温室効果飽和に対する愚かな反論

前章までの解説に対して、IPCC学派は、CO2の温室効果は飽和しないから、それは間違い、と言い張る。
実際、以下に列挙するような反論がある。

4.1 愚かな反論 Ⅰ

ここで、つぎのような疑問がわくかもしれません。「仮に、地表から放出された赤外線のうち、CO2によって吸収される波長のものがすべて大気に一度吸収されてしまったら、それ以上CO2が増えても温室効果は増えないのではないだろうか?」これはもっともな疑問であり、きちんと答えておく必要があります。実は、現在の地球の状態からCO2が増えると、まだまだ赤外線の吸収が増えることがわかっています。しかし、そのくわしい説明は難しい物理の話になりますのでここでは省略し、もうひとつの重要な点を説明しておきましょう。仮に、地表から放出された赤外線のうち、CO2によって吸収される波長のものがすべて一度吸収されてしまおうが、CO2が増えれば、温室効果はいくらでも増えるのです。なぜなら、ひとたび赤外線が分子に吸収されても、分子からふたたび赤外線が放出されるからです。そして、CO2分子が多いほど、この吸収、放出がくりかえされる回数が増えると考えることができます。図2は、このことを模式的に表したものです。CO2分子による吸収・放出の回数が増えるたびに、上向きだけでなく下向きに赤外線が放出され、地表に到達する赤外線の量が増えるのがわかります。

2016081501(a) CO2分子は、赤外線を吸収するだけでなく放出する。(b) 赤外線を吸収・放出するCO2分子の量が増えれば、地表に届く赤外線は増える。

(「二酸化炭素の増加が温暖化をまねく証拠」より)

CO2の温室効果の飽和を示す(2-1)式でも「CO2分子による吸収・放出の回数が増えるたびに、上向きだけでなく下向きに赤外線が放出され、地表に到達する赤外線の量が増える」。
(2-1)式で「吸収、放出がくりかえされる回数(n)」を増やしていくと、CO2の温室効果(GHE)はどうなるか。
下の表にそれを示す。

 \displaystyle \begin{tabular}{|r|r|} \hline n & GHE(C) \\ \hline 10 & 0.28 \\ \hline 20 & 3.99 \\ \hline 50 & 6.36 \\ \hline 100 & 7.17 \\ \hline 200 & 7.58 \\ \hline 500 & 7.83 \\ \hline 1000 & 7.92 \\ \hline 2000 & 7.96 \\ \hline 5000 & 7.98 \\ \hline 10000 & 7.99 \\ \hline \end{tabular}
表4-1

「吸収、放出がくりかえされる回数が増え」ても、ある程度増えると、CO2の温室効果はほとんど上がらなくなる。
「CO2が増えれば、温室効果はいくらでも増える」ことは無い。
また、上の表は、n層の各大気層が15μm帯域の赤外線を完全に吸収してしまう場合の値だから、「現在の地球の状態からCO2が増えると、まだまだ赤外線の吸収が増えることがわかっています」と言い張ろうとも、飽和論に反論したことにはならない。

4.2 愚かな反論 Ⅱ

図17(本稿の図1-3)は、鉛直方向の大気全層に相当する二酸化炭素による1回の吸収による放射透過率を波長別に計算したもので、横軸は波数(下;波長の逆数)または波長(上)、縦軸は透過率である。これを見ると、確かに波数630から700/cm付近では吸収が飽和している。
しかし、この図17は二酸化炭素による赤外線の射出をゼロとして、吸収の効果のみを表したものである。実際の大気では、地表面から射出された赤外線は大気中の温室効果ガスによる吸収・射出を繰り返して大気上端に到達する。大気中の二酸化炭素濃度が増加すると、この吸収・射出の平均回数が増加することにより、温室効果は増加する。したがって、大気全層による一回の吸収が飽和しているからといって、二酸化炭素がこれ以上増加しても温室効果は増加しないと考えるのは誤りである。
また、図17で波数570から620/cm付近と710から760/cm付近の黒く見えるところは、透過率が大きい値と小さい値の間を行ったり来たりしており、吸収線の存在を示している。気体分子の吸収線は、圧力効果とドップラー効果と呼ばれる2つの効果によって波数方向に幅を持っており、特に、吸収線の中心で吸収が飽和しても、さらに気体濃度が増えると、吸収線の幅が広がることにより吸収量が増加することが分かっている。

(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論27」より)

