我は喜びて右翼の十字架を担わん

バッハ「我は喜びて十字架を担わん(教会カンタータBWV56)」

今日今晩は。
「国際環境NGO(嘘)RealCrazyClimate」の会員某で~~~す。

7月10日の投稿7月18日の投稿で糾弾したにもかかわらず、九州の豪雨を持ち出してきて、昨年11月13日の投稿11月16日の投稿で糾弾したにもかかわらず、またぞろ、マルクス主義者の外道に喚かせてやがった!


2020年12月4日の朝鮮日刊新聞朝刊紙面より

この記事の以前に「論座」でも喚かせてやがったけど、それを基にして、この記事を書いたわけだ。
(「論座」の方は今も無料公開されてるから、ここに転載しない。)

狂都議定書の結果、先進国の製造業が中禍人糞凶和国に移転した。
中禍人糞凶和国は社会主義だから、資本主義が原因なら、CO2は激減したはずだな。
ところが、安倍こべに激増した。
なぜだ?
あ?
資本主義が原因と泣き喚くのなら、それを論じなければならんだろ?
って言うか、それを具体的に論じ、そこから、資本主義が原因という結論を導き出すのが「(社会)科学」の方法論。
したくない(って言うか、こんなアホにできるはずがない)から、昨年11月13日の投稿で採り上げた紙面で「旧ソ連は今説明した意味でのマルクスの思想の本質の体現ではありません」と泣き喚いてやがったんだよ。
さすがに都合が悪くなったので、今回の「論座」では「共産主義という用語で一般的に想像されるソ連や中国のシステムとは、決定的に異なるものだ」と言い繕ってやがるけど、やはり、狂都議定書は論じない。
国連が、IPCCを組織して温暖化を煽り立て、気候変動枠組条約締約国会議(COP)を開催してる。
2018年10月4日の投稿で紹介したとおり、COPの議長してたスベタはブルームバーグ様が主催する「グローバル気候行動サミット」に招かれてた。
狂都議定書を論ずれば、必然的に、労賃の安い中禍人糞凶和国に製造業を移転させて、投資家=世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族が利を貪るために、国連に温暖化を煽り立てさせて狂都議定書を締結させた、ということに気づく。
それは都合が悪いから、だんまりを決め込んでやがるわけだ。

狂都議定書は1997年。
狂都議定書を論じることから逃げるには、狂都議定書以降に生まれた「Z世代」に温暖化を喚かせるのが得策。
12月9日の投稿でも指摘したとおり、データを改竄・捏造してハイエイタスを消し去ったけど、その事実から目を逸らすのにも、ハイエイタスと人生が重なる「Z世代」が役立つ。)
だから、昨年11月3日の投稿で紹介したとおり、投資家=世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族の資金で活動している奸凶NGOがグレた娘を担ぎ出してきた。
だから、昨年1月31日の投稿2月23日の投稿2月3日の投稿2月8日の投稿で紹介したとおり、グレた娘はダボスに招かれた。
昨年2月3日の投稿でも指摘したけど、貴族が集う最高級ホテルを取り囲んでデモしたんじゃない。
「論座」では「例えば、プライベートジェットやクルーズ船を今すぐにでも禁止しよう」と嘯いてやがるけど、昨年1月27日の投稿で紹介したとおり、プライベートジェットでダボスにやってきた貴族に招かれたんだね。
さらに、昨年12月6日の投稿で紹介したとおり、プライベートジェットを乗り回し、ダボス様から表彰されたレオ様と面会して、破顔だった。
コヤツはそれらの事実を一切論じない。
都合が悪いことには頬かむり。
「僕を含めたミレニアル世代、完狂活動家グレタ・トゥンベリさんらZ世代を中心に、資本主義とは別の社会を目指そうというビジョンは確実に出てきている」って、どこが?
コチラの論説は正直に「日本で巻き起こったのは、環境活動家グレタ・トゥンベリの脱資本主義的な主張に対し、「環境よりも経済が重要」というオールド資本主義思想を丸出しにした反論だった。しかし、ニュー資本主義に移行済みのグローバル企業と機関投資家は、グレタ・トゥンベリの発言に大いに共感した」と書いてる。
「資本主義と別の社会をめざして」とは、「オールド資本主義と別の社会をめざして」=「ニュー資本主義をめざして」=「グローバル企業と機関投資家がますます富を蓄え、格差をますます拡大させる社会をめざして」に他ならない。
だから、昨年11月13日の投稿で「ESG投資を糾弾すべき。けど、しない」と糾弾したにもかかわらず、「論座」でもESGには頬かむり。

