左翼が市民に背を向け炭素税に全(力疾)走曲

ショパン「24の前奏曲」より第8番

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

コヤツら、本当に社会から抹殺せねばならん!


経団連と原発 異論に向き合い議論を
経団連が電力政策についての提言をまとめた。内容は多岐にわたり、再生可能エネルギーの拡大に必要な送電線網の整備や、老朽化が進む発電所への投資促進など、方向性はうなずけるものもある。
しかし原発については疑問が多い。脱炭素化をめざす上で「不可欠なエネルギー源」と原発を位置づけ、運転期間の大幅延長の検討や新増設を進める方針の明示を、政府に求めた。
原子力への逆風が国内外で強まっている現実を、踏まえるべきではないか。福島第一原発の事故以降、世論調査で原発に否定的な意見が多数を占めている。安全対策費用の上昇で、政府や電力業界が長年強調してきた原発の経済性は低下した。高レベル放射性廃棄物の処分地の検討も、依然進まない。
提言では、こうした状況にどう対処するのか、具体的な言及は乏しい。解決の道筋を示さぬまま、原発の必要性を訴えるだけでは、説得力を欠く。
化石燃料を使う火力発電に電力の8割を頼る現状への批判を強調し、原発推進の根拠とする一方で、多くの温室効果ガスを出す石炭火力の問題をほぼ素通りしている点も、ちぐはぐだ。日ごろ、炭素税などのカーボンプライシングに反対していることと合わせ、温暖化問題での経団連の姿勢は、目先の利害にとらわれすぎていないだろうか。
ほかに提言で目を引くのは、「社会全体が電力問題を自分ごとと捉え、国民的な議論が行われることが期待される」という記述だ。もっともなことだが、実際の動きを見ると、「言行不一致」と言わざるを得ない。
経団連の中西宏明会長は最近、原発に理解が広がらない現状について「議論が不足している」と述べ、幅広い層を巻き込んだ議論を訴えている。ところが、脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、「エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない」と拒否した。
エネルギー問題は複雑で、意見が分かれるテーマが多い。中でも原発をめぐっては、推進・反対派の双方とも内輪で固まる傾向が強く、建設的な政策論議はなかなか深まらない。
状況を打開したいのなら、経団連が異論にも正面から向き合い、さまざまな専門家や市民らとの対話に踏み出すべきだ。原発を手がける日立製作所の経営者でもある中西会長こそ、その先頭に立ってもらいたい。
開かれた話し合いは、論点や課題、それぞれの主張の長所や弱点を見えやすくする。社会に広く受け入れられる解決策を練り上げる、一歩となるはずだ。


(2019年4月10日の朝鮮日刊新聞邪説)

「経団連が異論にも正面から向き合い」だと?
テメエらは「異論にも背面から向き合い」だろ!
何度言っても言い足りない」けど、「再エネ推進」しても、福島第1原発は、そして、福島第1原発から放出された放射性物質は消えて無くなりはしない。
何度言っても言い足りない」けど、「再エネ推進」しても、他の原発の原子炉も放射性廃棄物も消えて無くなりはしない。
何度言っても言い足りない」けど、原発が無くても電力は足りてる。
何度言っても言い足りない」けど、原発が無くても電力は足りてるということは、再エネが無くても電力は足りてる、再エネは全く必要ないということ。
4月1日の投稿4月3日の投稿で指摘したにもかかわらず、「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」と泣き喚き、執拗に、執拗に、原発か再エネかという二元論に持ち込もうとするのは、コヤツらこそが異論に向き合わないことをハッキリと示してるな。
コヤツらは、己らこそが「異論」に決して向き合わないという事実から目を逸らすために、「異論に向き合い議論を」と喚き立ててるんだよ。

って言うと、「多くの温室効果ガスを出す石炭火力」はダメなんですぅぅぅ~、だから、脱原発は再エネなんですぅぅぅ~、と泣き喚くわけだけど、「STOP THE 温暖化詐欺」で解説しているとおり、コヤツらの吹聴する人為的(排出CO2)温暖化は非科学的なデマ。
4月5日の投稿でも指摘したけど、コヤツらは科学的事実を報じず、IPCC批判者を「『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」んだね。
江守正多の全く不都合な真実」の第6節で解説しているとおり、江守正多も、ハイエイタスに窮した挙句、「温暖化の科学への懐疑を主張される方々の多くにとって、科学への懐疑は言いたいことの本質なのだろうか。ディベートのためのレトリックや理論武装ではないのか。周囲で撤退が始まり、梯子を外され、肝心の武装も穴だらけであることに薄々気づきながら、最後まで立てこもって守り続けるほどの価値のある主張なのだろうか」と喚き散らし、「『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」んだよ。
己らが「『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」にもかかわらず、「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」と泣き喚くのは、コヤツらが科学的真実に「『エモーショナル(感情的)な反対をする人たち」に他ならないことを、コヤツらの煽る温暖化が非科学的なデタラメにすぎないことを露呈してるな。