この前半部分は「愚かな反論 Ⅰ」と本質的に同じであり、(2-1)式への反論足り得ない。
尚も「二酸化炭素がこれ以上増加しても温室効果は増加しないと考えるのは誤りである」と言い張るのなら、(2-1)式に代わる数式を提示しなければならないが、IPCC学派にはそれができない。
できもしないのに、「二酸化炭素がこれ以上増加しても温室効果は増加しないと考えるのは誤りである」と「考えるのは誤りである」。

温度が上がると吸収線の幅が広がる、と云うのが「ドップラー効果」。

2011041602
図4-1 ドップラー効果

しかし、「二酸化炭素がこれ以上増加しても温室効果は増加しない」と、つまり、気温は上がらないと言っているにもかかわらず、気温が上がるから吸収が増えると言い立てるのは論理錯誤も甚だしく、気温が上がるから気温が上がるのだ、と言う以外の何物でもなく、語るに落ちたと言えよう。

「圧力効果」は次節で解説する。

4.3 愚かな反論 Ⅲ

飽和論への反論は、大きく分けて次の3点があります。ただし第3点は「地球温暖化懐疑論批判」や「地球温暖化懐疑論へのコメント」では省略しました。
(1)吸収が飽和している波長域についても、吸収物質量が多いほど熱放射が宇宙空間に出て行くまでに吸収・射出をくりかえす回数がふえるので温室効果は強まる。
(2)CO2による吸収のある波長域のうちには、水蒸気その他の効果を合わせても飽和していない波長域がある。
(3)地表付近と成層圏とでは圧力の桁が違う。圧力が高いほど、分子間の衝突によるエネルギー交換が起きやすいので、波長の軸の中での吸収線の幅は広くなる。したがって成層圏のCO2による吸収は地表付近の気圧の場合よりも飽和しにくい。

(「CO2がふえても温室効果は強まらないという議論(飽和論)への反論」より)

(1)に関しては第1節で論じたが、「熱放射が宇宙空間に出て行く」様を観測した結果が下図(のA)。

fig 05-03
図4-2 「British Journal of Anaesthesia,105(2010)760」より

これを見ると、CO2の吸収帯域(13μm~17.5μm)のうち、14μmから16μm帯域では既に215K相当の「熱放射が宇宙空間に出て行く」ことが分かる。
第1章で解説したとおり、215K以下の「熱放射が宇宙空間に出て行く」ことはないから、この帯域の温室効果は既に飽和していることが分かる。
実際、英国王立協会と全米科学アカデミーが連名で発表したブックレットには次のように記されている。

CO2 has its strongest heat-trapping band centred at a wavelength of 15 micrometres (millionths of a metre), with wings that spread out a few micrometres on either side. There are also many weaker absorption bands. As CO2 concentrations increase, the absorption at the centre of the strong band is already so intense that it plays little role in causing additional warming.

(「Climate Change : Evidence & Cause」の「Q&A(8)」より)

「吸収・射出をくりかえす回数がふえるので温室効果は強まる」は、「愚かな反論 Ⅰ」の「CO2が増えれば、温室効果はいくらでも増えるのです」、そして、「愚かな反論 Ⅱ」の「確かに波数630から700/cm 付近では吸収が飽和している。しかし・・・二酸化炭素がこれ以上増加しても温室効果は増加しないと考えるのは誤りである」と全く同じで、CO2の赤外吸収が14μmから16μm(波数630/cmから710/cm)に限られても、「温室効果はいくらでも増えるのです」と言うことに他ならないから、誤りは明白。

「CO2による吸収のある波長域のうちには、水蒸気その他の効果を合わせても飽和していない波長域がある」は、「愚かな反論 Ⅱ」の「図17(本稿の図1-3)で波数570から620/cm付近と710から760/cm付近の黒く見えるところは、透過率が大きい値と小さい値の間を行ったり来たりしており、吸収線の存在を示している」に対応しており、英国王立協会と全米科学アカデミーのブックレットの「wings that spread out a few micrometres on either side」と同じ。
上図を見ると、その帯域からの熱放射は215Kにまで落ち込んでいないから、確かに、そこでは「水蒸気その他の効果を合わせても飽和していない」。
しかし、(1-15)式はその帯域からの放射も、つまり、CO2の吸収帯域からの全放射が215K相当にまで落ち込んでしまった場合の値だから、CO2が増えてもその値を超えることはあり得ない。
(2)も飽和論への反論足り得ない。

