主権者よ、白馬高校のブスを憐れみ給え

アレグリ「ミゼレーレ・メイ、デウス(主よ、我を憐れみ給え)」

今日今晩は。
コロナウィルスを避けて、シェラリゾート白馬に逃避中(嘘)で~~~す。

昨年12月21日の投稿1月14日の投稿で紹介したとおり、破廉恥な高校生を持て囃してやがったけど、またしても!


2020年3月8日の朝鮮日刊新聞朝刊紙面より

2月8日の投稿で採り上げた邪説で「ビリー・アイリッシュさんは、歌詞のなかで温暖化への危機を訴え、いま行動を起こさなければ大変な事態になると訴える」と囃し立ててやがったけど、またしても、「地球温暖化に警鐘をならす歌詞は『ノー』という悲鳴のようにも聞こえる」と囃し立てる。
昨年12月1日の投稿1月7日の投稿で紹介したとおり、グレた娘ですぅぅぅ~、気候マーチですぅぅぅ~、と囃し立ててやがったけど、執拗に「スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの行動を機に広がったグローバル気候マーチ」と囃し立てる。
昨年4月23日の投稿で採り上げた邪説余滴で「大人たちは『危機にふさわしい行動』とはなんなのかを真剣に考えるべきだ。若者たちの危機感を大人も共有しないと、持続可能な地球を残せない」だの、5月15日の投稿で採り上げた紙面でも「温暖化の世界を生きなければならない子どもたちを納得させられるとは思えない」だの、10月10日の投稿で採り上げた「日曜に想う」でも「大人はもう未来への甘えを断ち切るほかない」だの、12月4日の投稿で採り上げた「経済気象台」でも「若い世代の身になって行動すべき、との主張は胸に刺さる」だの、12月21日の投稿で採り上げた12月17日の教育欄でも「問われているのは子どもたちではなく、大人たちだ」だの、1月5日の投稿で採り上げた紙面でも「若者たちは動き出した。次は私たち大人の番だ」だの、1月16日の投稿で採り上げた「Journalism」でも「日本でも子供たちは動き出したのに、大人たちはまだ動き出さない」だのと泣き喚き続けてきたけど、執拗に「昨年来、鈍感な大人世代に向け、若い世代の抗議の声は強まる一方だ」と喚き立てやがる。
昨年11月3日の投稿で採り上げた「論壇時評」で「感情的な言葉で彼女を攻撃した。彼女を揶揄する大人が後を絶たない」だの、11月6日の投稿で採り上げた11月1日の「耕論」でも「『誰かに入れ知恵されている』などと批判する大人の姿は醜悪でした」だのと泣き喚いてやがったけど、またしても、「今、気候危機を訴える若者の代表ともなったグレタさんには、どこか冷ややかな見方もある」。『非科学的』『利用されている』との言葉も聞く」と泣き喚く。
2月3日の投稿で採り上げた昨年11月20日の邪説は「一方で、異論を排除し、自らに反対する者を敵視する首相の姿勢は、社会の分断を助長する危険がある」と泣き喚いてやがったけど、己らは徹頭徹尾「異論を排除し、自らに反対する者を敵視する」んだよ。
前回の投稿で紹介したとおり、「市民が、熟議の上で国や議会に政策提言をする手法が、広がりつつあるのだ」と囃し立ててやがったけど、「熟議」とは「異論」に向き合うこと。
「口先だけの『熟議』ではなく、主権者である国民の声を聞くことを左翼に求める」と言ったけど、そのとおりだろ。

「熟議」とは、すなわち「熟慮」。
小学生に温室効果が分かるはずもないにもかかわらず、昨年2月28日の投稿で採り上げたWEBRONZAに見えるとおり、「グレタさんは8歳の時、初めて温暖化について知った・・・そういうことを考えていたら、11歳の時うつになった。しゃべらなくなり、体重が10キロ減った」のは、昨年4月23日の投稿6月22日の投稿8月26日の投稿9月2日の投稿9月13日の投稿、そして、10月2日の投稿で説明したとおり、グレた娘の知的異常性をハッキリと示してる。
だから、中学でもまともに学ばず、高校にも進学できなかった。
「熟慮」どころか、グレた娘は何一つ「思慮」できない。
2月16日の投稿で紹介したとおり、「(CO2排出で)南極 初の20度超え」と泣き喚き、「環境活動家グレタ・トゥンベリさん(17)はガーディアンの報道を引用して『南極沖シーモア島で20.7度』とツイート。6千回以上リツイートされている」と囃し立ててやがったけど、私めに糾弾されてヤバくなったので、その後に取り繕ってやがった。
(けど、私めに罵倒されるのが怖いから、紙面には掲載せず、ネットでも一部だけ公開。)


