今年もボジョレー・ヌーボー万歳!

モーツァルト「後宮からの誘拐」より「バッカス万歳」(ハンガリー語での歌唱)

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

最寄のアメダスによれば、昨日の朝の最低気温は、なんと、7.9℃!
羽毛布団が無いと寒くて眠れない。
昨晩から曇り出し、今朝も雲ってたから、放射冷却が弱まって、今朝の最低気温は9℃だったけど、やはり、羽毛布団が必要。
10月から羽毛布団が必要になるなんて、何年ぶりかな?
100年ぶりだろ。(嘘)

話はコロッと変わって。
10月17日の投稿で「天高く馬肥ゆるマーラー」と言ったけど、あれはカラヤンの反則技で、秋はやっぱりブラームスやの。
昨日のような秋空には、ブラームスのピアノ協奏曲第2番で決まり!
演奏はアラウ&ジュリーニ・フィルハーモニアで決まり!
爽やかな秋空を見上げて、実りの季節の充実感に浸り、それでいながら、一瞬、フッと寂しさがよぎる、というような演奏。
ほとんどのピアニスト、特に、最近のピアニストの音は圭角が立っている、と言うか、一音一音の輪郭がハッキリしているけど、アラウのピアノは響きに丸みと厚みがあり、そのくせ、南米(チリ)生まれの故か、何処かしら表情が明るいので、巧まずして、実りの季節の充実感を表現している。
もちろん、それにはオーケストラも大きく寄与してる。
ウィーンフィルやベルリンフィルに比べたら音は軽薄だけど、この時代のフィルハーモニアには爽やかさが漲っていて、ジュリーニの指揮も、この時代はイタリア人らしい明晰さと歌謡性がバランスしてて、アラウの音・表情と好対照を成し、それが故に、爽やかな秋空の下の実りと喜びを感じさせる。
さらに、この好対照性から、巧まずして、一瞬の寂しさも滲み出てくる。
(この寂寥感は曲自体が持っているもので、演奏者が意識的に表現するものじゃない。爽やかな秋空の下の実りと喜びを十全に表現できて、それも、巧まずに表現できて、始めて、自然に出てくるもの。)
我が家にはアラウ&ハイティンク・コンセルトヘボウのLPもあるけど、それがあまり印象に残っていないのは、一つには、アラウの音とコンセルトヘボウの音が同系色だからではなかろうか?
(モノラル録音ながら、バックハウス&シューリヒト・ウィーンフィルのLPもあるけど、それも印象に残っていない。)
ジュリーニとの録音の方が10年以上も前だから、アラウも未だ覇気に満ちていた、ということもあるだろうけど。
ある程度、覇気を保っている年齢でないと、「実りの季節の充実感」が出てこない。
このような真に充実した名演で名曲を聴くと、銘酒のごとく五臓六腑に染み渡るから、その日は他の曲を聴く気になれない。
1月8日の投稿でも指摘したとおり、普通の市民はバッハ・ヘンデル以降の名曲を聴くだけでも時間が足りないのだから、自分の好みに合う録音に出会えば、それ1枚で十分。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番はアラウ・ジュリーニ盤だけで間に合う。
(もちろん、聴き比べはクラシックの醍醐味の一つだから、しかも、この曲は大ピアニストたちが録音しているから、2枚目、3枚目を持つことを否定はしない。私め自身が買うなら、ホロヴィッツ&トスカニーニ。FMで聴いた限りだけど、そして、音も古いし、ブラームスらしくはないけど、ピアニズムに徹したホロヴィッツの演奏はやはり凄い。)

というわけで、本題に入って、これ。


ボージョレ初荷、到着=来月17日に解禁-羽田空港
2016/10/29-10:29
フランス東部ブルゴーニュ地方で造られたワインの新酒「ボージョレ・ヌーボー」の初荷が29日朝、ドイツ・フランクフルト発の全日空機で羽田空港に到着した。11月17日の解禁に向け、全国の小売店や飲食店に出荷される。
解禁日が毎年話題となるボージョレ・ヌーボーだが、近年は人気が落ち着いている。ワイン輸入のサントリーワインインターナショナル(東京)の推計では、今年の輸入量は前年比4%減の51万ケース(1ケース12本)となる見通しだ。
同社の新村聡輸入ブランド部長は今年のボージョレについて、「春先は日照が少なく、気温が低いなど天候不順があったが、収穫前の1カ月半は記録的な好天に恵まれた。酸度と糖度のバランスが一番良い形に仕上がった」と話した。

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羽田空港に到着し、報道陣にお披露目された2016年の「ボージョレ・ヌーボー」=29日午前、東京都大田区


(時事ドットコム)


ボージョレ、今年は新酒らしい味わい 11月17日解禁
2016年10月29日11時25分
フランス産ワインの新酒「ボージョレ・ヌーボー」が29日朝、関西空港に到着した。関空では11月5~9日が到着のピークで、販売解禁は11月17日午前0時。
初荷は独・フランクフルト空港から届いた2640本(3.2トン)。税関職員が箱から瓶を取り出し、原産地などを確認した。輸入元のサントリーワインインターナショナル(東京)は「初夏まで気温が低くブドウの生育が遅れたが、その後好天に恵まれた。昨年よりアルコール分は低いが新酒らしい味わいになった」としている。同社は昨年より9%増の1267トンを輸入するという。(村上潤治)


(朝日新聞デジタル)

そこで、NOAAのNCEPを調べると、

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図1 今年3月の全球平均気温偏差(NOAA・NCEP)

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図2 今年4月の全球平均気温偏差(NOAA・NCEP)

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図3 今年5月の全球平均気温偏差(NOAA・NCEP)

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図4 今年6月の全球平均気温偏差(NOAA・NCEP)

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図5 今年7月の全球平均気温偏差(NOAA・NCEP)

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図6 今年8月の全球平均気温偏差(NOAA・NCEP)

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図7 今年9月の全球平均気温偏差(NOAA・NCEP)

「初夏まで気温が低くブドウの生育が遅れた」のとおり、腐乱巣では3月から7月までの気温は低かった。
幸い、「収穫前の1カ月半は記録的な好天に恵まれ」のとおり、8月には平年並みに戻り、9月には気温が上がったから、何とか物になったんだろ。
「新酒らしい味わい」っていうのは、あまり出来が良くない、ということ。
売り手が、今年の出来は悪い、なんて言うはずないから、ね。
昨年11月19日の投稿で紹介したとおり、昨年は気温が高かったから「50年に1度の出来栄え」だったけど、今年は気温が低かったので「新酒らしい味わい」
IPCCのアホどもは、温暖化でボジョレーではワインが造れなくなるんですぅぅぅ~、と泣き喚いてるけど、気温が低かったら、良いワインは造れないんだね。
9月3日の投稿でも紹介したとおり、IPCCのアホどもは、未だにホッケー・スティックを握り締めてるけど、つまり、1900年以前が正常な気候、と言い立ててるけど、1900年以前の気温に下がってしまったら、ボジョレー・ヌーボーは一滴も飲めねえよ!

CO2を排出し続ければ、確かに、気温が1℃以上は上がる。
けど、ボジョレー・ヌーボーから明らかなとおり、それは何ら問題ではない。
それは最新の研究からも明らか。


温暖化で環境激変か、地中海沿岸地域 研究
2016年10月28日 11:34 発信地:マイアミ/米国
地中海沿岸地域では、地球温暖化によって過去1万年で経験したことのないような環境の変化が起こる可能性が高いと警告する研究結果が27日、発表された。これにより、森林の樹木構成に変化が生じ、欧州の一部が砂漠化するという。
生物多様性が脅かされている「ホットスポット」の一つとして知られる地中海地域では、温暖化が急速に進行している。
米科学誌サイエンスに掲載された論文「Science,354(2016)465」によると、現在の地中海沿岸地域の気温は1880~1920年の期間に比べ、すでに1.3度上昇しているという。世界の他の地域では、産業革命以前比で平均約0.85度上昇となっている。
世界の指導者らは昨年仏パリで、世界平均気温の上昇幅を産業革命前の水準から2度未満にとどめる目標を掲げ、その上でさらに厳しい水準となる1.5度に向け取り組むことで合意した。
研究チームは、地中海沿岸地域が将来的にどのように変化するかをシミュレートするため、堆積物に含まれる花粉の芯を分析。ここで得られるデータからは、過去1万年にわたる気候と生態系の変化を知ることができるのだという。
研究では、化石燃料の使用とそれに関連する温暖化の勢いが弱まらず、今世紀末まで「現状維持」になるとの条件の下、広範囲の地形がどのように変化するかを予測した。
仏エクス・マルセイユ大学のウォルフガング・クラマー(Wolfgang Cramer)氏とジョエル・ギオ(Joel Guiot)氏が主導した研究論文によると、シミュレーションの結果は「スペイン南部全域が砂漠化する」というものになったという。
他方で、山地の大半では落葉樹が繁茂するようになり、また同地域に現存するの落葉樹林の大半が低木地の草木に取って代わられることも予想された。
これらの変化は、地球が過去1万年間に経験した水準を「大幅に上回る」と考えられる。「生態系の変化が過去1万年に経験された上限の範囲内にとどまるのは、世界気温の上昇を産業革命前より1.5度に抑えるシナリオに従う場合に限られる」と研究者らは述べている。
ただ、1.5度未満に抑えられた場合でも、状況は予測よりはるかに悪化する可能性がある。今回の最新分析では、都市化や土壌侵食、土地利用の変化などの、生態系に対するその他の人為的影響が考慮されていないためだ。


(AFP)

温暖化対策の愚」と「IPCC第5次報告書の市民向け要約」の第9節で解説しているとおり、CO2を排出し続けても、「世界気温の上昇が産業革命前より1.5度」になることはない。
だから、CO2を排出し続けても、「生態系の変化が過去1万年に経験された上限の範囲内にとどまる」、つまり、自然変動の範囲内に止まる。
問題なのは「都市化や土壌侵食、土地利用の変化などの、生態系に対するその他の人為的影響」
気温上昇の停滞と人為的温暖化説の破綻」の[注1]で解説しているとおり、我国の平均気温には「都市化や土壌侵食、土地利用の変化などの、生態系に対するその他の人為的影響」が表れているけど、「現在の地中海沿岸地域の気温は1880~1920年の期間に比べ、すでに1.3度上昇している」のも全く同じ理由。
にもかかわらず、「温暖化対策」と称して、さらなる生態系の破壊を招いてる。


伊藤忠、太陽熱発電に参入 スペインで発電大手と
12年に発電所稼働、アジアでも共同展開
2010/12/20 2:03
伊藤忠商事は太陽熱発電事業に参入する。スペインの有力企業と共同で2012年に同国南部に発電所を建設し、稼働させる。総事業費は5億ユーロ(約550億円)を超え、伊藤忠の投資額は約80億円となる見通し。プロジェクトには三井住友銀行など邦銀が融資するほか、日本貿易保険(NEXI)も保険を付与する。太陽熱発電は安定した収益が見込めるため、伊藤忠は欧州のほかアジアでも事業を展開する。
太陽熱発電は多数の鏡…


(日本経済新聞 電子版)

こんなことしてたら、そりゃ「スペイン南部全域が砂漠化する」わな。
それに関与しているのが、死の商人=伊藤忠
2013年2月17日の投稿で紹介したとおり、我国の商社は、スペインの生態系を破壊し、スペイン市民を収奪している。
その連中と一体になっているのが、昨年12月6日の投稿で紹介したとおり、江守正多らのIPCCであり、昨年1月8日の投稿で紹介したとおり、気候ネットワークの鬼婆らの奸凶NPO。

さらに、スペインだけでなく、地中海対岸の北アフリカでも、「温暖化対策」と称して、生態系の破壊を推し進めてる。


地中海に海底送電網 北アフリカで太陽熱発電、仏政府が計画
2010/7/6 10:47
【パリ=古谷茂久】フランス政府は5日、北アフリカで太陽熱を利用して発電した電力を、地中海底を経て欧州に送る送電網を敷設すると発表した。欧州企業が中心となってインフラを整備し、2020年には500万キロワットの電力をアフリカ側から欧州側に送電する。気候変動対策のほか、欧州が自前のエネルギーで電力を確保する安全保障上の狙いもある。
「トランスグリーン」と名付けたこの計画には仏政府のほかアルストムやアレバ、フランス電力などの仏企業や、スペインのアペンゴア、ドイツのシーメンスなどが参加。モロッコやアルジェリア、チュニジアなど地中海の南岸から、仏やスペイン、イタリアなど北岸に向けて海底に複数の高圧電線を敷設し、欧州の送電網と連結する。
平均的な原子力発電所約4基に相当する500万キロワットの送電能力を20年までに整備し、その後も順次拡大していく計画だ。海底を通る送電網の整備に必要な資金の規模は明らかにしていない。
仏独両政府は太陽エネルギーに恵まれた北アフリカに大がかりな太陽熱発電網を構築し、20年には2000万キロワットの電力を太陽エネルギーで発電する計画を進めている。また、独企業連合もサハラ砂漠に太陽熱発電施設群を設置し、欧州向けの電力基地とする計画を掲げている。仏政府の計画は、こうした施設で発電した電力を効率よく欧州に供給するためのインフラとなる。
欧州諸国は20年までに全エネルギー需要の20%を再生可能エネルギーでまかなう目標を掲げている。欧州域内では風力発電が主流だが、晴天が多く日光が強い北アフリカでは、太陽光と熱を反射鏡で集めて発電する仕組みが適しているとされている。


(日本経済新聞 電子版)

砂漠を緑化せずに、こんなことしてたら、そりゃ、地中海沿岸地域は「温暖化で環境激変」するわな。
「温暖化対策」でボジョレー・ヌーボーも壊滅だね。
バ~カ!