(3)の「成層圏のCO2による吸収は地表付近の気圧の場合よりも飽和しにくい」とは、どういう意味であろうか。
成層圏のCO2が少ないときは、対流圏界面からの上向き赤外放射はそのまま宇宙空間に放射されるが、成層圏のCO2が増加するにつれて、対流圏界面からの上向き赤外放射は成層圏で吸収され安くなるから、対流圏の気温も上がると言うのだろうか。
しかし、対流圏の温室効果が飽和した後でも、なぜ、成層圏で吸収されるようになると対流圏の気温が上がるのか。
肝心の説明は無い。
説明できるはずもない。
第1章の図1-4に見えるとおり、成層圏の気温は対流圏界面の気温より高いから、ステファン=ボルツマンの法則に依れば、成層圏から宇宙空間への放射が増え、その分だけ対流圏界面から宇宙空間への放射が減ると、地球から宇宙空間への全放射量は増える。
そうなると、放射平衡を回復するため対流圏の気温は下がる。
(対流圏の気温が下がっても対流圏界面からの放射量は変わらないけれど、「大気の窓」からの放射量が減るから放射平衡が回復する。)
つまり、成層圏のCO2が増加し続ければ、一転して気温は低下に転ずることになる。
これは都合が悪いから、IPCCは、CO2が増えると成層圏(上部)の気温は下がる、と言っている。
実際、成層圏(上部)の気温は下がり続けていた。
(気温が一時的に上がっているのは火山の噴火が原因。また、1990年代半ば以降に成層圏の気温が下げ止まっているのは、第10章第6節で解説するけれど、1993年以降に対流圏の気温が進まなくなったから。)


図4-3 「State of the Climate in 2017」の第2章の図2.9

(3)も飽和論への反論足り得ない。

4.4 愚かな反論 Ⅳ

2011090705図4-4 「Physics Today,64(2011)33」より(PDFからテキストをコピーできないので画像を掲載した。)

「additional absorption in the wings of the 667cm-1」は「愚かな反論 Ⅲ」の(2)と同じであり、「the radiation only escapes from the thin upper portions of the atmosphere that are not saturated」は「愚かな反論 Ⅲ」の(3)と同じ。
「radiation in the portion of the spectrum affected by CO2 escapes to space from the cold, dry upper portions of the atmosphere」も「愚かな反論 Ⅲ」の(3)と同じ。
「First, modern spectroscopy shows that CO2 is nowhere near being saturated」は全くの「fallacies」

地球の気候はCO2だけで決まっているのではない。
第1章と前節で解説したことから明らかなとおり、地球の気候は大気の構造によって決まる。
それは地球の重力と水(水蒸気)の存在によって規定されている。
朝日新聞も金星を持ち出して、石炭や石油を使い続ければ灼熱地獄になる、と煽り立てているけれど、


2021年7月2日の朝日新聞朝刊紙面より

地球と金星では大気の構造が全く異なるにもかかわらず、「Hot as Venus is, it would become still hotter if one added CO2 to its atmosphere」と言い立てることこそが「fallacies」

4.5 愚かな反論 Ⅴ

Is the greenhouse effect already saturated, so that adding more CO2 makes no difference?
No, not even remotely. It isn’t even saturated on the runaway greenhouse planet Venus, with its atmosphere made up of 96% CO2 and a surface temperature of 467°C, hotter even than Mercury (Weart and Pierrehumbert 2007). The reason is simple: the air gets ever thinner when we go up higher in the atmosphere. Heat radiation escaping into space mostly occurs higher up in the atmosphere, not at the surface – on average from an altitude of about 5.5 km. It is here that adding more CO2 does make a difference. When we add more CO2, the layer near the surface where the CO2 effect is largely saturated gets thicker – one can visualize this as a layer of fog, visible only in the infrared. When this “fog layer” gets thicker, radiation can only escape to space from higher up in the atmosphere, and the radiative equilibrium temperature of -18°C therefore also occurs higher up. That upward shift heats the surface, because temperature increases by 6.5°C per kilometer as one goes down through the atmosphere due to the pressure increase. Thus, adding 1 km to the “CO2 fog layer” that envelopes our Earth will heat the surface climate by about 6.5°C.

(「The Copenhagen Diagnosis」の10ページより)