昨年4月23日の投稿で採り上げた邪説余滴は「大人たちは『危機にふさわしい行動』とはなんなのかを真剣に考えるべきだ。若者たちの危機感を大人も共有しないと、持続可能な地球を残せない」だの、5月15日の投稿で採り上げた紙面も「温暖化の世界を生きなければならない子どもたちを納得させられるとは思えない」だの、10月10日の投稿で採り上げた「日曜に想う」も「大人はもう未来への甘えを断ち切るほかない」だの、12月4日の投稿で採り上げた「経済気象台」も「若い世代の身になって行動すべき、との主張は胸に刺さる」だの、12月21日の投稿で採り上げた12月17日の教育欄も「問われているのは子どもたちではなく、大人たちだ」だの、1月5日の投稿で採り上げた紙面も「若者たちは動き出した。次は私たち大人の番だ」だのと泣き喚いてたけど、それは格差の問題を世代間の問題にすり替える以外の何物でもなく、市民を収奪するために気候危機と煽り立てていることを、物の見事に露呈してる。
「二酸化炭素は、すべての大人が同量、排出しているわけではない。その一方で、1%の超富裕層は下から半分の人々が排出する二酸化炭素の二倍の量を排出しているという国際NGOオックスファムの報告もある」は2016年1月13日の投稿で採り上げた記事だけど、それなら、99%の「大人たち」に指突きつけて「大人たちは・・・」と罵る醜悪な「大人たち」を糾弾すべきだろ。
けど、しない。
安倍こべに「論座」の最後で「私たち大人たちだ。今こそが、子どもたちの声に応えるラストチャンスなのである」と、つまり、この新聞社(を装う反社会的組織)と同じこと喚いてやがる。
「僕を含めたミレニアル世代、完狂活動家グレタ・トゥンベリさんらZ世代を中心に、資本主義とは別の社会を目指そうというビジョンは確実に出てきている」って、どこが?

「九州の豪雨」はCO2排出が原因なら、11月22日の投稿でも指摘したとおり、「気候危機」は現在進行形の問題であり、若い世代か上の世代かという問題じゃない。
むしろ、「九州の豪雨」では上の世代が大きな被害を受けた。
11月22日の投稿で採り上げた紙面が「若い世代は将来の温暖化が進んだ世界で大きな影響を受けるのに、温暖化防止について決める権利が与えられていない」と泣き喚いたのは、市民を収奪するために気候危機と煽り立て、格差の問題を世代間の問題にすり替えていることを、物の見事に露呈してるけど、このアホも「二酸化炭素を排出していない若い世代ほど、気候変動の影響を被ることになる。にもかかわらず、彼らは子どもだからという理由で、社会の意思決定に参画することができない」と泣き喚いてやがる。
2月8日の投稿で採り上げた邪説は「先月、18歳で米グラミー賞の主要4部門を制覇したビリー・アイリッシュさんは、歌詞のなかで温暖化への危機を訴え、いま行動を起こさなければ大変な事態になると訴える」と喚き立て、3月10日の投稿で採り上げた紙面も囃し立ててやがったけど、このアホ、それにも追随して「若い世代にとって、トランプかバイデンかという選択肢への回答は、極めて自明なものなのである。10代の歌姫ビリー・アイリッシュのトランプ批判が大きな反響を呼んだのは象徴的だ」と囃し立ててやがる。
この新聞社(を装う反社会的組織)は、2018年9月20日の投稿10月4日の投稿12月2日の投稿昨年1月30日の投稿で紹介したとおり、ブルームバーグを持て囃し続け、3月31日の投稿4月5日の投稿4月23日の投稿5月24日の投稿6月27日の投稿8月4日の投稿9月19日の投稿で紹介したとおり、機関投資家を持て囃し続けてきた。
そんな新聞社(を装う反社会的組織)にひたすら追従しながら、「僕を含めたミレニアル世代、完狂活動家グレタ・トゥンベリさんらZ世代を中心に、資本主義とは別の社会を目指そうというビジョンは確実に出てきている」って、どこが?
しかも、2018年11月15日の投稿で紹介したとおり、カリフォルニアは米国で最も格差が大きく、カースト制度が出来上がっているけど、「10代の歌姫ビリー・アイリッシュ」とやらは、その象徴。
そんなのを持て囃しながら、どの面下げて「僕を含めたミレニアル世代、完狂活動家グレタ・トゥンベリさんらZ世代を中心に、資本主義とは別の社会を目指そうというビジョンは確実に出てきている」とほざいてる?

