてた。

2016011603
2016年1月15日の朝鮮日刊新聞朝刊紙面より

このメス犬が吠え立てる「自由化でいちばん大切なのは、安くなるかどうかではなく、選べる権利と責任とをもつことだ――そう思っている」だの、「どんな電気を選ぶかで供給側の改革を促す。自由化はそのための道具だ」だのは、結局のところ、前回の投稿で採り上げた記事と同じ。
「多少高くても、太陽光や風力の電気を使いたいとか、原発や二酸化炭素排出の多い石炭火力の電気を使いたくない」が「選べる権利と責任とをもつことだ」、「多少高くても、太陽光や風力の電気を使いたいとか、原発や二酸化炭素排出の多い石炭火力の電気を使いたくない」が「供給側の改革を促す」、と吠えてるんだね。
だからこそ、「高いから、太陽光や風力の電気を使いたくないとか、多少でも安いから、原発や二酸化炭素排出の多い石炭火力の電気を使いたい人もいる」ことには目を背けるんだよ。

けど、「ソフトバンクでんき」をみれば分かるとおり、「通信、鉄道、コンビニ」は自前で発電していない。
電気を大量消費する企業には安価に供給しているから、その制度を利用して、電気の生産者と消費者の間に割り込んで、利を貪っているだけ。
2014年8月2日の投稿で採り上げた朝鮮日刊新聞邪説は「いずれ電力が自由化されれば、電力会社や電源を選んで電気を買えるようになる。そんな将来をにらんで、農業や漁業、林業の生産者が遠隔地の消費者とつながり、直売する地場産品の中に、電気も組み込もうという構想も生まれている」と囃し立ててたけど、これまでは、電気の生産者(電力会社)と消費者がつながっていたのに、電力自由化で生産者と消費者の間に第3者が割り込んできたんだね。
「どんな電気を選ぶかで供給側の改革を促す」は全くの欺瞞。
だからこそ、生産者と消費者の間に割り込んでいる事実には頬かむりを決め込んでる。
「私自身、かつて電気は空気のような存在で、その成り立ちや仕組みに深く思いをはせたりはしなかった。変えたのは、福島での原発事故とその後の電力不足だ」と嘯いてるけど、今なお、「その成り立ちや仕組みに深く思いをはせない」
原発が無くても電力は足りていたにもかかわらず、「その後の電力不足だ」との言い草がその証左だな。

結局、「自由化でいちばん大切なのは、安くなるかどうか」だけ。
安ければいいと思えば、結局は、自分も安くこき使われることになる。
格差が広がる。
実は、それが「自由化」の目的。
「自由化でいちばん大切なのは、格差だ」

って言うと、「高いから、太陽光や風力の電気を使いたくないとか、多少でも安いから、原発や二酸化炭素排出の多い石炭火力の電気を使いたい人もいる」と言ったじゃないですカァ~、カァ~、カァ~、と鳴き喚くだろうけど、全く意味が違う。
福島原発事故の賠償・除染・収束、及び、他の原発の廃炉には膨大な費用がかかる。
国民が原発の電気を消費してきたのだから、それは国民が負担せざるを得ない。
それこそが「権利と責任とをもつことだ」
けど、「責任」を言い立てても、「負担」できなくなれば、どうしようもない。
国民の負担を抑えねば、脱原発は進まない。
だから、2014年12月13日の投稿昨年4月20日の投稿7月9日の投稿8月16日の投稿、そして、10月29日の投稿でも指摘したとおり、安価な石炭火力こそが脱原発を進める唯一の道。
そもそも、昨年6月14日の投稿で指摘したとおり、「二酸化炭素排出の多い石炭火力の電気を使いたくない」と喚いたのが福島原発事故を招いた一因なんだね。
「自由化でいちばん大切なのは、安くなるかどうかではなく、選べる権利と責任とをもつことだ」は破廉恥な詭弁で、「石炭火力の電気を使いたくない」は責任の放棄に他ならない。

しかも、再生エネは脱原発を阻害するだけ。
再生エネ業者が潤っても、福島原発事故の賠償・除染・収束や他の原発の廃炉は進まない。
昨年7月6日の投稿で採り上げた「教えて!電源構成」の第3回に見えるとおり、そんなもののために国民は1兆8千億円も支払ってる。
2014年5月7日の投稿でも指摘したとおり、再生エネが普及しても、福島第1原発から放出された核物質が消えてなくなるわけでもないし、原子炉が消えてなくなるわけでもないし、原発の核のゴミが消えてなくなるわけじゃないのだから、しかも、再生エネの電気は実のところ送電網に殆ど流れていないのだから、その金は福島原発事故の賠償・除染・収束、及び、他の原発の廃炉に使うべき。
「自由化でいちばん大切なのは、安くなるかどうかではなく、選べる権利と責任とをもつことだ」は醜悪な詭弁で、「多少高くても、太陽光や風力の電気を使いたい」は責任の放棄に他ならない。

しかも、電力自由化で9電力会社から乗り換えれば、その分だけ電力会社の収入が減る。
収入が減れば、電力会社はますます原発に固執する。
「どんな電気を選ぶかで供給側の改革を促す。自由化はそのための道具だ」は市民を欺く卑劣な詭弁。

