アルプスの全く不都合な真実

9.1 モンブランとチロルの不都合な真実

第5章で紹介したとおり、北極圏の気温は世界平均の2倍のペースで上昇しているが、IPCC学派は、人為的排出CO2が原因で、アルプスも世界平均の2倍の速度で気温上昇が進み、氷河が解けている、と言い立てている。


雪解け加速、登山の支障に=地球温暖化影響か-仏アルプス
2015/8/1-14:46
【パリ時事】フランス南東部のアルプス山脈で、夏場の気温上昇に伴う雪解けが加速している。人気の高い西欧最高峰のモンブランでは雪崩や落石の危険から、登山道の利用自粛要請や山小屋の一時閉鎖を余儀なくされた。地球温暖化の影響を指摘する声もあり、関係者は頭を痛めている。
アルプスは近年、深刻な雪不足に見舞われ、一部のスキー場は運営難に直面。仏東部サボワ気候観測所のクリストフ・シェ研究員は仏紙フィガロに対し、アルプスの気温上昇は1900年以降、世界平均の2倍の速度で進んだと説明、「温暖化の最も激しい地域だ」と警鐘を鳴らす。
仏全土が記録的な猛暑に見舞われた7月上旬以降は特に雪解けのリスクが高まり、モンブランの山麓に位置するサンジェルベ村は利用者の最も多い山道は通らないよう登山客に勧告。標高3835メートルにある名所の「グーテ山荘」も一時閉鎖に追い込まれた。


(時事ドットコム)


世界の山岳氷河、融解は地球温暖化が原因 研究
2016年12月13日 11:36 発信地:マイアミ/米国
20世紀に全世界の山岳氷河の融解が進んだのは、地球温暖化が原因であるとする研究論文が12日、発表された。
氷河をめぐってはこれまで、気候変動による影響の表れ方が緩慢で、年間の気象の変化の影響を受けやすいことから、その融解の原因がすべて気候変動にあるかどうかをめぐって科学界で論争となっていた。
英科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス(Nature Geoscience)」に発表された最新の研究「Nature Geoscience,10(2017)95」では、世界37か所の山岳氷河を統計的技術を用いて分析した。
その結果、対象となった山岳氷河の大半では、気候変動が原因で融解している確率が99%以上に上ったと研究論文は述べている。このことはつまり、20世紀中の氷河融解をめぐる因果関係について、研究チームは「ほぼ確信」していることになる。
米ワシントン大学の研究者らによる今回の研究成果は、米サンフランシスコで開催の米国地球物理学連合(American Geophysical Union)の年次秋期総会で発表された。
研究者らは、例を挙げて融解事象を説明した。オーストリアの氷河「Hintereisferner Glacier」については、1880年以降2.8キロ後退しており、気候変動が原因である可能性が極めて高いと述べ、自然変動である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまるとした。
またニュージーランドの有名なフランツ・ジョセフ氷河(Franz Josef Glacier)については、過去130年間で計3.2キロメートル後退した原因が自然変動である可能性は1%未満とした。
一方で、地球温暖化が原因の可能性が低いと考えられる氷河としては、米北西部ワシントン州のサウスカスケード氷河(South Cascade Glacier)やスウェーデン北部の「Rabots Glacier」などが挙げられた。
これらの氷河では、気象の変化による自然変動が後退の原因とされる可能性が6~11%だった。


(AFP)

確かに「アルプスの気温上昇は1900年以降、世界平均の2倍の速度で進ん」でいる。

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図9-1 アルプスとその周辺の年平均気温の推移(「Int.J.Climatol.,21(2001)1779」より)

そして、確かに、「Hintereisferner(ヒンテライスフェルナー)」氷河も、そして、モンブランが聳える山岳地帯の「Argentiere(アルジャンティエール)」氷河も縮小した。

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図9-2 アルプスの氷河の長さの変化(「PNAS,110(2013)15216」より)

図9-2には見えないけれど、同じくモンブラン山群のメール・ド・グラス氷河も19世紀から大きく後退した。

2016060402図9-3 メール・ド・グラス氷河の1823年と2005年の比較(「Global and Planetary Change, 60(2008)42」より)

