アルプスの全く不都合な真実

8.1 モンブランの不都合な真実

第5章で解説したとおり、北極圏の気温は世界平均の2倍のペースで上昇しているが、IPCC学派は、CO2の排出が原因で、アルプスも世界平均の2倍の速度で気温上昇が進み、氷河が解けている、と言い立てている。


雪解け加速、登山の支障に=地球温暖化影響か-仏アルプス
2015/8/1-14:46
【パリ時事】フランス南東部のアルプス山脈で、夏場の気温上昇に伴う雪解けが加速している。人気の高い西欧最高峰のモンブランでは雪崩や落石の危険から、登山道の利用自粛要請や山小屋の一時閉鎖を余儀なくされた。地球温暖化の影響を指摘する声もあり、関係者は頭を痛めている。
アルプスは近年、深刻な雪不足に見舞われ、一部のスキー場は運営難に直面。仏東部サボワ気候観測所のクリストフ・シェ研究員は仏紙フィガロに対し、アルプスの気温上昇は1900年以降、世界平均の2倍の速度で進んだと説明、「温暖化の最も激しい地域だ」と警鐘を鳴らす。
仏全土が記録的な猛暑に見舞われた7月上旬以降は特に雪解けのリスクが高まり、モンブランの山麓に位置するサンジェルベ村は利用者の最も多い山道は通らないよう登山客に勧告。標高3835メートルにある名所の「グーテ山荘」も一時閉鎖に追い込まれた。


(時事ドットコム)


世界の山岳氷河、融解は地球温暖化が原因 研究
2016年12月13日 11:36 発信地:マイアミ/米国
20世紀に全世界の山岳氷河の融解が進んだのは、地球温暖化が原因であるとする研究論文が12日、発表された。
氷河をめぐってはこれまで、気候変動による影響の表れ方が緩慢で、年間の気象の変化の影響を受けやすいことから、その融解の原因がすべて気候変動にあるかどうかをめぐって科学界で論争となっていた。
英科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス(Nature Geoscience)」に発表された最新の研究「Nature Geoscience,10(2017)95」では、世界37か所の山岳氷河を統計的技術を用いて分析した。
その結果、対象となった山岳氷河の大半では、気候変動が原因で融解している確率が99%以上に上ったと研究論文は述べている。このことはつまり、20世紀中の氷河融解をめぐる因果関係について、研究チームは「ほぼ確信」していることになる。
米ワシントン大学の研究者らによる今回の研究成果は、米サンフランシスコで開催の米国地球物理学連合(American Geophysical Union)の年次秋期総会で発表された。
研究者らは、例を挙げて融解事象を説明した。オーストリアの氷河「Hintereisferner Glacier」については、1880年以降2.8キロ後退しており、気候変動が原因である可能性が極めて高いと述べ、自然変動である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまるとした。
またニュージーランドの有名なフランツ・ジョセフ氷河(Franz Josef Glacier)については、過去130年間で計3.2キロメートル後退した原因が自然変動である可能性は1%未満とした。
一方で、地球温暖化が原因の可能性が低いと考えられる氷河としては、米北西部ワシントン州のサウスカスケード氷河(South Cascade Glacier)やスウェーデン北部の「Rabots Glacier」などが挙げられた。
これらの氷河では、気象の変化による自然変動が後退の原因とされる可能性が6~11%だった。


(AFP)

確かに「アルプスの気温上昇は1900年以降、世界平均の2倍の速度で進ん」でいる。

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図8-1 アルプスとその周辺の年平均気温の推移(「Int.J.Climatol.,21(2001)1779」より)

そして、確かにモンブランが聳える山岳地帯の「Argentiere(アルジャンティエール)」氷河も縮小した。

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図8-2 アルプスの氷河の長さの変化(「PNAS,110(2013)15216」より)

図8-2には見えないけれど、同じくモンブラン山群のメール・ド・グラス氷河も19世紀から大きく後退した。[注1]

2016060402図8-3 メール・ド・グラス氷河の1823年と2005年の比較(「Global and Planetary Change,60(2008) 42」より)

2005年以降もさらに縮小している。

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NHKより

しかし、「山岳氷河の大半では、気候変動が原因で融解している確率が99%以上に上った」はホッケー・スティック曲線に他ならず、第5章で解説したとおり、それが正しい「可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」。
実際、図8-1でも1800年頃の気温は1960年から1980年の気温とほとんど同じ。
しかも、CO2の排出は20世紀後半に激増したのだから、「(CO2の排出に因る)気候変動が原因」なら、20世紀前半までの縮小よりも20世紀後半の縮小の方が遥かに激しいはずだが、図8-2に見えるとおり、20世紀前半までの縮小は20世紀後半と同じ、もしくは、20世紀後半よりも激しい。

もちろん、始めの記事が「夏場の気温上昇に伴う雪解けが加速している」と騒ぎ立てていることからも分かるとおり、氷河縮小には年平均気温よりも夏季の気温の影響が大きい。
ならば、アルプスの夏季の気温を調べてみよう。[注2]

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図8-4 アルプスの夏季(6月、7月、8月)の気温推移「PNAS,110(2013)15216」より

1800年前後は2000年と同じほど(夏季の)気温は高かった。
その後、1920年頃までは気温が低下し続けていた。
にもかかわらず、図8-2の「Argentiere(アルジャンティエール)」氷河は破線以前から後退が始まっていたし、「Rhonegletscher(ローヌ氷河)」にいたっては破線以前の後退が著しい。
さらに、1940年代の気温も2000年と同じほど高かった。
その後の50年代から70年代は気温が低下していた。
にもかかわらず、その間も氷河は後退し続けていた。
夏季の気温が低下し続けていた最中に、しかも、夏季の気温が最も低かった時代に氷河は縮小していたのである。
もちろん、その間の氷河後退の原因が「自然変動である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」けれど、「(CO2の排出に因る)気候変動が原因である可能性も0.001%あるいは10万分の1にとどまる」。
では、何が原因か?

