IPCC党と隠れIPCC党が、習近平様を守れ~、と協騒曲

モーツァルト「フルートとハープのための協奏曲」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

3月22日の投稿で「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因が人間活動によるCO2排出であることは、図2を見れば疑いようがない」と言ったけれど、槌田・近藤らの「気温が上がったからCO2が増えた」論の誤りは基本的な論理思考だけでも明らか。
「気温が上がったからCO2が増えた」と言い立てても、IPCCの人為的温暖化説を否定できないんだよ。
「気温が上がったからCO2が増えた」というメカニズム(自然法則)と、「CO2が増えたから気温が上がった」というメカニズムとは全く別物なのだから、「気温が上がったからCO2が増えた」と言い張っても、「CO2が増えたから気温が上がった」ことを否定したことにはならないんだね。
「気温が上がったからCO2が増えた」のだから「CO2が増えたから気温が上がった」は間違いと言うのは、ヘンリーの法則が正しいからステファン=ボルツマンの法則は間違い、と言うのと同じ。
全く馬鹿げている。
だから、IPCCの人為的温暖化説を論破するには、「気温が上がったからCO2が増えた」と言うだけでは不十分で、CO2が増えても気温は上がらない、または、殆ど上がらないことを示さなくてはならない。
ところが、CO2が増えても気温は上がらない、または、殆ど上がらないことを示せば、IPCCへの反論としては必要にして十分。
もはや、「気温が上がったからCO2が増えた」と言う必要は全く無い。
「気温が上がったからCO2が増えた」と主張するためには、CO2が増えても気温は上がらないことを示さざるを得ず、そうすると、「気温が上がったからCO2が増えた」という主張は無用になってしまうんだね。
「気温が上がったからCO2が増えた」論は自己否定に陥らざるを得ないから、その誤りは明らか。

それでも、気温が上がってもCO2が増えないことを直接証明していない、と言い張る輩がいるだろうから、さらに説明すると。
「気温が上がったからCO2が増えた」は下図を論拠にしてる。

2016032601
図1 「地球温暖化懐疑論批判」の「議論14」の図7

但し、この図を知っているのは日本人だけで、海外ではコチラが一般的。

2016032602
図2 「Global and Planetary Change,100(2013)51」より

もちろん、当ブログは日本人しか相手にしていないのだから、毛唐がテロで殺されようと私めの知ったことじゃないから、図1を使う。
3月22日の投稿で紹介したとおり、温暖化道化師の江守正多が「人間活動によるCO2排出量は長期的に増加が続いているので、以前に強いエルニーニョが起きた1997~98年ごろと比べても、3割以上増加しているのだ」と喚いてたから、図1で1997~98年のエルニーニョとその後のCO2増加を見ると、海面水温0.2℃の上昇でCO2濃度が3ppm増加してる。
平均海面水温の偏差と平均気温の偏差は同じだと仮定すると、そして、単純に比例すると、20世紀の気温上昇0.8℃に伴うCO2濃度の増加は12ppm。
1850年(CO2濃度は284.7ppm)以降2000年(CO2濃度は369.52ppm)までのCO2濃度の増加は85ppmだから、「気温が上がったからCO2が増えた」分は14%にすぎない。
これだけでも「気温が上がったからCO2が増えた」の誤りは明らかだろうけど、実は、12ppmよりも低い。

3月22日の投稿の図2に見えるとおり、CO2が急増したのは20世紀後半から。
1951年(CO2濃度は311.1ppm)以降2000年までのCO2濃度の増加は58ppmだから、7割は20世紀後半。
しかも、図1は1970年以降で、1971年(CO2濃度は326.32ppm)以降2000年までのCO2濃度の増加は43ppmだから、5割は1970年以降。
従って、単純に比例すると、1970年以降の30年間における「人間活動によるCO2排出量」は0.5×(85-12)=36ppm。
平均すれば、毎年1.2ppm。
そうだとすると、先に「海面水温0.2℃の上昇でCO2濃度が3ppm増加してる」と言ったけれど、3ppmのうちの1.2ppmは「人間活動によるCO2排出」だから、その分は差し引いて計算し直さねばならない。
つまり、「海面水温0.2℃の上昇でCO2濃度が3ppm増加」ではなく、「海面水温0.2℃の上昇でCO2濃度が1.8ppm増加」
だから、20世紀の気温上昇0.8℃に伴うCO2濃度の増加は7ppmに下がる。
従って、やはり計算し直すと、1970年以降の30年間における「人間活動によるCO2排出量」は0.5×(85-7)=39ppm。
平均すれば、毎年1.3ppm。
だから、再び計算し直さねばならない。
「海面水温0.2℃の上昇でCO2濃度が1.8ppm増加」ではなく、「海面水温0.2℃の上昇でCO2濃度が1.7ppm増加」で・・・と、結果が収束するまで計算し直し続ける必要があるけど、面倒だし、これ以上繰り返しても、結果に大きな違いは無いだろうから止めよう。
結局、1970年以降の大気中CO2濃度の増加43ppmのうちの39ppmは「人間活動によるCO2排出量」
「気温が上がったからCO2が増えた」の誤りは明らかだな。
図1は近藤邦明自身が描いたグラフだから反論不可能。