2005年以降もさらに縮小している。

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NHKより

図9-2に見える「Rhonegletscher(ローヌ氷河)」は、解けるのを防ぐために、断熱シートで覆われている。


断熱シートで覆われるローヌ氷河、スイス
2015年7月17日 12:52 発信地:グレッチ/スイス
スイス・グレッチ(Gletsch)近郊のローヌ氷河(Rhone Glacier)が、照りつける真夏の日差しによる溶解を食い止めるために断熱シートで覆われている。

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スイス・グレッチ近郊で、断熱シートで覆われたローヌ氷河の横を歩き氷穴へ向かう観光客(2015年7月14日撮影)。(c)AFP/FABRICE COFFRINI


(AFP)

しかし、「(CO2の排出に因る)気候変動が原因である可能性が極めて高い」はホッケー・スティック曲線に他ならず、第5章第6章で解説したとおり、それが正しい「可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」。
実際、図9-1でも1800年頃の気温は1960年から1980年の気温とほとんど同じ。
第6章図6-2に見えるとおり、1800年以降の気温低下は太陽活動の低下(ダルトン極少期)が、そして、19世紀末から20世紀前半の気温上昇は太陽活動が再び活発化したことが「原因である可能性が極めて高い」。
CO2の排出は20世紀後半に激増したのだから、「(CO2の排出に因る)気候変動が原因」なら、「オーストリアの氷河『Hintereisferner Glacier』については、1950年以降2.8キロ後退して」いるはずだが、「1880年以降2.8キロ後退して」いるのだ。
しかも、20世紀後半の後退よりも20世紀前半までの後退の方が大きい。
アルプスの他の氷河も全く同じである。
どんなに過小評価しようとも、20世紀前半までの氷河後退に「自然変動」が寄与していることは明白であるにもかかわらず、未だにホッケー・スティック曲線を盾にして、「自然変動である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまるとした」のは、「IPCC学派が科学的である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」ことを満天下に曝け出しただけである。[注1]

もちろん、始めの記事が「夏場の気温上昇に伴う雪解けが加速している」と騒ぎ立てていることからも分かるとおり、氷河縮小には年平均気温よりも夏季の気温の影響が大きい。
ならば、アルプスの夏季の気温を調べてみよう。

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図9-4 アルプスの夏季(6月、7月、8月)の気温推移「PNAS,110(2013)15216」より

やはり、1800年頃と1940年~50年の気温は高かった。
縦軸の目盛り0までは自然変動の範囲内だから、大げさに評価しても、「(CO2の排出に因る)気候変動が原因である可能性が極めて高い」のは1980年以降。[注2]
下図(の赤線)に見えるとおり、「Hintereisferner Glacier」でも、20世紀前半の気温は2000年以降と同じほど高かったのだ。

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図9-5 「Hintereisferner Glacier」近郊の村フェント(vent)の夏季の気温推移(「Global and Planetary Change,71(2010)13」より)

しかも、1980年以降も「(CO2の排出に因る)気候変動が原因である可能性が極めて高くはない」。
図9-4を見ると、1800年から1920年頃までは(夏季の)気温が低下し続けていた。
にもかかわらず、図9-2の「Argentiere(アルジャンティエール)」氷河は破線以前から後退が始まっていたし、「Rhonegletscher(ローヌ氷河)」に至っては破線以前の後退が著しい。
夏季の気温が低下し続けていた最中に、しかも、夏季の気温が最も低かった時代に氷河は縮小していたのである。
もちろん、その間の氷河後退の原因が「自然変動である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」けれど、「(CO2の排出に因る)気候変動が原因である可能性も0.001%あるいは10万分の1にとどまる」。
では、何が原因か?