「最新刊『人新世の《資本論》』が6万部のベストセラーになった」と囃し立ててやがるけど、その新聞広告を見ると、

朝鮮日刊新聞朝刊の広告欄(日付は忘れた。以前はサムネイル画像があったので、それをデスクトップに保存しておけば日付が確認できたけど、4月27日の投稿で指摘したとおり、俺様に利用されるのが怖くて、サムネイル画像の表示を止めやがった。)

はい!
3.5%」と言い張ってますです。
「3.5%」は、世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族と、その僕の奸凶NGOと、NGOに扇動されたグレた娘ら(と、左翼メディアと、コヤツら誤用学者と、寄生虫の官僚)で構成される。
「市民電力やワーカーズコープ、市民議会など・・・」と喚いてやがるけど、「3.5%」なら、ほとんどの市民は蚊帳の外。
10月21日の投稿11月6日の投稿、そして、12月7日の投稿で紹介したとおり、「みんな電力」とやらを持て囃してやがったけど、コヤツの言い立てる「市民電力」とは「みんな電力」=「みんなからくすね盗る電力」。
「市民議会」は、3月8日の投稿で採り上げた紙面が「欧州では、日本とまったく違う形での気候変動対策作りが進む。くじ引きで選ばれた市民が、熟議の上で国や議会に政策提言をする手法が、広がりつつあるのだ」だの、11月1日の投稿で採り上げた10月29日の夕刊紙面が「先行する欧州 市民も具体策を提言」と囃し立ててやがったのと同じ。
「彼らは子どもだからという理由で、社会の意思決定に参画することができない」と泣き喚いてやがるけど、11月22日の投稿で指摘したとおり、、「3.5%」なら「若者には温暖化防止について決める権利が与えられていない」。

人々が食べていくために耕作するのは当然。
豊かな生活を求めるのも当然であり、それは憲法でも保障された人権。
2018年8月22日の投稿で採り上げた紙面でも喚いてやがったけど、「人新世」と喚き立てるのは、それらを全否定する意図に他ならない。
だから、昨年11月16日の投稿で指摘したとおり、「マルクスは、『資本家は、貨幣蓄蔵者とは違って、彼自身の労働や彼自身の非消費に比例して富をなすのではなく、彼が他人の労働力を搾取し、労働者に人生のいっさいの快楽を絶つことを強要する程度にしたがって、富をなすのである』と言っている」にもかかわらず、マルクスを云々しながら、「この数十年のあいだ、先進国の人々は自分たちの生活を変えたくなかったために、そのチャンスを無視した」と罵ってやがる。
紙面も最後で「ヨモギやツユクサ、オオバコをその場で天ぷらにして食べる」と、つまり、お前ら庶民は山菜を食って生きろ、と喚いてやがる。
「資本主義と別の社会をめざして」=「一部の者だけが豊かな生活を享受し、大多数の市民は清く貧しく生きる社会をめざして」だから、そんな台詞が出てくるんだね。
「かつての脱成長論で語られた『清貧』ではない」と抗弁してやがるけど、「『清貧』ではない」のなら、「3.5%」「人新世」などという言葉は絶対に出てこない。

10月7日の投稿で紹介したとおり、モデル風情に「『3.5%』になることを目指すグループが必要だと思っています」と放言させたけど、「国際環境NGO『350.org』にボランティア登録して活動しました」。
その 350.org は保険会社会長を会長に迎え入れ、2018年12月3日の投稿昨年7月31日の投稿7月5日の投稿で紹介したとおり、この新聞社(を装う反社会的組織)が持て囃してやがった。
保険会社は資本主義の権化だろ。
「僕を含めたミレニアル世代、完狂活動家グレタ・トゥンベリさんらZ世代を中心に、資本主義とは別の社会を目指そうというビジョンは確実に出てきている」って、どこが?