「Rhonegletscher(ローヌ氷河)」は解けるのを防ぐために断熱シートで覆われている。


断熱シートで覆われるローヌ氷河、スイス
2015年7月17日 12:52 発信地:グレッチ/スイス
スイス・グレッチ(Gletsch)近郊のローヌ氷河(Rhone Glacier)が、照りつける真夏の日差しによる溶解を食い止めるために断熱シートで覆われている。

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スイス・グレッチ近郊で、断熱シートで覆われたローヌ氷河の横を歩き氷穴へ向かう観光客(2015年7月14日撮影)。(c)AFP/FABRICE COFFRINI


(AFP)

その部分を拡大して見ると、黒い粒々が見える。

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図8-5 ローヌ氷河の観光用氷穴の入り口周辺の氷(1)

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図8-6 ローヌ氷河の観光用氷穴の入り口周辺の氷(2)

ススである。
前章の第2節では北極圏の雪氷がススに塗れて解けていることを解説したが、アルプスでもススが原因で「真夏の日差しによる溶解」が進んでいる。
それを「食い止めるために断熱シートで覆われている」のだ。
実際、下の写真に見えるとおり、ローヌ氷河全体が灰色になっている。

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図8-7 ローヌ氷河

もちろん、ススだけではない。
前章の第5節で解説したとおり、北極圏の雪氷は有機物で汚れ、微生物が繁殖し黒ずんでいたが、観光用氷穴を訪れる観光客が有機物を氷河に拡散し、微生物を繁殖させている。
氷河の末端を見ると、氷河から分離した氷も微生物で黒ずんでいる。

図8-8 末端から見たローヌ氷河(「Shocking images show how global warming is causing Europe’s glaciers to retreat by hundreds of feet a year」より

モンブランの山麓にはアルプス屈指のリゾート・シャモニがあり、モンブラン周辺は世界有数の観光地になっているから、メール・ド・グラス氷河にも観光用の氷穴がある。


避暑にうってつけ?仏モンブランの氷穴とアルプスの峰々
2015年7月30日 12:32 発信地:フランス
アルプス最高峰モンブランの北斜面にあるフランス最大の氷河、メール・ド・グラス氷河(Mer de Glace、氷の海の意)では、氷穴が登山客に公開されている。メール・ド・グラス氷河は深さ200メートル、長さ7キロに及ぶ。

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(AFP)

氷穴の入り口はどうなっているか?

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図8-9 メール・ド・グラス氷河の氷穴の入り口

やはり、ススで真っ黒け。
メール・ド・グラス氷河には、これ以外にも氷穴がある。


図8-10 「Inside the glacier ? at the Mer de Glace above Chamonix」より

やはり、黒ずんでいる。

グリーンピースが、メール・ド・グラス氷河がこれほど後退した、と騒ぎ立てている。


図8-11 過去と2000年以降のメール・ド・グラス氷河の比較

メール・ド・グラス氷河の観光のために、1909年にモンタンヴェール鉄道が開通した。
今は電車だが、もちろん、昔は蒸気機関車。
だから、氷河はススで汚れて真っ黒。
グリーンピースは、CO2の排出でメール・ド・グラス氷河が解けた、と煽り立てたつもりだろうが、ススで解けたことを立証してしまったのである。

もちろん、ススだけが原因ではない。
モンブラン周辺は世界有数の観光地だから、下の写真に見えるとおり、微生物の繁殖は北極圏の比ではない。


図8-12 「SwissEduc.ch Glaciers online」より

下図に見えるとおり、メール・ド・グラス氷河は河上で2つに分かれている。
(と言うよりも、2つの氷河が合流してメール・ド・グラス氷河になった。)


図8-13 「Chamonix-Mont-Blanc-hiking」より

左下の赤線で囲まれた場所「Refuge du Requin」の近くの氷河も微生物で黒ずんでいる。


図8-14 「Chamonix-Mont-Blanc-hiking」より

8.2 チロルの不都合な真実

では、「オーストリアの氷河『Hintereisferner Glacier』」はどうか?
下図(の赤線)に見えるとおり、「Hintereisferner Glacier」でも、20世紀前半の(夏季の)気温は2000年以降と同じほど高かった。

2016121905図8-15 「Hintereisferner Glacier」近郊の村フェント(vent)の夏季の気温推移(「Global and Planetary Change,71(2010)13」より)

その間は気温が低下していたにもかかわらず、氷河は後退し続けていたのだから、「気候変動が原因である可能性が極めて低い」。
「英科学誌『ネイチャー・ジオサイエンス(Nature Geoscience)』に発表された最新の研究」に関するワシントン大学のプレスリリースに氷河の空撮写真が掲載されている。

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図8-16 「Nature Geoscience,10(2017)95」に関するワシントン大学のプレスリリースより

やはり、氷河全体が灰色になっている。
「オーストリアの氷河『Hintereisferner Glacier』については、1880年以降2.8キロ後退しており、大気汚染が主な原因である可能性が極めて高く、(CO2の増加に因る)気候変動である可能性は10%あるいは10分の1にとどまる」。
にもかかわらず、「気候変動が原因である可能性が極めて高いと述べ」たのは、「IPCC学派が科学的である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」ことを満天下に曝け出しただけである。[注3]

図8-2のパステルツェ(Pasterze)もオーストリア(チロル地方)の氷河。
オーストリア気象庁は、(CO2の排出に因る)温暖化で消えてなくなる、と言い立てている。