先に見たとおり、「Rhonegletscher(ローヌ氷河)」では「照りつける真夏の日差しによる溶解を食い止めるために断熱シートで覆われている」けれど、その部分を拡大して見ると、黒い粒々が見える。

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図9-6 ローヌ氷河の観光用氷穴の入り口周辺の氷(1)

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図9-7 ローヌ氷河の観光用氷穴の入り口周辺の氷(2)

これはススである。
前章では北極圏の雪氷がススに塗れて解けていることを解説したが、アルプスでもススが原因で「真夏の日差しによる溶解」が進んでいる。[注3]
それを「食い止めるために断熱シートで覆われている」のだ。
実際、下の写真に見えるとおり、ローヌ氷河全体がススに塗れて灰色になっている。

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図9-8 ローヌ氷河

モンブランの麓にはアルプス最大のリゾート地シャモニがあり、モンブンラン周辺はヨーロッパの一大観光地になっているから、メール・ド・グラス氷河にも観光用の氷穴がある。


避暑にうってつけ?仏モンブランの氷穴とアルプスの峰々
2015年7月30日 12:32 発信地:フランス
アルプス最高峰モンブランの北斜面にあるフランス最大の氷河、メール・ド・グラス氷河(Mer de Glace、氷の海の意)では、氷穴が登山客に公開されている。メール・ド・グラス氷河は深さ200メートル、長さ7キロに及ぶ。

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(AFP)

氷穴の入り口はどうなっているか?

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図9-9 メール・ド・グラス氷河の氷穴の入り口

やはり、ススで真っ黒け。

では、「オーストリアの氷河『Hintereisferner Glacier』」はどうか?
「英科学誌『ネイチャー・ジオサイエンス(Nature Geoscience)』に発表された最新の研究」に関するワシントン大学のプレスリリースに空撮写真が掲載されている。

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図9-10 「Nature Geoscience,10(2017)95」に関するワシントン大学のプレスリリースより

やはり、氷河全体が灰色になっている。

しかし、図9-8、図9-9、図9-10は現在の写真である。
アルプスは本当に19世紀後半からススに塗れていたのか?
ここに1枚の写真がある。

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図9-11 昔のアルプス(?)の写真

何時の時代の何処の写真かは不明だが、かなり古い写真であり、服装から判断すると、19世紀末の欧州のお金持ちがアルプスを観光した際の写真であろう。
モノクロの写真だから、当然、氷河は真っ白に写っているはずだが黒くなっている。
アルプスがかなり以前からススで汚れていたこと、それが原因で19世紀後半から解け出していたことが分かる。

図9-5を見ると、1950年以降1980年までは気温が低下していた。
にもかかわらず、その間も「Hintereisferner Glacier」が後退し続けていたのはススが原因なのだ。
当然、1980年以降の後退にもススの寄与が大きい。
結局、「オーストリアの氷河『Hintereisferner Glacier』については、1880年以降2.8キロ後退しており、自然変動と大気汚染が原因である可能性が極めて高く、気候変動である可能性は10%あるいは10分の1にとどまる」。

9.2 マッターホルンの不都合な真実

モンブランと並ぶアルプスの名峰がマッターホルンである。
その美しい山容は写真や映像でも有名だが、実は、人為的(排出CO2)温暖化説と因縁がある。
マッターホルンに初登頂したのは英国の登山家、エドワード・ウィンパー。
そのウィンパーが、マッターホルンへの7回に及ぶ挑戦を軸として、アルプスの名峰への登攀を綴ったのが「アルプス登攀記」。
(図9-3のメール・ド・グラス氷河の左岸に聳える秀峰がベルト針峰、氷河の奥に屏風のように聳え立つのがグランド・ジョラスだが、どちらもウィンパーが初登頂した山である。また、図9-2に見える「Argentiere(アルジャンティエール)」氷河の傍らに同じ名の峰が聳えているが、それもウィンパーが初登頂した。それらは「アルプス登攀記」に記されている。)
その中にこのような一節がある。