しかも、「原発の電気を使いたくない」と言い立てて、電力会社から乗り換えるということは、2013年3月3日の投稿昨年7月1日の投稿で指摘したとおり、自分だけは福島原発事故の賠償・除染・収束の費用を負担したくない、ということに他ならない。
その分だけ、他人の負担が増える。
自分達が福島に原発を押しつけ、自分達もその電気を使ってきたくせに、「多少高くても、太陽光や風力の電気を使いたいとか、原発や二酸化炭素排出の多い石炭火力の電気を使いたくない人」は、実のところ、原発の電気を消費する「権利」だけを主張してるんだね。
「電気を使う側の意思と責任が目に見えて伝わる社会の必要性を考えるようになった」だと?
テメエらの「醜悪な意思と無責任が目に見えて伝わる」んだ、つ~の!
「自由化でいちばん大切なのは、今だけ、金だけ、自分だけ――そう思っている」んだよ。
それこそが格差社会を招いた真の原因。

2013年12月8日の投稿でも指摘したとおり、正しい知識がなければ、「選べる権利と責任とをもつこと」はできない。
IPCCの人為的温暖化説を真に受けているような愚か者は、再生エネが送電網に流れていないという事実を知らない愚か者は、「選べる権利と責任」と無縁。
そもそも、固定価格買い取り制度で、「太陽光や風力の電気」を全国民一律に強制的に買い取らせているのだから、「選べる権利と責任とをもつことだ」だの、「どんな電気を選ぶかで供給側の改革を促す」だのが、このメス犬の面のごとく破廉恥で醜悪な詭弁にすぎないことは明白。
それすら理解できない愚か者は「選べる権利と責任」と全く無縁。

昨年4月22日の投稿6月29日の投稿7月17日の投稿7月19日の投稿、そして、7月28日の投稿でも指摘したけど、固定価格買い取り制度は、国民が議論することなく、権力側が一方的に決めたこと。
2011年9月29日の投稿で採り上げた2011年6月29日の朝鮮日刊新聞邪説が「菅直人首相が『一定のめど』を口にしてから1カ月近く、やっと中身を明言した。第2次補正予算、特例公債法、再生可能エネルギー特別措置法の成立だという。はっきりしてしまえば驚く内容ではない。やれやれ、これでようやく政治の混乱が収まり、前へ動きだす・・・3条件は、どれも当たり前の内容だ。それを進めるために首相が進退をかけなければならないこと自体がおかしい・・・太陽光や風力の普及を図ることに異論はないはずだ」と喚き散らしたのは、その事実をハッキリと物語ってる。
電力自由化も権力側が一方的に決めた。
2012年12月8日の投稿で紹介したとおり、総選挙の最中に経済産業省と御用学者が電力自由化を決め、2013年7月6日の投稿で採り上げた2013年6月27日の朝鮮日刊新聞邪説が「そんな参院ならば、もういらない」と言い放ったのは、その事実をハッキリと物語ってる。
だから、「自由化でいちばん大切なのは、安くなるかどうかではなく、選べる権利と責任とをもつことだ――そう思っている」ということは、「お代官様が、私たち愚かな市民に『権利と責任』をお教えくださったんです――そう思っている」ということに他ならない。
「みなさんにも大事にしていただきたいと思っている」ということは、「お代官様から賜った『権利と責任』を大事にしていただきたいと思っている」ということに他ならない。
そんなこと言う輩が原発に反対するはずねえ。
昨年7月1日の投稿で採り上げた朝鮮日刊新聞邪説は「日本の原発は戦後、『国策民営』で進められてきた。『国民にどう思われようが、国に従っていくだけだ』。電力各社がそう考えているなら、危ういというしかない」と喚き立ててたけど、「お代官様から賜った『権利と責任』を大事にしていただきたいと思っている」のなら「危ういというしかない」
「選べる権利と責任とをもつことだ」と欺き、その実は、市民を権力の言いなりにさせる。
それがこのメス犬の役割。

「大きな犠牲を経て」とは、言うもでもなく、福島原発事故のことだな。
国土が汚染し、国民が被曝したことを、今なお、核汚染が拡大し、被曝が拡大していることを、何と思ってるんだ!
核汚染・被曝と電力自由化を取り替えることなどできはしない。
それどころか、先に指摘したとおり、電力自由化は原発事故の収束を阻害するだけ。
「それでも、大きな犠牲を経てたどり着いたこの機会を大事にしたい」とは、原発事故に乗じて電力自由化を推し進めよう、ということに他ならない。

「変えたのは、福島での原発事故とその後の電力不足だ」と嘯いてるけど、2011年8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、率先して原発安全神話を垂れ流して国民を欺き、福島原発事故を招いたのは、他ならぬ、朝鮮日刊新聞。
「選べる権利と責任とをもつ」なら、こんな新聞の購読は止める。
「使う側の意思と責任が目に見えて伝わる社会の必要性を考える」なら、こんな新聞の購読は止める。
そのことを理解すれば、「無関心が生んだ被害の余りの大きさ・・・それでも、大きな犠牲を経てたどり着いたこの機会を大事にしたい」の鬼畜さは明らかだろ。
国民を被曝させた上で、脱原発には電力自由化が必要と思い込ませる、ということだな。
「私たちがみなさんを被曝させてあげたのだから、大事にしていただきたいと思っている」んだよ、このメス犬は。

2016020601

このメス犬の面、どこかで見た覚えがあるなぁ。

!!!

眞須美じゃねえか?

2016020602
和歌山毒物カレー事件犯の眞須美

似てる。
いつの間に出てきたんだ!

こんちくしょう、またもや、毒を盛りやがったな。
早く死刑にしろ!

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