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IPCC信者が、世界の「核心」であらせられる習近平様に跪け、沖縄の「ぼけ、土人が」、と狂騒曲

バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第6番」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

前回の投稿の始めに引用した朝鮮日刊新聞記事には「ハンス・クナッパーツブッシュ、カール・シューリヒトら名指揮者の本領や、長大で難解とされていたブルックナーの交響曲をレコードのライナーノートや雑誌などでわかりやすく解説」と書いてたけど、我が家にはシューリヒトが指揮したブルックナー第7番のLP(ハーグフィルを振ったコンンサートソサイアティ盤)もあり、それも宇野功芳がライナーノートを書いてる。
クナッパーツブッシュの第8番はカスだったけど、こちらは秀演。
(但し、オケが弱いのが玉に瑕。)
逆に言えば、私めがシューリヒトのブルックナーを素晴らしいと感じたのは、クナッパーツブッシュのブル8をつまらないと感じたのが、私めの耳が悪いからではないという証拠であり、宇野功芳がクナッパーツブッシュを贔屓偏頗しているにすぎない証拠。

前回の投稿で言及したとおり、ブルックナー第7番のCDではカラヤン盤(EMI盤)を持ってる。
「クラシックの名曲・名盤」の中で宇野功芳は「(ブッルクナーの交響曲は)大宇宙そのものだ」と書いてるけど、それはカラヤンのブル7にこそ当て嵌まる。
もちろん、宇宙で音は聴こえないけれど、これを聴いていると、天体が轟音を立てながら自転・公転したり、銀河が神秘な音を立てながら回転するのが聴こえるような気になる。
また、暗い宇宙の中に星が優しく瞬く、かと思えば、突如、超新星が現れて光が溢れるような感覚に襲われる。
決してSF映画のBGMではなく、カラヤンの作り出す音響空間が、そのまま、宇宙空間になってしまうんだよ。
このことに気づくと、10月17日の投稿で採り上げたマーラーの第5番とは違う意味で、病みつきになる。

我が家には宇野功芳がライナーノートを書いてるLPが他にもある。
一番古い録音は、メンゲルベルクのチャイコフスキー交響曲第6番。
これは第1楽章がルバートとポルタメントを濫用した甘美極まりない演奏。
但し、第2楽章以下は平凡。
録音も古すぎるから、一般には推薦できない。
この曲の最高の録音は、やっぱり、カラヤン(ベルリンフィルとのEMI盤)。
メンゲルベルクはやりすぎだけど、この曲の場合、やはり、メランコリックにセンチメンタルに美しく歌わせてほしい。
そうでなければ、この曲を聴く意味は無い。
その点、カラヤンの演奏は過不足が無く、文句のつけようが無い名演。
もちろん、迫力も十分。
メンゲルベルクは第3楽章が甘っちょろいけど、カラヤンは音圧で体が吹っ飛びそうな迫力。
これでなきゃ、ね。
チャイコフスキーの交響曲第6番なんて1枚あれば十分だから、カラヤン盤だけ買えばよろし。

それから、例のウラニアのエロイカ(フルトヴェングラーが1944年にウィーンフィルを振ったライブ録音)。
これは、宇野功芳でなくても、誰が聴いても圧倒される演奏。
トスカニーニ・NBC(これも我が家にLPがある)、ワルター・コロンビアと並ぶ録音。
演奏は三者三様であり、この3枚があればエロイカはほぼ尽きている。
けど、私めが敢えて1枚選ぶなら、ワルター。
人生の最終点に至った指揮者が、全く逆に、生命の泉がこんこんと湧き出てくるような瑞々しい演奏を成し遂げているのは、真に驚愕であり、感動的。

それから、シベリウスの交響曲第2番。
カラヤン指揮者コンクール第1回優勝者のオッコ・カムが、優勝のご褒美にベルリンフィルと録音した演奏。
ライナーノートで宇野功芳は、演奏に関しては一言も無く、楽曲の解説をしているだけであり、ということは、この演奏を評価していないということだろうけど、私めがこれまでに聴いた中ではこれが最高の演奏。
全曲にさわやかな息吹きが横溢していて、素晴らしい。
ベルリンフィルも、この当時はカラヤン以外の指揮者との録音は皆無で、カラヤンと大量の録音をし続けていたから、カラヤン以外の指揮者と録音できることに喜びを感じ、若手指揮者を支えようとの意気に溢れていて、生き生きとした演奏になってる。
若い指揮者だからこそ可能な演奏。
って言うと、若い指揮者ならさわやかな演奏をするのが当然、と思うかもしれないけど、実は、そういう例はほとんど無い。
これ以外では、若きティルソン・トーマスがボストン交響楽団を振った、チャイコフスキーの交響曲第1番とストラヴィンスキーの「春の祭典」のみ。
(どちらも、同曲最高の演奏の一つ。)
その意味でも価値の高い録音。

シベリウスと言えば、そのヴァイオリン協奏曲に関して、宇野功芳は「クラシックの名曲・名盤」の中で、チョン・キョンファの演奏を、これぞ至高の演奏、とばかりに絶賛してる。
それを真に受けた、と言うわけではないのだけど、録音も1970年で手ごろな価格だったし、そこそこの演奏なのだろうと期待して、私めも購入したのである。
ところが、だ。
今までにこんなひどい演奏聴いたことねえ。
(LPではオイストラフの演奏しか聴いたことが無いけれど、FMでそれ以外の演奏を幾つも聴いている。)
わざとらしく持って回った表情づけ故に、音楽の流れが自然さを欠き、全般的にこせこせした印象で、シベリウスの音楽の魅力からは程遠い。
最低最悪!
こんな演奏を絶賛するなんて、耳悪すぎ!
金返せ!
で、ハイフェッツを買い直した。
ハイフェッツというヴァイオリニストは、情緒に流されず、もちろん、民族色などには目もくれず、温かみに欠けると感じるほどに、インテンポで押し通すけれど、一貫した音楽の流れを作り出している。
ハイフェッツと聴き比べると、チョン・キョンファのダメさがよく分かる。

って言うと、左翼リベラルは、あんたは右翼だから、韓国人のチョン・キョンファを貶しているだけですぅぅぅ~、ヘイトスピーチですぅぅぅ~、と泣き喚くだろうけど、そんなことはねえ。
宇野功芳は「クラシックの名曲・名盤」の中で、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲(第3番)でもチョン・キョンファをバカみたいに絶賛してて、やはり、私めはそれを購入したんだけど、そちらは良い演奏。
特に第3楽章の入りは、男装の麗人、ってな感じでカッコイイ。
とは言うものの、所詮は宝塚にすぎないけど。
(もちろん、あれは女が見るもんだから、私めは見たことねえが。)
サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲なんて宝塚レベルの音楽だから、1枚あればよく、1974年のデッカ録音だから音も良く、演奏も良く、価格も手ごろのチョン・キョンファ盤は推薦できる。
(但し、チョン・キョンファがこんな程度の曲を真剣に弾いているのに対し、FMで聴いたフランチェスカッティは、こんな曲は一杯引っかけてから弾くもんよ、ってな感じの演奏で洒落てた。)

チョン・キョンファの演奏では、コンドラシン指揮のウィーンフィルと共演したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のCDも持ってる。
これは文句無く素晴らしい演奏。
但し、この演奏で主導権を握っているのは指揮者のコンドラシン。
コンドラシンは年食ってから亡命したので、亡命後の彼の指揮には、遥かに故郷を思う気持ちが満ち満ちている。
それが最もハッキリと表れているのが、コンセルトヘボウを振ったリムスキーコルサコフのシェヘラザード。
クラシック音楽入門用の通俗曲と見なされているけど、コンドラシンの演奏はシェヘラザードを芸術にまで高めたと言える。
このベートーヴェンでは、故郷を思う気持ちがより普遍的な「遥かなる思い」として表れていて、曲の本質と見事に合致している。
シベリウスやサンサーンスではバリバリ弾きまくってたチョン・キョンファも、ここではコンドラシンの意を汲んで弾いているので、感心した。
同曲最高の演奏の一つと断言できる。
ところが、宇野功芳は、あれだけチョン・キョンファを称賛しながら、「クラシックの名曲・名盤」の中で推薦しているのは、シェリング&イッセルシュテット・ロンドン響盤。
そのLPも我が家にあり、何回か聴いたけど、そして、確かに立派な演奏ではあるけど、チョン・キョンファ盤の魅力には遠く及ばない。
三流の曲で絶賛し、一流の曲ではその良さが分からないなんて、やっぱり、耳悪いな、宇野功芳。

但し、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲で私めの一番のお気に入りは、ウト・ウーギ&サヴァリッシュ・ロンドン響。
初夏のさわやかな風の中で野鳥がさえずるようなヴァイオリンが堪らねえ。
毎年ゴールデンウィークの前後には必ず聴く。

左翼リベラルの鬼畜ども。
奸凶NPOの外道ども。
IPCCの阿呆ども。
俺様の高尚さを思い知ったか!
ハッ、ハッ、ハッ!

というわけで、本題に入って、これ。


習近平総書記「党の核心」 礼賛繰り返される理由は?
北京=延与光貞
2016年10月29日07時19分
中国共産党が27日に閉幕した第18期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で、習近平(シーチンピン)総書記を初めて「党の核心」と位置づけたことを受け、国営メディアや党中央は28日、その正当性を強調する宣伝を始めた。「核心」と繰り返して習氏を礼賛し、権威がより高まったことを印象付ける狙いだ。
人民日報は「習総書記は内政、外交、国防で大きな成果を出し、すでに核心になっていた。(核心との位置づけには)全ての党、軍、人民の共同の願いが反映された」と礼賛した。
この日は、反腐敗を担う中央規律検査委員会や中央宣伝部も会見した。幹部らは早速、「習近平同志を核心とする党中央」との表現を繰り返し、反腐敗の徹底に向けて管理強化を達成した成果をアピール。「核心」との表現は「会議に参加した全員の一致で提出された」と、党内に異論がないことを強調した。
管理強化の主な対象が党の上級…


(朝日新聞デジタル)

「礼賛繰り返される理由は?」だと?
「礼賛繰り返される理由は」テメエらIPCC信者だろ!

昨年7月4日の投稿7月7日の投稿で指摘したとおり、狂都議定書の結果、CO2を大量に排出する産業が先進国から中禍人糞凶和国に移転したから、CO2が激増したんだね。
中禍人糞凶和国は大量のCO2を排出し続けて経済発展し、それを糧に東シナ海・南シナ海で侵略を拡大しているんだよ。
それが「習総書記は内政、外交、国防で大きな成果を出し、すでに核心になっていた」の真相。
もちろん、IPCCの人為的温暖化説はデタラメだけど、それを真に受けるのなら、狂都議定書は日本の恥以外の何物でも無い。
にもかかわらず、9月23日の投稿で採り上げた邪説が「日本が尽力して1997年に採択された京都議定書」だの、10月12日の投稿で採り上げた邪説も「『京都議定書』とりまとめなどで築いてきた国際的な地位や支持がゆらぎかねない事態なのに、危機感はないのだろうか」だのと喚き立てて、血眼になって狂都議定書を正当化したんだね。
温暖化を煽り立てる左翼は「習近平様は内政、外交、国防で大きな成果を出し、すでに核心になっている」んですぅぅぅ~、と喚いてるんだよ。

しかも、中禍人糞凶和国はCO2排出を増加させると公約したにもかかわらず、9月6日の投稿で採り上げた邪説は安倍こべに「温室効果ガス排出で世界1、2位の国が削減を約束したことで、協定は年内発効へ大きく前進した。高く評価したい」と「礼賛」。
その挙句に「国際的な協調行動の流れに乗ることが、自国にも利益をもたらす。中国がそう感じる領域を広げることにこそ、今後の対中関係のかぎがある」と喚き立てた。
つまり、世界の「核心」であらせられる習近平様に朝貢しろ、と喚き立てたんだね。
さらに、10月12日の投稿で採り上げた邪説では「あまりに情けない、大きな失態である」と我国を罵り、「日本は、そうした国々から『我々の困難に冷たい国』と見られかねない」とまで言い放った。
つまり、「(核心との位置づけには)全てのIPCC党、奸凶NPO軍、左翼人民の共同の願いが反映され」ているんですぅぅぅ~、日本は習近平様の敵ですぅぅぅ~、と喚き散らしたんだよ。

「習近平は核心」のお膳立てをしたのは、温暖化を煽り立てている連中だ。
それをさらに裏づける証拠がこれ。


パリ協定が1年足らずで発効する意味
世界は、なぜ雪崩を打ったのか。日本は、なぜ遅れたのか。
西村六善
2016年10月27日
パリ協定は2016年11月4日に発効する。パリで採択されてから11カ月だ。京都議定書は7年以上かかった。京都議定書は、2008~12年に先進国の温室効果ガス排出量を、1990年比で5%削減する目標だった。わずか5%の削減を実現するのに、難行苦行だった。
パリ協定は、もっと大規模なことを目指している。世界の温室効果ガス排出量を今世紀の下半期には実質ゼロにするのだ。脱炭素のエネルギー転換を全球でやるというハナシだ。文明史的転換と言っていい。急いで行動する理由は十分ある。
目を見張る米中の変化
最速で発効したのは、米国と中国が主導的役割を果たしたからだ。この両国が最大排出国だから主導的役割を担うのは道義的にも当然だ。欧州連合(EU)やインドも主導的だった。EUは、批准の手続きを特例で短縮した。
オバマ大統領は、09年のコペンハーゲンの失敗を挽回するだけでなく、早く既成事実をつくって、国内保守派を出し抜く必要もあった。共和党の大統領候補、トランプ氏がパリ協定をキャンセルすると息巻いていたからだ。
最大の排出国である中国の役割は重要だ。京都議定書時代、中国は「先進国の歴史的責任」を糾弾し、途上国の利害を守護する指導国という役回りだった。しかし、途上国の大部分は最近、著しく安価になってきた再生可能エネルギーに「カエル跳び」している。
先進国の責任を糾弾する必要性は薄れた。その上、中国は最大の排出国だ。エネルギー転換に真面目に取り組まなければ、途上国はもとより世界中から非難される。だから現に長期構想で自国の脱炭素化を進めている。(「中国は2050年に再生エネ電力85%」)
それに、世界がエネルギー転換をするという展望は、中国経済に新しい巨大需要を生み出す。アジア・インフラ銀行もその受け皿だろう。
習近平主席は、9月3日に批准書を寄託した際、「中国は人類の福祉を守る」と言明した。もはや途上国の盟主ではないのだ。早く動かして利益をつかみ取る……そういう意識で、中国がパリ協定の制度設計に大きく乗り出してくる……。当然の展開だ。
ビジネスが急いだ理由
主要国がパリ協定の発効を急いだ理由は、制度設計に影響力を行使したいからだ。なぜか? パリ協定は、今後40~50年という長期のスパンで、全球のエネルギー転換を目指す。それを、透明な制度で実現する。要するに、一度制度を決めれば、 ・・・


(WEBRONZA)

狂都議定書の結果、中華人糞共和国が大量のCO2を排出し出し、狂都議定書以降はそれ以前に増してCO2が増えたにもかかわらず、「京都議定書は、2008~12年に先進国の温室効果ガス排出量を、1990年比で5%削減する目標だった」だと!
10月17日の投稿で解説したとおり、EUがCO2排出の多い産業を中禍人糞凶和国に移転させるための狂都議定書だったにもかかわらず、「京都議定書時代、中国は『先進国の歴史的責任』を糾弾し、途上国の利害を守護する指導国という役回りだった」だと!
パリ凶定は中華人糞共和国の排出増にお墨付きを与えたにもかかわらず、「パリ協定は、もっと大規模なことを目指している。世界の温室効果ガス排出量を今世紀の下半期には実質ゼロにするのだ」だと!
しかも、世界の石炭火力発電所の建設計画はこうなってる。

2016102901

にもかかわらず、「だから現に長期構想で自国の脱炭素化を進めている」だと!