2016年1月13日の投稿2月23日の投稿12月16日の投稿、そして、2017年10月9日の投稿で紹介したとおり、350.org は「ダイベストメント」を主導してるけど、それはCO2を排出して利を得た投資家=世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族を利する以外の何物でもない。
2015年11月10日の投稿2018年10月22日の投稿で紹介したとおり、350.org と言えば、「直美・暗淫」。


朝鮮日刊新聞朝刊の広告(これも日付は忘れた)

「僕を含めたミレニアル世代、完狂活動家グレタ・トゥンベリさんらZ世代を中心に、資本主義とは別の社会を目指そうというビジョンは確実に出てきている」って、どこが?
しかも、「米国で新たな政治潮流となりつつある『グリーン・ニューディール』も、成長を志向する点でむしろ有害で」と泣き喚きながら、「グリーン・ニューディールの提言」を推薦してる。
(「ダイベストメント」を言い立てる「直美・暗淫」が「グリーン・ニューディールの提言」するのは理(利)の当然。)
昨年11月13日の投稿で採り上げた紙面では「グリーン・ニューディールです。公共事業で各産業分野での再生可能エネルギーへの転換を後押しし」と喚いてたくせに、どの口が「米国で新たな政治潮流となりつつある『グリーン・ニューディール』も、成長を志向する点でむしろ有害で」と泣き喚いてる?
昔なら、この口か、と親につねられたぞ。
「論座」の冒頭でも「気候変動対策は、バーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ=コルテスのような民主党左派の議員たちが求め続けてきたものである。そして、今や民主党左派は、若者たちから絶大な支持を獲得するようになっている」と囃し立ててやがるけど、「米国で新たな政治潮流となりつつある『グリーン・ニューディール』」は「アレクサンドリア・オカシオ=コルテスのような民主党左派の議員たちが求め続けてきたもの」に他ならない。
「若者たちから絶大な支持を獲得するようになっている」と囃し立て、「二酸化炭素を排出していない若い世代ほど、気候変動の影響を被ることになる」と泣き喚き、「その決断ができるのは、私たち大人たちだ。今こそが、子どもたちの声に応えるラストチャンスなのである」と喚き立てるのは、「むしろコヤツが有害」であることを物の見事に露呈してるな。

紙面では「自然災害などの大惨事に襲われ、人々がショック状態に陥ることを機に、大企業に有利な経済改革を強行することは『ショック・ドクトリン』と呼ばれる」と言い立ててるけど、それを言い出したのは「直美・暗淫」。
その「直美・暗淫」が「『ニュー資本主義に移行済みのグローバル企業と機関投資家』に有利な経済改革=ダイベストメントを強行する」お先棒を担いだ。
「『逆ショック・ドクトリン』になり得るのではないか」と喚いてやがるけど、「大企業に有利な経済改革を強行すること」を糾弾していると見せかけて市民を欺き、「『ニュー資本主義に移行済みのグローバル企業と機関投資家』に有利な経済改革=ダイベストメントを強行する」のが「逆ショック・ドクトリン」。
7月10日の投稿7月18日の投稿7月21日の投稿8月14日の投稿8月30日の投稿9月21日の投稿10月16日の投稿10月21日の投稿で解説したにもかかわらず、「九州の豪雨災害から考えた」のは、「西日本を中心に、毎年起こるようになった激甚災害は」と言い張るのは、「自然災害などの大惨事に襲われ、人々がショック状態に陥ることを機に、『ニュー資本主義に移行済みのグローバル企業と機関投資家』に有利な経済改革を強行することは『逆ショック・ドクトリン』と呼ばれる」ことを、ハッキリと示してるな。
「目に見えて分かりやすい大水害は、気候変動という地味な話題に目を向ける契機になる」と言い張るのは、コヤツが「目に見えて分かりやすい大有害」であるという事実に「目を向ける契機になる」んだね。