一方、図1に関して「地球温暖化懐疑論批判」はこうのたまってる。


なお、図6や図7に見られるような、CO2濃度が気温・水温に遅れて変化する関係は、長期成分を取り除いたり、時間微分に同等な操作をしたりなど、何らかの処理を施して2者の関係を強調しない限り明瞭には見えてこない。
なお、1990年代の平均的な人為起源CO2排出量は6.3GtC/yrである。この排出量のうち半分程度が海洋や森林などに吸収された場合に対応する大気中CO2濃度増加率を計算すると、1.5ppm/yrほどになる。これは図7における1990年代の平均的なCO2濃度上昇率とほぼ一致している。このことは、図7に見られる「水温の上昇・下降に関係ないCO2濃度上昇」が人為起源CO2排出によるものである、という考え方を支持するものである。


(「地球温暖化懐疑論批判」の33ページより)

1970年以降が1.5ppm/yrなら、30年間で45ppmになり、観測された値の43ppmを超えてしまうから、それはあり得ないけど、「人為起源CO2排出」は70年代、80年代よりも90年代の方が多いから、90年代に限れば1.3ppm/yrよりも大きい値になるだろう。
けど、それは江守正多らが正しいことを意味しない。
なぜなら、上で説明したとおり、図1から「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因が人間活動によるCO2排出であること」が明らかになったにもかかわらず、つまり、「時間微分に同等な操作をした」ればこそ、「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因が人間活動によるCO2排出であること」が明らかになったにもかかわらず、「何らかの処理を施して2者の関係を強調しない限り」とほざいてるから。
江守正多らは、私めのように図1を解析して「『水温の上昇・下降に関係ないCO2濃度上昇』が人為起源CO2排出によるものである」という結論に達したのではなく、「この排出量のうち半分程度が海洋や森林などに吸収された場合に対応する大気中CO2濃度増加率を計算すると、1.5ppm/yrほどになる」との言い草から明らかなとおり、始めから「『水温の上昇・下降に関係ないCO2濃度上昇』が人為起源CO2排出によるものである」と決めつけているだけ。
3月22日の投稿で指摘したとおり、江守正多らは「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因は人間活動によるCO2排出である、なぜなら、長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因が人間活動によるCO2排出だから」と喚いてるだけ。
そこに科学的考察は欠片も無い。

って言うと、IPCC信者は、結果として正しいから構わないんですぅぅぅ~、と泣き喚くだろうけど、そんなのを「結果として正しい」とは言わん。
正しい科学的考察をした結果として正しい結論を得るからこそ、「結果として正しい」のであって、何らまともな科学的考察もできない阿呆どもは、結果としても正しくない!

槌田・近藤の説は循環理論と図1の2つから成ってる。
彼らの循環理論に依れば、CO2を排出し続けても大気中のCO2濃度は数年で飽和状態に達するから、「気温が上がったからCO2が増えた」としか考えられず、それは図1で裏づけられたと言うのだけど、上で説明したとおり、図1からは、全く逆に「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因は人間活動によるCO2排出である」という結論が導かれる。
だから、「気温が上がったからCO2が増えた」のではなく、何らかの自然要因でCO2がブクブクと出てきた、と言わざるを得なくなるけど、前回の投稿で紹介したとおり、「人類は地球上で過去6600万年の間に起きた自然な温暖化のどれよりも10倍速いペースで、大気中に温室効果ガスを排出している」ことが分かったから、それもあり得ない。
ということは、槌田・近藤の循環理論も間違っている、ということ。
もちろん、それを明らかにすべきは、私めではなく、江守正多らのIPCC党。
ところが、これまた、何一つとしてまともな科学的説明ができない。
実際、「地球温暖化懐疑論批判」はこうのたまってる。


「人間活動によって放出されたCO2のうち、約3割が海洋や森林に吸収される」(5割と言った方が実態には近いが、槌田氏の議論に合わせて3割という値を使う)という表現がよくなされる。これは丁寧に言い換えれば、「森林や海洋はCO2を放出したり吸収したりしているが、地球全体では現在正味で吸収となっている。その1年間の吸収量は、同じ年に人間活動によって放出されるCO2量の約3割にあたる」という意味である(人間活動によって放出されたCO2分子が選択的に吸収されるという主張は含まれていないことに注意)。すなわち、槌田氏が主張しているような「ある年に人間活動によって放出されたCO2は、その年のうちに3割が吸収され、次の年には残りの7割のうちの3割がさらに吸収されるという過程が無限に繰り返される」という意味ではない。
したがって、人間活動によって放出されるCO2量をQ、森林や海洋による吸収量のQに対する割合をrとし、Qとrは時間変化しないと仮定すれば、大気中に残存するCO2量の正しい計算法は、
Q×(1-r)+Q×(1-r)+Q×(1-r)+・・・
ということになる。


(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論18」より)