アルプスの山々のなかには、まだ頂上へ登られていない山が幾つもあったが、そのうちでも二つの山が、特に私の心をひきつけていた。その一つは、多くの優れた登山家たちが、幾度となくその登攀を企てながら、まだ成功しなかった山であり、もう一つは、登攀不可能だという伝説に取り囲まれて、殆どだれも手をつけていなかった山である。これら二つの山は、ワイスホルンとマッターホルンであった。
・・・中略・・・
そのときワイスホルンが登頂されたという噂が伝わってきた。
・・・中略・・・
この噂のほんとうであることがはっきりした。ワイスホルンに対する私の希望は、むなしく消えてしまったわけである。しかしワイスホルンに初登頂したチンダル教授が、その勝利の栄光をさらに輝かしいものにするため、さらに大きな勝利を目ざしてマッターホルンへの登攀を試みるため、ブルーイユに滞在しているということを聞いたときに、私のマッターホルンに対する気持ちは、むらむらと燃え上がって来たのであった。


(エドワード・ウィンパー「アルプス登攀記」より)

実は、CO2の温室効果を初めて実証したのが、他ならぬ、このチンダルである。
(チンダルはマッターホルン初登頂を目指して失敗したが、ウィンパーの初登頂後、再び挑戦し、マッターホルンの初縦走、イタリア側から登ってスイス側に下る、に成功した。)


図9-12 「American Scientist」より

だから、というわけでもないだろうが、そのマッターホルンでも(人為的排出CO2)温暖化で氷河が解けている、と騒ぎ立てている。


45年前アルプスで遭難、日本人2人の遺骨発見
2015年8月7日 11時31分
【ジュネーブ=石黒穣】スイスのバレー州警察は6日、アルプスの名峰マッターホルン北側の氷河で昨年9月に見つかった遺骨が、45年前に遭難した日本人男性2人のものと確認されたと発表した。
日本の在ジュネーブ領事事務所によると、2人は千葉市の及川三千雄さん(当時22歳)と東京都墨田区の小林正幸さん(同21歳)。
遺骨は、標高約2800メートルの氷河で登山者が発見。過去90年の行方不明者リストを保管する同州警察がDNA鑑定で身元を確認した。
遭難当時の報道によると、2人は1970年8月、マッターホルン北壁から登頂を目指し、標高約4200メートルまで達した後、天候の悪化の中で消息を絶った。
マッターホルン一帯では近年、温暖化で氷河が後退し、何十年も前に遭難した登山者の遺体が発見される例が続いている。


(YOMIURI ONLINE)

マッターホルンが聳える岩盤の下にツムット氷河が流れている。
しかし、現在は氷河が後退して、北壁の側に氷河は見えない。

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図9-13 「Wikipedia」より

そこで、マッターホルン頂上からの写真を見ると。

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図9-14 マッターホルン頂上からの眺望(「walkhighlands」より)

目の前に見える秀峰がマッターホルンの西壁側に聳えるダン・ブランシュで、眼下に見えるのがツムット氷河だが、やはり、真っ黒に汚れている。

北壁の側ではツムット氷河が消えてしまっているのだから、「アルプスの名峰マッターホルン北側の氷河で昨年9月に見つかった」のはツムット氷河ではなく、マッターホルン北壁直下の小さな氷河である。
従って、45年も経てば遺体が出てくるのは当然とも思えるが、その下半分は黒っぽい。
そこで、北壁正面からの写真を見ると、

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図9-15 マッターホルンの北面(「walkhighlands」より)

やはり、真っ黒に汚れている。
もちろん、スス以外にも北極圏と同様にクリオコナイトの影響もある。
マッターホルンの麓の町ツェルマットには車での乗り入れはできず、町中も電気自動車だけが走っているけれど、観光地化しているから、そこから出た有機物が氷河に降着して、それを栄養源にクリオコナイトが大量に繁殖しているはずである。
その影響は北極圏の比ではないだろう。

9.3 ユングフラウの不都合な真実

モンブラン麓のシャモニ、マッターホルン麓のツェルマットと共に有名なアルプスの観光地がグリンデルワルトであり、アイガーの岩壁をくり貫いて走る登山電車に乗れば、誰でもヨーロッパ最高地点駅のユングフラウヨッホに行くことが出来るのだが、そこで2015年の11月に異常な高温を記録したという。