「SDGsも、成長を志向する点でむしろ有害」と嘯いてやがるけど、国連が「SDGs」を煽ってる。
「むしろ有害」なことをしている国連がIPCCを組織して温暖化を煽り立てたのなら、先にも指摘したけど、必然的に、「自然災害などの大惨事に襲われ、人々がショック状態に陥ることを機に、『ニュー資本主義に移行済みのグローバル企業と機関投資家』に有利な経済改革を強行する」ために温暖化を煽っている、という推論が成り立つ。
その証拠に、昨年10月22日の投稿(と11月6日の投稿)で紹介したとおり、グテーレスは「2兆ドル以上を動かす世界最大の投資家グループは、50年までにカーボンニュートラルになるような資産構成にすると約束した。これに加え、世界の半分近く、約34兆ドルの投資資産の運用者たちも、世界のリーダーに炭素排出に意味のある価格付けを行い、化石燃料への補助金と石炭火力発電所をやめるよう求めている」と囃し立てた。
「彼女は、怒りを込めて、大人たちに問うた」と喚いてやがるけど、そのグテーレスがグレた娘を国連に招き、しかも、こんなことしてやがった。

グレた娘は、こんなことは止めて、と言わなかった。
ヒトラーが演説して自己陶酔に浸っていたのと同様に、自己満足に浸ってた。
先に見たとおり、「直美・暗淫」が「地球が燃えている」と泣き喚いてやがるけど、「地球は燃えているか」だろ!
資本主義の最高の段階としての帝国主義の最高の段階としての脱炭素社会主義」は「資本主義と別の社会」、と言うのがコヤツの主張。

「気候変動の影響が直撃するのは、自分たちは二酸化炭素を排出していない貧しい人々、とりわけ、途上国の女性のような社会的に弱い立場に置かれた人々なのである。ここにも、不公正が存在する。『未来のための金曜日』の活動によって、『気候正義』という言葉が広がっているのはそのためだ」と泣き喚いてやがるけど、投資家=世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族が己らの懐を肥やすために、より安い労賃を求めて先進国の製造業を途上国に移転させ、先進国の労働者が貧困に陥る一方で、途上国の生活水準は上がったにもかかわらず、そして、それが「グローバル化」を正当化する論理であったにもかかわらず、そんなことを喚くのは、昨年12月15日の投稿で指摘したとおり、先進国の市民を「不正義」と決めつける以外の何物でもない。
だから、「二酸化炭素は、すべての大人が同量、排出しているわけではない」のなら、黄色いベスト運動に象徴される先進国の市民にとって「カーボンプライシング」は「不正義」以外の何物でもないにもかかわらず、「『未来のための金曜日』の活動によって、『気候正義』という言葉が広がって」、昨年2月28日の投稿12月1日の投稿で指摘したとおり、黄色いベスト運動に「不正義」のレッテルが貼られ、弾圧された
(「経済学研究科准教授」だから経済学者だと思ってたけど、経歴を見ると、コヤツは哲学の専攻。哲学者なら軽々しく「正義」という言葉は使わない。一方的に「正義」と言い立てる思考回路を論じ批判するのが哲学。安倍こべに「『未来のための金曜日』の活動によって、『気候正義』という言葉が広がっているのはそのためだ」と喚いたのは、コヤツが全く無能な誤用学者であることを物の見事に露呈してる。)
マルクスを云々するなら、格差をなくせば、結果として、CO2排出も減らせる、と言うはず。
格差をなくせば、結果として、CO2排出も減らせることを論ずるはず。
それはせず(もちろん、「格差をなくせば、結果として、CO2排出も減らせる」はずがないから、できないだけ)に「気候正義」と喚き立てるのは、CO2さえ減らせば全ての問題は解決すると煽り立てて、格差から、格差を生み出した根本的原因から目を逸らそうと図る以外の何物でもなく、世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族が利を貪るための詐術に他ならない。

しかも、だ。
「自分たちは二酸化炭素を排出していない貧しい人々、とりわけ、途上国の女性のような社会的に弱い立場に置かれた人々なのである」のなら、そのような人を推し立ててデモすべき。
ところが、こんなことしてやがった!

