極東アジアの阿蘇草千里にて

ボロディン「中央アジアの草原にて」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

昨年12月4日の投稿で「南海地震の危機が差し迫っている高知県では・・・」と言ったけど、熊本・大分の地震は南海地震の前兆かもしれないぞ。
もちろん、今回の地震だけでも熊本は大変な被害だ。
これまた昨年12月4日の投稿で「『崖っ縁にいる』のは我々日本国民だぞ!」と言ったけど、東北の大震災以降、東海・東南海・南海の巨大地震が、そして、それら巨大地震の前後には活断層に因るM7級の内陸地震が懸念されてたんだね。
「STOP THE 温暖化詐欺」で解説しているとおり、そして、ブログでも解説し続けてきたとおり、IPCCが吹聴する人為的温暖化はデマだから、無意味な温暖化対策に使う資金は福島原発事故対策と防災に注ぐべきなのに、温暖化を煽り続けているから、またもや、国民が犠牲になったんだよ。
(もちろん、地震の発生は防げないし、実のところ、予知もできないけれど、防災を強化すれば犠牲は減らせる。)

高知県在住のツバル野郎が「最初の被害者は私の母国かもしれないが、次はあなた方だ」と泣き喚いてたけど、温暖化詐欺の被害者は我国だ。
ツバルで潮位上昇は認められないにもかかわらず、「最初の被害者は私の母国かもしれないが、次はあなた方だ」と喚き立てて、またもや、我が国民が犠牲になったんだ!
ツバルなんか温暖化で沈んでしまえ!
けど、沈まない。
昨年12月4日の投稿の図1に見えるとおり、ツバルでは1992年に潮位が急激に下がった。昨年8月29日の投稿9月9日の投稿で紹介したとおり、「米航空宇宙局(NASA)は、世界の平均海面水位が1992年から現在までに約8センチ上昇したと発表した」けれど、1992年を基準に取れば、海面が上昇したように見えるのは当然。しかも、1月22日の投稿で指摘したとおり、人工衛星の観測データからENSOを取り除けば、1993年から気温は殆ど上がっていない。つまり、1993年以降は人為的排出CO2に因るはずの気温上昇が認められない。1993年以降の海面上昇を真に受けたとしても、人為的排出CO2の結果であろうはずがないんだね。)

たとえ、IPCCの人為的温暖化説を真に受けたとしても、我国に責任は無いにもかかわらず、東北の大震災で多くの国民が犠牲になったにもかかわらず、虫国野郎は、2014年2月5日の投稿で紹介したとおり、「温暖化問題における加害者としての責任意識の欠落をもたらしたように思います」だの、昨年1月7日の投稿で紹介したとおり、「温暖化問題は、温室効果ガスの排出によって多くの人命が奪われるという、いわば大量殺人を未然に防ぐかどうかの『正義』の問題だという認識を持ち得なかった。誰が加害者で誰が被害者か、誰が利益を得て誰が殺されるのか、などを深く考えなかった」と日本国民を罵ったけど、温暖化詐欺は「誰が加害者で誰が被害者か、誰が利益を得て誰が殺されるのか」?
「最初の被害者は私の母国かもしれないが、次はあなた方だ」と喚き立てたツバル人が利益を得て、日本国民が殺されるんだね。
って言うか、殺されたんだね。
おい、こらっ、人殺しの虫国野郎、何か言ってみろ!

地球温暖化懐疑論批判」で虫国野郎に協力したのが、IPCC第5次報告書政策策定者向け要約の執筆者・江守正多。
3月11日の投稿で採り上げた論説でも虫国野郎に協力してる。
江守正多は虫国野郎と同じ穴の狢。
その証拠に、上でも述べたとおり、福島原発事故と近い将来の震災が日本国民の最大の懸念である、と言うよりも、熊本で大震災が起こったから、最大の懸念であったにもかかわらず、昨年12月15日の投稿で紹介したとおり、「日本人は特にわかっていない」と喚き立てたんだね。
さらには、3月18日の投稿で紹介したとおり、「気候正義」と言い放ち、「日本国内では現時点でこの規範はまったくといってよいほど共有されていないだろう」だの、「日本ではその動機のところで『気候正義』といった倫理観が共有されておらず」だのと罵り散らしたんだよ。
おい、こらっ、江守正多!
福島原発事故対策と防災を阻害して、日本国民を殺すのがテメエの「正義」か!
日本国民を殺すのがテメエの「倫理観」か!
何か言ってみろ!!