「化石燃料を使う火力発電に電力の8割を頼る現状への批判を強調し、原発推進の根拠とする一方で、多くの温室効果ガスを出す石炭火力の問題をほぼ素通りしている点も、ちぐはぐだ」と?
それはテメエらの「ちぐはぐだ」ろ!
テメエらは「ちぐはぐ」のオンパレードだろ!
経団連が「原発推進の根拠とする一方で、多くの温室効果ガスを出す石炭火力の問題をほぼ素通りしている」のは、石炭火力の必要性を認めているからに他ならず、まだしも経団連の方が「異論にも正面から向き合ってる」にもかかわらず、「異論に向き合い議論を」と泣き喚いている「点も、ちぐはぐだ」。
2017年10月30日の投稿11月11日の投稿昨年1月16日の投稿、そして、4月5日の投稿で紹介したとおり、基幹送電線には十分な空きがあるから、再生エネをほっともっと増やせるんですぅぅぅ~、と泣き喚いてやがったくせに、しかも、4月1日の投稿で糾弾したにもかかわらず、邪説の冒頭で「再生可能エネルギーの拡大に必要な送電線網の整備や・・・方向性はうなずけるものもある」と言い張る「点も、ちぐはぐだ」。
4月3日の投稿で採り上げた紙面でも「安全対策費用が高騰し、原発でつくった電気の価格競争力が低下していることがある」だの、「安全対策費がかさんだ原発は、投資資金の回収が難しくなっている」だの、4月5日の投稿で採り上げた邪説でも「経済性を失いつつある原発の継続を想定したことが、それを象徴している」と罵ってやがったけど、前回の投稿で解説したとおり、「安全対策費用の上昇」を考慮しても、原発は再エネよりもずっと安いにもかかわらず、またしても「安全対策費用の上昇で、政府や電力業界が長年強調してきた原発の経済性は低下した」と喚き立て、再エネの経済性は「ほぼ素通りして」、「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」と泣き喚いている「点も、ちぐはぐだ」。
「再生可能エネルギーの拡大に必要な送電線網の整備や・・・方向性はうなずけるものもある」だの、「安全対策費用の上昇で、政府や電力業界が長年強調してきた原発の経済性は低下した」だのと喚き立てるのは、「論点や課題、それぞれの主張の長所や弱点を見えにくくする」にもかかわらず、「開かれた話し合いは、論点や課題、それぞれの主張の長所や弱点を見えやすくする。社会に広く受け入れられる解決策を練り上げる、一歩となるはずだ」と言い張る「点も、ちぐはぐだ」。
「さまざまな専門家との対話に踏み出すべきだ」と喚いてるのは、再エネや「炭素税などのカーボンプライシング」を主張している「専門家」のことに他ならず、2017年4月22日の投稿8月25日の投稿12月18日の投稿昨年4月5日の投稿8月4日の投稿12月9日の投稿、そして、前回の投稿で採り上げた紙面に見えるとおり(もちろん、それら以外にも山とある。いちいち挙げてたら切がない)、そんな「専門家」の言うことばかり報道し、「内輪で固まる傾向が強く、建設的な政策論議を忌避している」にもかかわらず、「推進・反対派の双方とも内輪で固まる傾向が強く、建設的な政策論議はなかなか深まらない」と批判めかす「点も、ちぐはぐだ」。

「解決の道筋を示さぬまま、原発の必要性を訴えるだけでは、説得力を欠く」だと?
何度言っても言い足りない」けど、「再エネ推進」しても、福島第1原発は、そして、福島第1原発から放出された放射性物質は消えて無くなりはしない。
何度言っても言い足りない」けど、「再エネ推進」しても、他の原発の原子炉も放射性廃棄物も消えて無くなりはしない。
にもかかわらず、片や「再生可能エネルギーの拡大に必要な送電線網の整備や・・・方向性はうなずけるものもある」とヨイショし、片や「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」と泣き喚いて、「解決の道筋を示さぬまま、再エネの必要性を訴えるだけでは、説得力を欠く」んだ、つ~の!
己らこそが「解決の道筋を示さぬまま、再エネの必要性を訴えるだけでは、説得力を欠く」にもかかわらず、「解決の道筋を示さぬまま、原発の必要性を訴えるだけでは、説得力を欠く」と罵る「点も、ちぐはぐだ」。