「自分たちは二酸化炭素を排出していない貧しい人々、とりわけ、途上国の女性のような社会的に弱い立場に置かれた人々なのである」と嘯いてみせて、その実は、黄色いベスト運動に象徴される先進国の市民を弾圧・収奪し、世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族が利を貪るために「気候正義」と泣き喚いていることは明らかだろ。

「ここで重要なのが、グレタが繰り返し、気候変動をめぐる構造的な不平等、不公正を指摘している点である」と喚いてやがるけど、昨年4月18日の投稿で紹介したとおり、スウェーデンは世界一の格差社会。
「不平等、不公正を指摘している」のなら、先ずは己の国の「構造的な不平等、不公正」を糾弾すべき。
それは決してせず、「気候変動をめぐる構造的な不平等、不公正」と泣き喚くのは、そんなグレた娘を批判するどころか、「ここで重要なのが、グレタが繰り返し、気候変動をめぐる構造的な不平等、不公正を指摘している点である」と喚き立てるのは、黄色いベスト運動に象徴される先進国の市民を弾圧・収奪し、世界最上位の富裕層国際主義エリート貴族が利を貪るために「気候正義」と泣き喚いていることをハッキリと示してるな。

IPCC『1.5℃特別報告書』の全く不都合な真実」の第10節で解説しているとおり、スウェーデンの腐れ誤用学者が「プラネタリー・バウンダリー」と喚き立ててる。
コヤツの言い立てる「脱成長」もそれに基づいているけれど、2018年10月4日の投稿で紹介したとおり、そのスウェーデンの腐れ誤用学者はブルームバーグ様が主催する「グローバル気候行動サミット」に招かれた。
これまた「IPCC『1.5℃特別報告書』の全く不都合な真実」の第10節で解説しているとおり、そのスウェーデンの腐れ誤用学者が、さらに「ホットハウス・アース」と喚き立てたけど、それを盾にして「気候危機」と煽り立てるために、同じスウェーデンからグレた娘を担ぎ出してきたんだよ。
だから、「異常気象の全く不都合な真実」の冒頭で引用している「朝日GLOBE」に見えるとおり、グレた娘はスウェーデンの腐れ誤用学者と共にダボスに招かれた。
(そして、スウェーデンの腐れ誤用学者は、御主人様=ダボス様が市民に炭素税を課せと仰いました、と悦んでやがった。)
「グレた娘はむしろ有害で」と糾弾するどころか、「グレタの答えは、もちろん最後の選択肢だ」だの、「グレタの批判の矛先が資本主義だというと、違和感をもつ人もいるかもしれない。だが、彼女が資本主義を批判しているのは、むしろ自明のことなのだ」だの、「それが、グレタたちの掲げる『気候を変えるな、システムを変えろ System Change, Not Climate Change』というスローガンの意味するところなのである」だの、「これがグレタの求める『新しいシステム』の前提条件である」だの、「グレタ世代が求めるシステム・チェンジは資本主義からの脱出だ」だのと囃し立てるコヤツら左翼は、「資本主義と別の社会=資本主義の最高の段階としての帝国主義の最高の段階としての脱炭素社会主義をめざして」るんだね。

だから、初めの紙面と同じ朝刊は「北の森で考えた。1世紀先を想像して『飽』を減らし、『贅』を削りたいと」。


2020年12月4日の朝鮮日刊新聞朝刊紙面より

12月7日の投稿で紹介したとおり、この前日と翌日も「我が世の春を謳歌していませんか」と喚いてやがったけど、腐れ誤用学者に「資本主義と別の社会をめざして」と喚かせるから、その前後三日間にエルメスの広告を掲載したんだよ。
「資本主義と別の社会をめざして」が「資本主義の最高の段階としての帝国主義の最高の段階としての脱炭素社会主義をめざして」に他ならないことは明らかだろ。
2018年5月23日の投稿で紹介したとおり、江守グレ多は、否定論者は右翼ですぅぅぅ~、ギャァァァ~、と泣き喚いてやがったけど、それだけは正しい。