南極が気温20.75度 温暖化?いやいや極渦の影響も
聞き手・植松佳香
2020年3月5日 8時00分
「南極で気温20.75度を観測!」。先日そんなニュースが流れ、目を疑った人も多いのではないでしょうか。その数日前には、南極の別の場所で18度を超え、これまでの最高気温である17.5度(2015年3月観測)を上回りました。今年になって、南極でこのような高い気温が観測されたのはなぜか。地球温暖化の影響が頭をよぎりますが、北極と南極の気象学を研究している国立極地研究所の山内恭名誉教授に尋ねると、単純な温暖化という話ではなく、「西風の渦」という自然現象の変化がポイントになっているようです。
――そもそも南極では、温暖化が進んでいるのでしょうか?
温暖化というと、よく取り上げられるのは南極よりも北極の話です。北極は全体的にすごく温暖化が進んでいて、氷がどんどん解け出しています。多くは海上の氷で解けても海面上昇などの変化はほぼ起きませんが、グリーンランドなど一部陸地もあり、温暖化の問題は深刻です。
一方、南極は大きく西と東に分…

南極半島の玄関口にあるアルゼンチンのエスペランサ基地。2008年3月9日撮影=ロイター


(朝日新聞デジタル)


南極、20度超えしていなかった? 史上初の高温に疑義
ジュネーブ=下司佳代子
2020年3月6日 9時30分
2月半ば、南極で気温20.75度が観測されたと報じられた。世界気象機関(WMO)により確認されれば南極の観測史上初の「20度超え」となるが、記録が認定される見通しは。スイス・ジュネーブのWMO本部で聞いた。
◆確定には数カ月 記録に疑義も
「歴史に残る記録なので慎重な確認が必要。数カ月はかかる」。WMO報道官のクレア・ナリスさんはそう語る。
確認には、データを南極から取り寄せたうえ、観測場所や機器の種類、測定方法、校正は適切かどうかなどを分析する。専門家による委員会を立ち上げる必要があり、最大10人程度の委員は世界中から招集される。それぞれ本業との兼ね合いで日程を合わせるのも困難という。
今回の20.75度という記録は、ブラジルの研究チームが南米に近い南極半島北端沖のシーモア島で2月9日に観測したと主張。直前の6日には、アルゼンチンのチームが南極半島北端のエスペランサ基地で18.4度(当初の18.3度から修正)を観測したと主張している。
ブラジルのチームの記録が認定…


2月2日、南極半島沖に漂う氷山=ロイター


(朝日新聞デジタル)

「環境活動家グレタ・トゥンベリさん(17)はガーディアンの報道を引用して『南極沖シーモア島で20.7度』とツイート。6千回以上リツイートされている」のは、グレた娘に全く分別が無いことを、そんな「スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの行動を機に広がったグローバル気候マーチ」の若者たちの無思慮・無分別を物の見事に露呈してる。

2月8日の投稿で採り上げた邪説で「長野県白馬村もその一つだ。地元の高校生の要請がきっかけだった」と囃し立て、今回は具体的に「その一人、宮坂雛乃さん(17)」と囃し立ててやがるけど、やはり、「昨年9月、スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの行動を機に広がったグローバル気候マーチに賛同し」だから、全く無思慮。
英語で「『Do it now』。白馬の高校生の名刺にそう印刷してあった」のは、無分別に海外の真似をしているにすぎないことを露呈してる。
昨年3月25日の投稿12月21日の投稿、そして、1月14日の投稿で採り上げた女子学生と同様、ブスが目立ちたくてやってるだけ。
そんなのを盾にして、「昨年来、鈍感な大人世代に向け、若い世代の抗議の声は強まる一方だ」と喚き立てるのは、「熟議」するな~、と泣き喚く以外の何物でもない。
そう、「そう、もたもた『熟議』している余裕などない」と泣き喚いてるんだね。
そう、「そう、もたもた『主権者である日本国民の声を聞いて』いる余裕などない」と泣き喚いてるんだよ。
「Do it now」という英語が「胸に響いた」のは、「主権者である日本国民の声を聞かない」から。
選挙権が無い若者も「主権者」であることに変わりはないけれど、「主権者である日本国民の声を聞かない」から、「だが、海外に比べ、日本では大きなうねりが見えない。この国の若者はおとなしいのか」と、若者までも罵るんだよ。