オーストリア最大の氷河「先端消滅する」 厚さ200メートルも…2050年予測
2015.12.12 21:17
オーストリア気象庁は12日までに、南部ケルンテン州にある同国最大の氷河「パステルツェ氷河」(長さ約8キロ、面積約17平方キロ)について、このままの状況が続けば、先端部が2050年までにほぼ消滅するとの予測を発表した。地球温暖化による気温上昇と、増えた雪解け水による浸食が原因としている。
10日の発表によると、パステルツェ氷河の先端部は年平均で1969~98年に1.8メートル、98~2012年には4.3メートル薄くなった。12~15年には5.1メートルに加速し、14年秋~15年秋には10メートル薄くなった部分もあった。
気象庁の研究者は「先端部の厚さは最大約200メートル。年平均5メートル減ると、50年までにほぼ完全に消滅すると予想される」とした。
パステルツェ氷河はオーストリアの最高峰グロースグロックナー山(3798メートル)の山麓に位置し、観光客に人気のハイキングコースとなっている。


(共同)

確かにパステルツェは縮小した。

図8-17 1920年のパステルツェ氷河(「Shocking images show how global warming is causing Europe’s glaciers to retreat by hundreds of feet a year」より

図8-18 2012年のパステルツェ氷河(「Shocking images show how global warming is causing Europe’s glaciers to retreat by hundreds of feet a year」より

しかし、上の写真では分からないけど、別の写真を見ると、やはり、氷河の下部が灰色になっている。


図8-19 パステルツェ(Pasterze)氷河

さらに氷河の末端を見ると、

図8-20 パステルツェ(Pasterze)氷河の末端(「Shocking images show how global warming is causing Europe’s glaciers to retreat by hundreds of feet a year」より

ススと微生物で解けていることは明らか。

チロル地方のセルデンにアルプス屈指の、そして、オーストリア最大のスキーリゾートがある。
ウィキペディアで調べると、セルデンは、山中にもかかわらず「オーストリアの観光地ではウィーン、ザルツブルクに次ぐ第3位」。)


図8-21 「オーストリアのセルデン」のスキー場の概略図

ここで、2017~18年度のアルペンスキーのW杯開幕戦が開催されたが、朝日新聞は、CO2の排出でセルデンの氷河が後退している、と騒ぎ立てている。


2018年1月25日の朝日新聞朝刊紙面より

「オーストリアのセルデンの氷河」がどの氷河を指しているのか不明だが、図8-21で「Rettenbach Tal」と記されている場所の氷河(Rettenbach glacier)はご覧のとおり。


図8-22 「123RF」より


図8-23 「123RF」より

やはり、ススと微生物で解けているのだ。
にもかかわらず、観光局の職員から「昔に比べて氷河が解けて後退したから、夏季は氷河スキーの営業を取りやめている」と聞き、「スキー愛好家なら天然雪のパウダースノーにシュプールを描きたい。地球環境に関心が向く動機づけになる」と喚き立てるのは、「自分と似た意見の人たちの情報ばかりに触れがちになっている」からに他ならない。[注4]
「定説に逆張りする方が脚光を浴びやすいのが、理由の一つだろう」との言い草は、IPCCの煽り立てる人為的(排出CO2)温暖化説の破廉恥さを曝け出したと言えよう。

8.3 マッターホルンの不都合な真実

モンブランと並ぶアルプスの名峰がマッターホルンである。
その美しい山容は写真や映像でも有名だが、実は、IPCCの人為的(排出CO2)温暖化説と因縁がある。
マッターホルンに初登頂したのは英国の登山家(本業は挿絵画家)、エドワード・ウィンパー。
そのウィンパーが、マッターホルンへの7回に及ぶ挑戦を軸として、アルプスの名峰への登攀を綴ったのが「アルプス登攀記」。
(図8-3のメール・ド・グラス氷河の左岸に聳える秀峰がベルト針峰、氷河の奥に屏風のように聳え立つのがグランド・ジョラスだが、どちらもウィンパーが初登頂した山である。ベルト針峰の向こう側に「Argentiere (アルジャンティエール)」氷河が流れていて、その対岸にアルジャンティエール針峰が聳えているが、それもウィンパーが初登頂した。それらは「アルプス登攀記」に記されている。ついでに説明すると、ベルト針峰の右に隣接して牙のように突き立っているのはドリュ針峰、メール・ド・グラス氷河の右岸手前に見える尖峰はグラン・シャルモ。)
その中にこのような一節がある。


アルプスの山々のなかには、まだ頂上へ登られていない山が幾つもあったが、そのうちでも二つの山が、特に私の心をひきつけていた。その一つは、多くの優れた登山家たちが、幾度となくその登攀を企てながら、まだ成功しなかった山であり、もう一つは、登攀不可能だという伝説に取り囲まれて、殆どだれも手をつけていなかった山である。これら二つの山は、ワイスホルンとマッターホルンであった。
・・・中略・・・
そのときワイスホルンが登頂されたという噂が伝わってきた。
・・・中略・・・
この噂のほんとうであることがはっきりした。ワイスホルンに対する私の希望は、むなしく消えてしまったわけである。しかしワイスホルンに初登頂したチンダル教授が、その勝利の栄光をさらに輝かしいものにするため、さらに大きな勝利を目ざしてマッターホルンへの登攀を試みるため、ブルーイユに滞在しているということを聞いたときに、私のマッターホルンに対する気持ちは、むらむらと燃え上がって来たのであった。


(エドワード・ウィンパー著(浦松佐美太郎訳)「アルプス登攀記」より)

実は、CO2の温室効果を初めて実証したのが、他ならぬ、このチンダルである。
(一般には、チンダル現象で有名。チンダルはマッターホルン初登頂を目指して失敗したが、ウィンパーの初登頂後、再び挑戦し、マッターホルンの初縦走、イタリア側から登ってスイス側に下る、に成功した。)