4月5日の投稿で採り上げた邪説でも「カーボンプライシングの導入など思い切った政策転換が欠かせない」と喚いてやがったけど、何時、市民が「炭素税などのカーボンプライシング」を求めた?
あ?
何時、市民が「炭素税などのカーボンプライシング」を求めたか、言ってみろ!
「世論調査で原発に否定的な意見が多数を占めている」と喚いてるけど、「江守正多の全く不都合な真実」の第12節で引用している、「温暖化対策:生活脅かす? 『質高める』世界平均66% 日本わずか17%」という見出しの記事に見えるとおり、「炭素税などのカーボンプライシングに否定的な意見が多数を占めている」んだね。
「世論調査で原発に否定的な意見が多数を占めている」と言い立てながら、「炭素税などのカーボンプライシングに否定的な意見が多数を占めている」ことは「ほぼ素通りして」、「日ごろ、炭素税などのカーボンプライシングに反対していることと合わせ、温暖化問題での経団連の姿勢は、目先の利害にとらわれすぎていないだろうか」と喚き散らす「点も、ちぐはぐだ」。
「炭素税などのカーボンプライシングに否定的な意見が多数を占めている」ことを黙殺するコヤツらは、「国民的な議論が行われることを期待しない」にもかかわらず、「『国民的な議論が行われることが期待される』という記述だ。もっともなことだが、実際の動きを見ると、『言行不一致』と言わざるを得ない」と泣き喚く「点も、ちぐはぐだ」。
「炭素税などのカーボンプライシングに否定的な意見が多数を占めている」ことを黙殺しながら、「さまざまな市民らとの対話に踏み出すべきだ」と泣き喚く「点も、ちぐはぐだ」。
「国民的な議論が行われることを期待しない」コヤツらは、「炭素税などのカーボンプライシングに否定的な意見」を「『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」にもかかわらず、「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」と泣き喚く「点も、ちぐはぐだ」。
まだしも、「日ごろ、炭素税などのカーボンプライシングに反対している」経団連の方が「異論に向き合ってる」にもかかわらず、「異論に向き合い議論を」と泣き喚く「点も、ちぐはぐだ」。

「最初の1行から最後の1行まで、ちぐはぐだ。日ごろ、炭素税などのカーボンプライシングを扇動していることと合わせ、温暖化問題でのコヤツら左翼の姿勢は、目先の利害にとらわれすぎていないだろうか」。
コヤツらが「炭素税などのカーボンプライシング」を求めるのは、昨年9月10日の投稿でも説明したとおり、火力発電の電気料金を吊り上げ、再エネ(と称する紛い物)を国民に高値で売りつけて、利を貪りたいから。
「炭素税などのカーボンプライシング」で市民の負担が重くなる分だけ企業が潤うんだね。
前回の投稿で紹介したとおり、「火力発電や原発の隠れた費用を明らかにして考えないと公平でないだろう」と泣き喚いてたけど、隠れた市民負担が隠れた企業利益になっているから批判しているのではなく、「隠れた費用を明らかにする」と言い立てて、「炭素税などのカーボンプライシング」であからさまな市民負担を要求し、企業のあからさまな「目先の利害」追求を正当化するんだよ。
だから、再エネの経済性は「ほぼ素通りして」、「安全対策費用の上昇で、政府や電力業界が長年強調してきた原発の経済性は低下した」と喚き立ててるんだね。
「炭素税などのカーボンプライシング」で市民から毟り盗るという事実から目を逸らすために、「日ごろ、炭素税などのカーボンプライシングに反対していることと合わせ、温暖化問題での経団連の姿勢は、目先の利害にとらわれすぎていないだろうか」と泣き喚いてるんだよ。

何度言っても言い足りない」けど、既に福島原発事故が起こってしまった。
原発事故の処理には莫大な費用がかかるけど、結局は、国民が電気代で負担せざるを得ない。
他の原発の廃炉費用も、国民が電気代で負担せざるを得ない。
にもかかわらず、「炭素税などのカーボンプライシング」で電気代を吊り上げれば、市民は負担に喘ぎ、原発事故の処理費や原発の廃炉費は負担できない、ということになってしまう。
再エネは「解決の道筋」を塞ぐだけ。
「社会全体がこの問題を自分ごとと捉え、国民的な議論が行われることが期待される」ようにするのがメディアの勤め。
安倍こべに「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体から公開討論を申し込まれると、『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない』と拒否した」と泣き喚くのは、「『言行不一致』と言わざるを得ない」。
否!
コヤツらの言行は一致してる。
「日ごろ、炭素税などのカーボンプライシングに反対していることと合わせ、温暖化問題での経団連の姿勢は、目先の利害にとらわれすぎていないだろうか」と罵ってやまないコヤツらは、「解決の道筋」を塞いででも、再エネで利を貪ろうとしているんだよ。

コヤツら左翼は「市民」の声を恐れてる。
コヤツらの言う「市民らとの対話に踏み出すべきだ」の「市民」とは「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体」であり、本当の「市民」じゃない。
殊更に経団連を標的にして、「『エモーショナル(感情的)な反対をする人たちと議論しても意味がない」と拒否した」と泣き喚き、「脱原発と再エネ推進の政策提言をしている民間団体」を正当化して、「市民」の声を封じ込めようとしてるんだよ。
昨年8月22日の投稿で採り上げた昨年8月18日の邪説は「国民の本当の敵は、無知であり、権力の乱用であり、腐敗とウソである」と泣き喚いてたけど、「国民の本当の敵」はテメエらだ!
「国民の本当の敵」左翼を社会から消し去らねばならない!

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