ひたすらに事実を歪曲し、しかも、中禍人糞凶和国の大気汚染が日本国民の健康を害しているにもかかわらず、「習近平主席は、9月3日に批准書を寄託した際、『中国は人類の福祉を守る』と言明した」と囃し立ててやがる。
中禍人糞凶和国の大気汚染は、我国のみならず、チベット人の生活をも脅かしてる。


【気候科学】ヒマラヤ山脈の氷河融解の原因を明らかにする化学的痕跡
Nature Communications,7(2016)12574
2016年8月24日
ヒマラヤ山脈とチベット高原の氷河の融解を加速させていると考えられる黒ずんだ煤(すす)粒子の大部分が、インド亜大陸北部と中国での化石燃料の燃焼を原因としているという結論を示した研究論文が、今週掲載される。すす粒子の発生源を特定することで、効果的な大気汚染削減活動の指針を改善できる可能性がある。
ヒマラヤ山脈とチベット高原の氷河の多くが薄化し始めており、季節的な融解水に依存する数十億人の人々にとって深刻な問題となっている。この氷河の薄化の主たる原因は、黒色炭素のエアロゾル(すす)の存在であり、その熱放射特性によって大気と氷表面が加熱されることがモデルシミュレーションで示唆されている。
今回、Shichang Kang たちは、二核種炭素同位体フィンガープリント法を用いて、ヒマラヤ山脈とチベット高原の大気中と雪原表面で採取された黒色炭素粒子の化学的痕跡を同定した。この方法を用いることで、発生源の種類(バイオマスか化石燃料か)と地域を峻別できるようになった。チベット高原北部で採取された試料の特徴からは、この黒色炭素の主な発生源(試料全体の約66%を占める)が中国の化石燃料であることが示された。これに対して、ヒマラヤ山脈で採取された黒色炭素粒子の場合は、インド亜大陸北部のインダス-ガンジス平原のバイオマスと化石燃料を発生源とするものがほぼ同じ割合を占めていた。


(natureasia)

にもかかわらず、「習近平主席は、9月3日に批准書を寄託した際、『中国は人類の福祉を守る』と言明した」だと!
IPCCの人為的温暖化説が真実なら、中禍人糞凶和国こそが加害者であるにもかかわらず、真実でなくても、大気汚染で加害者であるにもかかわらず、「早く動かして利益をつかみ取る・・・当然の展開だ」と言い放ったのは、「中国は人類の福祉を守る」どころか、中禍人糞凶和国の利益のみを考えていることを露呈してるな。
「中国共産党が27日に閉幕した第18期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で、習近平(シーチンピン)総書記を初めて『党の核心』と位置づけた」、正にその日に「習近平主席は、9月3日に批准書を寄託した際、『中国は人類の福祉を守る』と言明した。もはや途上国の盟主ではないのだ」と言うのは、習近平様は世界の「核心」だ、と言う以外の何物でもねえ。

1月7日の投稿で指摘したとおり、狂都議定書以降、沖縄では貧困が拡大した。
起こりもしない温暖化を煽り立て、そのために税金を浪費したから、沖縄の貧困が拡大したんだ。
10月22日の投稿で採り上げた邪説は「背景には、根深い沖縄への差別意識とそれを生んだ日本社会の構造があり、その一端があらわになったと見るべきだ」と泣き喚いてたけど、「沖縄への差別意識」に取り憑かれているのは、何処の誰だ。
狂都議定書を正当化し、パリ凶定を正当化し、習近平を「礼賛」し、我国を罵ってやまないテメエらだろ!
10月22日の投稿で採り上げた邪説は「機動隊員が差別的な発言をした。インターネットの動画サイトに2人の隊員が『どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が』『黙れ、こら、シナ人』とののしる様子が投稿され、発覚した」と泣き喚いてたけど、沖縄県民は日本人であり、「シナ人」ではないから、「黙れ、こら、シナ人」と言ったということは、沖縄県民を「ぼけ、土人が」と罵ったのではないことを示してる。
温暖化を煽り立てている左翼リベラルは、習近平様は世界の「核心」、と崇めているから、「黙れ、こら、シナ人」と言ったことに激高したんだよ。
狂都議定書で「習総書記は内政、外交、国防で大きな成果を出し」た結果として、沖縄が貧困に喘いでいるにもかかわらず、「習近平主席は、9月3日に批准書を寄託した際、『中国は人類の福祉を守る』と言明した。もはや途上国の盟主ではないのだ」と囃し立てたのは、「沖縄への差別意識」をハッキリと示してるな。

「温暖化プロパガンダの背景には、根深い沖縄への差別意識とそれを生んだ反日左翼の構造があり、その一端がWEBRONZAであらわになったと見るべきだ」

IPCC信者がツバルとキリバスの民に「ぼけ、土人が」と狂騒曲

バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第5番」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

10月17日の投稿で、カラヤンのブルックナー第4番はカトリックの教会内部に描かれた美しく華麗な世界、と言ったけれど、カラヤン嫌いのトウシロは、カラヤンのブルックナーは華美なだけですぅぅぅ~、と泣き喚くだろうな。
というのも、自分はブルックナーを聴き込んでいるクラシック通、と思い込んでいるトウシロには、このジジイに毒された連中が多いから。


音楽評論家・宇野功芳さん死去 クラシック解説
2016年6月13日11時06分
多くのクラシックの巨匠たちを明快な語り口で紹介した音楽評論家で指揮者の宇野功芳(うの・こうほう、本名宇野功〈うの・いさお〉)さんが10日、老衰で死去した。86歳だった。葬儀は近親者で行った。後日お別れの会を開く予定。父は漫談家の故牧野周一。
国立音大声楽科を卒業後、合唱指揮者に。ブルーノ・ワルター、ハンス・クナッパーツブッシュ、カール・シューリヒトら名指揮者の本領や、長大で難解とされていたブルックナーの交響曲をレコードのライナーノートや雑誌などでわかりやすく解説。指揮者の朝比奈隆の才能をいち早く認める一方、カラヤンを批判するなど、既存の権威におもねらず、主観に立脚した歯にきぬ着せぬ語り口で音楽ファンの人気を集めた。ベートーベンの「第九」交響曲などを自ら指揮し、編成やテンポなどで斬新な解釈を示した。
晩年まで合唱とオーケストラの指揮、プロデュース活動を続け、「レコード芸術」誌にも連載を執筆した。著書に「クラシックの名曲・名盤」など。


(朝日新聞デジタル)

実は、我が家にもクナッパーツブッシュのブルックナー第8番のLP(ミュンヘンフィルを振ったウェストミンスター盤)がある。
しかも、よりにもよって、このジジイがライナーノートを書いてる。
神のごとくに絶賛しているけど、こんな演奏、何が良いのかね?
始めは、私めが理解できないだけかもしれないと思って、繰り返し聴いたけど、全然良くねえ。
繰り返し聴いて気づいたのは、音楽が硬直している、ということ。
クナッパーツブッシュの最晩年の録音で、体の衰えが音楽にまで表れてしまってる。

「クラシックの名曲・名盤(講談社新書)」の初版も持ってるけど、そこでもクナッパーツブッシュ盤を絶賛。
それに対して、カラヤンは「いくら有名な指揮者でも、フルトヴェングラーとかカラヤンのレコードからは、ブルックナーの意味は伝わってこない。普通の意味からすると、二つとも名演奏なのだが、前者はドラマチックすぎ、後者は素朴さを欠く」と貶してる。
死人に鞭打つのは何だけど、このジジイ、な~んにも、わかっちゃいねえな。

カラヤンのブルックナーの第8番(ベルリンフィルとの2回目のDG録音)は第4番とは正反対の世界。
内部に美しく華麗な装飾が施された教会は人口が多い町の大きな教会だけど、第8番はアルプス山麓の鄙びた村の小さな教会の中。
(但し、ここで言う「アルプス」とは、モンブランやユングフラウやマッターホルンが聳え立つフランス・イタリア・スイスのアルプスではなく、オーストリアのチロルの山々。)
窓からは薄明かりが差し込んでいる。
ときおり、雪崩の落ちる音や、氷河の崩落する音が聞こえてくる。
アルプスの峰々は霧で隠れているけど、気流の流れで霧が切れた一瞬、フッと顔をのぞかせる。
そんな教会の中で一心不乱に祈っている一人の人物。
その祈りはやがて恍惚へと転化し、さらには、歓喜へと昇華していく。
それがカラヤンのブルックナー第8番。
これは映画的な描写ではなく、カラヤンの作り出す音響に浸っていると、聴いている自分自身が教会で祈っている人物になりきってしまうんだよ。
但し、私めはキリスト教徒でも何でもないから、勘違いしないように。

カラヤンの演奏こそ、ブルックナー第8番の本質を衝いた名盤であると言える。
「クラシックの名曲・名盤」には「ブルックナーの交響曲はすばらしい大自然のなかに身をおくのに似ている。遠く残雪におおわれたアルプス、崇高な夕映え、牧場の片隅にそよぐ一輪の花、青空に浮かぶ白い雲、それから悠久を思い、生きる者の淋しさを想い、神を想う心、それがブルックナーの音楽の本質である」と書いてるけど、このジジイや我国のクラシックファンのほとんどのブルックナー像は、JTB旅物語スイス観光ツアーのブルックナー、にすぎんのだよ。

左翼リベラルの鬼畜ども。
奸凶NPOの外道ども。
IPCCの阿呆ども。
俺様の高尚さを思い知ったか!
ハッ、ハッ、ハッ!

というわけで、本題に入って、これ。

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2016年10月25日の朝鮮日刊新聞朝刊紙面より

『温暖化で沈む国』の全く不都合な真実」で糾弾しているにもかかわらず、またしても、海面上昇を煽り立ててやがるけど、マイアミビーチの潮位の記録は下図のとおり。

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図1 マイアミビーチの潮位変化(「Permanent Service for Mean Sea Level」より)

明白な潮位変化は認められない。
NOAAのデータを見ても同じ。

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図2 マイアミビーチの潮位変化(「Tides & Currents」より)

もちろん、「温暖化対策の愚」の図5-4に見えるとおり、1940年頃と1980年頃の全球平均気温(偏差)は同じだから、1980年頃までに明白な潮位変化が認められなくても不思議じゃない。
って言うか、当然の結果。
「地球温暖化に伴う海面上昇」があるか否かは1980年以降の潮位変化を見なければ判断できない。
けど、データが無いから、分からない。

「地球温暖化に伴う海面上昇の影響が指摘されている」だと?
デタラメばかり書くんじゃねえ!

って言うと、記事の写真に見えるとおり、現に街が海水に浸っているんですぅぅぅ~、モーリーさんも「現場の写真を州の担当者に見せたら理解してくれた」じゃないですカァ~、カァ~、カァ~、と鳴き喚くだろうから、別のデータを調べてみる。
マイアミビーチの直ぐ南に位置する、下図の緑色の矢印の海岸。

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其処の潮位計のデータはこうなってる。

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図3 マイアミビーチの直ぐ南側の潮位変化(「Permanent Service for Mean Sea Level」より)

確かに、最近の数年間は潮位上昇が認められる。
けど、「地球温暖化に伴う海面上昇」があるなら、潮位は1980年以降から上がっているはず。
最近になって上がり始めたのなら、それは「地球温暖化に伴う海面上昇の影響」じゃねえ。

じゃあ、最近になって潮位が上がり始めた理由は何か?
その答えは「2カ月ほど前に引っ越してきたばかりのメアリー・ベス・ワイズ」に表われている。
朝鮮日刊記事以前にナショジオがマイアミの海面上昇を煽り立てていたけど、その記事にもこう書いてた。


フロリダ州のマイアミビーチやフォートローダーデールでは、満潮時には必ず冠水する場所がある。だが、リック・スコット州知事は気候変動の話題を避けることで知られており、上院議員の再選に立候補したマルコ・ルビオ氏も気象科学を受け入れていない。ノースカロライナ州では、アウターバンクスの名で知られる砂州が危機的状況であると研究者が指摘しているが、議員はその海面上昇の影響を調査する活動を禁止する措置をとった。
・・・中略・・・
2005年にハリケーン「ウィルマ」に襲われてから、しばらくの間フロリダ州にハリケーンが近づくことはなかった。その間、莫大な金額が海岸地域の開発につぎこまれ、130万人が移り住んだ。ハリケーンによる高潮の被害についてほとんど何も知らないまま、危険な砂州に住んでいる人も多い。


(「ハリケーンで3mの高潮も、沈みゆく米南東沿岸部 被害は深刻化する一方、フロリダ州は海面上昇対策の不十分さを露呈」より)

はい!
乱開発が原因です!