飽和論への反論を意図して書いたのではないが、これと全く同じ解説が「地球温暖化懐疑論批判」にも載っている。

地球のエネルギー収支はつりあっていると近似できるので、地球が吸収する太陽エネルギー量が変わらなければ、宇宙から見たときに地球が出す放射の代表温度(有効放射温度)は一定(マイナス18℃)とみなしてもよい。また、対流圏の鉛直温度勾配は近似的には一定とみなしてもよい。しかし、槌田(2004)では、放射の代表温度をもつ高さが変化することが見落とされている。温室効果物質が多いということは、赤外線に対して大気がより不透明だということだから、赤外線で宇宙から見えるのはより外側、つまりより高いところになる。つまり、放射の代表温度をもつ高さは温室効果物質が多いほど高くなる。したがって、温度勾配が一定ならば、地面付近の気温は、より高くなる。これは真鍋による次の有名な温室効果の説明に他ならない(例えば真鍋1985)。図16(下図)において、地球の出す放射の代表温度がTeで、太陽から受け取る放射とつりあっているとする。実線の温度分布ならば、図16のAが放射を出す代表位置である。ここで大気が赤外線に対してより不透明になったとすると、放射を出す代表位置がA’ に変わる。ところがこれでは地球が出すエネルギーが受け取る太陽エネルギーより少ないので、地球(大気・海洋)が暖まっていく。A’ の高さの温度がTeとなる破線の温度分布まで大気全体が暖まって、地球のエネルギー収支がつりあうことになる。

fig 05-05

(「地球温暖化懐疑論批判」の「議論23」)

「宇宙から見たときに地球が出す放射の代表温度(有効放射温度)は一定(マイナス18℃)とみなしてもよい」は、ステファン=ボルツマンの法則に換算すれば、「宇宙から見たときに地球が出す放射」の全エネルギーは255K(マイナス18℃)の黒体放射に等しいという意味。
けれど、ステファン=ボルツマンの法則はプランク関数(物理学の用語で言えば、光子気体のボース統計分布)を全周波数(または波長)に亘って積分した値で、図4-2(のパネルA)に見えるとおり、「宇宙から見たときに地球が出す放射」は、255K(マイナス18℃)のプランク関数で表わせないから、「放射の代表温度」という概念、そして、それを「対流圏の鉛直温度勾配」から換算した「放射の代表温度をもつ高さ」という概念は、科学的に全く無意味。
図4-2(のパネルA)に見える放射の構造を、255Kのプランク関数に均(なら)してしまい、「放射の代表温度」「放射を出す代表位置」と言い立てるのは、CO2の吸収域の中心が既に215Kにまで落ち込んでいる(「対流圏の鉛直温度勾配」から換算すれば、すでに対流圏の上端に達している)こと、従って、CO2の全吸収も飽和に近いという事実を覆い隠すためのペテン以外の何物でもない。

4.6 愚かな反論 Ⅵ

第2章で紹介したとおり、スペンサー・ワートは「彼らのうち一部の人々は、自分で答えを出そうとする。そして、専門家が彼らの美しい理屈を却下すると不平を言う」と高言を垂れていたけれど、最後に彼の「反論」を検証しよう。

So, if a skeptical friend hits you with the “saturation argument” against global warming, here’s all you need to say:
(a)  You’d still get an increase in greenhouse warming even if the atmosphere were saturated, because it’s the absorption in the thin upper atmosphere (which is unsaturated) that counts;
(b)  It’s not even true that the atmosphere is actually saturated with respect to absorption by CO2;
(c)  Water vapor doesn’t overwhelm the effects of CO2 because there’s little water vapor in the high, cold regions from which infrared escapes, and at the low pressures there water vapor absorption is like a leaky sieve, which would let a lot more radiation through were it not for CO2;
(d)  These issues were satisfactorily addressed by physicists 50 years ago, and the necessary physics is included in all climate models.

(「A Saturated Gassy Argument」より)

(b)は「愚かな反論 Ⅰ」が「現在の地球の状態から二酸化炭素が増えると、まだまだ赤外線の吸収が増えることがわかっています」と言い立てていたのと同じだから、そして、(a)と(c)は「愚かな反論 Ⅲ」「愚かな反論 Ⅳ」と同じだから、これまた、飽和論への反論足り得ない。
先に解説したとおり、14μmから16μmは「it plays little role in causing additional warming」だから、CO2が増加し続ければ、いずれ15μm帯域全体も「it plays little role in causing additional warming」になることは自明であろう。
にもかかわらず、「These issues were satisfactorily addressed by physicists 50 years ago, and the necessary physics is included in all climate models」と喚き立てるのは、半世紀以上も基本的な誤りに気づかなかった、しかも、今なお気づいていないということに他ならず、IPCCの気候モデルが全く非科学的な代物すぎないことを、物の見事に露呈したと言えよう。

もちろん、いずれ15μm帯域全体も飽和状態になるということは、CO2が増加すれば気温は上がり得るということだが、14μmから16μmが「it plays little role in causing additional warming」なら、既に15μm帯域全体も飽和に近いから、CO2の排出で気温が大幅に上がるなどということはあり得ない。

fig 05-06
図4-5 「名古屋大学の講義録」より

次章で解説するとおり、実のところ、CO2の温室効果が上がる余地は0.5℃しか残っていない。