昨年11月3日の投稿で採り上げた「グレタは 『操り人形』? ─ だとしたら、その『糸』を握ろうとしているのは誰?」という見出しの記事に見えるとおり、実のところ、「スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの行動を機に広がった」のではなく、一握りの大人が無思慮で無分別な若者を焚き付けて「広がったグローバル気候マーチ」。
「昨年来、鈍感な大人世代に向け、若い世代の抗議の声は強まる一方だ」ではなく、一握りの卑劣な大人の声を無思慮で無分別な若者が発しているだけ。
昨年9月27日の投稿12月21日の投稿でも指摘したとおり、実のところ、コヤツらを含めた一部の大人が他の大人たちを「鈍感な大人世代」と罵ってるんだね。
前回の投稿で「熟議を拒み、『敵』とみなした人々を批判し、排除することを繰り返してきた、この10年間の左翼の体質を映し出す。深刻な事態である」と言ったけれど、「金曜日に学校を休む『スクール・ストライキ』のアイディアは、グレタが自発的に考えたものではなく、スウェーデンの環境ロビイスト、ボー・トレーンによるもの」「さらに、ひとりで座り込み運動をする少女を”発掘”し、その存在を拡散した人物もいる」ことは決して、決して、「決して」という言葉を「何度言っても言い足りない」ほど決して報じず、「今、気候危機を訴える若者の代表ともなったグレタさんには、どこか冷ややかな見方もある」。『非科学的』『利用されている』との言葉も聞く」と泣き喚き(取材しようともせず、「言葉も聞く」と喚くのだから、コヤツらが新聞社でないことは明らかだろ)、「この国の若者はおとなしいのか」と罵りながら、「純粋に将来を心配する若い世代の声は貴重だ。正面から受け止め、考え、行動するのが大人の責任ではないかと思う」と喚き立てたのは、その事実を裏づけてるな。

「大人しい」には、大人のように分別がある、という意味もある。
(もちろん、コヤツらのように、大人でも全く無分別な外道もいるけれど。)
「だが、海外に比べ、日本では大きなうねりが見えない」のは、「この国の若者は思慮深く分別がある」から。
前回の投稿で紹介したとおり、「脱炭素を実現できるかどうかは、民主主義の成熟度にかかっている」と泣き喚いてやがったけど、「だが、海外に比べ、日本では大きなうねりが見えない」のは、海外の「民主主義の成熟度」が低いこと、我国の「民主主義の成熟度」が高いことをハッキリと示してる。
前回の投稿で「気候変動政策では『脱炭素という変革は主権者である市民の参加を抜きに進められない』と市民の意見を聞く形をとりながら、実際は既定の方針を正当化する『名ばかり民主主義』が横行してきた」と言ったけれど、無思慮で無分別な若者を盾にして、「純粋に将来を心配する若い世代の声は貴重だ。正面から受け止め、考え、行動するのが大人の責任ではないかと思う」と泣き喚くのは、それを裏づけてるな。

2017年1月17日の投稿で紹介したとおり、狂都議定書以降に、つまり、温暖化を煽り立てた結果、我国の勤労者所得は下がり続け、2016年1月7日の投稿で紹介したとおり、貧困が深刻化した。
「この国の若者」は「純粋に将来を心配する」から、「スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの行動を機に広がったグローバル気候マーチに賛同しない」。
逆に、白馬鹿高校のブスは、格差・貧困という深刻な社会問題に目を背け、「11月にはスーパーの駐車場を借りてバザーを企画し、売上金約14万円を『気候難民のために』と国連難民高等弁務官事務所に手渡した」。
1月16日の投稿で「99%の『大人たち』を攻撃するのは、99%の『子供たち』を攻撃すること。『子供たちは生まれた時から気候危機の下で生きることを運命づけられている。怒らない方が不思議だ』と喚き散らすこと自体が、子供たちの未来を奪おうとしていることを示してるんだよ」と言ったけれど、無思慮で無分別な若者を盾にして、「純粋に将来を心配する若い世代の声は貴重だ。正面から受け止め、考え、行動するのが大人の責任ではないかと思う」と泣き喚くのは、それを裏づけてるな。