しかも、図3に見える潮位上昇が「地球温暖化に伴う海面上昇の影響」だとしても、それは2010年以降。
人為的排出CO2は20世紀後半に激増したにもかかわらず、そして、「温暖化対策の愚」の図5-4の黄色の線に見えるとおり、気温は20世紀第4四半期に急上昇したにもかかわらず、海面上昇は2010年以降なら、「地球温暖化に伴う海面上昇の影響」は弱い。

「地球温暖化に伴う海面上昇の影響」はほとんど認められないにもかかわらず、「米フロリダ州では被害が既に現実となっており、対策が待ったなしだ」と喚き立てたのは、人為的温暖化説がプロパガンダにすぎないことを露呈しただけ。
トランプの「地球温暖化は、米国の製造業の競争力を下げるために、中国が作り出した概念だ」は当たらずといえども遠からず。
「九分九厘豚」は、その名のとおり、世界上位0.01%の富裕層の家畜の雌豚。
飼い主が「支那」にCO2を排出させて利を貪っているから、しかも、それをも逆利用し、温暖化対策と言い立てて、さらに利を貪ろうとしているから、家畜が温暖化対策に取り組むことを公約しているんだよ。
鬼畜左翼は、「米フロリダ州では被害が既に現実となっており、対策が待ったなし」だから、「九分九厘豚」こそが米国大盗領に相応しい、と喚き立てているわけだけど、それも「支那」を利するため。
10月22日の投稿で採り上げた邪説は「機動隊員が差別的な発言をした」と泣き喚いてたけど、「支那」を利するためなら執拗にデマを流し続ける左翼温暖化信者こそ、心の底では沖縄県民を「ぼけ、土人が」と蔑んでるんだよ。
『温暖化で沈む国』の全く不都合な真実」で紹介しているとおり、「こんなに素朴な国がなぜ、気候変動の被害をもろに受けないといけないのだろう」と泣き喚き、「『尊厳ある移住』である」と喚き立ててたけど、沖縄県民の「尊厳」を踏み躙るような連中がツバルやキリバスの住民の「尊厳」を考えるはずねえだろ。
左翼温暖化信者は、ツバルやキリバスの「土人」を利用して温暖化を煽り立ててやろう、と目論んでいるだけなんだね。

IPCC信者が車に乗らない人に「ぼけ、土人が」と狂騒曲

バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第4番」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

10月17日の投稿でマーラーの第5番を採り上げたけど、ついでだから、他の曲にも言及しておくか。
第1番は我が家にスウィトナー・ドレスデンのLPがある。
今はLP再生装置が無いから聴けないし、CDも持ってないけど、第1番はこれが最高。
この曲は第1楽章が圧倒的に優れているけれど、第1楽章の森の響きはスウィトナー・ドレスデンを超えるものはない。
今後も絶対に出ないだろう。
これは1960年代初頭のドレスデンだからこそ、そして、スウィトナーだからこそ出せた響きであり、現在のドレスデンではもう出ないし、まして、現在の指揮者には全く不可能。
(昔は良かった、みたいな物言いはまるでジジイの言い草みたいだけど、録音が残っているのだから、耳で確かめられるのだから、否定しようがない。但し、CDでは特に弦楽器の音が金属的になるから、CDで聴いても、私めがLPで聴いた時と同じように聴こえることは保証できないけれど。)

第2番と第3番は本質的に低俗な曲だからバーンスタイン・NYPで十分だろ。
合唱つきの大曲が得意なカラヤンが手を出さなかったのは、その低俗さは救い難いからだろう。
第3番には、ブルーノ・ワルターがマーラーを避暑地に訪ねた際、当たりの景色に見いっていると、自分が作曲してしまったから見なくてよいと言った、という逸話が残っているくらいだから、ワルターには思い出深い曲のはずなのに、何故かしら録音していない。
結局は低俗と思っていたのか?
(大曲だから、年齢的に無理と判断したのかもしれないけど、壮年時に演奏したという記録があるのだろうか?)

第4番はレヴァイン・シカゴが私めのお気に入り。
初めて聴いた時は、シカゴの響きの故か、RCAの録音が悪いのか、無機的に感じて不満だったけど、レヴァインの楽天的な演奏とこの無機的な響きが相まって、非現実的な愉悦の世界に誘い込んでくれることに気づいた。
腹立たしかったり、いやな気分になったときは、これを聴いて現実逃避。
但し、レヴァインは、この曲に限らず、緩徐楽章(第4番では第3楽章)が遅すぎるのが欠点。
それなりに美しいのだけど、やや間延びして聴こえる。

第4番ではインバル・フランクフルトの演奏にも言及しておこう。
この演奏では第2楽章が、違う楽譜を演奏しているのかと思われるほどに、他の演奏と全く印象が異なる。
LPやCDには必ず「友ハイン(死神)は演奏する」という解説が書いてあるけど、そして、バーンスタインの演奏は如何にもそれっぽく、レヴァインもバーンスタインほどではないものの、それらしき旋律が聴こえるけれど、インバルでは「友ハイン(死神)は演奏する」とは聴こえない。
子どもがおもちゃ箱をひっくり返して、部屋中をおもちゃで散らかして遊びほうけている様な印象。
(但し、その中には少しグロテスクなおもちゃが混じっている。その部分が「友ハイン(死神)は演奏する」に相当するけれど、「死」は感じさせない。)
そして、遊びつかれた子どもが寝入ってしまい、夢の中でまた遊んでいるのが第3楽章。
第4楽章では、目覚めた子どもが母親に抱かれ、母子が幸福に浸っている、が、子どもには既に死の影が近づきつつある、という風に聴こえる。
(私めには歌詞の内容はどうでもいい。歌い方と歌手の声質が音楽を決める。)
つまり、インバルの演奏では第2楽章ではなく第4楽章で「友ハイン(死神)は演奏する」
これを聴くと、第5番の冒頭が葬送行進曲であることに納得する。

第4番ではアバド・ウィーンフィルのCDも持ってる。
我国ではすこぶる評価が高い。
こんなのが?
カラヤンのような大指揮者の真似して、表現を抑制することで逆に雄弁さを得ようと目論んでるけど、オーケストラの統率力が弱く、音楽を謡わせる能力にも欠けるから、緊張感無くだらだらと音楽が流れていくだけ。
カラヤンのブルックナー第7番の国内版CDを持ってるけど、その解説に「カラヤンのブルックナーはそれこそ技の限りを尽くした伝統工芸品の趣である」と記している。
これは或る意味で正しい。
指揮者は本質的に職人。
伝統工芸の職人が職人技を極めた作品は、そんじょそこらの画家や彫刻家の作品などよりも、遥かに高い芸術性を有する。
カラヤンの演奏は正にそれ。
カラヤンこそは職人として指揮者の道を究め、その結果として、高い芸術性を得た指揮者。
アバドらの世代以降の指揮者は、自分は芸術家だと勘違いしている。
だから、カラヤンの足元にも及ばない。
但し、ウィーンフィルの音が美しいのは確かで、真夏の午後にエアコンを効かせた部屋で第3楽章を聴くと、緊張感に欠けた美音が垂れ流れるから、垂れパンダ状態になって、お昼寝できる。
お昼寝BGM用のマーラーとしては珍重すべき演奏。
マーラーを垂れパンダに変えてしまったという意味で、これまたマーラーを超越したマーラーと言えなくもないけど。

第6番は手持ちの数枚の中ではレヴァイン・ロンドン響。
大げさでなんぼ、わざとらしくてなんぼ、みたいな曲だけど、騒々しくなく、物々しさがなく、明晰に、だからと言って、重箱の隅をつつくようなこともなく、しっかりと音にしているのがよろし。
まあ、個人的にはそんなに聴きたいと思う曲じゃないから、これで十分。
(残念ながら、第4番も第6番もカラヤン盤を持っていないけど、YouTube にアップロードされている第6番の終楽章を聴いたら、背中がぞくぞくした。もちろん、CDを買って聴かないと本当のところは分からないけど、私めの感性に合いそうだ。)

第7番は我が家にクレンペラーのLPがある。
今はLP再生装置が無いから聴けないし、CDも持ってないけど、唯一無二絶対の演奏。
これこそ、マーラーを超越したマーラー演奏。
一旦、その「巨大な優しさ」に気づいてしまうと、もう、他の演奏では物足りなくなる。
但し、「巨大さ」故に、表面上は無愛想極まりないから、何回も何回も繰り返し聴かないと「優しさ」に気づかない。
逆に言えば、どんなにCDを所有していようとも、この「巨大な優しさ」に気づいていない輩はトウシロにすぎない。

第8番はインバル・フランクフルト。
ファウストもまた「憧憬と幻滅との間にひきさかれたものの悲劇がうたわれている」けれど、マーラーと違って、高い芸術性を有している。
(だからこそ、多くの芸術に影響を与えた。他の芸術に影響を与えた文学のナンバー1は「ドン・キホーテ」だけど、「ファウスト」はそれに次ぐ存在だろう。)
インバルはマーラーにおける小市民的な「憧憬と幻滅との間にひきさかれたものの悲劇」を、ファウストに表現された「憧憬と幻滅との間にひきさかれたものの悲劇」に置き換えることに成功していると思う。
本来なら、ドイツ人が為すべきことだけど、独墺系の指揮者は演奏しない。
ワルターもクレンペラーも録音していない。
ドイツ人の代わりにそれを成し遂げたのがインバル。
この録音がドイツで高く評価された理由がよく分かる。

第9番はさすがに多士済々の名盤が揃っているけど、私めの僅かな手持ちの中では、カラヤン以外では先ずレヴァイン。
私めがレヴァインのマーラー選集を購入した目的はこの第9にあった。
初出時にセンセーションを巻き起こした演奏だから。
(その証拠に、吉田秀和の「LP300選」の付録のレコード表にも「この盤は出来上がりもすばらしいし、スコアを見ながら聴くともっとおもしろい。演奏に関する作曲者自身の注意と指示をこれほど忠実に守って音楽にしている例は少ない」と記している。またレコード会社も第9番が目玉商品であることは百も承知で、他の曲では第4番のCDの余白に第7番の第1楽章が、第6番の第4楽章と第3番の第1楽章がカップリングされているのに対し、第9番だけは第1楽章と第2楽章を1枚に、第3楽章と第4楽章を1枚に収めている。)
マーラーなんて見たことも聴いたこともない指揮者が、レコード会社から、君、君、この曲を録音してくれないかな、と言われ、はい、分かりました、と安請け合いし、それでいながら完璧に再現して見せた、というような演奏。
たった今、書き上げられたばかりの曲の初演をしているような新鮮さが際立つ。
もちろん、オーマンディ時代最後の、つまり、絶頂期のフィラデルフィアを使ったのがその成功の理由ではある。
ロンドンのオーケストラの技量なら、目いっぱいギリギリで演奏することになったから、そのような印象を与えることはできなかっただろう。
第1・第2楽章など、この程度ならどうってことないっす、てな感じで楽々と演奏してる。
ところが、その一方で、曲が進むにつれて、オーケストラがどんどん熱くなっていくのがハッキリと分かる。
先に指摘したとおり、レヴァインは緩徐楽章が遅すぎるのが欠点で、この第4楽章も演奏時間はなんと29分50秒!
遅すぎるぞ。
もちろん、クレンペラーの第7番も遅いけど、だからこそ「巨大な優しさ」が現れる。
って言うか、「巨大な優しさ」故の遅いテンポ。
レヴァインにクレンペラーの超絶さは無く、遅いテンポに必然性がない。
ところが、第4楽章ではオーケストラが曲にのめり込んでしまってる。
私めはCDをそんなに持っていないし、オーマンディ・フィラデルフィアのLPは、オイストラフ独奏のシベリウス・ヴァイオリン協奏曲(これは同曲最高の演奏の一つであり、余白に入っている「トゥオネラの白鳥」がまた絶品。その美しさにはカラヤンも及ばない)、そして、レスピーギのローマ三部作(これも屈指の名盤)だけで、CDもメンデルスゾーンの「最初のワルプルギスの夜」(これも名盤)とブラームスの交響曲全集(第2番が佳演、「大学祝典序曲」が爆演で、「ハイドンの主題による変奏曲」は同曲最高の演奏)だけだから、憶測だけど、フィラデルフィアがこれほどまでにのめり込んでいるのは例が無いんじゃないか?
その結果、遅いテンポがあまり気にならない。
しかも、レヴァイン自身は冷静さを保っているから、低俗にならない。

第9番に関しては、もう1枚、テンシュテット・ロンドンフィルの第1楽章が素晴らしい。
第5番のアダージェットと同じく、愛(いと)しさに満ち満ちた演奏。
曲自体はこちらの方が遥かに優れているから、演奏としても、こちらの方が断然優れている。
ロンドンフィルの響きも、アダージェットでは安っぽかったけど、こちらでは健闘している。
もちろん、マーラーの場合の「愛しさ」は自己愛にすぎないけれど、テンシュテットの演奏はそれを乗り越えて、聴き手への慈しみとして心に染みる。
(もちろん、クレンペラーに比べれば全く小さい。クレンペラーは我々に微笑すら投げかけないけれど、生きとし生けるものを「巨大な優しさ」で覆う。けど、聴き手の我々自身が小市民だから、テンシュテットの「小さな慈しみ」の方に「優しさ」を感じてしまうのも否定できない事実。)
残念ながら、その「慈しみ」が他の楽章にまで及んでいないから、全楽章の演奏としてはカラヤンやレヴァインに劣るけど、それはこの曲自体が第1楽章に比べて他の楽章は劣るという事実の裏返しであり、第1楽章だけでも聴くに値する。

「大地の歌」はバーンスタイン・ウィーンフィルのCDを持ってて、これで十分。
って言うか、フィッシャー・ディスカウで聴いてしまうと、女性の声ではもう満足できなくなる。
(但し、フィッシャー・ディスカウはこれ以前にもパウル・クレツキとEMIに録音していて、吉田秀和に依れば、そちらの方がさらに良いらしい。私めは聴いてないから、分からないが。)

左翼リベラルの鬼畜ども。
奸凶NPOの外道ども。
IPCCの阿呆ども。
俺様の高尚さを思い知ったか!
ハッ、ハッ、ハッ!