図8-24 「American Scientist」より

だから、というわけでもないだろうが、そのマッターホルンでも(CO2の排出に因る)温暖化で氷河が解けている、と騒ぎ立てている。


45年前アルプスで遭難、日本人2人の遺骨発見
2015年8月7日 11時31分
【ジュネーブ=石黒穣】スイスのバレー州警察は6日、アルプスの名峰マッターホルン北側の氷河で昨年9月に見つかった遺骨が、45年前に遭難した日本人男性2人のものと確認されたと発表した。
日本の在ジュネーブ領事事務所によると、2人は千葉市の及川三千雄さん(当時22歳)と東京都墨田区の小林正幸さん(同21歳)。
遺骨は、標高約2800メートルの氷河で登山者が発見。過去90年の行方不明者リストを保管する同州警察がDNA鑑定で身元を確認した。
遭難当時の報道によると、2人は1970年8月、マッターホルン北壁から登頂を目指し、標高約4200メートルまで達した後、天候の悪化の中で消息を絶った。
マッターホルン一帯では近年、温暖化で氷河が後退し、何十年も前に遭難した登山者の遺体が発見される例が続いている。


(YOMIURI ONLINE)

この北壁に関して、「アルプス登攀記」は次のように記している。
(ウィンパーらはマッターホルンの初登頂に成功したが、その下山時、登山隊全7名のうち4名が北壁から墜落して死亡した。生き残ったのはウィンパーと山案内のタウクワルダー父子の3名のみ。墜落した一人、フランシス・ダグラス卿の遺体は未だに発見されていない。)


アルプスのなかにも、これほど壮大な岩壁は、ほかにあるまい。これほど、絶壁という言葉が、ぴったりする岩壁も、ほかにはあるまい。その岩壁の中でも、最も大きいのは、ツムット氷河の上に、のしかかるように突き出ている大きな北の岩壁である。
・・・中略・・・
マッターホルンのこの側面は、いつ見ても、陰惨で、淋しく、凄まじく感じられる。崩壊と、廃墟と、死とが、痛いほどそこには現されている。


(エドワード・ウィンパー著(浦松佐美太郎訳)「アルプス登攀記」より)

この記述に見えるとおり、この当時(マッターホルン初登頂は1865年)は、マッターホルン北壁の下(の断崖のさらに下)にツムット氷河が流れていた。
しかし、現在は氷河が後退して、北壁の側に氷河は見えない。

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図8-25 「Wikipedia」より

そこで、マッターホルン頂上からの写真を見ると。

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図8-26 マッターホルン頂上からの眺望(「walkhighlands」より)

目の前に見える秀峰がマッターホルンの西壁側に聳えるダン・ブランシュで、眼下に見えるのがツムット氷河だが、やはり、真っ黒に汚れている。

北壁の側ではツムット氷河が消えてしまっているのだから、「アルプスの名峰マッターホルン北側の氷河で昨年9月に見つかった」のはツムット氷河ではなく、マッターホルン北壁直下の小さな氷河(「マッターホルン氷河」)である。
従って、45年も経てば遺体が出てくるのは当然とも思えるが、その下半分は黒っぽい。
さらに、北壁正面からの写真を見ると、

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図8-27 マッターホルンの北面(「walkhighlands」より)

やはり、真っ黒に汚れている。
ススと微生物で解けたから、「マッターホルン一帯では近年、温暖化で氷河が後退し、何十年も前に遭難した登山者の遺体が発見される例が続いている」のだ。

「アルプス登攀記」の中には、氷河の後退に関する記述が幾つも出てくる。
例えば、第15章にはこのような記述がある。(このアクシデントがなければ、この時にマッターホルンに初登頂していた可能性が高い。)


そこで私たちは、まっ直ぐにモースヘッド氏の峠(この峠はヘルンリへいくのに最も近い道筋になっており、私たちは(マッターホルンの)東壁を登るためにヘルンリで露営するつもりであった)へと向った。峠の頂上には十二時半に登りついた。だがここで、思いがけない障害にぶつかってしまった。峠であるはずのこの場所が、峠の形をなくしてしまっていたのだ。峠を越えた向うのフルク氷河が、ひどく収縮してしまったため、峠と氷河との間に岩壁が露出し、私たちは氷河との連絡を断ち切られ、下へ降りられなくなったのである。


(エドワード・ウィンパー著(浦松佐美太郎訳)「アルプス登攀記」より)

第16章にも、このように記されている。(グランド・ジョラスに初登頂した際の記述。)


一八六五年六月二十三日に、私はいつもより念入りに、羊群岩や、これに類する岩を調べていた。それから私は山案内たちと、モン・サクスの頂上に登り、そこに腰をおろして、グランド・ジョラスを眺め、その登路を偵察した。氷河に蔽われた五千フィートの急斜面が、私たちの目の前に聳え立っているのだ。しかしこの大斜面に、私たちは満足のいく登路を発見することができた。この大斜面の下には、さらに三千フィートにわたって、氷河と、森林帯がつづいている。この下の方の斜面に一箇所、果して登路が見つかるかどうか、疑問のところがあった。この氷河は後退しつつある氷河で、そのために登山家にとっては苦手の、氷河によってよく磨かれた丸い岩で、周辺を一面に取り囲まれているのである。


(エドワード・ウィンパー著(浦松佐美太郎訳)「アルプス登攀記」より)

CO2の排出は20世紀後半に激増したのだから、「20世紀に全世界の山岳氷河の融解が進んだのは、(CO2の排出に因る)地球温暖化が原因である」の非科学性は明らかであろう。