2月8日の投稿で採り上げた邪説で「注目したいのは自治体による『気候非常事態宣言』だ。16年のオーストラリア・デアビン市を皮切りに、パリ、ロンドンなどが続いた・・・長野県白馬村もその一つだ。地元の高校生の要請がきっかけだった」と囃し立て、今回も「白馬村は昨年12月、気候非常事態宣言を出し・・・後押ししたのは、白馬高校の生徒たちだ」と囃し立ててるけど、白馬鹿村が「気候非常事態宣言を出し」ても、我国のCO2排出が減るわけじゃない。
「正面から受け止め、考え、行動するのが大人の責任ではないかと思う」とは、国家非常事態宣言を出せ、と言うことに他ならない。
「Do it now」= 直ちに国家で気候非常事態宣言を!
「そう、もたもたしている余裕などない」= 今直ぐ気候戒厳令を!
その一方で、こんなこと喚いてやがった。


2020年3月3日の朝鮮日刊新聞朝刊紙面より

「不安から国の取り組みに期待する気持ちが醸成され、自発的に『下からの総動員体制』を生み出す条件が整いやすい」だと?
「スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの行動を機に広がったグローバル気候マーチ」は「下からの総動員体制」だろ!
「白馬村は昨年12月、気候非常事態宣言を出し・・・後押ししたのは、白馬高校の生徒たちだ」は「下からの総動員体制」だろ!
既に1月3日の投稿で「『統治される集団の一人として自分を治めさせる』ために、『大人たちは《危機にふさわしい行動》とはなんなのかを真剣に考えるべきだ。若者たちの危機感を大人も共有しないと、持続可能な地球を残せない』だの、『温暖化の世界を生きなければならない子どもたちを納得させられるとは思えない』だの、『大人はもう未来への甘えを断ち切るほかない』だの、『若い世代の身になって行動すべき、との主張は胸に刺さる』だのと喚き続けている」と糾弾したけど、「統治される集団の一人として自分を治めさせる」は、すなわち、「下からの総動員体制」。
だから、今回も「純粋に将来を心配する若い世代の声は貴重だ。正面から受け止め、考え、行動するのが大人の責任ではないかと思う」んだね。
「胸に響いた『Do it now』」=「胸に響いた『下からの総動員体制』」。
前回の投稿で採り上げた「脱炭素 主権者の市民が」の直ぐ下で、「SDGsとは? 身近なごみから学ぶ」と囃し立ててたのも「下からの総動員体制」。)

「少しでも異議を唱えると『感染症を甘く見ているのか』『犠牲者が出てもいいのか』となり、横並びの同調圧力が働く」だと?
「少しでも異議(『非科学的』『利用されている』)を唱えると『気候危機を甘く見ているのか』『気候難民が出てもいいのか』となり、横並びの同調圧力が働く」んだろ!
「昨年来、鈍感な大人世代に向け、若い世代の抗議の声は強まる一方だ」と「横並びの同調圧力が働く」んだろ!
「だが、海外に比べ、日本では大きなうねりが見えない。この国の若者はおとなしいのか」と「横並びの同調圧力が働く」んだろ!
「純粋に将来を心配する若い世代の声は貴重だ。正面から受け止め、考え、行動するのが大人の責任ではないかと思う」と「横並びの同調圧力が働く」んだろ!
「胸に響いた『Do it now』」=「胸に響いた『横並びの同調圧力』」。
(一方で、国が「気候非常事態宣言」を、と泣き喚き、新型肺炎で「危うい国主導の危機管理」と泣き喚くのは、いわゆるダブスタ=二枚舌ではなく、新型肺炎で「非常事態宣言」されたら、「気候非常事態宣言」が出せなくなり、白馬鹿村の「気候非常事態宣言」も霞んでしまうから。)

言うまでもなく、戦争のための「下からの総動員体制」。
2014年11月13日の投稿で採り上げた「天声人語」で「私たちは第3次世界大戦のまっただなかにいる」だの、2017年8月22日の投稿で採り上げた「日曜に想う」でも「容赦ない戦争とは地球環境の破壊のことだ。エンデはこれを第3次世界大戦だという」だの、そして、昨年10月10日の投稿で採り上げた「日曜に想う」でも「環境破壊を、生まれてくる世代に対する戦争、いわば第3次世界大戦であると言っていた」だのと喚いてたんだね。
温暖化プロパガンダは「最上位1%」が「99%」に仕掛けた戦争。

「Do it now」= 戦争を仕掛けろ!
「Do it now」= 民主主義を封殺しろ!
「Do it now」= 市民を弾圧しろ!
「Do it now」= 市民を収奪しろ!
「Do it now」= 市民を殺せ!
「白馬の高校生の名刺にそう印刷してあった」。

いつの時代でも、無思慮で無分別な若者が戦争を煽り立てる役目を担うんだよ。