というわけで、本題に入って、これ。


スウェーデン閣僚、EUに化石燃料車の販売禁止求める姿勢示す
2016年10月23日 11:23 発信地:ストックホルム/スウェーデン
スウェーデンのイサベラ・ロウィン(Isabella Lovin)国際開発協力相は22日、ガソリンや軽油を燃料とする自動車を2030年から販売禁止とするよう、欧州連合(EU)に求める姿勢を表明した。
緑の党のロウィン氏は日刊紙アフトンブラデッド(Aftonbladet)に対し、ドイツ連邦参議院(上院)が先日採択した決議を歓迎する考えを示した。決議は、30年までに温室効果ガスを排出しない車への切り替えをEUに促す内容で、法的拘束力はない。
これについてロウィン氏は「実に興味深い提案だ。これを実現するには、EU全体が協調して(温室効果ガスを排出する)車の販売禁止を施行する必要がある」と語った。その上で、「環境問題を担当している閣僚としては、化石燃料で走る車を歴史のごみ箱に捨てる以外に方法はないように思う」と付け加えた。
スウェーデン政府は40年までに電力の全てを再生可能エネルギーで調達する目標を掲げている。


(AFP)

この「ドイツ連邦参議院(上院)が先日採択した決議」に関して、ドイツ在住の日本人がこのように論じてる。


脱原発に続いてガソリン車「廃絶」へ!? ドイツの政策は矛盾だらけ
いくらなんでも現実性が…
2016.10.14
シュピーゲル誌のスクープ
「2030年以降は、自家用のガソリン車とディーゼル車の新規登録は中止する」という方針を、ドイツの連邦参議院が超党派で表明したそうだ。既成の内燃機関への”死刑宣告”である。
ドイツは連邦共和国であり、各州の権限が大きい。その各州の代表で構成されているのが連邦参議院で、そもそもは、各州が自分たちの利益を主張するため、あるいは、州レベルで団結して連邦政府に対抗するための仕組みとなっている。
つまり、連邦参議院がガソリン車とディーゼル車の将来的な廃止を推し進めるなどということは、これまでの例から言えば、かなり突拍子も無いことだ。
この決定はすでに9月23日になされており、聞くところによれば、ドイツだけでなく、「EU全体でのガソリン車とディーゼル車の廃止」、そして「電気自動車の普及」が目標らしい。
いずれにしても、現在のEUでは、自国のことを自国で決めることが難しくなっており、連邦参議院はこの案を、EUの該当機関に提出したそうだ。それが書類の山に紛れてそのままになっていたのをシュピーゲル誌が掘り出し、10月9日、特ダネとして報道した。もちろん、ドイツは大騒ぎになった。
ただ、この過激な案は、参議院の全会一致で決まったわけではない。有力州であるバイエルン州、およびバーデン=ヴュルテンベルク州の州首相は、反対意見を表明している。
バーデン=ヴュルテンベルクは、現在、ドイツ史上唯一無二、緑の党の州首相を担ぐ州だが、メルセデスとポルシェの本社があり、自動車産業が突出している。いくら緑の党といえども、電気自動車への急激なシフト案に賛同するなどということはありえない。
コメントを求められた連邦の交通大臣も、「2030年という日時が非常に非現実的であり、馬鹿げている」と言い切った。
一方、面白いことに、フォルクスワーゲン社のふるさとで、これまで同社の成功とともに生きてきたニーダーザクセン州(SPD・社民党が州首相)は、今回、ガソリン車を葬るこの案に賛成したという。排気ガスをごまかす不正ソフト事件以来、多大な経済的被害を受けているため、かなりやけくそになっているのだろうか。
ただ、傾きかけているフォルクスワーゲン社が、電気自動車に切り替えてすばやく復活できるとも思えない。いや、そもそも、電気自動車の急速な発展の可能性自体が、今のところ、かなり不透明である。
ドイツの電気自動車はわずか2万5000台
現実性が欠けているのは、ドイツ政府も似たようなものだ。
実は2012年、ドイツ政府は、「2020年までに100万台の電気自動車を普及させる」という目標を打ち立てた。ところが、それが全然進まないため、2016年7月からは、電気自動車を買った人には4000ユーロ、プラグイン・ハイブリッド車には3000ユーロの現ナマが支給されることになった。「環境ボーナス」と呼ばれる補助金である。
この補助金を誰が支払うかというと、国と自動車のメーカーが折半する。といっても、すべてのメーカーが払うわけではなく、申し出た会社だけ。今のところ、メルセデス、フォルクスワーゲン、BMWの3社が参加しているという。
ただ、ドイツのメーカーは、もともと電気自動車分野はあまり強くない。これまでドイツで電気自動車が売れるとすれば、ほとんど日本車かフランス車だった。補助金でお客が増えるかどうか……。
補助金支給後2ヵ月が経ったところを見ると、ドイツ政府の意に反して、ドイツ車であれ、日本車であれ、やはり電気自動車の売り上げはあまり伸びていない。この2ヵ月間でドイツで新しく登録された電気自動車は、プラグイン・ハイブリッド車も合わせてたったの3027台。ほとんどの人は、補助金をもらっても、プラグイン・ハイブリッド車さえ買わないということである。
電気自動車は値段が高い。4000ユーロの補助が出ても、まだガソリン車よりも高い。また純粋な電気自動車は走行距離が短いことも難点だ。毎日何百キロも走る人はそうたくさんはいないが、しかし、ドイツ人は休日や休暇中に車で遠出をすることが多い。そんなとき、充電施設を探して右往左往するのはごめんだと、皆が思うのだろう。
現在、ドイツで登録されている乗用車の総数は4385万台強で、そのうち電気自動車はたったの2万5000台。まだ0.1%にも満たない。これでは2020年までに100万台どころの話ではない。
しかも、現在走っている電気自動車の多くは、メーカーやディーラーが自ら登録したものだそうだ。有名人に格安で提供して、宣伝のために乗ってもらっているものもある。その他の購入者は、役所、企業が多く、「私は100%電気で走っています」などと横腹に書いて、クリーンイメージ作りに一役買っている。
電気自動車の普及に関しては、おそらくドイツよりも日本の方が上だろう。
ガソリン車と電気自動車の違いは?
ただ、ドイツ人が始めたこのガソリン車廃絶の試みには、実はお手本がある。ノルウェーである。
ノルウェー政府は、ガソリン車とディーゼル車の新規登録は2024年までで終了し、25年からはそれ以外の自動車しか認めないことにするつもりだ。ノルウェーはEUに加盟していないので、我が道を行ける。
それにノルウェーの場合、実績もある。この国では、寛大な優遇政策を取ったためもあり、新しく登録される車の約15%は、すでに電気自動車なのだ。
畜電池に関する問題はまだ多いし(一番電池の性能のよいのは日本車だとのもっぱらの評判)、優遇政策にあまりにお金がかかりすぎるので、この政策がそのまま続くかどうかはちょっと疑問だが、それでも、いまのところ、電気自動車がこれほど普及している国はEUにはない。
しかもノルウェーは、その恵まれた地形と自然により、使っている電気がほぼ100%水力電気だ。だから、電気自動車が増え、そのために電力の使用量が増えても、CO2が増えるわけでもない。
それに比べて、ドイツは問題が多い。今でさえ、発電の45%近くが石炭と褐炭で行われており、大気汚染は激しい。去年の12月に決議された温暖化防止のパリ協定を本当に守ろうとしたら、こんなことは続けていられない。
とくに私の住むシュトゥットガルトは盆地で風がないため、大気汚染がドイツで一番ひどく、光化学スモッグのため、市が市民に車の運転を控えるよう強く要請した日もあった。
原発の電気を再エネで代替しようというのは、良いアイデアではあるが、今のところ現実的ではない。再エネに頼っていれば、電気の安定供給が損なわれて産業は破綻する。電気自動車だって、夜の間に充電しようにも、太陽光の電気は夜にはない。夜、風が吹かなければ、翌日は車が使えないということになる。
巨大な蓄電池を二つ使って、昼間に充電しておいたものと付け替えるというのも、大変な手間だ。蓄電池は高価でもある。だからドイツの経済エネルギー大臣も、「原発と火力の両方を一度に止めることはできない」と、そこだけは太鼓判を押している。
ただ、火力の運命も過酷だ。ドイツの取っている再エネ優先政策の下、火力はただのピンチヒッターに成り下がってしまったので、発電所はどこも火の車である。しかも撤退することは許されない。そこで経費節減のため、仕方なく安い褐炭を使う。CO2が増える。
こうなれば、ガソリン車と電気自動車の違いは、CO2を自動車が吐き出すか、あるいは、その前に発電所が吐き出すかということになってしまい、電気自動車を買うモチベーションはさらに下がるだろう。
原発廃止を叫ぶ前に
ドイツの政策には矛盾が多い。全然、環境のためになっていない脱原発をむりやり進め、産業国の最重要インフラを支えてきた電力会社を、軒並み大赤字に陥れてしまった。
そのうえ、充電の設備も作らず、2020年までに電気自動車を100万台にするなどといい、税金から補助金を吸い上げている。なぜ、車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う人に資金援助をしなければならないのか?
そもそもドイツという国は、自動車産業とともに発展してきた国だ。その基幹産業を、これほど急激に潰そうというのは解せない。
将来、電気自動車が乗用車の主流となっていくだろうことは否定しないが、それには、十分な充電施設を作らなくてはならない。そして、CO2を出さない発電所を整えなければならない。それらを一切無視して、自動車だけを売ろうとするのは馬鹿げている。
現在、温暖化防止のパリ協定の批准が進んでいるが、内容が非現実的すぎて、どの国もたいして守る気はない。守らなくてもよい協定ほど、皆、進んで批准する。日本は、批准したら守らなくてはいけないと考えているので、批准が遅れた。根本的に間違っている。どちらが間違っているのかは考え方次第だ。
しかし、そうするうちに、地球の温暖化は確実に進んでいく。CO2の最大の発生元は火力発電所だ。日本は、去年、1億トンの石炭を輸入し、燃やした(発電用はうち6割)。CO2もたくさん出した。
CO2を全く出さないのは原発だ。原発廃止を叫んでいる人には、①どうしたら原発を使わず、②CO2を増やさず、③電力の安定供給を保証するのか、それをまず考えて欲しい。


(現代ビジネス)

ドイツの緑の党が反対した決議をスウェーデンの緑の党が支持するというのもおもしろい(こういう事実を主要メディアは絶対に報じない)けど、「発電の45%近くが石炭と褐炭で行われており」だから、しかも、ドイツはロシアからパイプラインで天然ガスを輸入しているのだから、「火力はただのピンチヒッターに成り下がってしまった」は誇張だろ。
火力発電なしでドイツの産業やドイツ人の生活が成り立つはずがねえ。

まあ、それは日本に関係ないからどうでもいいとして、この人は、IPCCの人為的(排出CO2)温暖化説を真に受けて、原子力を正当化しているけど、「どの国もたいして守る気はない。守らなくてもよい協定ほど、皆、進んで批准する」ということは、実のところ、「どの国もたいしてIPCCを信じていない」ということに他ならないんだね。
人為的(排出CO2)温暖化が事実なら、今や中禍人糞凶和国がCO2排出ダントツだから、中禍人糞凶和国の排出を止めねばならないはず。
ところが、パリ凶定は安倍こべに中禍人糞凶和国のCO2排出増にお墨付きを与えた。
それは「どの国もたいしてIPCCを信じていない」から。
狂都議定書以降、中禍人糞凶和国の排出が激増したにもかかわらず、気温は殆ど上がっていないのだから、よほどのバカじゃない限り、IPCCを信じるはずねえだろ。
「守らなくてもよい協定ほど、皆、進んで批准する」と言うよりも、「守る必要のない協定ほど、皆、進んで批准する」と言う方が正確。
10月12日の投稿で採り上げた朝鮮日刊新聞邪説は「欧州連合(EU)は『全加盟国そろって締結』という原則を変えてまで対応した」と泣き喚いてたけど、それは「守る必要のない協定ほど、皆、進んで批准する」ということ。
安倍のチョンカスが「批准したら守らなくてはいけないと考えている」のは、もちろん、原発のため。

けど、それよりも何よりも、上の記事で私めが最も合点したのは、「なぜ、車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う人に資金援助をしなければならないのか?」という言葉。
10月2日の投稿で紹介したとおり、IPCC信者の左翼脱原発派は「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き散らし、「なぜこんな理不尽な案が出てくるのか」と罵ったんだね。
それなら、「なぜ、車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う人に資金援助をしなければならないのか?」
ところが、5月16日の投稿で紹介したとおり、朝鮮日刊新聞記者自身が、日産自動車の電気自動車(EV)「リーフ」を買い、「車両価格は266万円だが、国の補助金27万円を得られた。東京都の場合、自動車税、自動車取得税、自動車重量税を合わせて20万円以上の免税もある・・・さらに、車から住宅に電気を送るシステム『EVパワーステーション』を入れた・・・本体と工事費を合わせて66万円かかったが、国と都から補助金計39万円を受け、実質的には27万円だった」と自慢げに囃し立てた。
もちろん、その補助金は市民の血税。
「なぜ、車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う朝鮮日刊新聞記者に資金援助をしなければならないのか?」
しかも、2012年11月12日の投稿で紹介したとおり、その記者の年収は1300万円。
昨年4月28日の投稿で紹介したとおり、1%の最富裕層。
前回の投稿で紹介したとおり、朝鮮日刊新聞は「機動隊員が差別的な発言をした」と泣き喚いてたけど、「なぜ、車に乗らない年収300万円の人たちまでが、電気自動車を買う年収1300万円の人に資金援助をしなければならないのか?」って批判すると、IPCC信者の左翼リベラルは「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、車にも乗れない土人が」と罵るんだよ。
「耳を疑う暴言である」

そんなことは言ってない、と抗弁してもダメ!
「ぼけ、土人が」という露骨な表現さえしなければ暴言を吐いてはいない、ということにはならない。
「ぼけ、土人が」という台詞を口にしなくても、実際は暴言を吐いている。
「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き散らし、「なぜこんな理不尽な案が出てくるのか」と罵りながら、「車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う人に資金援助」させるのは、「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、車にも乗れない土人が」と言う以外の何物でもねえ。

って言うと、IPCC信者の左翼リベラルは、「なぜ、車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う人に資金援助をしなければならないのか?」と言うのなら、「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」は認めるんですね、と言うだろうけど、そんな誤魔化しが通用すると思うか。
「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と言うのと、「車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う人に資金援助をしなければならない」と言うのは、一見矛盾しているようだけど、実のところ、ごく一部の社会的強者が大多数の社会的弱者から毟り取るという点で一致しているのだから、認めるわけねえだろ!
10月12日の投稿でも指摘したとおり、0.01%が99.99%から収奪するための人為的温暖化プロパガンダであり、だからこそ、IPCC信者の左翼リベラルは、片や「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き立て、片や「車に乗らない人たちまでが、電気自動車を買う人に資金援助をしなければならない」と喚き立てるんだね。
って言うと、「黙れ、こら、貧乏人」と罵るんだよ、IPCC信者は。

朝鮮日刊新聞らの左翼リベラルども。
気候ネットワークらの奸凶NPOども。
江守正多らのIPCCども。
テメエらは、テンシュテットのマーラー第9の第1楽章を聴いて、「慈しみ」の心を学び、それから、クレンペラーのマーラー第7を繰り返し聴き、「巨大な優しさ」を学んで、反省しろ!
と言っても、ムダだろうな。
テメエらは血も涙も無い正真正銘の鬼畜だからな。
テメエらはインバルのマーラー第4を聴いた後で、自ら命を絶て!