にもかかわらず、マッターホルン以外でも「温暖化で氷河が後退し、何十年も前に遭難した登山者の遺体が発見された」と騒いでいる。


氷河で75年前の遺体、アルプスの融解著しく
アルプスで相次ぐ遺体発見、原因は毎年1m近く解けている氷河に

2017.7.21
7月13日、スイス・アルプスのツァンフルロン氷河の近くで、スイスのスキー会社社員が設備の定期メンテナンスを行っていたところ、氷から突き出している足を見つけた。さらに調べると、靴と帽子、そして凍結して黒ずんだ2人の遺体が見つかった。
靴職人だったマルスラン・デュムランと教師だったフランシーヌ・デュムランの夫婦が行方不明になったのは今から75年前のことだ。
スキー会社のCEO、ベルンハルト・ツァンネン氏は、「発見した社員は警備員に通報し、私が警察に連絡しました」と話す。翌14日には、現場にヘリコプターが到着し、遺体を傷つけないように、氷河から大きく氷を切り出した。そして19日には、DNA鑑定によって1942年8月15日に行方不明になったデュムラン夫妻の遺体であることが確認された。
この件を最初に報じたスイス紙「Le Matin」によると、この雪深い地域から遺体が見つかるのはこれが初めてではない。2102年には1926年に消息を絶った3人の兄弟が、2008年には1954年に遭難した登山者が見つかった。さらに2012年には、2008年に山で行方不明になった2人の遺体が見つかっている。
1925年以降、アルプスやその周辺では、280人が行方不明になっている。
失われゆく氷河
「この氷河では、毎年50センチから1メートルほどの氷が失われています」とツァンネン氏は話す。「80年前は、今よりもはるかに大きかったのです」
デュムラン夫妻が見つかったのは地球温暖化が原因だと、ツァンネン氏は考えている。氷河が急速に解けたことで、埋もれていた遺体が露出したというわけだ。
風光明媚で知られるアルプスだが、氷が着々と解けているのはまぎれもない事実だ。
一番の問題は、どのくらいの速さで解けているかだ。
2006年に発表された調査でアルプスの夏季の氷は2100年までに消滅するとされていたが、2007年の調査はさらに厳しい予測となり、氷は2050年までに消えるとされている。
スイスのチューリッヒ大学に拠点を置く世界氷河モニタリングサービス(WGMS)の報告書によると、アルプスの氷河の厚みは2000年から2010年の間に毎年1メートルずつ減少している。
WGMSの所長は、2013年の報告書でこの氷の融解を「前例がない」と評している。
氷は優れた防腐剤
ツァンネン氏は、デュムラン夫妻について「悲劇でした」と言う。「彼らには7人の子どもがいましたが、現在生きているのは2人だけです」
夫妻の遺体の保存状態が非常に良好だったのは偶然ではない。アルプスのような雪深い山地は寒く乾燥しており、遺体が腐敗する速度は遅い。
つまり、氷は非常に優れた防腐剤なのだ。実際、アルプスからは5000年前に死んだ人間の遺体が驚くほど良好な状態で見つかっている。それがアイスマン「エッツィ」だ。エッツタール・アルプスで見つかったことにちなんでそう呼ばれている。エッツィは死後まもなく氷に覆われたため、腐敗を免れたと考えられている。
アルプスにはまだ氷に埋もれた遺体があるのだろうか。それは時とともに明らかになるはずだ。

スイス南部のディアブルレ山塊で、75年前に行方不明になった夫婦の遺体が見つかった。遺体とともに、バックパック、ビン、本、時計も見つかっている。(PHOTOGRAPH BY EPA)


(ナショナルジオグラフィック)

CO2の排出は20世紀後半に激増したのだから、「デュムラン夫妻が見つかったのは地球温暖化が原因」なら、20世紀後半の縮小が著しいはず。


図8-28 ツァンフルロン氷河の推移(「Swiss glacier monitoring network」より)

やはり、図8-2の他の氷河と同様に、20世紀前半までの縮小も著しい。
「デュムラン夫妻が見つかったのは(CO2の排出による)地球温暖化が原因」ではない。
実際、「デュムラン夫妻が見つかった」場所を見ると、やはり、黒い粒々が。
そこで、さらに「ツァンフルロン氷河」の写真を探すと、


図8-29 「Hiking – Becca d’Audon」より


図8-30 「Hiking – Becca d’Audon」より


図8-31 「Hiking – Becca d’Audon」より

ススと微生物が原因で「氷河が急速に解けたことで、埋もれていた遺体が露出したというわけだ」。

「アルプス登攀記」に次のような一説がある。


ヴィスプの少し手前のところで、イギリス人の観光客の一行が、一頭の騾馬を連れて谷を登っていくのとすれ違った。一行は九人──八人の若い女性と一人の家庭教師──であった。騾馬は一行の荷物を全部背負わされた上に、九人をかわるがわる乗せなければならなかったのだ。村の人たち──自分たちも騾馬にひどく重い荷を載せないわけではない連中なのだが──は、この珍しい光景に呆れたらしかった。重たい荷物に騾馬があえいでいるにもかかわらず、その上に若い女性が平気な顔で乗っている思慮のなさに対し、イギリス人にとっては耳の痛い悪口をさかんにしゃべっていた。


(エドワード・ウィンパー著(浦松佐美太郎訳)「アルプス登攀記」より)

この時代には、経済力を増した英国の富裕層が観光でアルプスを訪れるようになっていた。
ウィンパーら英国人登山家がアルプスの巨峰を次から次へと征服していった「アルピニズムの黄金期(1840年から始まり、マッターホルンの初登頂で終わる)」には、そんな社会的背景があった。
ここに1枚の写真がある。

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図8-32 昔のアルプス(?)の写真

何時の時代の何処の写真かは不明だが、かなり古い写真であり、服装から判断すると、19世紀末の欧州のお金持ちがアルプスを観光した際の写真であろう。
モノクロの写真だから、当然、氷河は真っ白に写っているはずだが黒くなっている。
アルプスがかなり以前からススで汚れていたこと、それが原因で19世紀後半から解け出していたことが分かる。