スイスアルプス高峰で気温7.2度、11月として観測史上最高
2015年11月11日 10:03 発信地:ジュネーブ/スイス
スイスのアルプス山脈の高峰、ユングフラウ(Jungfrau、4158メートル)で10日、気温が11月としては観測史上最高の7.2度を記録した。気象学者らが発表した。
スイスの気象情報会社メテオニュースの声明によると、この穏やかな「異常」気温は、ユングフラウ山の標高3580メートルに位置する気象観測所で正午ごろ測定されたという。同観測所で1992年に測定された従来の最高記録の4.7度は、あっけなく破られた。
ユングフラウはスイス国内で最も人気が高い観光地の一つ。気象観測所から少し下った、標高3453メートルの地点に、欧州で最も標高が高い鉄道の駅があり、ここからは、アルプス最大のアレッチ(Aletsch)氷河を眺望できる。
スイスでは、これより標高が低い地域でも、気温が異常に高い状態が続いている。先週末はスイス国内のいくつかの地域で、この季節としては記録的な暖かさとなり、東部の一部地域では気温が20度を超えるところもあった。


(AFP)

明言していないが、CO2の排出が原因、と言いたいのだろう。
ならば、「アルプス最大のアレッチ(Aletsch)氷河」はどうなっているか?[注4]
IPCC第4次報告書が発表された年に、人為的排出CO2が原因でアルプスが解けている、温暖化対策が必要と訴えるために、グリーンピースがアレッチ氷河でこのような示威行動をした。


アルプス氷河で集団ヌード撮影会、温暖化防止訴え
2007年8月19日 05:20 発信地:ジュネーブ/スイス
スイスのアルプス氷河で18日、約600の人々が地球温暖化に警鐘を鳴らすキャンペーンの一環として行われた集団ヌード撮影会に参加した。
この撮影会は国際環境保護団体のグリーンピースによる写真家のスペンサー・チュニック(Spencer Tunick)氏へのコミッションワークで、ユネスコにより世界自然遺産として登録されたアレッチ氷河(Aletsch glacier)のすぐそばで行われた。
この撮影会は、地球温暖化により消滅の危機にあるアルプス氷河へ人々の関心あつめ、温暖化への意識を高める事が目的。

「氷河や世界の環境と同じくらい脆弱な人体を、極限の寒さにさらすことで、世論と政治を動かすことができる」とグリーンピースは期待する。
今回、撮影を担当したチュニック氏は、「表面上のイメージよりもさらに深い部分、人間の脆弱性を感じ取ってほしい。そして、氷河も人間と同じくらいセンシティブだということを」と語る。

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2007年8月18日、アルプス氷河での撮影会に参加した約600人のボランティアと脱ぎ捨てられた衣服。(c)AFP/FABRICE COFFRINI


(AFP/Peter Capella)

「脱ぎ捨てられた衣服」の辺りを見ると、黒い粒々が見える。
そして、氷河全体が灰色で、特に、右側の裸で立っている部分は黒ずんでいる。
そこで、さらに他の写真を見ると。

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図9-16 アレッチ氷河(1)

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図9-17 アレッチ氷河(2)

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図9-18 アレッチ氷河(3)

氷河の汚れはすさまじい限りである。
図9-2に見えるとおり、同じ山岳地帯の「Upper Grindelwald(グリンデルワルト)」氷河は破線以前から急激に解け出していたが、もちろん、ススが原因である。
氷河や万年雪が存在するアルプスは全球平均よりもアルベドがかなり高い。
ところが、ススで汚れてアルベドが大きく低下した。
さらに、ススが日光(及び、大気からの下向き赤外放射)を吸収して氷河が縮小し、アルベドが低下。
その結果、気温上昇が加速し、さらに氷河が縮小し、さらにアルベドが低下。
その結果、さらに気温が上昇。
「スイスのアルプス山脈の高峰、ユングフラウで10日、気温が11月としては観測史上最高の7.2度を記録した」のは其れ故である。