左翼脱原発派が原発立地市町村民に「ぼけ、土人が」と狂騒曲

バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第3番」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

温暖化信者の人殺しの左翼脱原発派が、沖縄県民を殺せ、と喚いてるようだな。


「土人」発言 差別構造が生んだ暴言
耳を疑う暴言である。
沖縄県の米軍北部訓練場のヘリパッド移設工事の現場で、抗議活動をしていた市民に対し、大阪府警から派遣された機動隊員が差別的な発言をした。
インターネットの動画サイトに2人の隊員が「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」「黙れ、こら、シナ人」とののしる様子が投稿され、発覚した。
ヘイトスピーチを想起させる発言を、公務中の警察官がすることが不適切なのは言うまでもない。菅官房長官は「発言は許すまじきこと」と述べ、警察庁が対応すると説明した。
だが、市民とやりあう現場で若い隊員が口にした言葉だけが問題なのではない。背景には、根深い沖縄への差別意識とそれを生んだ日本社会の構造があり、その一端があらわになったと見るべきだ。
「強い憤りを感じる」と語った沖縄県の翁長雄志知事の著書に、こんな場面がある。
翁長氏が那覇市長だった2013年、沖縄の全市町村の代表らが東京・銀座でオスプレイ配備反対のデモ行進をしたとき、「売国奴」「琉球人は日本から出ていけ」「中国のスパイ」などの暴言を浴びたという。
それだけではない。騒ぎに目を向けることなく、買い物をして素通りしていく人の姿に、氏は「日本の行く末に対して嫌な予感がした」と書いている。
明治以来、政府は沖縄に差別と苦難の歴史を強いてきた。先の大戦で本土防衛の「捨て石」とされ、県民の4人に1人が犠牲になった。戦後も米軍統治の下で土地や権利を奪われ、狭い県土に基地が集中した。
そしていま、米軍普天間飛行場の辺野古への移設計画をめぐり、たび重なる選挙で示された民意を、政府は踏みにじろうとしている。さらに、全国から数百人の機動隊員を沖縄に集結させ、ヘリパッド工事を強行するなかで暴言が飛び出した。
驚いたのは、大阪府の松井一郎知事が自身のツイッターに、「表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」と書き込んだことだ。
沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う姿勢がみじんも感じられない。加えて記者団には、工事への抗議活動に疑問を呈する発言までしている。
こうした振る舞いがもたらすものは、さらなる反発と混迷、そして沖縄と本土の分断でしかない。要職にあり、国政にも一定の影響力をもつ自覚に欠けることはなはだしい。


(2016年10月21日の朝鮮日刊新聞邪説)

それはテメエらだ、つ~の!
10月19日の投稿で指摘したとおり、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルは原発立地市町村民の声を足蹴にしながら、安倍こべに「新潟の民意と真摯(しんし)に向き合うべきだ」だの、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だのと喚き散らしたけど、それは「子供もいるので、原発が動かないと生活費が減り大変」と訴える母親に「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」と罵るのと全く同じ。
原発立地市町村民を納得させるには、最低限でも、廃炉に進んでも稼動し続けるのと同じだけの人的経済的費用が必要だから、雇用は大きく減らないし、東京電力柏崎刈羽原発からの電気を消費してきた我々東京の住民がその費用を負担します、と約束しなければならないけど、10月2日の投稿で紹介したとおり、安倍こべに「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き散らし、「なぜこんな理不尽な案が出てくるのか」と罵った。
「耳を疑う暴言である」
それは「子供もいるので、原発が動かないと生活費が減り大変」と訴える母親に「黙れ、こら、シナ人」と罵るのと全く同じ。

何回も言ってるけど、これは朝鮮日刊新聞だけじゃないから、ね。
私めが朝鮮日刊新聞を採り上げるのは、それが全ての左翼リベラルを代弁しているから。
(社説は長すぎず、短すぎず、ブログで採り上げるのに最適な長さ、ということもある。)
「朝鮮日刊新聞隊員が口にした『引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか』、『なぜこんな理不尽な案が出てくるのか』という言葉だけが問題なのではない」
「背景には、根深い原発立地市町村民への差別意識とそれを生んだ左翼リベラルの構造があり、その一端があらわになったと見るべきだ」
その明白な証拠が大穢健三郎。
2012年9月10日の投稿で指摘したとおり、大穢健三郎も、再生エネ+電力自由化で脱原発、と喚き立ててる。
ところが、2014年9月11日の投稿で紹介したとおり、大穢健三郎はかつて「核開発は必要だということについてぼくはまったく賛成です」と公言してた。
にもかかわらず、それに関して一言の弁明も無く、2012年7月9日の投稿で紹介したとおり、国民を上から見下ろして「『3・11』の後の私たちの生き方をしっかりとつくっていく」と高言し、2012年8月23日の投稿で紹介したとおり、「侮辱されていると感じる」と喚き散らした。
「耳を疑う暴言である」
原発立地市町村民が「原発が動かないと生活費が減り大変」と訴えているのに、「『3・11』の後の私たちの生き方をしっかりとつくっていく」と高言し、己は「核開発は必要だということについてぼくはまったく賛成です」と公言してたくせに、「侮辱されていると感じる」と喚くのは、原発立地市町村民に「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」と罵るのと全く同じ。

原発立地市町村民を足蹴にするような輩が「沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う」はずがねえだろ。
普天間の辺野古移設に関して、鬼畜左翼は以前にこんな邪説を書いてた。


政府と沖縄 真の和解にするために
この和解を、今度こそ、政府と沖縄県の対話による事態打開につなげねばならない。
米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐる訴訟で、政府と県の和解が成立した。
これにより、政府は埋め立て工事を中止する。政府と県はすべての訴訟を取り下げ、円満解決に向けて協議を進めることでも合意した。
貴重な大浦湾の自然環境が破壊される前に、工事が止まる意義は小さくない。
ただ、対立がこれで解消したわけでもない。
最大の問題は、安倍首相が「辺野古が唯一の選択肢」との姿勢を崩していないことだ。その前提にたつ限り、「辺野古移設NO」の民意に支えられた翁長県政との真の和解は成り立ちえない。
和解条項には、改めて訴訟になった場合、双方が司法判断に従うことが盛り込まれた。
そうなる前に妥協点を見いだせなければ、問題の先送りに終わりかねない。
新たな訴訟が確定するまでには一定の時間がかかる。丁寧な議論を重ねる絶好の機会だ。
一方で、政府の狙いは6月の沖縄県議選、夏の参院選に向けて、問題をいったん沈静化させることではないか、との懸念の声もある。
思い出すのは、安保法制の国会審議がヤマ場を迎えた昨年夏にも、政府が工事を中断して県と1カ月間の集中協議期間を設けたことだ。この時は、県の主張を聞き置くばかりで実りある対話とは程遠かった。同じ轍(てつ)を踏んではならない。
首相はきのう、普天間の危険性の除去と、県の基地負担の軽減が「国と県の共通の目標」だとも強調した。
ならば、政府がいま、なすべきことははっきりしている。
首相が県に約束した普天間の「5年以内の運用停止」の実現に全力を尽くすことである。
福岡高裁那覇支部が示した和解勧告文には、こうある。
本来あるべき姿としては、沖縄を含めオールジャパンで最善の解決策を合意して、米国に協力を求めるべきである。そうなれば、米国としても、大幅な改革を含めて積極的に協力をしようという契機となりうる」
そのために、普天間の機能の県外・国外への分散を進める。政府と県だけでなく、本土の自治体とも話し合い、米国との協議に臨むべきである。
「辺野古が唯一の選択肢」という思考停止を脱し、県との真の和解をめざす。そのための一歩を踏み出すべきときだ。


(2016年3月5日の朝鮮日刊新聞邪説)

要するに、国民全員が沖縄に負担を強いてきたのだから、他の県民も負担を分かち合うべき、と言い立てているわけだけど、それなら、福島に、そして、新潟に原発を押しつけたのは東京の住民だから、福井に原発を押しつけたのは京阪神の住民だから、原発廃炉の費用を分かち合うのは当然だろ。
ところが、安倍こべに「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き散らし、「なぜこんな理不尽な案が出てくるのか」と罵った。
「耳を疑う暴言である」
原発廃炉の費用を負担したくないと言い募る左翼リベラルが「沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う」はずがねえ。

鬼畜左翼はこんな邪説も書いてた。


辺野古判決 それでも対話しかない
国の主張が全面的に認められた判決だ。だからといって、政府が沖縄の不信を解く努力を怠れば、問題解決には決してつながらない。
米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐり、国と県が争った裁判で、福岡高裁那覇支部は国側勝訴の判決を言い渡した。
「普天間の被害を除去するには辺野古に基地を建設する以外にない」と言い切ったことに、大きな疑問を感じる。
長い議論の歴史があり、国内外の専門家の間でも見解が分かれる、微妙で複雑な問題だ。だが、この訴訟で裁判所が直接話を聞いたのは翁長雄志知事ひとりだけ。それ以外の証人申請をことごとく退け、法廷を2回開いただけで打ち切った。
そんな審理で、なぜここまで踏みこんだ判断ができるのか。しなければならないのか。結論の当否はともかく、裁判のあり方は議論を呼ぶだろう。
国と県はこの春以降、話しあいの期間をもった。だが実質的な中身に入らないまま、参院選が終わるやいなや、国はこの裁判を起こした。
判決は「互譲の精神」の大切さを説き、「国と県は本来、対等・協力の関係」と指摘しながらも、結果として国の強硬姿勢を支持したことになる。
辺野古移設にNOという沖縄の民意は、たび重なる選挙結果で示されている。
翁長知事は判決後の会見で、最高裁の確定判決が出れば従う姿勢を明確にする一方、「私自身は辺野古新基地を絶対に造らせないという思いをもってこれからも頑張りたい」と語った。
国が埋め立て計画の変更申請を出した際など、様々な知事権限を使って抵抗する考えだ。
一日も早く普天間の危険をなくしたい。その願いは政府も県も同じはずだ。対立ではなく、対話のなかで合意点を見いだす努力を重ねることこそ、問題解決の近道である。
だが参院選後、政府による沖縄への一連の強腰の姿勢に、県民の不信は募っている。
大量の機動隊員に守らせて東村高江の米軍ヘリパッド移設工事に着手し、工事車両を運ぶため自衛隊ヘリを投入した。来年度予算案の概算要求では、菅官房長官らが基地問題と沖縄振興のリンク論を持ち出した。
政府が直視すべきは、県民の理解がなければ辺野古移設は困難だし、基地の安定的な運用は望み得ないという現実だ。
県民の思いと真摯(しんし)に向き合う努力を欠いたまま、かたくなな姿勢を続けるようなら、打開の道はますます遠のく。


(2016年9月17日の朝鮮日刊新聞邪説)

始めの邪説でも「米軍普天間飛行場の辺野古への移設計画をめぐり、たび重なる選挙で示された民意を、政府は踏みにじろうとしている」と泣き喚いてたけど、2012年9月22日の投稿で紹介したとおり、「原発再稼動にOKという原発立地市町村の民意は、たび重なる選挙結果で示されている」
「米軍普天間飛行場の辺野古への移設計画をめぐり、たび重なる選挙で示された民意を、政府は踏みにじろうとしている」と言い立てるのなら、政府も「原発再稼動をめぐり、たび重なる選挙で示された民意を、脱原発派は踏みにじろうとしている」と言い立てて、再稼動を推し進めることが可能。
って言うと、左翼リベラルは、「原発再稼動にNOという民意は、鹿児島、新潟のたび重なる知事選挙結果で示されている」んですぅぅぅ~、と泣き喚くだろうけど、「左翼リベラルが直視すべきは、原発立地市町村民の理解がなければ廃炉は困難だし、真の脱原発は望み得ないという現実だ。原発立地市町村民の思いと真摯に向き合う努力を欠いたまま、かたくなな姿勢を続けるようなら、脱原発の道はますます遠のく」
左翼リベラルが「『原発の被害を除去するには再生エネを建設する以外にない』と言い切ったことに、大きな疑問を感じる」
「『再生エネ+電力自由化が唯一の選択肢』という思考停止を脱し、原発立地市町村との真の和解をめざす。そのための一歩を踏み出すべきときだ」

もちろん、左翼リベラルは絶対に肯んじない。
「原発立地市町村の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う姿勢がみじんも感じられない」左翼リベラルが「沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う」はずがねえ。
じゃあ、何のために、辺野古移設に反対しているのか?
もちろん、それは「支那」のため。
その事実は温暖化プロパガンダにハッキリと表れている。

9月23日の投稿で採り上げた邪説が「省エネを徹底しつつ、太陽光や風力、地熱など再生可能エネルギーをさらに導入する」と喚き立てていたことから明らかなとおり、左翼リベラルの「『再生エネ+電力自由化が唯一の選択肢』という思考停止」はIPCCの人為的(排出CO2)温暖化説に依存してる。
けど、それを真に受けたとしても、昨年9月4日の投稿でも解説したとおり、我国に責任は無い。
今や「支那」こそがダントツのCO2排出国であり、人為的(排出CO2)温暖化が事実なら、その責任は「支那」にある。
にもかかわらず、9月6日の投稿で採り上げた邪説は「その中で今回、温暖化対策の合意ができたのは、習政権がそこに利点を見いだしたからだ。中国は今や、エネルギーを浪費する古い産業構造から転換せねばならない。それにパリ協定は利用価値があると踏んだのだ。国際的な協調行動の流れに乗ることが、自国にも利益をもたらす。中国がそう感じる領域を広げることにこそ、今後の対中関係のかぎがある」と喚き立てた。
(何回も言うけれど、それは朝鮮日刊新聞だけじゃない。10月12日の投稿で紹介したとおり、奸凶NPOどもも全く同じ。3月22日の投稿で指摘したとおり、IPCCの江守正多も同じ。)
つまり、左翼は、我国に責任が無く、「支那」に責任があっても、人為的(排出CO2)温暖化はグローバルな問題であり、9月1日の投稿で紹介した記事に見えるとおり、「温暖化 台風のリスク増」だから、9月23日の投稿で採り上げた邪説に見えるとおり、「温暖化との関連性が濃厚な熱波や豪雨なども頻発しているから」、9月27日の投稿で採り上げた邪説に見えるとおり、「地球温暖化に伴って大型台風や集中豪雨といった『極端現象』も増えて」いるから、そして、これまた9月27日の投稿で採り上げた邪説に見えるとおり、「大雪の頻度と規模が増える可能性が高い」から、「『支那』に利益をもたらす領域を広げること」が日本国民のためになる、と言い張ってるわけだ。
けど、それならば、原発事故収束は、そして、廃炉は我々日本国民のためだから、「引っ越しで新たな会社と契約し」ても、廃炉の費用を負担するのは当然だろ。
にもかかわらず、「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き散らし、「なぜこんな理不尽な案が出てくるのか」と罵った。
「支那」に対しては「中国がそう感じる領域を広げることにこそ、今後の対中関係のかぎがある」と言い立て、日本国内の問題には「なぜこんな理不尽な案が出てくるのか」と言い放つ。
「耳を疑う暴言である」
(ここに左翼リベラルの喚き立てる「グローバリズム」の卑劣で邪悪な本性が表れている。)

そんなことを喚き散らす輩が本当に「沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う」はずねえだろ。
2014年1月27日の投稿で指摘したとおり、温暖化を喚き立て、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き散らす左翼リベラルは沖縄県民を愚弄しているだけ。
心の底では沖縄県民に「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」と思ってるんだよ。
大逆痴事を批判めかしてるけど、10月19日の投稿でも指摘したとおり、「大逆異心」を生み出したのは、「再生エネ+電力自由化が唯一の選択肢」と喚き立てる左翼リベラル。
左翼リベラルに「沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う姿勢はみじんも無い」のだから、左翼リベラルの生み出した大逆痴事に「沖縄の人々の気持ちや苦難を思い、寄り添う姿勢がみじんも感じられない」のは理の当然であり、意とするに足りない。

左翼リベラルの「こうした振る舞いがもたらすものは、さらなる反発と混迷、そして沖縄と本土の分断でしかない」
けど、それこそが左翼リベラルの目論見。
「支那」の侵略を援護するために他ならない。
だからこそ、パリ凶定で「支那」が2030年までのCO2排出増を公約したにもかかわらず、人為的(排出CO2)温暖化が事実なら、その責任は「支那」にあり、我国に責任は無いにもかかわらず、10月12日の投稿で採り上げた邪説は、安倍こべに「『消極派の旗頭』ともされかねない」だの、「日本は、そうした国々から『我々の困難に冷たい国』と見られかねない」だのと「耳を疑う暴言」を吐き散らしたんだね。

「耳を疑う暴言である」だと?
黙れ、こら、シナ人!