8.4 ユングフラウの不都合な真実

モンブラン山麓のシャモニ、マッターホルン山麓のツェルマットと共に有名なアルプスの観光地がグリンデルワルトであり、先に出てきたマッターホルン北壁と共に有名なアイガーの北壁をくり貫いて走る登山電車に乗れば、誰でもヨーロッパ最高地点駅のユングフラウヨッホに行くことが出来るのだが、そこで2015年の11月に異常な高温を記録したという。


スイスアルプス高峰で気温7.2度、11月として観測史上最高
2015年11月11日 10:03 発信地:ジュネーブ/スイス
スイスのアルプス山脈の高峰、ユングフラウ(Jungfrau、4158メートル)で10日、気温が11月としては観測史上最高の7.2度を記録した。気象学者らが発表した。
スイスの気象情報会社メテオニュースの声明によると、この穏やかな「異常」気温は、ユングフラウ山の標高3580メートルに位置する気象観測所で正午ごろ測定されたという。同観測所で1992年に測定された従来の最高記録の4.7度は、あっけなく破られた。
ユングフラウはスイス国内で最も人気が高い観光地の一つ。気象観測所から少し下った、標高3453メートルの地点に、欧州で最も標高が高い鉄道の駅があり、ここからは、アルプス最大のアレッチ(Aletsch)氷河を眺望できる。
スイスでは、これより標高が低い地域でも、気温が異常に高い状態が続いている。先週末はスイス国内のいくつかの地域で、この季節としては記録的な暖かさとなり、東部の一部地域では気温が20度を超えるところもあった。


(AFP)

明言していないが、CO2の排出が原因、と言いたいのだろう。
ならば、「アルプス最大のアレッチ(Aletsch)氷河」はどうなっているか?[注5]
IPCC第4次報告書が発表された年に、CO2の排出が原因でアルプスが解けている、温暖化対策が必要と訴えるために、グリーンピースがアレッチ氷河でこのような示威行動をした。


アルプス氷河で集団ヌード撮影会、温暖化防止訴え
2007年8月19日 05:20 発信地:ジュネーブ/スイス
スイスのアルプス氷河で18日、約600の人々が地球温暖化に警鐘を鳴らすキャンペーンの一環として行われた集団ヌード撮影会に参加した。
この撮影会は国際環境保護団体のグリーンピースによる写真家のスペンサー・チュニック(Spencer Tunick)氏へのコミッションワークで、ユネスコにより世界自然遺産として登録されたアレッチ氷河(Aletsch glacier)のすぐそばで行われた。
この撮影会は、地球温暖化により消滅の危機にあるアルプス氷河へ人々の関心あつめ、温暖化への意識を高める事が目的。

「氷河や世界の環境と同じくらい脆弱な人体を、極限の寒さにさらすことで、世論と政治を動かすことができる」とグリーンピースは期待する。
今回、撮影を担当したチュニック氏は、「表面上のイメージよりもさらに深い部分、人間の脆弱性を感じ取ってほしい。そして、氷河も人間と同じくらいセンシティブだということを」と語る。

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2007年8月18日、アルプス氷河での撮影会に参加した約600人のボランティアと脱ぎ捨てられた衣服。(c)AFP/FABRICE COFFRINI


(AFP/Peter Capella)

「脱ぎ捨てられた衣服」の辺りを見ると、黒い粒々が見える。
そして、奥の方の白い部分を除けば氷河全体が灰色で、特に、右側の裸で立っている部分は黒ずんでいる。
そこで、さらに他の写真を見ると。

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図8-33 アレッチ氷河(1)

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図8-34 アレッチ氷河(2)

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図8-35 アレッチ氷河(3)

氷河の汚れはすさまじい限り。
アレッチ氷河の末端はこうなっている。


図8-36 「Aletsch Glacier World」より

図8-2に見えるとおり、同じ山岳地帯の「Upper Grindelwald(ドイツ語では Oberer Grindelwald gletscher)」氷河は破線以前から急激に解け出していたが、古い写真を見ると、ススで汚れている。


図8-37 「Ramblings of a Deltiologist」より

氷河や万年雪が存在するアルプスは全球平均よりもアルベドがかなり高い。
ところが、ススで汚れてアルベドが大きく低下した。
さらに、ススが日光(及び、大気からの下向き赤外放射)を吸収して氷河が解けて縮小し、アルベドが低下。
その結果、気温上昇が加速し、さらに氷河が縮小し、さらにアルベドが低下。
その結果、さらに気温が上昇。
「スイスのアルプス山脈の高峰、ユングフラウで10日、気温が11月としては観測史上最高の7.2度を記録した」のは其れ故である。

結局、アルプスの温暖化(=気温上昇、氷河の縮小)は大気汚染が主因である。
氷河がスス(と微生物)で黒く汚れていることに気づかないほど鈍感であるにもかかわらず、あべこべに「氷河も人間と同じくらいセンシティブだということを」と放言して憚らないのだから恐れ入る。
「氷河の表面上のイメージよりもさらに深い部分、グリーンピースの環境意識の脆弱性を感じ取ってほしい」。
このグリーンピースがIPCCに深く関与しているのだ。
グリーンピースが、ススで黒ずんだ氷河の上に裸で横たわって、「地球温暖化により消滅の危機にあるアルプス氷河へ人々の関心あつめ、温暖化への意識を高める」と騒ぎ立てたのは、IPCCの非科学性をハッキリ示したと言えよう。
「氷河の表面上のイメージよりもさらに深い部分、IPCCの科学の脆弱性を感じ取ってほしい」。

[注1] 古い写真も残っている。


図8-38 メール・ド・グラス氷河の古い写真

[注2] 図8-4では2000年までの気温は自然変動の範囲内に見える。
別の論文を見ても同じである。

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図8-39 アルプスの夏季(6月、7月、8月)の気温推移(「Int.J.Climatol.,25(2005)1855」より)