結局、アルプスの温暖化(=気温上昇、氷河の縮小)は自然変動と大気汚染が主因である。
氷河がスス(とクリオコナイト)で黒く汚れていることに気づかないほど鈍感であるにもかかわらず、あべこべに「氷河も人間と同じくらいセンシティブだということを」と放言して憚らないのだから恐れ入る。
「氷河の表面上のイメージよりもさらに深い部分、グリーンピースの環境意識の脆弱性を感じ取ってほしい」。
このグリーンピースがIPCCに深く関与しているのだ。
グリーンピースが、ススで黒ずんだ氷河の上に裸で横たわって、「地球温暖化により消滅の危機にあるアルプス氷河へ人々の関心あつめ、温暖化への意識を高める」と騒ぎ立てたのは、IPCCの非科学性をハッキリ示したと言えよう。
「氷河の表面上のイメージよりもさらに深い部分、IPCCの科学の脆弱性を感じ取ってほしい」。

[注1] ついでに、「ニュージーランドの有名なフランツ・ジョセフ氷河(Franz Josef Glacier)について」、一言述べておく。
第5章図5-5の黄色の線に見えるとおり、1980年以降の気温上昇は急激で、IPCCに依れば、それは専ら「気候変動」が原因なのだから、「気候変動が原因で融解している確率が99%以上に上った」のなら、1980年以降も後退し続けているはず。
ところが、論文に掲載されているグラフを見ると、1980年以降に一旦は回復している。

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図9-19 「Nature Geoscience,10(2017)95」より

ということは、1980年前後の急激な減少・増加には自然変動が寄与していた、ということに他ならない。
にもかかわらず、「過去130年間で計3.2キロメートル後退した原因が自然変動である可能性は1%未満」と言い張るのは、やはり、「IPCC学派が科学的である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」ことを露呈している。

[注2] 図9-4では1980年以降の気温が特に高いわけではなく、むしろ、2000年までの気温は自然変動の範囲内にも見える。
実際、別の論文にはこのようなグラフが載っている。

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図9-20 アルプスの夏季(6月、7月、8月)の気温推移(「Int.J.Climatol.,25(2005)1855」より)

これが正しいのなら、2000年までは破線の範囲内、つまり、自然変動の範囲内に収まっていた、ということになる。
アルプスの夏季の気温が急激に上昇したのは21世紀になってから、ということになる。
しかし、第6章で解説したとおり、ホッケー・スティック曲線を盾にして、20世紀に気温が上昇したのは人為的排出CO2が原因と言い立てているにもかかわらず、21世紀になってCO2の影響が現れ出したのなら、IPCCの人為的温暖化説は破綻している。
いずれにせよ、IPCCが人為的排出CO2の影響を著しく過大評価していること、そして、「(アルプスで)夏場の気温上昇に伴う雪解けが加速している」の主因がCO2でないことは明白である。

[注3] 図9-19の「Gries, Switzerland」、「Nigardsbreen, Norway」、「South Cascade, USA」も大気汚染が原因である。
実際、下図に見えるとおり、「South Cascade, USA」は黒く汚れている。

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図9-21 「USGS Glacier Studies : South Cascade」より

