長崎は今日も黒い雨だった

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

3月30日の投稿で紹介したとおり、「大型石炭火力 新増設認めず」と喚いてやがったけど、その一週間前には、朝刊の一面トップでこんなこと喚いてやがった。


2019年3月23日の朝鮮日刊新聞朝刊1面より

「▼7面=矛盾あらわ」はコチラ。


2019年3月23日の朝鮮日刊新聞朝刊7面より

それはテメエらだろ!
既に「消費者や企業が払う電気料金に再生エネを支える費用が上乗せされている」にもかかわらず、しかも、その費用は年3兆円に迫るにもかかわらず、それは決して問題視せず、見出しで「実現なら、電気料金負担増も」と喚き立てるのは、「矛盾あらわ」。
既に「発電事業者は再生エネの電気をより高い価格で買ってもらえるため収入が増える。これが事実上の補助金になっている」にもかかわらず、それは決して問題視せず、1面トップの大見出しで「原発支援へ補助制度案」と泣き喚くのも、「矛盾あらわ」。
既に「温室効果ガス対策を名目に、再生エネでつくった電気を買わない消費者や企業に費用を負担させる仕組み」をつくっているにもかかわらず、それは決して問題視せず、「原発を温室効果ガスを排出しない『ゼロエミッション電源』と位置づけ、環境への貢献で付加価値をもたらしている、との理屈だ」と泣き喚くのも、「矛盾あらわ」。
「固定価格買い取り制度の背景には、昨年4月5日の投稿で紹介したとおり、メガソーラーですら規制基準が適用されず、昨年9月16日の投稿でも紹介したとおり、安全対策費が計上されていないのに、再生エネでつくった電気の価格競争力が全く無いことがある」にもかかわらず、それは決して問題視せず、「安全対策費用が高騰し、原発でつくった電気の価格競争力が低下していることがある」だの、「安全対策費がかさんだ原発は、投資資金の回収が難しくなっている」だのと罵り散らすのも、「矛盾あらわ」。
高値で国民に押し売りし、凄まじい環境破壊を招いている中禍塵民凶和国のパネルを使いながら、昨年11月7日の投稿で紹介したとおり、「再生エネの電気は安い」と喚き立て、昨年4月24日の投稿で紹介したとおり、子どもにまで「安い!」と吹聴しているにもかかわらず、「『原発の電気は安い』としてきた政府の従来の説明と矛盾する」と喚き立てるのも、「矛盾あらわ」。
「消費者や企業が払う電気料金に再生エネを支える費用が上乗せされている」ことを、「発電事業者は再生エネの電気をより高い価格で買ってもらえるため収入が増える。これが事実上の補助金になっている」ことを、そして、安全対策を蔑ろにしながら、生活を脅かされている住民にまで高値で買い取らせていることを、問題提起して国民的議論の俎上に載せることは極力忌避しながら、「世論の反発を浴びそうだ」と喚き立てるのも、「矛盾あらわ」。
コヤツらが「矛盾あらわ」と泣き喚くのは、言うまでもなく、「特別扱いしてでも再生エネの競争力を維持するねらいがある」。
にもかかわらず、安倍こべに「特別扱いしてでも原発の競争力を維持するねらいがある」と泣き喚くのは、「矛盾あらわ」。

2014年12月5日の投稿で紹介したとおり、「『勝者の裁き』か『文明の裁き』かという二元論で、万人の納得のいく解釈はできない。それを単純化して白黒をはっきりさせようというところに、実は大きな落とし穴がある」と泣き喚いてたけど、「矛盾あらわ」と喚き立てて、「『再生エネ』か『原発』かという二元論で、万人の納得のいく解釈はできない。それを単純化して白黒をはっきりさせようというところに、実は大きな落とし穴がある」。
二元論は一枚の紙切れの表と裏。
前回の投稿で指摘したとおり、メビウスの帯を考えれば、実のところ、両者は同一。
実際、「消費者や企業が払う電気料金に原発を支える費用が上乗せされる」のは、「消費者や企業が払う電気料金に再生エネを支える費用が上乗せされている」ことと何ら「矛盾」しない。
「発電事業者は原発の電気をより高い価格で買ってもらえるため収入が増える。これが事実上の補助金になる」のは、「発電事業者は再生エネの電気をより高い価格で買ってもらえるため収入が増える。これが事実上の補助金になっている」ことと些かも「矛盾」しない。
「原発を温室効果ガスを排出しない『ゼロエミッション電源』と位置づけ、環境への貢献で付加価値をもたらしている、との理屈」は「再生エネを温室効果ガスを排出しない『ゼロエミッション電源』と位置づけ、環境への貢献で付加価値をもたらしている、との理屈」と同一。
「『原発の電気は安い』としてきた政府の従来の説明は、『再生エネの電気は安い』としてきた左翼の従来の説明と矛盾しない」。
原発と再生エネがメビウスの帯であるという真実から目を逸らすために、「矛盾あらわ」と泣き喚いてるんだよ。

原発と再生エネがメビウスの帯であるということは、「再生可能エネルギーの普及が進めば、原発の苦境にさらに拍車がかかる」ではなく、全く逆に、「再生可能エネルギーの普及が進めば、脱原発の苦境にさらに拍車がかかる」ということ。
「小売事業者は、補助制度で原発の電気が割高になっても、一定程度は買わざるを得なくなる可能性がある。その負担は基本的に消費者や企業に回ることになる」と泣き喚いてるけど、「再生可能エネルギーの普及が進めば、その負担は基本的に消費者や企業に回ることになる」から、「再生可能エネルギーの普及が進めば、市民生活の苦境にさらに拍車がかかる」。
そうなれば、原発の廃炉費用は言うに及ばず、福島第1原発事故の処理費用も負担できなくなり、「再生可能エネルギーの普及が進めば、脱原発の苦境にさらに拍車がかかる」、そして、「再生可能エネルギーの普及が進めば、福島の苦境にさらに拍車がかかる」。
原発や被曝の問題を真剣に考えるのなら、この事実に向き合わざるを得ない。

にもかかわらず、鈴木達治郎ちゅう野郎は、鬼畜左翼に同調して「競争力あるなら支援不要」と喚いてやがる。
前回の投稿で採り上げた記事にも同調してやがった!

こんなクズが長崎大核兵器廃絶研究センター長に就いてるのは、原爆で死んだ長崎市民を愚弄する以外の何物でもねえ!

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