これが正しいのなら、2000年までは破線の範囲内、つまり、自然変動の範囲内に収まっていた、ということになる。
アルプスの夏季の気温が急激に上昇したのは21世紀になってから、ということになる。
しかし、第5章で解説したとおり、ホッケー・スティック曲線を盾にして、20世紀の気温上昇はCO2の排出が原因と言い立てているにもかかわらず、21世紀になってからCO2の影響が現れ出したのなら、IPCCの人為的(排出CO2)温暖化説は破綻している。
いずれにせよ、IPCCがCO2の影響を著しく過大評価していること、そして、「(アルプスで)夏場の気温上昇に伴う雪解けが加速している」の主因がCO2でないことは明白である。

[注3] 下図に見えるとおり、「米北西部ワシントン州のサウスカスケード氷河(South Cascade Glacier)」も黒く汚れている。

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図8-40 「USGS Glacier Studies : South Cascade」より

「ニュージーランドの有名なフランツ・ジョセフ氷河(Franz Josef Glacier)について」も一言述べておく。
第5章図5-5の黄色の線に見えるとおり、1980年以降の気温上昇は急激で、IPCCに依れば、それは専ら「気候変動」が原因なのだから、「気候変動が原因で融解している確率が99%以上に上った」のなら、1980年以降も後退し続けているはず。
ところが、論文に掲載されているグラフを見ると、1980年以降に一旦は回復している。

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図8-41 「Nature Geoscience,10(2017)95」より

ということは、1980年前後の急激な減少・増加には自然変動が寄与していた、ということである。
にもかかわらず、「過去130年間で計3.2キロメートル後退した原因が自然変動である可能性は1%未満」と言い張るのは、やはり、「IPCC学派が科学的である可能性は0.001%あるいは10万分の1にとどまる」ことを露呈している。

[注4] 自分こそが「新たな知見に気づき、耳を傾けて」いるかのように、自慢顔で「地理学が専門のロンドン大学UCLのマーク・マスリン教授が発表した論文を読んだ」と言い立てているけれど、それは査読のある学術誌に発表された論文ではなく、ただのレポート。
同じ主旨の研究なら、査読のある学術誌に発表された論文があるけれど、「マーク・マスリン教授が発表した論文」は引用されてもいない。
しかも、その論文すら科学的に無意味。
その論文もIPCCの気候モデルの予測に基づいているが、第5章の第3節で解説したとおり、「マーク・マスリン教授」が住んでいるイングランドの気候変動の記録は、IPCCが太陽活動の変動を過小評価し、人為的排出CO2の影響を過大評価していることを示しているのだから。
もちろん、CO2を排出し続ければ、少しは気温が上がるけれど、むしろ、良質なワインが出来る。


今年のボジョレー「かつてない仕上がり」もチリ産肉薄の現状
2015.11.15 07:00
若者のアルコール離れが叫ばれて久しいが、酒類の消費量が減少傾向をたどる中でも好調なのがワインだ。
国税庁の調査によれば、2012年ごろからワインの消費数量は過去最高を更新し続け、1990年代後半に起きた一大ワインブームをあっさり超えるほどの人気となっている。その理由について、酒類メーカーのメルシャンは、こんな分析をしている。
〈2000年以降ワインは、食事をしながら楽しむ食中酒として、記念日など特別な日だけでなく、さまざまな業態の飲食店などでも楽しめるようになった他、スーパーやコンビニエンスストアでも気軽に購入できるようになり、日常飲まれるお酒として定着しつつある〉
最近では自分の好きな風味だけでなく、産地や銘柄を指定してオーダーする人が増えたのは確かだ。そんな中、今年も”ワイン通”が待ち焦がれる11月の第三木曜日(19日)が迫ってきた。フランス産の新酒ワイン「ボジョレー・ヌーボー」の解禁日である。
今年のボジョレーの出来について、ワインの輸入商社らは「今世紀最高」と絶賛する。例年、〈ここ数年で最高〉〈100年に一度〉などと煽りぎみの前評判が”お約束”だけに、フタを開けるまで分からない。実際はどうなのか。
ワインソムリエの資格を持ち、都内でワインバルを経営するフードコンサルタントの白根智彦氏に聞いてみた。
「今世紀最高というのはオーバーな表現かもしれませんが、付き合いの長い現地生産者からのレポートによりますと、『昨年同様、今年のボジョレーは直近のグレートヴィンテージと言われた2009年に匹敵する出来』とのこと。とても期待ができるワインに仕上がっていることは間違いなさそうです」
年によって出来、不出来が大きく変わってしまうのは、もともとフランスのボジョレー地区北部の村のみで生産されたぶどうで造られるヌーボー(新酒)だけに、その年の天候に大きく左右されてしまうのだ。
「今年も4月からの雨不足が続き、6月は気温上昇、7月は酷暑、干ばつに悩まされ、ぶどうの過熟が懸念されていましたが、8月終わりになって程よく雨が降り、結果的には完熟した凝縮感のある良い状態で収穫を迎えたようです。
前出の現地生産者はヌーボーについて、『素晴らしい糖度と色、フルーティーでリッチな味わいのバランスはかつてない仕上がりかもしれない』と話しています」(白根氏)


(NEWSポストセブン)


ボージョレ解禁、「50年に1度の出来栄え
2015年11月19日 08時49分
フランス産の新酒ワイン「ボージョレ・ヌーボー」の販売が19日午前0時に解禁された。
東京都品川区の「イオン品川シーサイド店」では、ワイン好きの女優・藤原紀香さんを招いてイベントが行われ、約160人が参加した。
解禁の午前0時が近づくとカウントダウンを行い、乾杯した。パリの同時テロに配慮して、予定していたくす玉割りなどは取りやめた。ワインを紹介した担当者は「今年は酸味のバランスが良く果実味が豊かで、50年に1度の出来栄え」と話した。