IPCCと左翼が、鳥取を渇泣かしだ、と狂騒曲

バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第2番」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

またもや、鳥取で大地震が起こっちゃったから、どうしようかと迷ったけど、だからこそ、論じねばならん。


世界の月間平均気温、記録更新16か月でストップ 観測史上最長
2016年10月19日 09:49 発信地:マイアミ/米国
16か月間連続で過去最高を記録していた世界の月間平均気温が、9月にその更新をストップさせた。137年の観測史上、今年の9月は同月として2番目の暑さだった。米海洋大気局(NOAA)科学者らが18日、報告した。
だが、NOAAの月例気象報告書によると、今年に入ってからの気温の上昇傾向に変化はみられず、1月から9月までの気温は1880年以降で最高を記録しているという。16か月連続での記録更新は観測史上最長となった。
9月の平均気温は、エルニーニョ現象で太平洋の温暖化傾向が強められた昨年同月の最高気温より0.38度低かった。専門家らは7月のエルニーニョ終息による気温の微小な低下を予想していた。
それでも、化石燃料の燃焼が大気中の温暖化ガスの増加に寄与していることを背景に、気温の上昇傾向は継続している。報告書は「今年これまでの地球の平均気温は、2015年同期との比較で0.23度上回っている」とした。
専門家らは、2016年は観測史上で最も暑かった2015年を上回り、3年連続で記録を更新するだろうとしている。


(AFP)

何回も言ってるけど、これはNOAAのNCEIであり、NOAAにはもう一つNCEPがある。
NCEPの先月の気温はNCEIと完全に一致してた。

しかも、NCEPでは「今年の9月は同月として1番目の暑さだった」

けど、「気温上昇の停滞とIPCC断末魔の足掻き」で解説しているとおり、NCEPでは2014年も2015年も(その時点での)過去最高ではなかった。
「観測史上で最も暑かった2015年を上回り、3年連続で記録を更新する」はイカサマ。
IPCC党はNCEIを盾にして、ハイエイタスなんて存在しまシェ~~~ン、気温上昇カム・バッ~~~ク、と泣き叫んでるけど、ハイエイタスは厳然と存在する。
実際、「気温上昇の停滞と人為的温暖化説の破綻」の図11-14で解説しているとおり、人工衛星の観測データから、ENSOと(火山噴火に因る気温低下)を取り除けば、1990年代前半から気温はほとんど上がっていない。
今年が人工衛星の観測でも「記録を更新する」としても、それは過去最強だったエルニーニョが原因であり、ENSOを取り除けば、やはり、気温はほとんど上がっていない。

もちろん、これはIPCCにはすこぶる「不都合な真実」
だから、既にWUWTが紹介してたから知ってるだろうけど、RSSのデータを改竄しやがった。
私めは毎月RSSのデータをダウンロードし、古いデータに上書きしてる。
けど、幸いなことにと言うか、何と言うか、ダウンロードしたデータはそのままでは私めが使っているグラフ作成ソフトで使えないから、別にデータを作り直し、ダウンロードしたファイルから最新のデータだけをそちらにコピペしてる。
その時に、あれ?、と気づいた。
グラフはWUWTが示してるから、以下では最近10年間の値を表にして示そう。
(但し、9月20日の投稿に見えるとおり、先月はGISSのデータを用いたから、RSSのデータをダウンロードし忘れたので、今年は7月まで。)

2016102101
2016102102
2016102103

始めは1000分の1℃の違いだから、差は無いに等しいけど、だんだんと大きくなり、最近では0.02℃も値を吊り上げてる。
その程度なら大したことない、と思うかもしれないけど、このような改竄を繰り返したら、0.1℃は上がる。

人工衛星のデータでこれだから、ね。
NASA(GISS)やNOAA(NCEI)がデータを改竄しまくってるのは自明だな。
実際、9月23日の投稿で紹介したとおり、1990年代の前半から温暖化がほとんど進んでいないことは、別のデータからも確認されている。
「化石燃料の燃焼が大気中の温暖化ガスの増加に寄与していることを背景に、気温の僅かな上昇傾向は継続している」という事実は覆らない。
RSSのデータ改竄はその事実を裏づけただけ。

4月19日の投稿で言ったはずだ。
「無意味な温暖化対策に使う資金は福島原発事故対策と防災に注ぐべきなのに、温暖化を煽り続けているから、またもや、国民が犠牲になったんだよ」と。
にもかかわらず、9月23日の投稿で紹介したとおり、「東日本大震災もあって、温暖化への関心自体が薄れていた」と喚き立て、10月12日の投稿で紹介したとおり、「あまりに情けない、大きな失態である」と喚き散らし、またしても鳥取が震災に見舞われた。
許し難い!
しかも、我々が地震の脅威に直面しているにもかかわらず、「日本は、そうした国々から『我々の困難に冷たい国』と見られかねない」とまで言い放った。
許さん、断じて許さん!

しかも、地震発生(14時07分)の直後に、こんな報道してる。


石炭発電は先祖返りのような話」 山本環境相
2016年10月21日14時28分
山本公一環境相は21日の閣議後会見で、二酸化炭素(CO2)排出量の多い石炭火力発電所について「個人的には容認しがたい」と述べた。
環境相は石炭火力発電の新増設の環境影響評価(アセス)で経済産業相に意見を述べる立場。環境省は今年2月、電力業界の自主対策を条件に、それまで異議を唱えてきた石炭火力発電の新増設を容認する立場に転じている。山本環境相は8月に着任した。
山本環境相は会見で、個人的な考えと断ったうえで発言。将来は温暖化対策として再生可能エネルギーを含めたエネルギー源の開発に期待するとし、「つなぎのエネルギーは原子力と思う。石炭火力はつなぎでも何でもない。石炭は先祖返りのような話」と語った。
環境省によると、石炭火力のアセス手続きで大臣が意見を述べるのは来年以降になる見込み。石炭火力発電は最新型でもCO2排出量が天然ガス火力発電の約2倍と多い。国内では新設計画が相次ぎ、すべて建設されると2030年のCO2削減目標を約7千万トン超えるおそれがあるという。(小堀龍之)


(朝日新聞デジタル)

10月2日の投稿で指摘したとおり、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルには、実のところ、原発に対する意識なんて欠片も無い。
こんな発言を悦び勇んで報じたのは、その真実を裏づけたと言える。
前回の投稿で指摘したとおり、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルは、原発事故を利用して国民を徹底的に収奪し、真の脱原発を阻害して、国民を苦しめようと目論んでいる。
こんな発言を悦び勇んで報じたのは、その真実を裏づけたと言える。
もちろん、「脱原発=再生エネ+電力自由化」の拠り所は温暖化プロパガンダ。
鳥取が震災に見舞われた直後に、こんな発言を悦び勇んで報じたのは、温暖化プロパガンダが日本国民の命を奪うという真実を象徴してるな。

IPCCの連中よ!
奸凶NPOよ!
温暖化対策を煽り立て、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルよ!
テメエらは死に値する。
断じて死に値する!!

左翼脱原発派に大逆異心が透けるツォ

ショパン「スケルツォ第3番」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

脱原発派の正体がハッキリと表れたな。


新潟県知事選 原発への不安を示した
原発の再稼働に前のめりな安倍政権への「待った」だ。その意思表示と言える結果である。
新潟県知事選で、共産と社民、自由の野党各党の推薦を受けた米山隆一氏が初当選した。最大の争点だった東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に厳しい姿勢を示し、自民、公明両党推薦の前長岡市長、森民夫氏との事実上の一騎打ちを制した。
選挙で浮き彫りになったのは、県民の原発への強い不安だ。米山氏は「東電福島第一原発の事故や、その影響・課題が検証されない限り、再稼働の議論は始められない」と公約した。有言実行を肝に銘じ、再稼働を目指す国や東電に毅然(きぜん)と向き合うことが責務である。
再稼働に慎重な態度を貫いてきた泉田裕彦知事が立候補をとりやめ、その路線が継承されるかどうかが注目された知事選は当初、全国市長会長も務め、「国とのパイプ」を強調した森氏が圧倒的に優勢とみられた。
だが、告示直前に立候補を表明し、再稼働問題で泉田路線を継承すると明言した米山氏の勢いがまさった。朝日新聞社の有権者への調査では、再稼働への賛成が2割台だったのに対し、反対は6割を超えた。この声が米山氏を当選させた。
柏崎刈羽は7基の原子炉が集中する世界最大級の原発だが、02年に重大なトラブル隠しが発覚し、07年の中越沖地震では火災や微量の放射性物質漏れが起きた。不安を感じる人が多いのもうなずける。
泉田氏は国に対し、原発事故時の住民の避難計画を原子力規制委員会が審査しない問題点を指摘し、原子力災害対策指針の改善を訴えた。福島第一原発事故については県の専門家委員会を使って独自に検証を続けた。炉心溶融の公表が遅れた問題も追及し、今年になって東電が隠蔽(いんぺい)を認めることにつながった。
原発の安全を国任せにせず、知事がさまざまな役割を果たせることを泉田氏は行動で示してきたと言える。選挙結果は、そうした姿勢の継続を望む県民が多いことを示した。
安倍政権は原発を「重要な基幹電源」と位置づけ、規制委の審査を終えた原発は再稼働させていく考えだ。柏崎刈羽の再稼働についても、実質国有化した東電の経営再建に不可欠だと位置づけている。
しかし、新潟の民意と真摯(しんし)に向き合うべきだ。
この夏には鹿児島県知事選でも原発の一時停止を掲げた候補者が当選した。住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである。


(2016年10月17日の朝鮮日刊新聞邪説)

「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」だと?
「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だと?

10月2日の投稿10月6日の投稿で紹介したとおり、左翼リベラルの喚き立てる脱原発とは「再生エネ+電力自由化」に他ならないけど、鹿児島県民がいつ「再生エネ+電力自由化」を求めた?
新潟県民がいつ「再生エネ+電力自由化」を求めた?
2012年5月21日の投稿で採り上げた2012年5月5日の朝鮮日刊新聞社説は「私たち自らが考え、合意形成をはからなければならない」と言い立ててたけど、「再生エネ+電力自由化」に関しては如何なる「合意形成」もはかられていない。
2012年10月14日の投稿11月20日の投稿2013年3月21日の投稿、そして、昨年3月11日の投稿で指摘したとおり、徹底的に国民を排除して推し進められた。
実際、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」どころか、2011年9月29日の投稿で採り上げた2011年6月29日の朝鮮日刊新聞邪説に見えるとおり、チョンコロ韓直人政権が国民を無視して固定価格買い取り制度を推し進め、鬼畜左翼は「異論はないはずだ」と言い放った。
2012年6月24日の投稿で紹介したとおり、買い取り価格は「各業界団体の要望にほぼ沿う内容となった」
2012年12月8日の投稿で指摘したとおり、総選挙の最中に御用学者と経済産業省が電力自由化を決め、鬼畜左翼は、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」と批判するどころか、2月17日の投稿で指摘したとおり、権力の宣伝部隊と化して、電気を選ぶことができると市民を騙し続け、権力の尖兵となって電力自由化を推し進めた。
鬼畜左翼だけじゃねえ。
2012年9月10日の投稿で紹介したとおり、そして、昨年2月10日の投稿4月8日の投稿で指摘したとおり、大穢健三郎一派を始めとする左翼リベラルは安倍のチョンカスを神輿に担いで電力自由化を推し進めた。
2012年8月24日の投稿で採り上げた2012年8月23日の朝鮮日刊新聞社説は「ものごとを政治家と既得権を持つ組織の代表や一部の専門家で決め、ふつうの市民はかかわりにくいのが、従来の『ムラ社会』型の意思決定の仕組みだ」と喚き立てていたけど、「ものごとを政治家と構造改革利権を狙う組織の代表や一部の専門家や反日左翼リベラルで決め、ふつうの市民はかかわりにくいのが、新しい『脱原発ムラ社会』型の意思決定の仕組みだ」
その事実を覆い隠すために、「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」だの、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だのと喚いてるんだよ。

2011年4月26日の投稿8月30日の投稿2012年1月5日の投稿7月11日の投稿7月25日の投稿9月4日の投稿、そして、2013年3月29日の投稿で紹介したとおり、原発が無くても電力は足りてる。
だからこそ、「再稼働への賛成が2割台だったのに対し、反対は6割を超えた」
原発が無くても電力は足りているということは、再生エネが無くても電力は足りている、ということ。
だから、「反対は6割を超えた」ということは、再生エネは必要ない、ということに他ならず、それが「住民の声」
10月2日の投稿で採り上げた邪説は「廃炉費のつけ回しが、大手電力の原発への優遇策となり、新電力の多くが手がける再生エネルギー導入への逆風となる。そんな事態は許されない」と泣き喚いてたけど、再生エネは必要ないのだから、電力自由化も必要ない。
それが「民意」
「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルは、「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」だの、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だのと言い立てて、その実は、「住民の声」に耳を塞ぎ、「民意」を踏み躙ってるんだね。
左翼リベラルは、「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」だの、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だのと言い立て、己らが「民意」の代弁者であるかのごとくに装い、「再生エネ+電力自由化」を「民意」「住民の声」に仕立て上げようと図るんだよ。