[注4] 青銅器時代、アレッチ氷河は現在よりも短かった。


アルプスの氷河融解、教会の祈りも逆転
Laura Spinney in Fiesch, Switzerland
for National Geographic News
Augest 13, 2012
7月31日の明け方、スイスのフィーシュ村からおよそ50人が徒歩で出発した。アルプスの4000メートル級の山々の上に日が昇るころ、行列はゆっくりと山腹を登って涼しい松の森に入り、小さな教会の前で立ち止まった。
午前7時30分には人々の数は100人ほどに増え、マリア・ハイムズーフンク(Maria Heimsuchung=聖母マリアの御訪問)礼拝堂の中に入りきらなくなったため、臨時の祭壇が建物の外に設けられた。
「氷河は氷、氷は水、水は命です」と唱えると、トニ・ベンガー司祭はそこより上方にある氷河の融解を止めてくれるよう神に祈った。典礼に用いるいくつかの肝心な言葉を変更することで、ベンガー司祭は過去350年の間、氷河を押し戻してくれるよう神に祈ってきたカトリック儀式の内容を逆転させた。地球温暖化の影響がアルプス山脈にはっきりと表れるようになった今、バチカンもこの変更を承認している。
気候変動の影響は山岳地帯で顕著だ。スイスアルプスの気温は20世紀中に地球平均の2倍上昇した。現在、スイスの氷河は1年に平均10メートル後退している。そのうえ、アルプス地方では過去数世紀に比べて降水量と風速が上昇していると報告されている。
◆寒冷化に苦しんだ時代
敬虔なカトリック信者であるフィーシュ村とフィーシャータール村の人々は、ヨーロッパが小氷期だった1674年から年一度の巡礼を行っている。
両村の上方にあるアルプス山脈最大の2つの氷河、アレッチ氷河とフィーシャー氷河はそこから200年間成長を続け、1850年ごろには最大の長さに達した。当時のアレッチ氷河の長さは26キロ、フィーシャー氷河も同様のペースで成長したが、アレッチより小さい氷河の当時の正確な長さは不明だ。
2つの氷河の間にある湖メィエレンゼーにアレッチ氷河の氷が落ちると、湖の水があふれた。1000万立方メートルの水が下方の谷に押し寄せ、村が水浸しになり、建物が壊れ、死者が出た。19世紀まで貧困にあえいでいたこの地域の人々には、また村を再建するしか方法はなかった。
幾度もこのような災害に耐えてきた村人たちは、地元イエズス会の協力を得て、毎年7月31日に巡礼を行うことを決めた。7月31日は、イエズス会の創立者である聖イグナチオ・デ・ロヨラを記念するカトリックの祝日にあたる。
◆祈りが聞き届けられた?
1860年代に入ると氷河は後退を始め、今なお後退し続けている。現在、アレッチ氷河は長さ21キロ、幅0.8キロ、深さ約900メートルで、1864年当時と比べて長さ5キロ、深さ200メートル分が消失している。
「これまで氷が後退するよう祈ってきたが、われわれの祈りは効きすぎた」と、山岳ガイドでフィーシュ村のあるゴムス郡の行政長官を務めるヘルベルト・フォルケン氏は話す。
2009年、地元教区会はバチカンに祈祷の文言の変更許可を申請した。1年後、教皇庁は申請を承認し、フォルケン氏は新たな祈りが以前と同じく効力を発揮することを期待している。同氏によると、村人たちはもう洪水を心配することはないが、代わりに今では飲料水や電力、家畜の飼料の不足や、森林火災の増加を懸念しているという。
◆ゆっくりとした変化
気候変動の影響は今後もさらに拡大すると予想される。アレッチ氷河とフィーシャー氷河は、他の多くの小さな氷河とともに、ヨーロッパで最も重要な水系の1つであるローヌ川水系に流れ込んでいる。
ベルン大学の地理学者で氷河の歴史を研究するハンスペーター・ホルツホイザー(Hanspeter Holzhauser)氏によると、アレッチ氷河の長さは1年に23メートルずつ後退しているという。
ホルツホイザー氏は、歴史的記録の調査や、氷床コア、化石土壌、氷中に閉じ込められた樹木などの分析を通じて過去数千年の氷河の変化を追跡し、気候変動の明らかな痕跡を発見している。例えば、気候が温暖だった青銅器時代には、アレッチ氷河は現在より610~915メートルほど短かった。しかし、当時の温暖な気候は人間の活動の影響を受けていないとホルツホイザー氏は指摘する。「新しい祈りが、人間の引き起こしている地球温暖化への関心を集める効果しかないとしても、それはそれで有益なことだ」。
内容を改めた祈りがどのような効果をもたらすにせよ、効果が表れるのはまだ先のことになりそうだ。過去の傾向から考えて、急速な温暖化とそれに伴う氷河の融解は少なくとも今後30年は続くとホルツホイザー氏は確信している。


(ナショナルジオグラフィック)

ウィキペディアに依れば、中央ヨーロッパの青銅器時代は紀元前2300年から紀元前1600年。
西暦2000年を起点に考えると、4300年前から3600年前は現在よりも気温が高かった、ということになる。
第7章図7-4の非科学性は明らかである。

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