(YOMIURI ONLINE)

「地理学が専門のロンドン大学UCLのマーク・マスリン教授が発表した論文を読んだ」と言い立て、「ワイン好きは、好きな産地のワインをずっと飲みたい。だから温暖化の対策予算を増やせ、政府に求めるかもしれない」と言い張る朝日新聞記者こそが「自分と似た意見の人たちの情報ばかりに触れがちになっている」。

[注5] 青銅器時代、アレッチ氷河は現在よりも短かった。


アルプスの氷河融解、教会の祈りも逆転
Laura Spinney in Fiesch, Switzerland
for National Geographic News
Augest 13, 2012
7月31日の明け方、スイスのフィーシュ村からおよそ50人が徒歩で出発した。アルプスの4000メートル級の山々の上に日が昇るころ、行列はゆっくりと山腹を登って涼しい松の森に入り、小さな教会の前で立ち止まった。
午前7時30分には人々の数は100人ほどに増え、マリア・ハイムズーフンク(Maria Heimsuchung=聖母マリアの御訪問)礼拝堂の中に入りきらなくなったため、臨時の祭壇が建物の外に設けられた。
「氷河は氷、氷は水、水は命です」と唱えると、トニ・ベンガー司祭はそこより上方にある氷河の融解を止めてくれるよう神に祈った。典礼に用いるいくつかの肝心な言葉を変更することで、ベンガー司祭は過去350年の間、氷河を押し戻してくれるよう神に祈ってきたカトリック儀式の内容を逆転させた。地球温暖化の影響がアルプス山脈にはっきりと表れるようになった今、バチカンもこの変更を承認している。
気候変動の影響は山岳地帯で顕著だ。スイスアルプスの気温は20世紀中に地球平均の2倍上昇した。現在、スイスの氷河は1年に平均10メートル後退している。そのうえ、アルプス地方では過去数世紀に比べて降水量と風速が上昇していると報告されている。
◆寒冷化に苦しんだ時代
敬虔なカトリック信者であるフィーシュ村とフィーシャータール村の人々は、ヨーロッパが小氷期だった1674年から年一度の巡礼を行っている。
両村の上方にあるアルプス山脈最大の2つの氷河、アレッチ氷河とフィーシャー氷河はそこから200年間成長を続け、1850年ごろには最大の長さに達した。当時のアレッチ氷河の長さは26キロ、フィーシャー氷河も同様のペースで成長したが、アレッチより小さい氷河の当時の正確な長さは不明だ。
2つの氷河の間にある湖メィエレンゼーにアレッチ氷河の氷が落ちると、湖の水があふれた。1000万立方メートルの水が下方の谷に押し寄せ、村が水浸しになり、建物が壊れ、死者が出た。19世紀まで貧困にあえいでいたこの地域の人々には、また村を再建するしか方法はなかった。
幾度もこのような災害に耐えてきた村人たちは、地元イエズス会の協力を得て、毎年7月31日に巡礼を行うことを決めた。7月31日は、イエズス会の創立者である聖イグナチオ・デ・ロヨラを記念するカトリックの祝日にあたる。
◆祈りが聞き届けられた?
1860年代に入ると氷河は後退を始め、今なお後退し続けている。現在、アレッチ氷河は長さ21キロ、幅0.8キロ、深さ約900メートルで、1864年当時と比べて長さ5キロ、深さ200メートル分が消失している。
「これまで氷が後退するよう祈ってきたが、われわれの祈りは効きすぎた」と、山岳ガイドでフィーシュ村のあるゴムス郡の行政長官を務めるヘルベルト・フォルケン氏は話す。
2009年、地元教区会はバチカンに祈祷の文言の変更許可を申請した。1年後、教皇庁は申請を承認し、フォルケン氏は新たな祈りが以前と同じく効力を発揮することを期待している。同氏によると、村人たちはもう洪水を心配することはないが、代わりに今では飲料水や電力、家畜の飼料の不足や、森林火災の増加を懸念しているという。
◆ゆっくりとした変化
気候変動の影響は今後もさらに拡大すると予想される。アレッチ氷河とフィーシャー氷河は、他の多くの小さな氷河とともに、ヨーロッパで最も重要な水系の1つであるローヌ川水系に流れ込んでいる。
ベルン大学の地理学者で氷河の歴史を研究するハンスペーター・ホルツホイザー(Hanspeter Holzhauser)氏によると、アレッチ氷河の長さは1年に23メートルずつ後退しているという。
ホルツホイザー氏は、歴史的記録の調査や、氷床コア、化石土壌、氷中に閉じ込められた樹木などの分析を通じて過去数千年の氷河の変化を追跡し、気候変動の明らかな痕跡を発見している。例えば、気候が温暖だった青銅器時代には、アレッチ氷河は現在より610~915メートルほど短かった。しかし、当時の温暖な気候は人間の活動の影響を受けていないとホルツホイザー氏は指摘する。「新しい祈りが、人間の引き起こしている地球温暖化への関心を集める効果しかないとしても、それはそれで有益なことだ」。
内容を改めた祈りがどのような効果をもたらすにせよ、効果が表れるのはまだ先のことになりそうだ。過去の傾向から考えて、急速な温暖化とそれに伴う氷河の融解は少なくとも今後30年は続くとホルツホイザー氏は確信している。


(ナショナルジオグラフィック)

ウィキペディアに依れば、中央ヨーロッパの青銅器時代は紀元前2300年から紀元前1600年。
西暦2000年を起点に考えると、4300年前から3600年前は現在よりも気温が高かった、ということになる。
第6章図6-4の非科学性は明らかである。

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