「槌田氏が主張しているような『ある年に人間活動によって放出されたCO2は、その年のうちに3割が吸収され、次の年には残りの7割のうちの3割がさらに吸収されるという過程が無限に繰り返される』という意味ではない」と泣き喚いてるけど、何のことはない、やはり、「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因は人間活動によるCO2排出である」と始めから決めつけているだけ。
江守正多らの、と言うか、IPCCの主張では「人間活動によって放出されたCO2分子が選択的に吸収される」ことになるけど、それはあり得ないから、自然起源のCO2と人為起源のCO2が混ざって「海洋や森林に吸収される」ことを考慮すれば、先にも述べたとおり、大気中のCO2濃度は数年で飽和状態に達する、というのが槌田・近藤の循環論。
それに対して、「人間活動によって放出されたCO2分子が選択的に吸収されるという主張は含まれていないことに注意」と言い立てているけど、それなら、槌田・近藤とは別に、自然起源のCO2と人為起源のCO2が混ざって「海洋や森林に吸収される」ことを考慮した上で、「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因は人間活動によるCO2排出である」ことを示さねばならない。
それができないのなら、「Q×(1-r)+Q×(1-r)+Q×(1-r)+・・・」は「人間活動によって放出されたCO2分子が選択的に吸収されるという主張」以外の何物でもない。
「人間活動によって放出されたCO2分子が選択的に吸収されるという主張は含まれていないことに注意」は口先だけ。
結局、江守正多らは槌田・近藤に全く反論できない。

地球温暖化懐疑論批判」は上記の文章の後で、貯金の話に例えて自分達の正しさをアピールしてるけど、科学的な議論ができないから、身近な話題で親近感を持たせ、自分達の方が正しいと思わせるように誘導してるだけ。
3月11日の投稿で紹介したとおり、虫国野郎は「秋元(2014)の図のタイトルはミスリーディングだと思われる」と泣き喚いてたけど、テメエらこそ銭の話で「ミスリーディング」してるんだろ!
IPCC党は銭が大好きだから、な。

因みに、江守正多は気候の専門家でも、炭素循環の専門家でも何でもなく、目知識・耳知識だけの口先手八丁の輩にすぎない。
地球温暖化懐疑論批判」では伊勢武史ちゅう野郎が炭素循環の専門家のようだけど、お頭の程度は明らかだろ。
にもかかわらず、ナショジオはそんな阿呆を「日本のエクスプローラー」と持て囃してる。
お笑い種とはこのことだな。

こんな体たらくだから、IPCCの人為的温暖化説を疑っている人が、槌田・近藤に感化される、と言うよりも、毒されてしまうのは無理からぬ話だけど、既に説明したとおり、「気温が上がったからCO2が増えた」は誤り。
「長期的な傾向としての大気中CO2濃度の増加の原因が人間活動によるCO2排出である」ことは紛れも無い事実。
って言うと、槌田・近藤に毒された人は、「気温が上がったからCO2が増えた」への批判は敵(=IPCC)に塩を送る行為、と思うかもしれないけど、それなら、IPCC党と何ら変わらない。
2011年10月16日の投稿で紹介したとおり、IPCC党は、人為的温暖化説を信じてさえいれば、どんなに愚劣で下劣な輩でも決して批判しない。
(とは言うものの、2012年1月11日の投稿2月11日の投稿で紹介したとおり、増田耕一自体が愚劣で下劣の極みだから、それも理の当然だけど。)
「気温が上がったからCO2が増えた」を批判しないのなら、それと同じになってしまう。
IPCC党と同じなら、IPCCを批判するのは全く無意味。
しかも、上記の解説から明らかなとおり、「気温が上がったからCO2が増えた」を批判することで、同時に、IPCCの非科学性をも明らかにできるのだから、「敵の敵は味方」という論理には一分の利も無い。
科学的に間違っているIPCCも懐疑論も一刀両断にすべき。

しかも、「気温が上がったからCO2が増えた」論者は「敵の敵」じゃない。
3月22日の投稿で、中禍人糞凶和国にCO2を排出させて利を貪ってきた世界最上位0.1%の富裕層が、IPCCと完狂NPOを雇って温暖化を煽らせていること、であるから、IPCCの温暖化説は市民収奪のためのプロパガンダに他ならないことを指摘したけど、「気温が上がったからCO2が増えた」はその指摘に真っ向から異を唱える以外の何物でもない。
もちろん、槌田・近藤の循環論は中禍人糞凶和国がCO2を排出したこと自体は否定しないけれど、中禍人糞凶和国が大気中CO2濃度を激増させたことを、であるから、世界最上位0.1%の富裕層がCO2を排出して利を貪ったことを否定しているのだから、結局、温暖化プロパガンダの本質を覆い隠しているのであり、その意味では、IPCC党と同じ穴の狢。
「気温が上がったからCO2が増えた」論者は隠れIPCC党だ!
「気温が上がったからCO2が増えた」論者は習近平の犬だ!
IPCCと共にぶった切るべし!

って言うと、また、増田のアホが「地球温暖化にかかわる研究をしている科学者を笑いものにしているのか、温暖化懐疑論を笑いものにしているのか、よくわかりません」と喚くんだろうな。
キャハハ!

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