3月14日の投稿で紹介したとおり、鬼畜左翼は「パリ協定後の世界と日本」と題するシンポジウムを開催し、江守正多を招いて温暖化を煽り立てた。
結局、記事にはならなかったけど、鬼畜左翼と共にシンポジウムを主催した名古屋のブーが自ら動画をアップロードしてる。

IPCCが吹聴する人為的温暖化のデタラメは完全に露呈しているにもかかわらず、尚も温暖化対策を煽り立て、その半月後に熊本でまたもや大震災が起こったんだよ。
象徴的だな。
昨年9月9日の投稿で採り上げた朝鮮日刊新聞邪説は「将来世代も含め、人々の命と暮らしを守る。そんな長期的な視点で、各国が合意のために一層の努力をすべきである」と喚き立てたけど、真実は真逆であること、温暖化詐欺が「人々の命と暮らしを奪う」ことを象徴してるな。
これまた3月14日の投稿で紹介したとおり、「保育園落ちた日本死ね・・・声をあげたい人は多く」と囃し立ててたけど、左翼リベラルは本気で「日本死ね」と思ってるんだね。

その証拠に、熊本で多数の死傷者が出ているにもかかわらず、こんな記事を書いてた。


ブログに負けたの新聞だ このブログのどこがすごかったのか? ココハツ
2016年4月16日16時30分
「保育園落ちた 日本死ね!!!」という匿名ブログの起こすうねりの中、記者は無力感に襲われていた。ブログが書かれる前の1年間の朝日新聞の記事で「待機児童」と検索すると389件。問題は繰り返し書いてきたのに。読まれていないだけなの? 負けた理由は何?

2016041901
このブログのどこがすごかったのか?


(朝日新聞デジタル)

これは夕刊の記事だけど、朝刊でもこんな記事を掲載してた。


(わたしの紙面批評)#保育園落ちたの私だ ネット上の「声」、より的確な反応を 宇野重規さん
2016年4月16日05時00分
「保育園落ちた日本死ね」。一人の母親の書いたブログ記事が、日本の政治とメディアを激しく揺さぶっている。その衝撃は多くの人が思っている以上に深く、遠くにまで及ぶのではないか。
この記事がネットの匿名サイトに掲載されたのは2月中旬のことである。その直後から、さまざまなネットメディアに転載、引用され、大きな反響を呼んだ。共感する声が圧倒的であり、「#保育園落ちたの私だ」というハッシュタグ(検索ワード)がつくられ、「よくぞ言ってくれた」という投稿が殺到した。
これに対し、新聞メディアの反応は、いかにも遅かった。このブログを民主党(当時)の山尾志桜里議員が国会で取り上げたのが2月29日、朝日新聞の最初の記事は3月4日付夕刊社会面の「待機児童問題 広がる共感」だった。ブログの紹介やネットの反響を含め、報道の内容も的確である。ただ正直なところ「今頃になって?」という感想を否めなかった。
政治の反応はさらに遅かった。山尾議員の質問に対し、安倍晋三首相は「匿名であるので確かめられない」、議場からは「誰が書いたんだよ」とやじが飛んだ。これに対する反発が広がり、「1億総活躍」を掲げる安倍政権は一転、待機児童問題の改善を必死にアピールせざるをえなくなる。「大したことはない」という政治の思惑を、ネット世論がひっくり返したという意味で画期的な出来事であった。
この事件が新聞や国会で取り上げられると、「言い方が乱暴だ」、「日本死ねとはどういうことだ」という反発も見られるようになる。たしかに、ブログ記事は怒りと絶望感にみちている。ヘイトスピーチにも通じる文体であるのはたしかだ。
とはいえ、3月27日付朝刊コラム「政治断簡」で政治部の高橋純子記者が「おなかの底から発せられた主体的な言葉は、世界を切りひらく力を、もっている」と書くように、ブログの破壊的ともいえる文体は、多くの人に「それはまさに自分の問題だ」と思わせるパワーをもっていた。
しかしながら、「保育園落ちた」事件で本当に重要なのは、文体の問題ではない。より重要かつ深刻なのは、知や情報の世界における権威の変化であり、それに対する政治やメディアの反応の遅れである。
この問題については、これまでも多くの報道がなされ、指摘がなされてきた。にもかかわらず、今回のブログ記事ほどの反響を呼んだものはまれである。誰が書いたのかもわからないブログ記事の方が世論に影響を与え、政治やメディアがそれを後追いした今回の出来事は、ネット社会のあり方を考える上で示唆的である。
新聞やテレビといったメディアが力をもったのは、「今の世の中で、これが重要だ」という判断基準を示すことにあったとすれば、その力はネットに奪われつつある。今や、新聞もテレビも平気で「ネットで注目の話題」を紹介する時代である。伝統的メディアとしての存在意義が問い直されている。
その意味で、単に現象を後追いするだけではなく、問題をじっくり考える材料を提供することは新聞の重要な役割だ。例えば3月10日付朝刊3面「保育制度充実を2万7千署名」は「保育園落ちた」を切り口に、背景となる要因を考察していて読み応えがある。
現在、安倍政権の取り組みにもかかわらず、再び待機児童の数が増えている。小規模保育所の支援などが打ち出されているが、保育士の待遇が悪く、必要な数の確保は容易でない。朝日はこれまで精力的に取り上げてきたが、さらに手厚く報じてほしい。
ネット上における新たな「人々の声」の噴出に対し、政治とメディアはいかに的確に反応できるか。かつその上で、自らの主体性を示せるか。重要な転機になりそうだ。