このことは何回も何回も繰り返し言い続けてきたけれど、左翼脱原発派は絶対に耳を傾けない。
昨年7月19日の投稿で採り上げた邪説は「ものごとを多元的に検討することが企図されている。様々な価値観や異なる意見のせめぎ合いから導かれた結論の方が、間違いが少ないからだ」と喚き散らしながら、己らは頑として批判に耳を傾けない。
それこそは、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を煽り立てる左翼リベラルが「住民の声」を無視し、「民意」を踏み躙っている証。

そもそも、「朝日新聞社の有権者への調査では、再稼働への賛成が2割台だったのに対し、反対は6割を超えた。この声が米山氏を当選させた」と言い立て、「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」だの、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だのと喚き散らすのは、逆に、3割の「住民の声」を踏み躙る以外の何物でもない。


【新潟県知事選】柏崎原発再稼働に残る亀裂 「まちが二分しかねない」と懸念する声も
2016.10.17 08:45
東京電力柏崎刈羽原発再稼働への対応が最大の争点となった16日投開票の新潟県知事選で、国や東電に厳しい姿勢で臨んだ泉田裕彦知事の路線継承を訴えた医師、米山隆一氏(49)=共産、自由、社民推薦=は、「ここからがスタート」と決意を語り、支援者らは喜びに沸いた。激戦を繰り広げた前長岡市長、森民夫氏(67)=自民、公明推薦=の陣営からは、再稼働の是非に争点が絞られた選挙戦への恨み節も聞かれた。
同日夜、米山氏は新潟市の選挙事務所で「すばらしい結果で、自分でも信じられない。これからみなさんの思いを形にするため、力添えを」と訴えた。一方、森氏は同市のホテルで、支援者ら約200人を前に「実力不足だった」とうなだれた。自民党の県議は「脱原発のワンフレーズに負けた」と分析した。
鹿児島県の三反園訓知事に続き、再稼働に厳しい姿勢の立地自治体首長が誕生することになる。同原発を抱える柏崎市では、泉田知事時代からの「現状打開」に期待していた森氏の支持者らが先行きに懸念を示した。
米山氏は、選挙戦序盤から再稼働を「最大の争点」と位置付けていた。終盤には、原発事故時の安全な避難方法が確立されていないとして「皆さんの命を守る手段がないのに原発の再稼働を認めることはできない」と発言していた。
世界最大級の規模である同原発は、維持管理や安全対策工事などを通じ、雇用や活気を生み出してきた。原発関連会社の女性(42)は福島第1原発事故後、給与が削減され、家族旅行を控えるようになったといい、「子供もいるので、原発が動かないと生活費が減り大変」と再稼働への期待を語った。男性会社員(33)は「(平成24年に)原発が止まってから繁華街に外から来る人が減ったと感じる。街が潤うには原発が必要だ」。
柏崎市では、11月に控える市長選でも再稼働に容認・反対の立場の候補がすでに立候補表明。知事選で生じたひびがさらなる亀裂を広げ、「まちが二分しかねない」と懸念する声も広がっている。
「再稼働の表面的な『マル・バツ』論に終始し、両陣営とも主張がぼやけていた」。市内で老舗の呉服店を営む吉田直一郎社長(70)は、冷ややかな目で知事選を振り返り、「原発が動くにしても止まったままにしても、まちは共存しないといけない」と呼びかけた。


(産経ニュース)

2014年9月3日の投稿で採り上げた2014年5月2日の邪説は「その『多様な価値を認め合う民主主義社会』がいま、揺らいでいる。深刻なのは、自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きが勢いを増していることだ」と泣き喚いてたけど、「選挙結果は、そうした姿勢の継続を望む県民が多いことを示した」と言い立て、「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」と喚き立てて、「自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きが勢いを増している」んだよ。
って言うと、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルは、廃炉にも膨大な費用と人的資源が必要だから、雇用は維持されますぅぅぅ~、と泣き喚くだろうけど、それならば、我々は廃炉のための費用を負担しなければならない。
ところが、どうだ。
10月2日の投稿で紹介したとおり、「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き立てた。
10月6日の投稿で紹介したとおり、「3・11を教訓に、自由化が進めば、原発の電気はもういらない、新電力の再生可能エネルギーを使いたいと考える人たちにも、過去には原発の恩恵を受けてきたからと、一様に負担を強いるというのです。これはおかしい」と喚き立てた。
しかも、「東京電力柏崎刈羽原発」だから、私めのような関西の住人が負担する義務はない。
廃炉の費用を負担すべきは東京の住民。
ところが、どうだ。
10月6日の投稿で紹介したとおり、「各大手電力の管内では、東京電力から新電力への切り替えが約97万4400件と全国の58.2%を占めており最も多い」
そういう状況を生み出したのは「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラル。
「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルが、「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」だの、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だのと言い立てて、その実は、「住民の声」に耳を塞ぎ、「民意」を踏み躙っているという事実は、「そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と言い放った事実に、「3・11を教訓に、自由化が進めば、原発の電気はもういらない、新電力の再生可能エネルギーを使いたいと考える人たちにも、過去には原発の恩恵を受けてきたからと、一様に負担を強いるというのです。これはおかしい」と言い放った事実に、ハッキリと表れてるんだね。

しかも、だ。


東電株急落、一時8%超下落…新潟知事選が影響
2016年10月17日 18時13分
17日の東京株式市場で、東京電力ホールディングスの株価が急落した。
取引開始直後から売り注文が膨らみ、一時、前週末終値比で36円安(8.6%)の382円まで下落した。終値は同33円安(7.9%)の385円だった。
16日の新潟県知事選で、東電・柏崎刈羽原発の再稼働に慎重な米山隆一氏が当選し、再稼働は難しくなったとの見方が広がった。再稼働が遅れれば、東電の経営は一段と厳しくなるとみられており、売り注文が殺到した。


(YOMIURI ONLINE)

こうなると、東電は益々再稼動に固執せざるを得ない。
左翼リベラルは「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」だの、「3・11を教訓に、自由化が進めば、原発の電気はもういらない、新電力の再生可能エネルギーを使いたいと考える人たちにも、過去には原発の恩恵を受けてきたからと、一様に負担を強いるというのです。これはおかしい」だのと喚き立てて、東電を原発再稼動に追い込んでいるんだよ。
2月7日の投稿2月15日の投稿2月17日の投稿、そして、4月6日の投稿で指摘したとおり、左翼リベラルの喚き立てる「脱原発=再生エネ+電力自由化」は真の脱原発を阻害する以外の何物でもない!

日本は悪い国だ、日本人は悪い民族だという歪みきった反日意識に凝り固まった左翼リベラルは、原発事故を利用して国民を徹底的に収奪し、真の脱原発を阻害して、国民を苦しめようと目論んでいる。
だからこそ、「民意」を、「住民の声」を踏み躙るんだね。
3月14日の投稿4月19日の投稿、そして、4月20日の投稿で紹介したとおり、「保育園落ちた日本死ね」という発言を持ち出して、子育て支援~~~、と泣き喚いてたけど、上の記事中の母親の「子供もいるので、原発が動かないと生活費が減り大変」という嘆きを鬼畜左翼は絶対に報じないし、「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルは平然と足蹴にする。
それは左翼リベラルが「日本死ね」に悦んだこと、そして、それを実現するための「脱原発=再生エネ+電力自由化」に他ならないことをハッキリと示してるな。

そこで、新潟県痴事の素性を調べると。

はい!
「異心」でした!
2014年11月27日の投稿で指摘したとおり、既に分かっていることだけど、やっぱり、共産党は「異心協賛党」
昨年9月2日の投稿でも指摘したとおり、共産党は「脱原発=再生エネ+電力自由化」の走狗。
「脱原発=再生エネ+電力自由化」は真の脱原発と相容れないから、つまり、「脱原発=再生エネ+電力自由化」は「私自身はすいません!原子力賛成!」と本質的に同じだから、共産党がかつて批判したことは今回支持したことと決して矛盾しない。
矛盾しないから支持したんだよ。
共産党が新潟県痴事を支持したことは、「脱原発=再生エネ+電力自由化」が真の脱原発と相容れないことを、立証したんだね。
ありがとう、「異心協賛党」

暗い目をした男」は、俺を差別した日本が憎いという、歪みきった被差別意識だけで出来上がった存在。
何の問題意識も無かったくせに、左翼リベラルに呼応して「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き出したのも、左翼リベラルと同様、原発事故を利用して俺を差別した日本国民を苦しめてやろうとの魂胆。
歪みきった反日意識の左翼と、歪みきった被差別意識の「暗い目をした男」の間には強い親和性がある。
実際、「暗い目をした男」を政治家に仕立て上げたのは、つまり、「大逆異心」を生み出したのは朝鮮日刊新聞グループ。
だから、あれだけ朝鮮日刊新聞に、ギャ~、ギャ~、と吠え立てていたくせに、大阪四長を辞めた途端に、嬉々として朝鮮日刊新聞グループのテレビ朝日に登場。


橋下徹氏、8年ぶりレギュラー出演へ 4月からテレ朝系
2016年2月16日07時24分
昨年12月に大阪市長を退任した橋下徹氏が4月から始まるテレビ朝日系のバラエティー番組にレギュラー出演することが分かった。8年ぶりのレギュラー番組になるという。
テレ朝によると、番組は月曜午後11時15分(朝日放送は火曜午前0時30分)からの1時間で、同局の朝のワイドショーでキャスターを務める羽鳥慎一氏とともにメインで出演する。タイトルや内容は未定で3月23日の特番で決めるという。
橋下氏は「政治家になる前はテレビでかなり無理してましたので、もうあのようにはできません。今回は普通に、そして政治家の経験を少しでも活(い)かすことができればと思います。政治家の経験なんてこの番組では邪魔かもしれませんが」とコメントしている。(佐藤美鈴)


(朝日新聞デジタル)

朝鮮日刊新聞も批判めかしてたのに、大阪四長を辞めたら、早々に傘下のテレビ朝日に引っ張り出してきた。
そして、そのテレ朝の社員だったのが鹿児島県痴事。


鹿児島知事に三反園氏 元テレ朝社員、川内原発停止公約
2016年7月10日21時26分
鹿児島県知事選は10日投開票され、無所属新顔で元テレビ朝日コメンテーターの三反園訓氏(58)が無所属現職の伊藤祐一郎氏(68)を破り、初当選を確実にした。三反園氏は伊藤氏の4選阻止を訴え、民進、社民両党県組織や保守系地方議員の一部の支援を得て草の根の選挙戦を展開した。
鹿児島県で過去に4選した知事はおらず、伊藤氏の4選の是非が焦点の一つとなった。三反園氏は多選を批判するとともに、熊本地震の発生で九州電力川内原発の安全性に不安が広がると、反原発グループとも連携。「川内原発を停止し、点検するよう九電に申し入れる」との公約を掲げ、支持を広げた。
伊藤氏は自民、公明両党の支援を得て組織戦を展開したが、及ばなかった。


(朝日新聞デジタル)

もちろん、コヤツも再生エネを喚き立てている。


川内原発の一時停止と再点検、申し入れへ
今月10日の鹿児島県知事選で現職を破り、初当選した三反園訓(みたぞの・さとし)氏(58)が28日、初登庁した。就任記者会見で、国内で唯一稼働している九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(同県薩摩川内市)の一時停止と再点検を8月下旬にも申し入れる考えを知事として正式に表明した。また、県が策定した川内原発の避難計画についても再検証する考えを示した。
知事は「熊本地震を受けて県民が不安に思っている以上はいったん止めて、再点検・再検証すべきだと九電に出来るだけ早く強く申し入れたい」と語った。ただ再点検の具体的な内容や、再点検後に安全と判断する根拠などについては「いろいろな方と意見交換してから私の考えをまとめたい」と述べるにとどめた。その上で県庁内に専門家らによる「原子力問題検討委員会(仮称)」を設置する意向を表明した。
知事は今すぐ廃炉を求める考えはないとみられるが、廃炉についても「検討委で検討する」と言明。「原発に頼らない社会に一歩でも二歩でも近づけていきたい」と繰り返し、「鹿児島を自然再生エネルギーによる社会に転換、変身させていきたい」と強調した。
知事に稼働中の原発を止める法的権限はないが、知事は「権限がないからといって申し入れないというのは違うと思う」と話した。一方、九電は「まだ実際に停止の要請を受けておらず、コメントできない」としている。
元テレビ朝日コメンテーターの三反園知事は候補一本化のため擁立を取り下げた反原発団体との間で、九電に川内原発を停止し再調査するよう申し入れることなどで政策合意。川内原発の再稼働を容認した伊藤祐一郎前知事に8万票以上の差をつけて当選した。【杣谷健太】


(毎日新聞2016年7月28日 12時05分(最終更新 7月28日 13時11分))

私めはテレビなんか見ないから、知らないけど、おそらく、番組でも「脱原発=再生エネ+電力自由化」を吹聴してたんだろうな。
その証拠に、昨年8月13日の投稿で採り上げた朝鮮日刊新聞邪説は、川内原発を持ち出して、再生エネ+電力自由化を喚き散らしてた。
2011年8月18日の投稿9月11日の投稿で紹介したとおり、原発安全神話を率先して垂れ流したのは、他ならぬ、朝鮮日刊新聞。
原発事故のA級戦犯が、そして、その傘下のテレビ局が、脱原発には再生エネ+電力自由化が不可欠、とデマを足れ流して市民を騙し、遂には、その社員を知事にまで押し上げ、市民を徹底的に収奪する。
その構図は「大逆異心」を生み出した構図と全く同じ。
鹿児島県痴事は「暗い目をした男」と同じ存在。
だから、鹿児島の「反原発グループ」は「大逆異心」と同じ存在。
実際、昨年1月26日の投稿で紹介したとおり、再生エネを喚き立てているエセ脱原発グループ。

それが他人にツケを回すことであるにもかかわらず、「引っ越しで新たな会社と契約した。そこへ以前の契約先から設備の後始末に伴う請求書が届いた。支払いに応じる人がいるだろうか」と喚き散らす醜悪さ卑劣さは「暗い目をした男」と同じ。
己らこそ「住民の声」に耳を塞ぎ、「民意」を踏み躙りながら、「新潟の民意と真摯に向き合うべきだ」だの、「住民の声に耳を傾けることは、国政の責任者の務めである」だのと喚き散らす醜悪さと卑劣さは「暗い目をした男」と同じ。
「脱原発=再生エネ+電力自由化」を喚き立てる左翼リベラルには「暗い目をした男」が透けて見える。
左翼脱原発派には「大逆異心」が透けて見える。
左翼脱原発派は、すなわち、「大逆異心」
左翼脱原発派=「大逆異心」だけは絶対に消し去らねばならん!

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