(記事は東京本社発行の最終版)
◆原則第3土曜に掲載します。

うのしげき 東京大学教授 1967年生まれ。専門は政治思想史、政治哲学。著書に「〈私〉時代のデモクラシー」「民主主義のつくり方」など。


(朝日新聞デジタル)

「『保育園落ちた』事件で本当に重要なのは、文体の問題ではない。より重要かつ深刻なのは、知や情報の世界における権威の変化であり、それに対する政治やメディアの反応の遅れである」だと?
「ネット上における新たな『人々の声』の噴出に対し、政治とメディアはいかに的確に反応できるか。かつその上で、自らの主体性を示せるか。重要な転機になりそうだ」だと?
それなら、人為的温暖化説のデタラメを告発する当ブログをメディアが紹介するか?
しない。
安倍こべに、「ネット上における新たな『人々の声』」を封殺して、「知や情報の世界における権威」を擁護するために、「パリ協定後の世界と日本」と題するシンポジウムを開催したんだね。

「『保育園落ちた日本死ね』。一人の母親の書いたブログ記事が、日本の政治とメディアを激しく揺さぶっている。その衝撃は多くの人が思っている以上に深く、遠くにまで及ぶのではないか」だと?
そのブログは社会科学的な分析をしてるのかね?
昨年10月29日の投稿で採り上げた朝鮮日刊新聞記事は「石炭政策 ニッポンの独りよがり」と喚いてたけど、そのブログは「保育園落ちた日本死ね」と独りよがりしてるだけだろ。
それに対して、昨年10月15日の投稿12月6日の投稿12月8日の投稿12月15日の投稿3月22日の投稿、そして、3月26日の投稿に見えるとおり、当ブログはIPCC第5次報告書政策策定者向け要約の執筆者である江守正多のデタラメと誤魔化しを科学的にきちんと説明してる。
それともなに?
科学的に説明しているから、「多くの人に『それはまさに自分の問題だ』と思わせるパワーをもっていない」と言うのかね?
科学的な説明もせずに、「虫国野郎死ね」、「江守正多死ね」、「名古屋のブー死ね」と書いたら、「日本の政治とメディアを激しく揺さぶ」るのかね?

そんなことはねえ。
「日本死ね!!!」と喚いたから、左翼リベラルが大悦びして飛びついただけ。
(常識で考えたら分かるけど、子どもを保育園に預けることができないから生活に困窮するような母親が、ブログなんて書いてる余裕があるわけない。そのブログ自体がやらせ、もしくは、チョンコロが「日本死ね!!!」と喚いてるだけ。)
「匿名ブログの起こすうねり」ではなく、つまり、「匿名ブログ」が「うねりを起こした」のではなく、心の中で「日本死ね!!!」と思い定めている左翼が、その醜悪なブログを利用して、「日本死ね!!!」の「うねり」を起こそうとしているんだよ。
実は、己らが意図的に煽り立て、それを誤魔化すために「ブログに負けたの新聞だ」と嘯き、市民を欺き唆しているんだね。
温暖化プロパガンダと同じだな。
そして、上で指摘したとおり、温暖化プロパガンダも「日本死ね」
だから、片や、当ブログ等の「ネット上における新たな『人々の声』の噴出」は徹底的に封殺し、片や、「このブログのどこがすごかったのか」と囃し立てるんだね。

「日本死ね!!!」と言うのは、すなわち、「熊本死ね!!!」と言うこと。
温暖化プロパガンダが防災を阻害し、またしても被害拡大を招いたから、震災の最中に「『保育園落ちた 日本死ね!!!』という匿名ブログの起こすうねり」とはしゃいでるんだよ。

2016041902

雉子車落ちた、名古屋大学大学院環境学研究科死ね!
雉子車落ちた、環境研究所死ね!!
雉子車落ちた、IPCC信者の左翼リベラル死ね!!!

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